当直と税金と勤務

ちょっとまとめにくいお話なんですが、昨日うっかり予告編を出してしまい、一部に楽しみにしている方もおられるようなので取り上げます。2007年5月15日付読売新聞より、

市立3病院追徴税1187万円、宿・日直手当分で告知…長崎税務署

 長崎市病院局は14日、市民病院、成人病センター、野母崎病院の市立3病院で、医師の宿・日直手当など総額約3655万円について源泉徴収をせず、長崎税務署から約1187万円の追加徴収の告知を受けた、と発表した。同局は同日付で納付した。

 同局によると、国税庁の通達では、宿・日直勤務1回の手当のうち4000円は非課税となる。しかし、勤務中に医療行為を行った場合は、宿・日直勤務とみなされず、通常勤務として手当全額が課税対象となるが、同局は非課税扱いとしてきた。昨年8月以降、同税務署から調査を受けていた。

 調査の結果、2003年から4年間で、医師112人分、計約1059万円の徴収漏れが分かり、延滞税などを加えた約1187万円の追加徴収を求められた。同局が立て替えて納付し、今後、医師から個別に徴収するという。

 同局企画総務課の片岡研之課長は「通達の解釈が間違っていた。今後、是正する」と述べた。

まず当直料の税制上の扱いが簡潔にまとめられています。

  • 宿・日直勤務1回の手当のうち4000円は非課税となる
  • 勤務中に医療行為を行った場合は、宿・日直勤務とみなされず、通常勤務として手当全額が課税対象となる
これは国税庁通達だそうです。そうなると問題は「勤務中の医療行為」とはどんな程度になるかです。当直医ですから院内の患者の病状についての相談もあるでしょうし、かかりつけの患者からの電話問合せもあります。また時間外診療の必要も出てきます。それらの行為を1回でもしたら「宿・日直勤務とみなされず、通常勤務として手当全額が課税対象となる」とはさすがに杓子定規と感じます。

そのためにと思いたいのですが、平成14年3月19日付基発第0319007号「医療機関における 休日及び夜間勤務の適正化について」厚生労働省通達があると考えます。そこにはこの国税庁通達と矛盾しないように、まず宿日直勤務の趣旨と題して定義を打ち出しています。

 宿日直勤務とは、仕事の終了から翌日の仕事の開始までの時間や休日について、原則として通常の労働は行わず、労働者を事業場で待機させ、電話の対応、火災等の予防のための巡視、非常事態発生時の連絡等に当たらせるものです。したがって、所定時間外や休日の勤務であっても、本来の業務の延長と考えられるような業務を処理することは、宿日直勤務と呼んでいても労働基準法(以下「法」という。)上の宿日直勤務として取り扱うことはできません。

 これらの宿日直勤務については、宿日直勤務に従事している間は、常態としてほとんど労働する必要がないことから、所轄労働基準監督署長の許可を受ければ、法第33条の届出又は法第36条に基づく労使協定の締結・届出を行ったり、法第37条に基づく割増賃金を支払う必要はないこととされています。

ここで明記されている事は、

  • 原則として通常の労働は行わない
  • 労働者を事業場で待機させる
  • 電話の対応、火災等の予防のための巡視、非常事態発生時の連絡等に当たらせる
電話の対応はどうやら医療行為に当たらないとしているようですが、その他に挙げられている業務の「火災等の予防のための巡視、非常事態発生時の連絡等」はたしかに医療行為に当たらないと考えられます。もっとも電話対応が電話再診となったときにはどう解釈するかはこの文言だけではわかりませんが、「原則として通常の労働は行なわない」とはっきり謳っています。

次に問題となるのは「原則」とはどの程度を指すかです。これは勤務の態様として明記されています。

 常態としてほとんど労働する必要がない勤務のみを認めるものであり、病室の定時巡回、少数の要注意患者の検脈、検温等の特殊な措置を要しない軽度の、又は短時間の業務を行うことを目的とするものに限ること。したがって、原則として、通常の労働の継続は認められないが、救急医療等を行うことが稀にあっても、一般的にみて睡眠が充分とりうるものであれば差し支えないこと。

 なお、救急医療等の通常の労働を行った場合、下記3のとおり、法第37条に基づく割増賃金を支払う必要があること。

「原則」についての具体的な項目が列挙されています。

  • 病室の定時巡回
  • 少数の要注意患者の検脈、検温等の特殊な措置を要しない軽度の、又は短時間の業務
  • 原則として、通常の労働の継続は認められない
  • 救急医療等を行うことが稀にあっても、一般的にみて睡眠が充分とりうるものであれば差し支えないこと
これから電話対応は短時間の業務に含まれると考えるのが妥当になります。救急医療等も「稀」であれば許容範囲とし、救急医療を行なう事があっても、「睡眠が充分とりうるものであれば差し支えないこと」となっています。

そうなると問題は

  • 稀の程度
  • 十分取れる睡眠とはどの程度
となります。稀の程度の常識的な解釈は「ほとんどない」、「滅多に無い」と考えるのが自然です。非常に甘く解釈しても一晩当直して、あるかないか程度ならギリギリ許容範囲と考えます。もっと一般的な解釈なら「月に1回あるかないか」もしくは「年に数回あるかないか」ぐらいの方がより適した解釈になるのは言うまでもありません。その程度なら睡眠も十分取れるかと考えます。

そういう稀に起こる救急医療に対しての扱いに対しても、この通達は厳重に対処を明記しています。稀とは言え救急医療は通常勤務に当たるものであり、行なえば国税庁通達に抵触する可能性があります。つまり1回でも救急医療を行なえば通常勤務と見なされ、課税対象になる可能性が生じるからです。そこで稀に起こった救急医療と当直を峻別するように指示しています。

宿日直勤務中に通常の労働が突発的に行われる場合

 宿日直勤務中に救急患者への対応等の通常の労働が突発的に行われることがあるものの、夜間に充分な睡眠時間が確保できる場合には、宿日直勤務として対応することが可能ですが、その突発的に行われた労働に対しては、次のような取扱いを行う必要があります。

  1. 労働基準法第37条に定める割増賃金を支払うこと
  2. 法第36条に定める時間外労働・休日労働に関する労使協定の締結・届出が行われていない場合には、法第33条に定める非常災害時の理由による労働時間の延長・休日労働届を所轄労働基準監督署長に届け出ること

稀に起こった救急医療に対しては、診療に従事した時間を当直時間から切り離して時間外勤務としてもよいの内容です。「充分な睡眠時間が確保できる場合」に限定して、当直医が一時的に時間外労働に従事した事とし、全体としては当直と見なして構わないの通達です。その代わり救急医療に従事した時間は時間外勤務として割増賃金を払うという事です。国税庁通達と現状を擦り合わした通達と考えられます。

では時間外手当を払えば無制限に当直体制で良いかと言えばそうではなく、厚生労働省通達でも繰り返し使われている「十分な睡眠が取れる事」に抵触すれば認められなくなります。具体的には、

宿日直勤務中に通常の労働が頻繁に行われる場合

 宿日直勤務中に救急患者の対応等が頻繁に行われ、夜間に充分な睡眠時間が確保できないなど常態として昼間と同様の勤務に従事することとなる場合には、たとえ上記(1)の1及び2の対応(時間外割増賃金の支払いと三六協定の締結)を行っていたとしても、上記2の宿日直勤務の許可基準に定められた事項に適合しない労働実態であることから、宿日直勤務で対応することはできません。

 したがって、現在、宿日直勤務の許可を受けている場合には、その許可が取り消されることになりますので、交代制を導入するなど業務執行体制を見直す必要があります。

どこまで行っても「稀」と「十分な睡眠が取れる」の具体的な頻度が書いてありませんので、おそらくこれまでは厚生労働大臣答弁にもあるように、少しでも時間があれば医師は即座に熟睡し、救急医療が発生すれば即座に覚醒して業務に当たるの架空の前提で「十分な睡眠時間を取れている」と運用してきたと考えています。

睡眠時間は大臣答弁を引用して糊塗出来ても、この通達にあるように救急医療に従事した時間に割増賃金を払わないと本来は通達違反になります。しかしまともに時間外賃金を払えば、その頻度、金額により「稀」でなければならないはずの救急診療の頻度がわかり、当直ではなく勤務であると認定されてしまう可能性が高くなり、一切無かった事にしての不法な労働慣行が横行していたと考えます。

今回の長崎の事件はそういう不法な労働慣行に大きな警鐘を鳴らしたものと考えます。国税庁の調査権限は強大です。たとえ当直医に当直料しか払わず、救急医療等が発生して厚生労働省通達で必要とされる時間外手当を払わず隠蔽しようとしても、カルテを点検すればどれほどの時間外勤務が行われたかが暴露されると言う事です。暴露した上で、国税庁通達に違反しているかどうかを認定するのは国税庁です。そして行なった行為は脱税行為に等しいものとなります。

ここで問題なのは厚生労働省通達を守れば国税庁通達に違反しないかどうかですが、行政府は法解釈の一元性を尊ぶのが原則とされています。ですから厚生労働省通達もあれほど詳細を極めていると考えるのが妥当でしょう。これはあくまでも私の感触ですが、長崎の事例と類似の運用の病院は全国に多数あると考えます。病院3つで1187万円ですから、10ヶ所で3500万円、100ヶ所で3億5000万円。、1000ヶ所で35億円です。

病院経営者の皆様、今日にも国税庁の調査員が訪れるかもしれません。国税庁にすれば宝の山を発見したと考えているかもしれませんからね。