つなぎです

実は木曜日まで休載にしようと思っていたのですが、日曜分のコメント欄が溢れそうなので、つなぎとしてのエントリーを入れます。私がコメントを読ませて頂いたまとめ的なものです。

防衛医大事件の判決は理解できるとの声がありました。また法曹的には「普通に納得できる判決だよ。」の声を拾ってくれた方もおられました。少なくともトンデモ判決と一笑できるものではなく、法適用として間違っていない物であろう事は私にもなんとか理解できました。問題の焦点は説明義務違反です。簡単に言えば説明が足りなかった、もしくは法令違反まで指摘しているわけですから、「杜撰であった」事が問題とされています。問題の核心は医療者が直面している大問題である「説明と同意」に帰結していると考えます。

判決文の説明と同意の経過をもう一度振り帰ります。

  1. 動脈瘤の積極的治療のための脳血管造影の説明と同意
  2. 動脈瘤治療の選択として、コイル塞栓術と開頭手術の説明と同意
  3. 開頭手術が技術的に困難な事が判明し、コイル塞栓術への変更への説明と同意
この3段階で大きな説明と同意が行なわれています。

1.の段階では治療せずに経過を見るだけの治療法の提示を明快に行なっています。脳血管造影自体にもリスクがあり、積極的治療を現在選択しないのであればこの検査自体が不要であるとの前提であるからです。ここで患者は明快に意思表示をし、積極的治療の選択への説明と同意を受け入れています。

2.の段階では2つの治療法の短所、長所の説明を聞き、開頭手術を選ぶと言う選択を行っています。この段階でもあえて積極的治療を行なわず保存的に経過を見る提示も行なっていますが、患者は明快に意思表示をし、開頭手術への説明と同意を受け入れています。

3.の段階では、患者が選択していた開頭手術が技術的に危険度が高いことが判明し、コイル塞栓術への変更の説明と同意を行なっています。

もちろん問題になったのは第3段階で、法令違反として次の点を掲げています。

  1. 保存的治療の選択を積極的に提示しなかった事
  2. コイル塞栓術でも合併症発生時に開頭手術が必要になる事
a.については説明と同意の第1段階、第2段階において患者が常に積極的治療を希望していたので、患者の基本的な意思として積極的治療を望んでいると医療側が考えたからだと思います。また第1段階、第2段階において保存治療の選択があることは伝えており、この段階でも積極的に表示しなくとも患者がその選択がある事を当然知っているとの判断もあったかと思います。

b.については平成7年時点でのコイル塞栓術の開頭手術まで必要なトラブル発生率の医学的常識が問題となると考えます。当時の脳外科の知見として、コイル塞栓術で開頭手術が必要になる危険性がどれほど常識化していたかになります。頻度は低いでしょうが、その危険性は常に念頭に置かなければならないレベルだったのか、例外的な最悪のケースであるとの認識であったかが問題になると考えます。さらに言えば第2段階で行なった説明と同意の内容が非常に簡潔に記載されており、この時点で最悪のケースには開頭手術も必要な事を口頭で既に伝えたかどうかは不明です。

いずれにしても法的な解釈では、患者が開頭手術が行なえなくなった時点で、これまでの説明と同意は白紙に戻ると言うのが司法の常識だそうです。この常識を知らなかったため、第3段階の説明と同意で、第1段階および第2段階の説明と同意を踏まえるという決定的なミスを犯したと理解すれば良いようです。

もっとも致命的な点は、未破裂動脈瘤に対する治療として保存治療と開頭手術とコイル塞栓術は常に同等であり、医療側が保存療法と積極的予防療法を分岐点として解釈し、第1段階、第2段階の説明と同意で積極的治療の意思確認としたのは説明義務違反に明確に反するとの事です。

もう一つ致命的な点は、術前カンファレンスで開頭手術の難度が高いことが判明した時点で、コイル塞栓術でトラブルがあったときの開頭手術の難度も上がる事を明瞭に説明しておらず、そこに重大な説明義務違反が生じたとの事です。

私が十分に理解しきれていない点もあるかもしれませんが、高裁クラスではない最高裁が示したJBMです。医師として今後の教訓とすべき点は多いかと思います。応用適用範囲も広いかと存じます。何と言っても永久に誰の手にも訂正される事の無い最終判断ですので、十分に論議研究する事が必要かと存じます。