エホバ記事検証

一昨日の蒸し返しですが我慢してください。まず2007.6.20付共同通信です。

 大阪府高槻市の大阪医科大病院で5月初旬、妊婦が帝王切開の手術中に大量出血し、信仰上の理由で輸血を拒否し死亡したことが19日、分かった。女性は宗教団体「エホバの証人」の信者だった。

 同病院によると、女性とは事前に、輸血をしないとの同意書を交わしていた。女性は妊娠42週で帝王切開手術で子どもを出産後に大量出血。病院は止血措置だけで輸血はせず、女性は数日後に死亡した。

 エホバの証人の信者をめぐっては、手術中に無断で輸血したことの違法性を争った訴訟で、病院や医師の人格権侵害を認め損害賠償を命じた最高裁判決がある。

 また輸血を拒否して死亡する患者が相次いだため、各地の病院が「本人の意思を尊重する」などとする治療方針を策定。大阪医科大病院も2年前、意思確認のマニュアルを策定していた。

 病院は「女性には生死にかかわる危険があることも説明した。家族にも再三、輸血の同意を求めた。患者の意思を尊重した」と話している。院内に設置された事故調査委員会も「医療上の手順に問題はなかった」と判断している。

 エホバの証人の機関誌を作成している「ものみの塔聖書冊子協会」によると、信者は、聖書に「血を避ける」などの戒律があることから輸血を拒否。今回のケースについて「本人の意向を尊重した処置が施されたことに関しては妥当であったと考えます」とコメントした。

取材過程を推測しながらこの記事を読み解くと

  1. 妊婦が帝王切開中に大量出血で死亡した
  2. 大量出血があったにも関わらず病院は輸血を行なわなかった
  3. 輸血を行なわなかったのは患者が信仰上の理由で輸血を拒否したからである
ここまでは事件の概要かと思います。次の疑問は救命を断念してまで輸血を行なわなかった事の是非の検証です。
  1. 最高裁判例でも輸血拒否の正統性が認められている判例がある
  2. この教団の患者に対する意思確認マニュアルも作成されている
  3. 病院の事故調査委員会も問題なしと判断している
最高裁判例の解釈には一部に異論はあるようですが、ここで引用しても的外れとは言えないと思いますし、病院側の事前対策および事後対策も手順をしっかり踏んでいる事を検証しています。

おそらく遺族への直接の取材は出来なかったのでしょうが、教団への取材を行ないコメントを得ています。

    信者は、聖書に「血を避ける」などの戒律があることから輸血を拒否。今回のケースについて「本人の意向を尊重した処置が施されたことに関しては妥当であったと考えます」とコメントした
医療系の記事としては最近読んだ中では、もっとも取材が良く出来ていると考えます。妙な感情を交えず、事実を淡々と積み上げ、事件の背景や問題点になりそうなところを的確かつ簡潔に検証しまとめています。

一方で同日の毎日新聞です。

 信仰上の理由で輸血を拒否している宗教団体「エホバの証人」信者の妊婦が5月、大阪医科大病院(大阪府高槻市)で帝王切開の手術中に大量出血し、輸血を受けなかったため死亡したことが19日、分かった。病院は、死亡の可能性も説明したうえ、本人と同意書を交わしていた。エホバの証人信者への輸血を巡っては、緊急時に無断で輸血して救命した医師と病院が患者に訴えられ、意思決定権を侵害したとして最高裁で敗訴が確定している。一方、同病院の医師や看護師からは「瀕死(ひんし)の患者を見殺しにしてよかったのか」と疑問の声も上がっている。

 同病院によると、女性は5月初旬、予定日を約1週間過ぎた妊娠41週で他の病院から移ってきた。42週で帝王切開手術が行われ、子供は無事に取り上げられたが、分娩(ぶんべん)後に子宮の収縮が十分でないため起こる弛緩(しかん)性出血などで大量出血。止血できたが輸血はせず、数日後に死亡した。

 同病院は、信仰上の理由で輸血を拒否する患者に対するマニュアルを策定済みで、女性本人から「輸血しない場合に起きた事態については免責する」との同意書を得ていたという。容体が急変し家族にも輸血の許可を求めたが、家族も女性の意思を尊重したらしい。

 病院は事故後、院内に事故調査委員会を設置。関係者らから聞き取り調査し、5月末に「医療行為に問題はなかった」と判断した。病院は、警察に届け出る義務がある異状死とは判断しておらず、家族の希望で警察には届けていない。【根本毅】

この記事は共同通信のように取材過程を追いかける事は不可能ですので逐次解説にします。

まず冒頭分ですが、

     信仰上の理由で輸血を拒否している宗教団体「エホバの証人」信者の妊婦が5月、大阪医科大病院(大阪府高槻市)で帝王切開の手術中に大量出血し、輸血を受けなかったため死亡したことが19日、分かった。病院は、死亡の可能性も説明したうえ、本人と同意書を交わしていた。エホバの証人信者への輸血を巡っては、緊急時に無断で輸血して救命した医師と病院が患者に訴えられ、意思決定権を侵害したとして最高裁で敗訴が確定している。一方、同病院の医師や看護師からは「瀕死(ひんし)の患者を見殺しにしてよかったのか」と疑問の声も上がっている
この部分を整理すると、
記事
記事から受ける印象
エホバの証人」信者の妊婦が5月、大阪医科大病院(大阪府高槻市)で帝王切開の手術中に大量出血し、輸血を受けなかったため死亡したことが19日、分かったまた医療ミス事件が起こったんじゃないか
エホバの証人信者への輸血を巡っては、緊急時に無断で輸血して救命した医師と病院が患者に訴えられ、意思決定権を侵害したとして最高裁で敗訴が確定しているな〜んだ、輸血が出来ない理由があったのか
一方、同病院の医師や看護師からは「瀕死(ひんし)の患者を見殺しにしてよかったのか」と疑問の声も上がっているどうも話には裏がありそうだぞ
言ったら悪いですが火の無いところに煙を立たせるような内容です。読者に疑念を掻き立てておいて記事は患者の死亡時の状況の描写に入ります。
    予定日を約1週間過ぎた妊娠41週で他の病院から移ってきた。42週で帝王切開手術が行われ、子供は無事に取り上げられたが、分娩(ぶんべん)後に子宮の収縮が十分でないため起こる弛緩(しかん)性出血などで大量出血。止血できたが輸血はせず、数日後に死亡した
この部分も整理してみたいと思います。
記事
記事から受ける印象
妊娠41週で他の病院から移ってきた。42週で帝王切開手術が行われ転院してから1週間ほどで十分なコミュニケーションが取れていないのではないか
子供は無事に取り上げられた子供は生まれたときから母を失う悲劇に見舞われている
止血できたが輸血はせず、数日後に死亡したそんなに時間があればなんとかならなかったのか
冒頭部分最後の「見殺し」発言の印象が尾を引いて、「病院の対応に不備があったんじゃないか」のイメージをさらに増幅させています。この後が意思確認の手順がどうかの検証に移ります。
    同病院は、信仰上の理由で輸血を拒否する患者に対するマニュアルを策定済みで、女性本人から「輸血しない場合に起きた事態については免責する」との同意書を得ていたという。容体が急変し家族にも輸血の許可を求めたが、家族も女性の意思を尊重したらしい
この部分はそれまでの記事と異なり徹底した伝聞系となっています。冒頭部分で
    病院は、死亡の可能性も説明したうえ、本人と同意書を交わしていた
としていたにも関わらず、この部分では、
  1. 同意書を得ていたという
  2. 家族にも輸血の許可を求めたが、家族も女性の意思を尊重したらしい
ひょっとしたら「していなかったのではないか」との疑念が起こらずにいられない表現です。この事件の記事は当たり前ですが、記者会見での取材がほとんどの情報ソースです。だから基本的にはすべて伝聞です。その伝聞を患者の死亡経過は事実として伝え、病院の意思確認は伝聞としています。この2つの使い分けは、明らかに病院が家族と意思確認を行なっている事に疑念を抱かせるためと考えられます。

ここまでの記事の構成はエホバ信者の患者の大量出血に際し、

  1. 病院の医師や看護師さえ疑問の声を上げる治療であった
  2. 病院のせいで子供は出生時から母を失う悲劇に見舞われている
  3. 輸血許可を得る努力を病院は本当にしたのか
おおよそこの3ポイントが強く印象に残るように仕組まれています。

たっぷりと疑問を投げかけておいて最後の追い討ちです。

    病院は事故後、院内に事故調査委員会を設置。関係者らから聞き取り調査し、5月末に「医療行為に問題はなかった」と判断した。病院は、警察に届け出る義務がある異状死とは判断しておらず、家族の希望で警察には届けていない
ここは上記の疑問を投げかておいた上で、まるで事故隠蔽工作のために警察に異状死の届出を怠ったのではないかの疑念を、念入りに振りまいて記事は締めくくられています。

私はこの二つの記事の落差に愕然とします。エホバ問題そのものについての解説は一昨日のエントリーにしましたので今日は触れませんが、同じ情報ソースに接しても、これほど天と地ほど差のある内容の記事が書けるものだと感心さえします。事実を簡潔に記した共同通信記事と、何らかの思い入れがたっぷり詰まった毎日記事のどちらがより真相を表しているか、私は判定するほどの事さえ無いと考えます。