理研の事件

2007年5月14日付読売新聞より、

理研労基法違反で是正勧告、時間外賃金200万円未払い

 理化学研究所和光研究所(埼玉県和光市)が、研究員や技術員に対し違法な時間外労働を行わせているとして、さいたま労働基準監督署から2006年6月と12月の2回にわたり是正勧告を受けていたことが分かった。

 監督署では未払いの時間外労働賃金を支払うよう求めており、総額は200万円前後にのぼるとみられる。

 是正勧告の対象となっているのは、同研究所の中で裁量労働制の労使協定が結ばれていない3研究センターを中心とする研究職、技術職の職員650人。同研究所によれば、このうち任期制職員396人については給与に超過勤務手当相当額が含まれているものとみなして労務管理を行ってきたが、労働契約書や就業規則には明記していなかった。このため労働基準法に反していると指摘された。

 また、任期制以外の職員については月15時間分の超過勤務手当が定額支給されているが、これを超える場合には手当の支払いが必要とされた。

 同研究所では4月までに、任期制職員に対して超過勤務手当が給与に含まれていることを承知していたかどうかの確認書を配布。研究ノートなどを参考にした勤務実態の把握や、所属長による超過勤務命令の有無を調査した結果、未払い分の支払いを求める職員十数人について、6月にも過去2年にさかのぼり手当を支給することにした。

 同研究所の大河内真理事は「そもそも研究者に時間外労働や超過勤務手当の概念はなじまないので、裁量労働制の導入に向けた交渉を進めている。ただ現状では労働基準法に照らして問題があることは事実だ」と認めている。一方、職員からは「研究所の業務のために時間外労働になることもある。所属長が超過勤務命令を出したと認めない場合も多く、未払い分全額が支払われるのかは疑問」との声も出ている。

事件の構図自体は簡単で

裁量労働制はまず次のような概念となっています。

事業運営上の重要な決定が行われる事業場における「事業の運営に関する事項についての企画、立案、調査、分析の業務」であって、その遂行の手段や時間配分の決定等に関し、使用者が具体的指示をしないもの

つまり就業時間に縛られない代わりに使用者は労働者がどのような時間配分、どのような労働形態を取ろうとも基本的に口を出さない労働体制と解釈すればよいでしょうか。そうでなくては裁量の意味がありません。裁量するのは労働者であり使用者でないのが特徴と言えるかもしれません。研究者なんかに相応しい労働体制と言えるかもしれません。

裁量労働制を取り入れるためには次の条件を満たさなければならないとされています。

職場においてこれらを裁量労働制としての対象とするには、労使委員会を設立し、次の事項について全員一致の決議が必要で、かつ決議は労働基準監督署長への提出が必要です。

  1. 対象業務
  2. 対象労働者
  3. みなし労働時間
  4. 労働時間の状況に応じた対象労働者の健康や福祉確保の為の措置
  5. 対象労働者からの苦情処理に関する措置
  6. 労働者の同意の取得、不同意者の不利益取扱いの禁止
  7. 命令で定める事項

使用者側が鰻上りに増える時間外手当に悲鳴をあげて勝手に導入してはならないと言う事です。裁量労働になると差し引きすると労働者側のほうが不利になる事が多いとされ、導入には労働者側の同意が必須となっています。また上記項目で明らかなように、労使委員会で合意しても、労働者個人として不同意のものには「不利益取扱いの禁止」まで明記されています。実際の運用はどうかは知りませんが、最終的に職場で導入されても、労働者一人一人については、選択できる労働形態の一つであり、最後は一人一人に同意を取る必要があると考えられます。つまり労使委員会の同意があっても労働者に即座に裁量労働制が強制できるわけでなく、たんに使用者が労働者に正式に裁量労働制の選択を提案できるだけだとも解釈できます。

理研の違反は理事のコメントからわかります。

「そもそも研究者に時間外労働や超過勤務手当の概念はなじまないので、裁量労働制の導入に向けた交渉を進めている。ただ現状では労働基準法に照らして問題があることは事実だ」

労使委員会の交渉はしていた、ないしはしようとしていたが、未だ合意にも至らず、当然の事ながら労働基準監督局にも届る段階でなかったことがわかります。にも関わらず一方的に裁量労働制に等しい労働条件を職員に押し付けていたということです。上記したように裁量労働制の導入には、

  • 第一段階:労使委員会の合意
  • 第二段階:個々の労働者の合意
理研は第一段階でさえ交渉中であるのに、第二段階の合意さえ無しに、裁量労働制まがいの労働体制を押し付けていたから違反であるとされたのです。簡単明瞭な労働基準法違反事件です。

理研の職員の皆様、良かったですね。本当に良かったと思います。このような事例が摘発されて新聞報道にまでなると言うのに、勤務医の医療現場における労働基準法違反はいつになったら問題視されるのでしょうか。その落差をしみじみ感じた朝でした。