小児救急の抑制策は

昨日のエントリーを書いた時点から今日のエントリーを予定したわけではありませんが、それでも続編風になります。昨日書いたお話の結論は、どんなにニーズ論を唱えられても24時間365日コンビニ小児救急の成立は物理的に不可能というものです。不可能なので小児救急が目指さなければならないのは、

    日本の小児科の戦力で行える範囲に小児救急の需要を抑制する
昨日のお話では「ではどうする?」が抜けていますので、今日はその点を中心に書いてみたいと思います。この事について秀逸な論評を立ててられるステトスコープ・チェロ・電鍵小児救急 私論 がありますので、これをベースに話を進めたいと思います。実はコメントを書き込もうと思ったのですが、管理人のJA1NUT氏のコメントに

ネットですので、発言される場合に、ハンドルなしでも基本的には構いませんが、所属(医療との関わり)を明らかにして頂けたら幸いです。

とあり、なんとなくびびったので自分のところでエントリーを書いてTBにさせて頂きます。やっぱり小心者だな〜

本論に戻りますが、JA1NUT氏はまず小児救急受診患者の分類を行なっています。そのままでも良いのですが少しだけアレンジして書き出します。

    Ⅰ群:救急の本当に必要な群;中には重症者も含まれる
    Ⅱ群:親が心配して救急にかかる群;大多数は軽症で救急不要
    Ⅲ群:リピーター群
      a:親が共稼ぎで夜間しか受診できぬ等社会的な問題がある
      b:親の医療についての意識に問題があり、表面上の利便性を求めて、夜間・休日に受診する
Ⅰ群とⅡ群の区別がやや微妙なんですが、Ⅰ群はそれなりに重症感があり、小児科医から見れば必ずしも救急受診必要ではないが、受診するのは仕方がないだろうとみなされるグループと考えます。Ⅱ群は見るからに軽症の上に本当に軽症であり、これぐらいは翌日まで受診を待って欲しいと小児科医が本音では考える者ぐらいに解釈しています。両群に本当の重症者は含まれますが、Ⅰ群>>Ⅱ群とすれば良いでしょう。

こういうグループ分けをした上でJA1NUT氏は、

特に、分類上Ⅲ-bの群が、近年大きく増えてきていることが問題で、そのような患者・家族への対応が大きな問題になっている。

JA1NUT氏の主張は、Ⅰ群は救急受診をして当然であり、Ⅱ群も小児科の特性上ある程度やむを得ないとしています。さらにⅢ-aも社会の歪の影響があり医師として受容すべきであるとの考えと受け取りました。「甘い」と言われる小児科医ですが、私もその「甘い」小児科医の一人なのでこの主張を否定しにくいところです。

私は単純なので小児救急抑制策となれば物理的障壁、すなわち経済的障壁での抑制策しか思いつかなかったのですが、JA1NUT氏はこれを肯定しません。まずⅢ-b群の受診抑制策として現在行なわれている、または考えられているものを列挙しています。

  • 経済的なデメリットを与える
  • 最小限の投薬しか行わない
  • 深夜帯に受診したら原則入院をさせる
  • 電話による相談を受ける
  • トリアージをして患者を振り分ける
電話相談もトリアージに含まれると思うのですが、このうち経済的デメリットを与えるについては、

経済的に患者に大きな負担を与えることは、Ⅰ群からⅢ群すべての受診を等しく抑制する可能性があるので、私は、大きな負担を与えることには反対だ。この方法では、救急医療の一番の目的である、Ⅰ群を見出すことに結果として反する可能性がある。

真正面からは反論しにくい主張です。そう考えるから、大多数の軽症者の中の一握りの重症者を発見するために小児救急担当者は歯を食いしばって頑張ってきました。しかし現実は小児科の戦力を確実に上回る需要が発生し、小児科医は疲弊しシステムは破綻に向かっています。もちろんJA1NUT氏は「ニーズがあるからこれに応えよ」式の浅はかな論者ではありません。経済的デメリットは反対としながら、

しかし、需要を抑制するための、こうした検討は必要なことだ。官僚や政治家は、こうした表面的に住民サービスへの低下になるようなことには積極的にならないが、それに抗してでも、検討・実施してゆく必要がある。

経済的デメリットは個人的には反対だが選択枝として完全否定していないと考えます。ただ経済的デメリット策をできるだけ避ける方法としての提案をされています。

こうした需要抑制策と相俟って、私は、患者・家族への教育、より良い医師患者関係の確立が必要だと思う。Ⅱ群およびⅢ群の大部分には、診療よりも、患者の親への説明・教育が必要だ。さらに、その説明は、患者・家族の個別の特性・家庭環境等々を理解し、時間をかけて行う必要がある。これは、本当の意味でのかかりつけ医の役割だ。官僚が患者の医療機関へのアクセスを制限するために持ち出してくる、かかりつけ医ではない、本当の意味で普段から様々に接する医師と、患者・家族の関係。それは時間をかけて築き上げる信頼に基づいている。

JA1NUT氏の主張を私はこう解釈します。真意を誤解している可能性もありますが、

    かかりつけ医がⅡ群、Ⅲ群の啓蒙を行なって救急抑制を行なう
実に美しい主張です。そういう風に解決すれば日本は本当の意味での「美しい国」です。これを皮肉と受け取られるのは心外ですし、JA1NUT氏も「これ以外に道は無し」と断言されているわけではありません。この抑制策を行なうにはコミュニケーションを取れる十分な時間が必要条件なのですが、

現状では、そうした関係を結ぶには、小児科医はあまりに忙しすぎる。また、個々の診療に時間を割いていたら、経営が成り立たない診療報酬になっている。

啓蒙なんてノンビリした事をやっていれば小児科の経営が成り立たない現状を厳しく指摘しています。

ここからは一応反論です。反論という言葉はきつすぎるので、疑問点の質問とか見解の相違ぐらいに解釈してもらったほうが良いと思います。もし小児科医が患者の家族と十分なコミュニケーションを取れる時間があり、救急受診についての啓蒙を行えば有効な受診抑制策につながるかどうかです。

JA1NUT氏が分類されたⅡ群患者は病気の経験を重ねればⅠ群に変わります。昼間の外来にもこういう親は受診されます。言ったら悪いですが、育児ノイローゼ気味の母親で、昨今の事であり家族以外にコミュニケーションを取れないタイプの方に多いと感じています。本当に毎日受診されます。下手すると朝受診して、昼に問合せの電話があり、夕方にもう一度受診して、さらに夜間の救急まで受診する事も作り話ではありません。もちろん昼間の受診も私が下手なので1回につき30分以上は話し込んでいますし、電話も同様です。

こういうタイプの方も子供が1歳を越えるよう頃になれば大部分は落ち着いてきます。それまでの時間を短縮する術は私のような未熟な医師ではちょっと思いつきません。だから「しかたがない」と考えざるを得ません。啓蒙には時間がかかるものなのです。

Ⅲ群は啓蒙ではどうしようもないと私は感じています。Ⅲ-aは話が広がって難しくなるので、Ⅲ-bに話を絞りますが、啓蒙でどれほどの抑制が出来るのかに疑問を感じます。一定の割合はⅠ群にする事はありえるでしょうが、これがどれほどの割合に出来るかについて自信が持てません。言い方は悪いですが、啓蒙や経験によりⅠ群に変わるのは最初からⅡ群の患者であり、啓蒙や経験でも改善しないのがⅢ-bであるような感じがするからです。

ここがJA1NUT氏との見解の差なんですが、JA1NUT氏はⅢ群でも啓蒙によりⅠ群に変わると考えておられ、私は啓蒙で変わらないのがⅢ群と考えています。どちらが正しいのかは答えの出る問題ではありませんし、解釈論の相違程度の小さな違いとも考えられます。強いての違いはJA1NUT氏が啓蒙によりⅢ群がかなり抑制できる可能性を考えていますが、私はそんなに効果が見込めないのではないかと考えているぐらいです。

啓蒙ではⅢ群の患者の受診抑制は大きな効果を見込めないと考える私の立場で言えば、やはり受診抑制策は経済的デメリット策に傾きます。そうする事は救急受診全体の抑制につながるので、本当に受診が必要な重症患者まで抑制につながる議論は正論ですが、そこを重視するほどの余力が小児科全体にあるのかどうかが問題です。地域や各医師の考え方によりここは問題の多い点ですが、私は無いと考えています。

正論を重視していると、政府のⅢ群増産政策である小児医療の無料化の前に、小児救急医療全体が倒壊するのは確実だと考えています。Ⅲ-bの患者が増えるのは小児科医の努力不足というよりは、そういう思想を持つ人間が社会の少なからぬ割合を占め、さらにこの比率はこれから増大する一方になると考えられます。社会的背景で増えてくるものを小児科医だけの啓蒙で押し止め、さらに押し返そうとするのは事実上無理であると私は考えざるを得ません。Ⅲ-bの患者は言い方は悪いですが確信犯であり、啓蒙により蒙を啓く可能性は少ないんじゃないでしょうか。確信犯に対しての現実的対策は、嫌でも「痛み」を伴うものが必要であり、痛みとは経済的デメリット以外には思いつきません。

ひとつ言える事は、国及び厚生労働省が行うのは啓蒙路線でしょう。誰も痛みを行なう悪者にはなりたくありません。小児救急は医師以外は24時間全国コンビニ化を唱えている方が受けが良いし、拍手喝采されます。物理的に不可能であっても、当分は開業医の不協力により整備が進まないとしておけば、スケープゴートは開業医になります。開業医さえ協力すれば24時間全国コンビニ小児救急が出来るとのプロパガンダもまたマスコミが喜びそうなネタです。

その傍らでひっそりと「啓蒙も必要と考える」ぐらいが出るぐらいでしょうがね。小児救急問題も行くところまで行って、瓦解する日が来るまでどうしようもないと考えています。