24時間365日コンビニ小児救急の試算

全国には約360の小児二次診療圏があり、単純計算で二次診療圏一つ当たり30〜35万人の人口を抱えています。この二次診療圏にコンビニ救急を作るとしたら、夜間でも2診体制は欲しいところです。もちろん勤務医している医師の負担を軽減し、永続的に続けていくためには労働法規無視の当直夜勤化体制では駄目で、交代勤務制を敷かなければなりません。精神論で補う姿勢は自分の首を絞めることになります。

夜間2診体制に必要な人数は外来2人と病棟1人となります。夜勤回数を労働者の健康管理のために望ましいとされる64時間、すなわち月に4回とすれば、必要な人数の計算の詳細は省略しますが21人必要です。もちろんこの計算は労働基準法の週間40時間の上限を守った上での事です。

21人体制のコンビニ病院を360作れば21×360=7560(人)の小児科医が必要となります。これはいわゆる一〜二次コンビニ救急の必要数です。小児診療はコンビニ救急だけがすべてではありません、三次救急も必要です。三次救急の必要数の計算根拠がわかりませんが、人口100万人に一つとすれば120必要です。三次救急にNICU機能も含ませるとすれば、ここにも21人程度の小児科医が必要です。そうなれば120×21=2520(人)となります。

二次診療圏にコンビニ拠点のほかにも救急をしない小児科病院も欲しいところです。入院機能を持つためには3人は必要で、これが一つの二次診療圏に3つとすれば、3×3×360=3240(人)となり、全部あわせると7560+2520+3240=13320(人)です。とりあえずこれだけの小児科医がいれば、辛うじて24時間365日コンビニ小児救急は可能かと考えます。これ以下の人数では体制を形の上で作っても、慢性的な疲労から自壊してしまいます。

13320人の小児科医がいればすべてOKかといえばそうではありません。この上に研究、教育に従事する医師が必要です。全国約100の大学病院がこの役目を果たすとして、研究・教育に従事する医師が10人づつとして1000人、そうなれば小児科勤務医の必要数は14320人となります。

ここで現実の小児科医の数はどうなっているかといえば、医師の需給に関する検討会報告書の小児科に関する記述にはこうなっています。

小児科については、平成16年医師・歯科医師・薬剤師調査では、14,677人と平成14年調査に比べ、約200名増加している。病院に従事する医師は、この間に8,429人から8,393人と約40人減少しているが、各年齢階級における病院に従事する医師の割合の変化は明らかではなく、臨床研修制度の開始により診療科に従事する医師の就職が遅れた影響がうかがわれる。

この報告書でわかる平成16年度の小児科医の実数は

  • 開業医も含めて14,677人である。
  • そのうち勤務医は8,393人である(従って開業医は6284人)
  • 平成14年から16年の2年間の小児科医増加数は200人である(つまり年間100人)
先ほどの24時間365日コンビニ小児救急を行なうための総小児科医数は辛うじて満たしています。ただしこれは開業医を根こそぎ小児救急要員として動員しての話です。そんな事は不可能であるのは言うまでもありません。そうなると小児コンビニ救急を成立させるための必要数には14320−8393=5927(人)不足している事になります。

ここで仮に新研修医制度の混乱が終わり、制度以前の年間増加数である年間100人の小児科医数増加が戻ったとすれば、勤務医の増加数は年間57人(勤務医:開業医の比率が57:43として)となります。そうなれば不足分を補うためには5927÷57=104(年)必要です。少子化のからみがあり、少子化が抑制されるのかドンドン進行するのかでこの長短は変わりますが単純計算で約100年です。

つまり足りない物は足りないと言う事です。足りないという絶対の前提に頬かむりして、システムだけ作ろうとしても無理があちこちにきます。足りないものをどうするかの対策も医師の需給に関する報告書に書いてあります。

  • 小児救急の増加に対し小児科医を増やさずに他の診療科医師で対応させる。
  • 電話相談事業を充実させる。
  • 開業医を動員する。
他の診療科とは主に内科医の事を指すと考えますが、内科医だってこれから人為的に量産される在宅医療に政策的に動員されます。在宅をカバーするだけの数が足りるかどうかも疑問視されているのに、小児科診療まで駆り出されるのはおそらく迷惑至極と思います。小児科開業医の動員も必要数を満たすためには総動員に近いものが必要です。高齢の医師は体力的に、中堅の医師は「開業してまで夜勤」の精神的に拒絶反応が強く、どれだけの協力が得られるるか未知数も良いところです。たとえ当初は大義名分に参加をしても負担が大きいと次々と脱落します。

現在の日本の小児科の戦力では24時間コンビニ救急は不可能です。今の戦力で求められるのは小児救急の抑制対策です。言い換えれば現在の持てる戦力で賄える程度まで小児救急の需要を抑制する事なのです。それ以外に小児救急を成立させる事は不可能です。こんな単純な算数が医師以外には理解できていません。厚生労働省も国もまったく理解していません。

「ニーズがあるから満たす」は、ニーズを満たすほどの戦力があってこそ言えるセリフです。戦力がニーズの半分も満たせない状況で精神論でそれを補おうとした歴史的教訓をもう忘れているみたいです。これは偏在でも何でもありません物理的に足りないのです。何か政策的誘導を行えば幻の過剰地域から小児科医が湧いてくるわけでもありません。真剣に小児コンビニ救急を行なうのは100年かかると言うことです。