医療事故に係る死因究明制度

この制度は去年から医師の間で設立の必要性を論議されていた第3者審査機関にあたるものです。この制度の検討に当たっては安倍総理予算委員会で力説した医師「確保」対策100億円のうち、1億3000万円と言う巨費を投じて検討されるとなっています。これに関して厚生労働省の骨格案が出来たようなので早速読んでみたいと思います。

タイトルは「診療行為に関連した死亡の死因究明等のあり方に関する課題と検討の方向性」となっております。全体が6つのブロックに分かれていますので、適宜引用しながら分析してみます。まず、

策定の背景

  1. 患者・家族にとって医療は安全・安心であることが期待されるため、医療従事者には、その期待に応えるよう、最大限の努力を講じることが求められる。一方で、診療行為には、一定の危険性が伴うものであり、場合によっては、死亡等の不幸な帰結につながる場合があり得る。 また、医療では、診療の内容に関わらず、患者と医療従事者との意思疎通が不十分であることや認識の違いによる不信感により、紛争が生じることもある。


  2. しかしながら、現在、診療行為に関連した死亡(以下「診療関連死」という。)等についての死因の調査や臨床経過の評価・分析等については、これまで、制度の構築等行政における対応が必ずしも十分ではなく、結果として民事手続や刑事手続に期待されるようになっているのが現状である。また、このような状況に至った要因の一つとして、死因の調査や臨床経過の評価・分析、再発防止策の検討等を行う専門的な機関が設けられていないことが指摘されている。


  3. これを踏まえ、患者にとって納得のいく安全・安心な医療の確保や不幸な事例の発生予防・再発防止等に資する観点から、今般、診療関連死の死因究明の仕組みやその届出のあり方等について、以下の通り課題と検討の方向性を提示する。 今後、これをたたき台として、診療関連死の死因究明等のあり方について、広く国民的な議論をいただきたい。

細かい点で気にかかることはありますが、「死因の調査や臨床経過の評価・分析、再発防止策の検討等を行う専門的な機関」が必要になったから作るのが目的であると素直に解釈して次に進みます。

診療関連死の死因究明を行う組織について

  1. 組織のあり方について


    1. 診療関連死の臨床経過や死因究明を担当する組織(以下「調査組織」という。)には、中立性・公正性や、臨床・解剖等に関する高度な専門性に加え、事故調査に関する調査権限、その際の秘密の保持等が求められる。こうした特性を考慮し、調査組織のあり方については、行政機関又は行政機関の中に置かれる委員会を中心に検討する。


    2. なお、監察医制度等の現行の死因究明のための機構や制度との関係を整理する必要がある。


  2. 組織の設置単位について


    1. 調査組織の設置単位としては、以下のものが考えられる。


      1. 医療従事者に対する処分権限が国にあることに着目した全国単位又は地方ブロック単位の組織
      2. 医療機関に対する指導等を担当するのが都道府県であることや、診療関連死の発生時の迅速な対応に着目した都道府県単位の組織


    2. なお、都道府県やブロック単位で調査組織を設ける場合、調査組織に対する支援や、調査結果の集積・還元等を行うための中央機関の設置も併せて検討する必要がある。


  3. 調査組織の構成について


    1. 調査組織には、高度の専門性が求められる一方で、調査の実務も担当することとなると考えられる。このため、調査組織は、


      1. 調査結果の評価を行う解剖担当医(例えば病理医や法医)や臨床医、法律家等の専門家により構成される調査・評価委員会(仮称)
      2. 委員会の指示の下で実務を担う事務局

        から構成されることが基本になると考えられる。


    2. また、併せて、こうした実務を担うための人材育成のあり方についても検討する必要がある。

 調査組織は行政組織の一部として設けられ、構成は全国組織の下に都道府県単位の組織が傘下に入るような形態が考えられているようです。組織のメンバーとしては解剖担当医(例えば病理医や法医)や臨床医、法律家等の専門家の3者を基本としている事が書かれています。

診療関連死の届出制度のあり方について

  1. 現状では、医療法に基づく医療事故情報収集等事業以外には、診療関連死の届出制度は設けられておらず、当事者以外の第三者が診療関連死の発生を把握することは困難となっている。このため、診療関連死に関する死因究明の仕組みを設けるためには、その届出の制度を併せて検討していく必要がある。今後、届出先や、届出対象となる診療関連死の範囲、医師法第21条の異状死の届出との関係等の具体化を図る必要がある。


  2. 届出先としては、例えば以下のようなものが考えられる。


    • 国又は都道府県が届出を受け付け、調査組織に調査をさせる仕組み
    • 調査組織が自ら届出を受け付け、調査を行う仕組み


  3. 届出対象となる診療関連死の範囲については、現在、医療事故情報収集等事業において、特定機能病院等に対して一定の範囲で医療事故等の発生の報告を求めているところであり、この実績も踏まえて検討する。


  4. 本制度による届出制度と医師法21条による異状死の届出制度との関係を整理する必要がある。

 ここは微妙な問題を含むところです。最近とみに問題化している医師法21条の異状死と診療関連死との境界の明確化について検討すると触れられています。境界を明確化しておいて、この調査機関は診療関連死の死因究明をすると考えれば良さそうです。

調査組織における調査のあり方について

  1. 調査組織における調査の手順としては、「診療行為に関連した死亡の調査分析モデル事業」の実績も踏まえ、例えば以下のものが考えられる。


    1. 死因調査のため、必要に応じ、解剖、CT等の画像検査、尿・血液検査等を実施
    2. 診療録の調査、関係者への聞き取り調査等を行い、臨床経過及び死因等を調査
    3. 解剖報告書、臨床経過等の調査結果等を調査・評価委員会において評価・検討(評価等を行う項目としては、死因、死亡等に至る臨床経過、診療行為の内容や再発防止策等が考えられる)
    4. 評価・検討結果を踏まえた調査報告書の作成
    5. 調査報告書の当事者への交付及び個人情報を削除した形での公表等


  2. なお、今後の調査のあり方の具体化に当たっては、例えば以下のような詳細な論点についても、検討していく必要がある。


    1. 死亡に至らない事例を届出及び調査の対象とするか否か
    2. 遺族等からの申出による調査開始の可否や遺族の範囲をどう考えるか
    3. 解剖の必要性の判断基準、解剖の執刀医や解剖に立ち会う者の選定の条件、臨床経過を確認するため担当医の解剖への立会いの是非
    4. 電話受付から、解剖実施の判断、解剖担当医の派遣調整等を迅速に行うための仕組み
    5. 事故の可能性がないことが判明した場合などの調査の終了の基準
    6. 院内の事故調査委員会等との関係と一定規模以上の病院等に対する院内事故調査委員会等の設置の義務付けの可否
    7. 調査過程及び調査報告における遺族等に対する配慮

 Ⅰ.に関してはこんなものかなと言うところです。要は調査して死因の報告書を作るということです。

 Ⅱ.に関しては微妙の問題を含みます。

 この調査機関の基本機能は死因究明機関となっていますが、後遺症についてまで扱うかの問題がまず触れられています。是非はともかくそこまで触れると扱う案件が膨大な数になるだろう事は予想されます。また先に異状死と診療関連死の境界を明確化して診療関連死をこの調査機関が取り扱うとなっていますが、診療関連死とされなかった事に納得できない遺族の、調査希望を受け入れるか否かも問題視されています。

 調査対象となる診療関連死の具体的な内容はこの報告書には書かれていません。この調査機関は策定の背景に書かれているように「患者にとって納得のいく安全・安心な医療の確保や不幸な事例の発生予防・再発防止等に資する」となっています。そうなればまず調査の対象となる診療関連死の定義が遺族にとっても納得のいく基準である必要があります。

 ただしどんな基準を作ろうともすべての遺族が納得するかと言えばそうなりません。どうしても専門的な定義となりますし、最近強くなっている患者の声である「病院で死ぬのは納得できない」の素朴な反応を説得できるものが出来るとはとても思えません。そうなれば診療関連死とされずに納得いかない遺族への対応は2つです。

  1. 診療関連死で無いから門前払い
  2. 希望があれば調査する
 a.であれば納得のいかない遺族は訴訟に持ち込みます。それしか死因究明方法がないからです。ここで行政の定めた診療関連死の定義が司法でも重視されれば良いのですが、もちろん司法は行政とは全く独立しており、行政の判断と異なるものを示す可能性は十分あります。誰かがやってみないと分からないと言う事になります。司法が行政判断を尊重してくれれば調査機関の診療関連死の定義は重くなるのですが、逆であれば鴻毛の如くに軽くなります。

 b.であれば診療関連死の定義は非常に軽くなります。定義に従って診療関連死で無いと判断しても、遺族の希望で調査をするのであれば定義の存在価値が問われる事になります。さらに言えば診療関連死でないと判断されるものを調査して問題ありと報告すれば、医療側が悪意の隠蔽をしていた場合を除き、診療関連死の定義の鼎の軽重を問われる事になります。

再発防止のための更なる取組


 調査組織の目的は、診療関連死の死因究明や再発防止策の提言となるため、調査報告書の交付等の時点でその任務は完了するが、調査報告書を踏まえた再発防止のための対応として、例えば以下のものが考えられ、その具体化の為には更なる検討が必要である。

  1. 調査報告書を通じて得られた診療関連死に関する知見や再発防止策等の集積と還元
  2. 調査報告書に記載された再発防止策等の医療機関における実施について、行政機関等による指導等

 ここまで読むとわかるのですが、調査機関はどうも調査をするだけの機関と言う位置づけのようです。調査して報告書を作成した後の取り組みについてここでは触れています。取り組みについては読めばそのままですが、データベースを作成する事と、調査報告書を基にした行政指導をするべきだと書かれています。

行政処分、民事紛争及び刑事手続との関係


また、併せて、以下の点についても検討していく。

  1. 調査組織の調査報告書において医療従事者の過失責任の可能性等が指摘されている場合の国による迅速な行政処分との関係
  2. 調査報告書の活用や当事者間の対話の促進等による、当事者間や第三者を介した形での民事紛争(裁判を含む)の解決の仕組み
  3. 刑事訴追の可能性がある場合における調査結果の取扱い等、刑事手続との関係(航空・鉄道事故調査委員会と捜査機関との関係も参考になる)

 最後に調査報告書をどう活用するかの具体策が書かれています。まず調査報告書で「クロ」とでれば「迅速」に行政処分を下す事は決定済のようです。また「クロ」の程度により民事か刑事の軽重まで判別するとなっています。う〜んと言うところですが、先にも繰り返した疑問がもう一度頭を巡ります。

 まず患者サイドで考えると、「シロ」と出た時の話は既に類似のシミュレーションはしましたので、「クロ」と出た時の事を考えてみます。クロで民事相当で○○円程度の賠償と提示されて額に納得がいかない時は交渉決裂で訴訟になります。訴訟でも調査機関が仲介した賠償額であれば問題は生じないのですが、場合によってはより高額な賠償額になる可能性があります。患者側には病院側に責任ありのお墨付である調査報告書があるのですから、訴訟であっと驚く事が怒っても不思議ありません。さらに刑事処分に至らないと判断されても不服として告発する事はできます。行政組織同士の法解釈の同一性が強く出てくれれば良いのですが、この場合はどうなるかは不明です。送検起訴されて有罪となる前例が出来ないという保障はありません。

 医療側ですが、クロ判定に納得いかない時も出てくるかと思います。その場合も訴訟になります。調査機関のお墨付を患者側が持っていますから訴訟は不利でしょうが、それでも医療側が勝つ可能性はゼロではありません。勝てばどうなるか、もちろん患者側の賠償請求は却下され、場合によっては不正確な判定をした調査機関を訴える事も想定されます。

 もっと微妙なケースも想定されます。調査報告書の認定事実は否定されても、他の些細な点で医療側の責任を認めるような判決です。そうなれば次はクロ判定の時に迅速に行なわれるとされる行政処分の正当性が浮上します。なにせ行政処分の基になった調査報告書が訴訟にて否定されるわけですから、扱いは一体どうなるか関心を寄せざるを得ません。

 またこれも現実的にありえることでしょうが、従来の訴訟制度との関係がどうなっているかも気がかりです。刑事はともかく民事はいつでも自由に訴訟を起せます。これは国民の権利として手厚く保護されています。ですから調査機関が法的な地位を明確にする事が強く要求されると考えます。つまり医療関連死の訴訟はすべからくこの調査機関の報告が出てから行うという整備が必要と考えます。調査機関が医療関連死のプレ一審的な位置づけでなければ、調査機関の調査と民事訴訟が同時進行で行われ、なおかつ結果が食い違うなんて事が十分ありえます。

 以上が感想です。この制度は今後医師にとって大きな影響を及ぼす制度になることだけは間違いありません。私が思いついた点だけではなく、読まれた方によってはまた違う観点から疑問や整備すべき点が見える方も多いかと思います。出来うるならば少しでも論議して問題点を煮詰め、どれだけ効果はあるかはわかりませんが、パブリックコメントに投書してみたらどうかと考えています。

 ご意見お待ちしています。