焼野原後も睨んだ闘争を考える

医療危機はあります。間違い無くあり現場の医師は目の前に見、実感しています。十年後なんて悠長な時間単位ではなく、来春はどうなるのだろうとか、年が明けたらとか、来月はという単位で切羽詰っているところも少なくありません。とくにここ1年で崩壊は前兆段階を越え、人知れずの内部段階から、非医療関係者も目に見える形で現れています。

ここで取り得べき態度というか姿勢は医師でも二通りのものがありそうです。一つはこの危機をなんとか克服しようです。崩壊徴候を食い止めしっかりとした医療体制の再構築です。もう一つはこの崩壊は最早どうにかなるものではなく、行くところまで行って、焼野原から再生を考えようというものです。この二つの考えは拮抗しているのではなく、医療問題を真剣に考えているものの多くは、考えれば考えるほど後者の方に傾く恐ろしい現状があります。

危機を知った者はその原因を探ろうとします。探った上で自分が見つけ出した原因を解消する方策を考えます。しかし原因は単一ではなく一つの原因の解消を考えると、それにまとわり着くように新たな原因がでてきます。さらにそれを解きほぐそうとすれば、その先に大きな難関が絶望的にそびえている事を知ります。それを突破するには医師個人や医師集団の力では到底無理な事を悟ります。

つまり考えれば考えるほど絶望的な思いに落ち込んでいくのが現在の医療危機です。

絶望感に浸った者の次の思考は二通りになると思います。焼野原になってもサバイバルできそうな所に出来るだけ逃避する。これが逃散という現象に表出していると考えます。もう一つは止めようがない焼野原をむしろ早くに出現させ、その後の再建の構図を考えようです。焼野原後を考えるのが、もっとも積極的に医療危機を考えている者のような気がします。

現在のところ焼野原の予言をするものは多くとも、焼野原後を具体的に考えている者はまだ少ないような気がします。私もそうかもしれません。焼野原は既定路線で防ぎようがないとするならば、焼野原後を含めた視線でこの危機を考えてみるべきではないかと思います。

焼野原後にされるべき事は実は既に多くのところで論じられています。基本的なものを2つ挙げます。

  1. 専門家による第3者審査機関、無過失補償制度、刑事免責の3点セット
  2. 労働基準法に準拠した勤務医の労働環境の実現
この2点について各所で論じられ、または意見を主張されている者は多数います。私もまたその一人です。a.については審査機関と分娩時の無過失保障についてようやく国が動いています。と言うか、3点セットはそもそも国を含めた行政府が動かなければどうしようもないもので、一個人では作られる組織のへの要望、期待を主張するのが精一杯です。一刻も早く設立して欲しいと言う願いと、真に医療危機に対応できるものであって欲しいと願っています。

b.については個人レベルでも動けるものです。労働基準法に準拠した勤務環境の要求はどこから見ても正当な要求です。とくに厚生労働省の直接管理下にある医師がこれを求めてなんの不思議もありません。医師でなくとも労働者であるなら求めて当然の要求で、そのために労働基準法があり、労働基準監督局があるはずです。

実はと言うほどではないのですが、勤務医が労働基準法に準拠して働けば、勤務医の数は現在の少なくとも2倍は必要とされています。これは私の憶測ではなく、「医者は足りている」と頑として譲らない厚生労働省の国会答弁にあります。つまり勤務医が労働基準法に準拠して働けば、日本の病院は半分は無くなるという事です。

とはいえ労働者たる勤務医が真正面からこれを要求したなら、これを公式に拒否できる理由は国といえども無いはずです。やはりここを突破口とするのが戦術的にもっとも効果的なような気がします。通れば焼野原一直線ですが、この問題が勤務医の激務の最大の要因ですから、ひとつの天王山とも考えられます。

どうやってやるかですが、個々に全国的にゲリラ的に展開するのも一法です。もう一つはどこかの病院に戦力を集中させて、象徴的な勝利を勝ち取る事です。一つ大々的に勝てば、他の病院の勤務条件の改善要求の交渉はきわめて容易になり、雪崩的に全国に波及する可能性が高いからです。

勤務医の間では勤務医のための新組織結成の必要性がしきりに唱えられていますが、未だに有効に実を結んだものは無いのが実情です。なぜ気運はあっても実を結ばないかの理由を考えてみると、結成するのに相応しい現実的なスローガンに乏しいからではないかと思います。誰でも分かりやすく、その上で現実的に参加者の利益に反映される運動目標が無かったからではないかと考えています。

座位様から勤務医連絡協議会の提案を頂いたことがありますが、そこには、

  1. 医療バッシングの起こっているマスコミ、HP等への効果的な抗議行動を行う。
  2. 不当逮捕等の医師及び支援グループと連絡を取り、励ましの声や物を送るユニークな支援活動を広げる。
  3. 問題となっている病院等の所轄の労働基準局に、労働基準法を守らせる為の活動をする。
  4. 医師会勤務医部会や各種学会、医師ML等に協力協同行動を呼びかける。
  5. 衆議院議員への陳情行動を行い、理解者を増やす。
  6. 医師向けには、m3comや医師ブログ等で迷惑にならない程度に宣伝を行う。
  7. 有能で協力的な弁護士集団と連携をとる。
  8. 医療労働者に役に立つ情報を発信する。
ここにも労働基準法に対する運動を列挙されていますが、すこし角度を変えて主たる目標を「勤務医の労働環境を労働基準法に準拠したものにする運動」にすればかなり印象が違うと思います。また全国の病院の闘争を支援するほどの組織なんてそうは簡単に作れませんから、集めた闘争資金を象徴的な病院の闘争の為に集中投下するのが効果的だと考えます。一つの勝利の全国への波及効果は十分期待できるのは上記したとおりです。

ネット上の熱気の欠点は熱しやすく醒めやすいところですが、こういう運動なら支援を得やすい上に、成果を得るための期間はそんなに長くならずに済みます。一つの勝利は次々と誘爆するように広がり、次々と燃料投下の形になり医者ネット世論の支援の広がりも期待できると考えます。

こういう事は本来なら日医が勤務医を取り込むために積極的に行なうべきものではないかと考えていますが、今の日医には政府に反抗しての行為はとても期待できません。もっとも私もここにアイデアを書いているだけと言えばそれだけですが・・・。