第六段階はあるか

今日だけ読んだ人は何の事やら分からないと思いますので、末期癌の死への受容段階説にちなんだ、医療崩壊への意識階段説をまず再掲しておきます。


段階
末期癌の段階説
医療崩壊への意識
第一段階
否認
医療崩壊の存在自体の否定
第二段階
怒り
トンデモ医療訴訟やお手盛り医療改革への怒り
第三段階
取引
こうすれば医療崩壊を防げるの提案の摸索
第四段階
抑鬱
何をしても無駄だのあきらめ
第五段階
受容
生温かく滅びを見つめる涅槃の境地


末期癌の場合は第五段階の後は「死」と言うことになり結末を迎えるのですが、医療崩壊ではいくら涅槃の境地に至っても医師を続ける限り現実に直面しなくてはなりません。涅槃の境地のままでずっと寝ていられるかどうかがやや疑問です。そういう事が出来る医師もいるでしょうが、私のような凡人では直面する現実を涅槃でやり過ごす聖人になれそうにありません。そうなると次の段階が必要になります。
    第六段階:覚醒・・・出来る範囲で医療崩壊に対し行動を起し始める
これは一見、第二段階や第三段階と似ていますが、最大の違いは第五段階を経ている事です。涅槃まで行って帰ってきた上での行動とすれば良いでしょうか。精神医学は得意じゃないのですが、退行ではなく昇華と表現した方が相応しいと考えます。第二や第三段階の怒りや取引の発想の基本は「崩壊阻止」です。ところが第六段階の覚醒による行動は「崩壊容認」が前提となっているのが大きな違いです。

そういう行動の中に「逃散」が含まれるかどうかはやや微妙です。逃散にもいろんな行動類型があるでしょうから一概に分類するのは危険ですが、比較的多数の者は、第四段階ないし第五段階の意識により行なわれていると考えています。つまり「オレが辞めたら後は大変な事になるだろうが、もう知らん」てな心境です。医療崩壊の最後の防波堤として支え続けるのに疲れ果てた上での行動と言う事です。

第六段階は涅槃の境地で見つめているうちに、じっとしていられなくなった意識と考えます。だから覚醒して行動になる理屈ですが、上述したとおり「崩壊容認」が前提の行動です。第二・第三段階の行動が、現状の医療システムを守った上で、自分のQOMLを確保できないかと考えたのに対して、第六段階は医療システムが崩壊しても自分のQOMLを守ろうとする行動とすれば良いかと思います。

では具体的にどんな行動かと言えば、遵法運動です。とくにここ一年ばかりで、医師は自分たちに本来与えられる労働環境がどんなものか知るようになりました。労働環境を約束する労働法規も同様です。ほんの一年前なら、そんなものを聞き、読まされても、全く別世界の話としか感じませんでしたが、今は大きく変わってきています。「そうするべきだ」から「そうであらねばならない」と考えるものが急増しています。とくにネット医師では考えとしては当の昔に主流です。

従来の奴隷労働礼賛意識に洗脳された状態からいきなり覚醒するのは容易ではありません。容易でないから心の葛藤から抑鬱になり、従来の倫理との妥協から涅槃があると考えます。しかし涅槃では一向に問題は解決せず、苦しさは増すばかりと感じても不思議ありません。涅槃が必ずしもゴールでないと考え始めると思います。

こんな話は前からあるのですが、意識を抱き始めても実際に行動に移すのは別の話です。覚醒による行動は周囲に大きな影響を及ぼします。病院内で一人だけ覚醒して行動しても、周囲からのバッシングは必至で本物の鬱になりかねません。そうならないためには覚醒した者が多数派ないし相当勢力になる必要があります。覚醒者が増えるほど臨界点は高まり、従来の医の倫理を支えた湿り気は干上がっていきます。そこまで行って、誰かが先陣を切って火をつければ一瞬に燃え上がります。その火力は覚醒に至っていない医師たちの湿り気さえ吹き飛ばす業火になるでしょう。

そういう日が近づいています。一日経てば覚醒者は確実に増えます。この流れを押し止めようとする者はいません。