真実はどこに

あえて2007年4月29日付毎日新聞より引用

診療情報流出:19病院で転送断られた妊婦遺族が告訴へ

 奈良県大淀町の町立大淀病院で昨年8月、分娩(ぶんべん)中に意識不明になった高崎実香さん(当時32歳)=同県五條市=が、県内外の19病院で転送を断られた末に搬送先の病院で出産後に死亡した問題で、高崎さんの診療情報がインターネット上に流出していたことが分かった。遺族は被疑者不詳のまま町個人情報保護条例違反容疑で、5月にも県警に告訴する。

 流出したのは、高崎さんの看護記録や意識を失った時刻、医師と遺族のやりとりなど。ネット上の医師専用の掲示板に書き込まれ、多数のブログなどに転載された。この掲示板は登録者数10万人以上で、問題が報道された昨年10月から書き込みが始まった。

 遺族は「医師専用掲示板には患者の中傷があふれている。診療情報の流出は自分たちだけの問題ではないと思い、告訴に踏み切ることを決めた」と話している。

中村敦茂】

奈良事件の是非とか詳細とかは語りつくされているので記事内容の問題について考えます。焦点はただ一つ

    どこからカルテ情報が流出したか
これだけです。カルテ情報は医療情報であり、個人情報保護法が出来る遥か前から情報の流出は厳重に管理されています。これは医師にとって常識の話であり、この常識を知らない医師はいません。カルテ情報の保護の規律は厳しく、しばしば医師のブログで失敗される方に、読者の興味を引くエピソードを書こうとする余り、実話の描写が詳しくなりすぎて、個人が特定できそうになり問題になります。

詳しいと言ってもブログには医師の個人名も、勤務先病院も、患者の名前も一切書かれていません。しかしブログも長く続くと、書いている医師は○○病院勤務であろう、となると△△科の××医師であろう、であればエピソードに取り上げられているのは患者の**に違いない程度でも医療情報保護の観点から宜しくないとされています。

ですから奈良事件で流出したカルテ情報も、医師個人が勝手に漏洩したのであればこれは許されざる問題です。医師個人があの時の報道の偏向に義憤を感じて漏洩させたのであれば、医師として感情は理解できますが、医師の倫理として完全に一線を越えたものになり批判を超えて完全に犯罪行為です。

奈良事件は私も取り上げたから覚えていますが、カルテ情報は医師が独断で漏洩したものではなかったはずです。流出経路の大元は遺族が記者会見でマスコミに資料として配布したとされています。当時は情報が錯綜していまして、配布したのが病院側という話もありましたが、病院が家族に無断でカルテを公表する事はありえません。病院が記者会見で配布したのであれば、家族の事前の了解がなければ不可能です。

カルテのコピーについての当時の記録というか記憶について「マスコミたらい回し」とは? (その45) ネットにカルテ流出ってホント?読売新聞は奈良県の産科を完全に崩壊させ、近畿の「産科ドミノ倒し」を推進するつもりか→追記あり: 天漢日乗にこうあります。

報道側の態度でもっともおかしかったのは

 看護記録を全面に押し出して、カルテの分析をせず、出産中の脳内出血という極めてまれでかつ残念ながら予後の大変によくない(最良でも植物状態)病態を、あたかも「手を尽くしていれば死なずに済んだ」と感情的に煽った点
である。看護記録もカルテも、取材する側は持っており、当初の報道では看護記録の記述のアップが映像資料として多用されていた。

私は当時のテレビ報道は見ていないので知りませんが、天漢日乗氏は実際にテレビ報道でカルテのコピーを見たと証言されています。こんな事に天漢日乗氏が嘘をついても始まりませんので、この事から報道機関はカルテのコピーを入手していた事がわかります。カルテのコピーは上述の通り家族の了承無しに何人も公表できませんから、家族は報道機関にカルテのコピーを資料として渡していた事はまず間違いないと言えます。

次の問題はカルテのコピーをどれだけの範囲にどういう条件で配布したかです。たとえば家族が死因を分析するために医師や弁護士にコピーを渡し、分析を依頼された医師や弁護士が漏出させたのであればこれは犯罪です。また取材に訪れた記者に事件性の有無を新聞社の力で行なってくれるように依頼し、新聞社から分析を依頼された医師や弁護士が漏出させたのであっても犯罪です。どちらのケースも前提として他人には見せない事が条件であるからです。

ところが情報通り、記者会見で資料として配布されたのであれば公開情報です。公開情報であれば、その資料を基にどんな報道がなされようが、どんな分析、論議がなされても自由です。公開された瞬間に保護の鍵が外され、誰でも接触できる自由な情報に変わったからです。もちろん誹謗中傷は許されませんが、一定の根拠に基づけば様々な分析が可能となっているはずです。

この告訴記事でもし家族側の主張として正当性があるとすれば、カルテのコピーの配布時に、配布された報道機関以外へのコピー配布を許可しない事を条件とした時です。コピーに通し番号をつけての限定配布みたいな形式で、そうしておいてカルテ情報に基づいて報道できるのは、家族の配布許可を受けた報道機関でのみしか許されない条件です。

自分で書いても妙な感じがするのですが、そんな形式の報道が許されるのでしょうか。類似の例が無いとは言えません。たとえば政治家などの生前の極秘の手記の公開などではそういう形式が取られる事があります。それが今回であれば複数以上の有力メディアにのみ許可されていたと考えれば、理屈は通らないでもありません。かなり無理がある解釈ですが、前例はあると言えなくはありません。

そうであればその事を家族及び弁護士は全面的に主張し証明する必要があります。カルテのコピー配布は認められた報道機関にのみ許可されたものであり、二次配布は認めない契約であったとです。そういう報道協定をコピー配布時に結んでいたから、ネットへの流出は違法行為であると。

そういう報道協定が可能かどうかの法律論は専門家の意見を聞きたいところですが、報道協定があったとしても、あくまでも協定ですから協定の存在を公表する必要があると考えます。カルテのコピーが存在する事はテレビ報道までなされているのですから、この事件に興味がある人間はすべて知っています。その時に私の知る限り、カルテのコピーがそういう報道協定の元に配布された事を、記事なり、テレビ報道で見た事も聞いた事がありません。

もっと言えば今回の告訴記事でもそんな事は一言一句書かれていません。報道協定の存在を知らなければ、記者会見で資料として配布されたコピーは誰でも自由に読めるものと考えるのが自然です。それともメディアの慣習として、記者会見時に資料として配布されたものは、配布された報道機関のみの独占資料であり、その資料を読めるのは配布されたメディアにのみしか許されないのが常識なんでしょうか。

そういう常識があるのならそれも主張すべしでしょう。それが報道の常識であり、ルールであると。そんなルールを無知な我々一般人は知らないのですから、今回が良い機会ですから大いに報道して啓蒙すべきじゃないでしょうか。そうしないとこのネット社会ですから、そういう情報は今回に限らず流出します。

最後にもう一度まとめますが、告訴までするのなら、

  • カルテのコピー配布時に報道協定が結ばれていた
  • 報道の慣習として独占資料である
このいずれかが証明されないと理解が不能です。またこのいずれかまたは両方があったとしても、
  • 報道協定の存在は全く周知されていない
  • 報道の慣習は一般化されていない
この件に関する正しい解釈のしかたを誰か教えてください。私にはこれ以上わかりません。