DMAT

今回の地震でチラホラ名前が出てきたDMATですが、決してウルトラシリーズ地球防衛軍ではありません。フルスペルで書くと

    Japan Disaster Medical Assisitance Team
となります。DMATのHPを見ても日本語訳がないのですが、強いて訳せば「日本災害医療支援隊」にでもなるんでしょうか。英語名だけでも悪いわけはありませんが、ある程度公的なものですから正式の日本語名と通称の"DMAT"の方が私としては座りがよいのですが、この辺は感性の問題でしょう。

DMATの活動要項と言うものがあります。12ページもあるのですが、冒頭に「DMATとは」と書かれた活動の概念みたいなものがあります。少し長いですが引用します。

  • DMATとは、大地震及び航空機・列車事故といった災害時に被災地に迅速に駆けつけ、救急治療を行うための専門的な訓練を受けた医療チームである。
  • 阪神淡路大震災では、多くの傷病者が発生し医療の需要が拡大する一方、病院も被災し、ライフラインの途絶、医療従事者の確保の困難などにより被災地内で十分な医療も受けられずに死亡した、いわゆる「避けられた災害死」が大きな問題として取り上げられた。
  • 自然災害に限らず大規模な集団災害において、一度に多くの傷病者が発生し医療の需要が急激に拡大すると、被災都道府県だけでは対応困難な場合も想定される。
  • このような災害に対して、専門的な訓練を受けた医療チームを可及的速やかに被災地に送り込み、現場での緊急治療や病院支援を行いつつ、被災地で発生した多くの傷病者を被災地外に搬送できれば、死亡や後遺症の減少が期待される。
  • このような災害医療活動には、平時の外傷の基本的な診療に加え、災害医療のマネージメントに関する知見が必要である。
  • この活動を担うべく、厚生労働省の認めた専門的な訓練を受けた災害派遣医療チームが日本DMAT(以下「DMAT」と言う。)である。
ここで書かれているように阪神淡路大震災を教訓にして作られた事がわかります。あの震災の時にはたくさんの人々が救援に駆けつけてくれましたが、医療に限って言えば雑多な編成の医療チームが統制なくバラバラに災害医療に当たり、さらに震災特有の挫滅症候群(クラッシュシンドローム)に対する知識も対策も十分でなかったのは確かです。その反省の上に災害医療に対し普段から訓練を積んだ医療チームを常備し、有事に素早く派遣するのがDMATと考えれば良いようです。

でもっていつから出来たかですが、医政指発第0407001号によると平成17年3月から研修が始まったようで、DMAT補足説明用資料によると

  • 平成18年度までに200チーム(1チームは5名)の研修を予定
  • 平成17年8月時点で36チーム(180名)が研修修了済み
今は平成19年度ですから200チームが存在している事になります。ちなみにいつの年度か確定出ませんでしたが、整備費などの補助金として7億4800万円が投じられているようです。こういう医療チームを平時から整備しておく事に全く異論はありません。では申し分ない組織、システムかとなると一部に異論はあるようです。異論はケチをつけるというより、DMATをより効率的に運用するためのアドバイスと受け取った方が良いと考えます。

たまたま見つけた毒舌!医療と生物をやさしく読み解く入門で指摘されている事に、

 今回の日本版"DMAT"には、本当は一番必要である「各都市の相互援助システム」という概念が抜け落ちているような気がする。前回のコラムで言えば、いざ大災害の時に「本部機能(相互連携という意味から)」が働かない。

詳しくは引用先を読んでいただくと良いのですが、DMATは日本のオリジナルでなくアメリカ版の輸入であると言う事です。アメリカ版を輸入しても全く差し支えないのですが、アメリカ版ではDMATの上にNDMS(Natinonal Disaster Medical System)があり、これがDMATの本部機能として活動し、NDMSが何をするかと言えば、

 アメリカでは、"NDMS"の主要な部分に「全米74ヶ所の大都市における病院、医療関係者の統括」というものがある。各々の大都市は「自分達の所に多くの患者が運ばれて来た時にどう対応するか?」という事を常日頃から考えている。

 すなわち、このシステムは「大都市同士の相互援助システム」という事が言える。だから、"NDMS"というのは「全米規模での相互援助システム」なのである。

これだけの事を行なうためにNDMSは大統領の承認によって発令され、大統領令が拠り所となって全米の医療施設が災害医療をより効率よく行なう事が可能になっているとされます。アメリカでもどれだけスムーズに運用されているかはわかりませんが、大規模災害があれば国家規模での災害医療が素早く展開できるようにシステムとして整備されているとだけは言えます。

アメリカのNDMSにあたるシステムがない日本ではどうなっているかと言えば、

  • 活動は、平時において都道府県と医療機関等との間で締結された協定及び厚生労働省文部科学省都道府県、国立病院機構等により策定された防災計画等に基づくものである。
  • DMATの派遣は、被災地の都道府県からの要請に基づくものである。
  • 厚生労働省は、初動期からの積極的な情報収集等により都道府県に対し必要な支援を行う。
  • 緊急でやむを得ない場合、厚生労働省都道府県等は、被災地の都道府県の要請がなくとも、医療機関の自発的な活動に期待した要請を行うことができるものとする。
  • 都道府県は、通常時には、DMAT運用計画の策定、医療機関等との協定の締結等を行い、災害時には計画に基づきDMATを運用し、活動に必要な支援(情報収集、連絡、調整、人員又は物資の提供等)を行う。
  • 厚生労働省は、通常時には活動要領を策定する。また、標準化された教育・訓練の推進及びDMATに参加する要員の認証・登録により、DMATの質を向上させるものとする。また、災害時には、DMATの活動に関わる情報集約、総合調整及び関連省庁との必要な調整を行う。
  • DMAT指定医療機関(後述)は、通常時には派遣の準備、DMATに参加する要員の訓練に努め、災害時には、要請に応じてDMATを派遣する。
  • 災害拠点病院日本赤十字社国立病院機構国立大学病院等は、活動に必要な支援(情報収集、連絡、調整、人員又は物資の提供等)を可能な範囲で行う。
これがDMATの「基本運用方針」です。どう解釈するかが微妙な部分はありますが、主体は都道府県であり、厚生労働省を始めとする国側は側面援助に留まると考えられます。災害が発生すれば原則は都道府県がDMATの応援を要請し、被災都道府県が応援の要請を出せない時は「医療機関の自発的な活動に期待」にして被災地以外の都道府県の要請で出動するとなっています。

阪神大震災を教訓にしている割にはややお粗末な運用方針であると私も思います。阪神大震災の教訓として「被災地の都道府県の要請がなくとも」の項目を作り、被災地以外の都道府県から自主的にDMATを派遣する条項を作ったのはわかりますが、自主的に応援にきたDMATの統括をどうするかについてスッポリ抜け落ちている様な気がします。

そもそも被災都道府県が応援要請を出せないときがどんな状態であるかの想像が足りません。典型は阪神大震災で、市町村だけではなく県の中枢も被災し身動きが取れなくなっているのです。そんな状態ではDMAT派遣要請もそうですし、派遣されたDMATをどう効率的に運用するかの中枢機能もすぐには動けなくなっています。そうなると派遣されたDMATは各自の判断でバラバラに動かざるを得なくなり、それこそ阪神大震災の二の舞状態になります。

それとこの運用方針の発想で抜けているのは災害があくまでも各都道府県単位で起こると想定している事です。しかし災害はそうそう都道府県単位に留まってくれるわけではありません。当然ですが複数の都道府県を跨ぐような規模のものもありえます。端的には東海大地震です。そんな時に都道府県単位の要請を原則にしていたら、被害が比較的軽く、県の機能が健在なところからは素早くDMAT派遣要請が為されるでしょうが、県庁が崩れ去るような大災害に見舞われたところでは、自主的にやってきたDMATが連携なく行動に当たる事になってしまいます。

災害規模に応じてDMATを統括するシステムが必要と言う意見にはうなずかされるものがあります。


もう一つは7/20付の信濃毎日新聞の記事です。

 大災害の発生直後に負傷者を治療する「災害派遣医療チーム(DMAT)」を持つ県内の7病院のうち2病院が、新潟県中越沖地震直後にチームを派遣していないことが19日、分かった。現地でスタッフがけがをした場合に、補償する仕組みが長野県にはないことなどを理由に挙げている。県衛生部も必要性を認めており、ルールづくりを急ぐ考えだ。

 DMATは、被災地に駆け付け、けがの程度に優先順位をつけて処置する数人の医療チーム。「多くの命が救えたはず」と阪神大震災の際に必要性が提唱され、中越地震をきっかけに制度化が進んだ。05年3月から研修がスタート。県内には7病院に10チームある。

 中越沖地震では、発生間もない16日午前10時半すぎに厚生労働省が登録チームのスタッフに一斉にメールで待機要請。新潟県が隣接県からの派遣を求め、態勢が整っているチームが出動した。

 県内からは相沢病院松本市)、信大病院(同)、諏訪赤十字病院諏訪市)、佐久総合病院(佐久市)、北信総合病院(中野市)が各1チームを派遣。16日午後8時半時点で9県24チームが処置に当たった。

 一方、飯田市立病院(飯田市)は医師や看護師らが待機したが、出動しなかった。看護師1人が研修で県外にいたのに加え、スタッフに対する補償がないままでの派遣は難しいと判断した。

 チームは3月の能登半島地震でも待機。この直後から県に補償や派遣期間中の費用負担について協定締結を求めていた。同病院の神頭定彦・救命救急センター長は「早く安心して出て行ける体制を整えてほしい」と話す。

 伊那中央病院(伊那市)も派遣しなかった。地域救急医療センターの医師が半減の3人となっていたほか、けが人が出た場合の補償の問題もあったという。地震後、県に協定締結を求め直した。

 東京都は、スタッフが負傷した場合、都が補償すると要綱で定める。山形県は協定案を病院に提示中。今回出動した同県の2チームは県負担で掛け捨ての保険に入った。

長野県からチームを派遣したある病院は「そこまで考えず連絡を受けてすぐに決めた」と言う。

 厚労省は出動の費用負担や補償を県と医療機関の間で取り決めるように勧めるが、協定や要綱があるのは7都道県。長野県の望月孝光・医療政策課長は「保健医療計画策定の会議でも話題になっていた。素早く対応を考えたい」としている。

これはDMATの活動計画にある「費用の支弁」に関係する事です。DMATの活動はボランティア的な面もないとはいえませんが、あくまでも公的な医療活動です。それなりに適正な費用が発生します。これについて活動計画では、

(原則)

  • 都道府県との事前の協定に基づいて支弁されるものとする。
  • 又は、災害時の業務計画に基づいた業務として扱われるものとする。
(災害救助法が適用された場合)
  • 災害救助法が適用され、かつ以下の条件を満たした場合には、適用された都道府県はDMATを派遣したDMAT指定医療機関に対して、災害救助法による費用の支弁が可能となる。
(条件)
  • 災害救助法が適用された市町村で救護活動を行うことを前提に、都道府県知事が必要に応じて、
    1. 救護活動の業務をDMATに委託
    2. 賃金職員の雇上げによるDMATの編成
    を行い、災害救助法による応急医療を実施した場合。

  • 災害救助法に基づいて費用支弁が行われた場合、厚生労働省都道府県は、DMATの派遣に要した、次に掲げる費用を負担する。
    1. 使用した薬剤、治療材料、破損した医療器具の修繕費等の実費
    2. 救助のための輸送費及び賃金職員等の雇上費

災害救助法に基づいたものも厄介そうですがそれはとりあえずおいておくとして、そうでない時は「都道府県との事前の協定」が必要とされます。事前の協定に含まれる内容も明記されており、

都道府県とDMAT指定医療機関の協定は以下の事項を含むものとする。

  • 要請方法
  • 指揮系統
  • 業務
  • 後方支援(ロジスティック)
  • 活動費用
  • DMATに参加する要員の身分の取扱いとDMATの活動における事故等への補償

これはDMATが所属する都道府県と結ぶもののようですが、記事によると、

    協定や要綱があるのは7都道
ここで事前の協定が無ければ、そもそも都道府県はDMATの要請方法が無いことになり、指揮系統もバラバラで、活動費用の支払い法も不明どころか支払わない事もありえます。さらに被災地に赴くわけですから、スタッフが負傷する事も可能性として少なからずあり、そうなっても何の保証も存在しない事になります。

DMATの整備は平成17年3月から始まっていますから、協定を結ぶのに2年は短くないと考えます。協定締結を放置している事は都道府県の怠慢と指摘されてもやむを得ないんじゃないでしょうか。またこの活動計画を策定した国も、都道府県に強制的にでも協定を締結させなかった怠慢を同時に指摘されても致し方ないとも考えます。

最後に7/19に当ブログに寄せられたDMAT様からのコメントを紹介しておきます。

厚労省から派遣要請が来たのですが 翌日の手術日程の調節がつかずに待機解散したDMAT隊員です。DMATは医師個人の登録では無く、医師、看護師、調整員のチーム活動が求められます。災害医療の最前線を想定しているので個別の心肺蘇生なんかは想定していません。赤タグを選別して助かる者(救命にてがかかるので)を被災地外へヘリコプターや航空機で後方搬送することで今回なら首都圏、中京、阪神地区に運ぶことを考えます。重傷赤タグ、黄緑タグはDMATの対象外です。切り捨てる基準を連続4日の机上実地訓練で覚え込みます。航空機搬送も実地に行っています。100隊は有るはずですが、この医療情勢で動けるのはほんの少しと言うことが今回の災害で分かってしまいました。私もスケジュール調整がつかずに病院で派遣機材(AED,monitor,respirator,Echoなど)のチェックをしただけです。情けない!

こういうシステムは実際に運用してみて手痛い経験を積み重ねて改善されるものでしょうから、今回の経験を次回に活かしてくれる様に切に望みます。