司法にも正義はあったかな

医療訴訟で医師側敗訴の報道は垂れ流されますが、勝訴ないし逆転勝訴の報道はまず見れません。稀に見れるのはマスコミが患者側が絶対勝つと信じて前評判を煽り、予想を裏切って医師側が勝利し報道せざるを得なくなったケースぐらいです。そのため統計上は医師側の勝訴率は悪くないはずなのですが、医療訴訟に関心のある医師でも目にするのは医師側敗訴の話ばかりになります。

とくに医師側が逆転勝訴して、なおかつ割り箸訴訟のように奥歯に物が挟まったような物で無いものを見つけ出すのは容易ではありません。とくに最高裁まで綺麗に判決文がそろうものを見つけ出せるのは稀有の幸運です。そんな事例を紹介します。ここのところ重い話続きだったので、たまには爽快な話を書かせてください。

話は造影剤のショックによる死亡事故です。事件の舞台となった日本医大放射線科では、事件当時、造影剤の問診を口頭で行いカルテや同意書などの書面に残していなかったそうです。そこを突かれて訴訟に持ち込まれます。患者側の主張は、

    患者の父親が造影剤で死亡しており、それを知っていた患者は造影剤検査を受けるはずが無い。カルテにも記載は無くアレルギー問診は無かったはずだ。
少し話が込み入るのですが、患者の父親は造影剤検査中の急変で死亡しています。しかし真相は造影剤注入前の急変で造影剤とは無関係であったのです。それでも家族はそう信じているし、患者もそう信じていたはずだの主張です。一審では患者側の主張がほぼ全面的に取り入れられ
    誤解であっても患者の父親の造影剤事故を聞いていれば、患者が死亡した造影剤検査は行われなかったはずである。問診は行われなかった事は明らかであり、問診の不備と患者の死は明確な因果関係がある。
舞台は二審に移ります。二審の判断は明快です。
  1. 造影剤で重篤な副作用が起こるのは一般常識(公知の事実)であり、年間多数の検査を行う放射線科が、カルテに記載が無かったからと言ってアレルギー問診を行なわなかったと判断するのは、経験則上、到底導く事が出来ない。
  2. 患者の父親が造影剤で死亡していたともし誤解していれば、医師に問われるまでも無く、この事を訴えるはずであり、それを窺わせるものが無いところから、患者が父親の死亡原因を誤解していた証拠は無い。
二審にて医師側全面勝訴、最高裁も二審判決を支持し判決は確定しています。日頃辛いJBMの判決文を読んでいるものにとって、二審判決の下記の部分は感動的とも言えます。

本件は、重篤な状態に至っていたとは認め難い患者が、病状の把握等のために受けた本件検査の際死亡するという思いがけなく、重大な結果を招いたことにも起因して、訴訟の提起に至った事案とみられる。医療という専門分野の領域に属する事柄に関して法的責任の有無を判断することは、裁判所にとって困難な作業で、裁判所は、患者側に難きを強いて救済を拒絶することも、また、医療側に高すぎる要求を課して責任を認めることも、自戒しながら、判断すべきものと考える。このため、審理において、仮説を開示し、当事者の批判に晒すことは、判断の相当性を担保するために行なわれるべきであるが、裁判所は、被害を受けたと主張する患者側の訴えに真摯に取り組むとともに、患者のために未知の危険にも挑む医療従事者の業務の特質を理解するように努めながら、事実の解明に当たるべきものと考える。当節は想像を越える程に低次元の医療過誤の事例が報道されることがあり、これをも念頭に置くとしても、本件において、担当医師が被検査者に対して副作用の危険要因についての問診自体を実施しなかったとする原審の判断は、前記の通り、経験則の裏付けを欠き、根拠も無いもので、裁判所として自戒を要する事例と考える。

久しぶりにスカッとしました。

ところでなんですが、この事件は一審判決時点で大々的に報道され、日本医大は甚大な風評被害を蒙っています。ところが二審、三審判決は全く報道されていません。マスコミのマスコミたる所以なので今さら驚く事さえ無いかもしれませんが、毎度の事ながら驚嘆すべき報道姿勢です。

マスコミはともかく裁判所の姿勢も妙なところがあります。一審判決は二審でボロクソに酷評され、最高裁で確定された判例なのですが、これは裁判所HPの掲載されています。ちなみにこの裁判所HPの判例はすべての判例を網羅しているわけではなく掲載基準があります。抜粋引用しておきます。

最高裁判所判例集について

高裁判所判例集について下級判所判例集について
    下級裁判所判例集は,平成14年3月以降,各地の下級裁判所のウェブサイトの「主要判決速報」のコーナーに掲載して紹介されていた裁判例を掲載しています。また,平成15年4月15日以降に掲載した判決から,利用者の利便性を考慮し,必要な範囲で判示事項の要旨を掲載しています。

よく理解できないのですが、ボロクソに酷評された一審判決は麗々しく裁判所HPに掲載されていますが、それを覆した二審判決および最高裁判決は影も形も無いのです。酷評されて最高裁判例にまでなった一審判決が「主要判決」でWebで誰でも手軽に自由に閲覧できるようになっており、それを覆した判決が掲載されていないとはどういう事でしょうか。

読む人にとっては一審判決の情報しか手に入らず、それを読めるだけですし、この訴訟が二審まで争われたのか、それとも係争中なのか容易には知ることも出来ません。こういう掲載基準の判例集に掲載されているぐらいですから、まるで確定判決であるとの誤解を容易に与えると考えます。

ちょっと喜んで、ちょっと悲しんで一勝一敗の感想でした。なお詳細はWikiJBMにあります。詳しくお知りになりたい方はふるって御参加ください。