真相を考える

奈良事件で警察が絞り込んでいる焦点は次の2点のようです。

  1. 病院での医療過誤
  2. 搬送を断った病院の違法性
とくに1点目の医療過誤の可能性について力を入れそうな情勢です。そうなるとその日病院で何が起こったかの情報を分析してみる必要があります。とは言え第3者の立場にあるものでは入手できる情報源は限られています。具体的にはマスコミ報道とネット経由の情報です。現時点ではこの2つ以上のものは入手しようがありません。さらに厄介なのは入手した情報の信憑性を客観的に裏付ける方法が無いのです。

マスコミ報道の情報源をまず考えてみます。マスコミは強力な情報収集能力を持っています。そんなマスコミが今回の事件で情報源としたものは何でしょうか。まずは警察発表、警察が動き出したからこの事件は始まったのですから、警察サイドからの情報提供は記者クラブを通じて行なわれているはずです。次は遺族への取材、遺族はこの事件で悲しい思いをしたので取材に協力的であったろう事は推測がつきます。私でも同じ立場なら記憶している事を出来るだけ話すと思います。そして最後は病院関係者への取材です。

病院関係者への取材が一番重要でこの事件の核心部分なんですが、ここへの取材は十分出来たとは思えません。いろいろ物議を醸した院長の記者会見でしたが、弁護士も同席していたようで、病院としてはマスコミによるガードをある程度行なってから記者会見を行なったと思います。具体的には事件に関わる窓口を一本化し、記者が個々の関係者に取材する体制を許さなかったのではないかと考えます。取り様によっては「卑怯」だとか、「またもや医者の隠蔽体質」の批判も出てきそうですが、これは病院だけではなく他の企業でもこういう事件に直面した時の常識的対応です。

そうなればマスコミは病院関係者への取材は院長記者会見+アルファぐらいしか出来ていないと考えるのが妥当です。情報管制が敷かれた病院から病院から情報を引き出すには匿名の協力者が必要です。現時点で知る限り、マスコミはそういう情報を引き出した形跡はありません。ただ病院側はカルテのコピーを取材陣に渡したとされています。

とするとマスコミが事件の夜の様子を探る最大の情報源は遺族からの可能性が大きいと考えます。この情報源の貴重さは言うまでもありませんが、遺族とは言え、病院内部の動きをすべて知るわけではありません。医師や看護師など病院関係者の目に見える動き、断片的な情報を知らされただけです。修羅場の中心に常にいて、それをすべて見聞きしたとは考えられません。そういう状態に遺族が置かれる事は、類似の体験をされた人ならある程度理解していただけると思います。

マスコミ報道の主たる部分は遺族の記憶と印象によるものの可能性が高いと考えます。この情報はある意味信憑性が置けます。現場に確実に居合わせ、格別の虚偽の情報を流す必要の無い立場の人間の情報だからです。遺族は間違い無くそういう言動を見聞きしたでしょうし、それをつなぎ合わせて感じた印象を正直に話したと考えるからです。つまり事実という事です。マスコミ報道で伝えられた内容の骨格をピックアップしてみます。

  1. 痙攣発作が起こった時に家族は脳出血の可能性を疑った。
  2. 痙攣発生から転送判断までの間、有効な治療を施してくれなかった。
  3. 経過中に産科医が仮眠を取った事実があった。
  4. 脳出血の可能性からCT検査の必要性を申し入れたが拒否された。
  5. 内科当直医もCT検査を勧めたが、産科当直医は拒否した。
  6. 入院ベッドが無いなら廊下に寝かせても良いから病院を捜してくれの要請も無視された。
  7. 病院にはCT検査も常勤の脳外科医がいたのに、これを呼び出さずに治療をしてくれなかった。
私が読む限りこれぐらいが遺族が実際に見て体験した事実かと思います。これらの事は今回の事件で遺族の目の前で起こった信憑性のある事実であると考えてよいかと思います。事実ではありますがこれが真相ではありません。真相はまだ半分は闇の中です。真相と思われる情報が出現していますが、これに対する絶対の信憑性はまだありません。ただ真相と思われる情報が、この事実とある程度適合していれば信憑性が裏付けられるかと思います。

真相と思われる情報源はm3.com医者専用掲示板。私もROMして追っかけているのですが、詳細に追加情報も含めてまとめて下さっているphysician先生のブログから引用してまとめてみます。

当夜の当直は外科系は整形外科医、内科系は内科医、産婦人科は奈良医大から派遣の当直医。

    m3.comの原文はこうなのですが、physician先生が調べたところ、当日の産婦人科当直はこの病院の産婦人科部長(60代、産婦人科常勤医は彼一人)で間違いないそうです。奈良医大からの応援は平日の火曜と水曜のみであり、この事件の夜に当直していたのは常勤の産婦人科部長であることは、この病院では常識であるとの事です。

患者さんは午前0時に頭痛を訴えて失神、ただ痛みに対する反応(顔をしかめる)はあった。産婦人科当直医は念のため内科当直医に対診を依頼、内科医は「陣痛による失神でしょう、経過を見ましょう」ということになった。

しかしその後強直性の痙攣発作が出現し、血圧も収縮期が200mmHgになったので、子癇発作と判断、マグネゾールを投与しながら産婦人科部長に連絡した。部長は午前1時37分、連絡してから約15分程で病院に到着。

    この記述も上記の産婦人科当直医が奈良医大派遣医との誤解から発生したものと考えられます。この記述から考えられる事態の真相は、午前0時に失神を陣痛によるものと判断した後、まず産科医は仮眠に入ったと考えられます。これが報道にあった仮眠の事ではないかと考えます。約15分で到着とは仮眠を起こされ、報告を受け、着替えて当直室から病室に駆けつけた時間であると考えられます。到着時刻が午前1時37分、痙攣発生直後に産科医に連絡が行なわれているはずですので、痙攣発作は午前1時20分頃に発生したと推定されます。

    また当夜、産婦人科医が派遣医と駆けつけた産婦人科部長の二人いるとの誤解を元にしていますので、産婦人科部長到着前に架空の派遣医が治療を開始したように書かれていますが、実際は電話指示によりマグネゾール投与を開始していたか、産婦人科部長到着後に指示により開始した可能性が高いと考えます。一番考えられるのは産婦人科部長が電話連絡でマグネゾール投与準備の指示を出し、到着後診察してから治療を開始したのが一番可能性が高そうです。

以後二人で治療にあたったが、状態が改善みられないため、午前1時50分、母体搬送の決断を下し、奈良医大へ電話連絡を始めた。

    この二人はm3.comの情報では架空の派遣医がいた前提となっているため、産婦人科医が2人で行なっている記述となっていますが、実際は部長のみか内科当直医の応援を求めた可能性が考えられます。もっとも妥当な解釈は産婦人科部長が一人で治療に当たっていたのではないかと考えます。病室到着が午前1時37分、母体搬送の決断が午前1時50分、約10分の後の決断です。これは10分間様子を見たというより、子癇発作を認めた時点で産婦人科部長は母体搬送の決断を下しており、この10分は患者の痙攣発作が収まり、患者の側を離れて奈良医大に連絡するまでの時間と考えます。

    ちなみにマグネゾール投与後は痙攣は収まり、以後痙攣の再発は無かったそうです。

午前2時、瞳孔散大を認めるも痛覚反応あり。血圧は148/70と安定してきた。この時点で頭部CTも考慮したが、放射線技師は当直していないし、CT室が分娩室よりかなり離れたところにあること、患者の移動の刺激による子癇の重積発作を恐れ、それよりも早く高次医療機関をさがして搬送するほうがよいと判断、

    この記述が一つの焦点かと考えます。これもphysician先生の調査の結果ですが、内科当直医もいずれかの時点からこの事件に参加しています。病院上げての大騒ぎだったので出てきたのか、子癇発作に伴う脳出血の可能性の対診を依頼されて呼び出されたのかは不明ですが、どうも途中からは一緒に治療に当たっていたようです。

    問題の内科医がCT検査を進言して産婦人科医がこれを退けた事実ですが、この内科医から直接話を聞いたという医師の話によれば

      「CTについては、当日当直だった内科医は、自分が担当医に撮影を勧めたことはないと断言し、担当医も、内科医からCTに関して助言を受けたことは記憶にない。今回の新聞記事の中でこれが一番腑に落ちないところだと言ったそうです。」

    CT検査の話は、現場にいた家族の一人(祖母だという説があり)が脳出血の可能性があるから検査をすべきではないかと主張したとの話があります。この家族は奈良医大の総婦長を勤めた事がある看護師だそうで、症状からそれを疑ったとの事です。それがどの時点で行なわれたかは現在手許に確認する情報がありませんが、そういう家族とのやり取りはあったようです。またこの後、地獄のように続く搬送要請の電話やり取りの間にCTの話があり、その話を家族が聞いた可能性を指摘する情報はあります。いずれにせよ、内科当直医のCT検査要請を産婦人科部長が強硬に蹴り続けた事実は無さそうです。
電話をかけ続けたが、なかなか 搬送先がみつからない。午前2時30分、産婦人科部長が家族に状況を説明、そのあいだにも大淀病院の当直医や奈良医大の当直医は大阪府をふくめて心当たりの病院に受け入れ依頼の電話をかけつづけた。

家族はここで「ベビーはあきらめるので、なんとか母体をたすけてほしい。ICUだけがある病院でもいい」と言ったので、NICUを持たない病院にまで搬送先の候補をひろげ、電話連絡をとろうとした。家族も消防署の知り合いを通じ、大阪府下の心当たりの病院に連絡をとって、受け入れを依頼した。この頃には産科病棟婦長 (助産師)も来院、手伝いはじめてくれた。

大淀病院看護師OGで患者さんの親戚も来院し、多くの人が集まり始めた。けれども受け入れてくれる施設が見つからない。担当医は当直室(仮眠室)から絶望的な気分になりながら電話をかけ続けたし、大学の当直医は大学の救命救急部門にまで交渉に行ったが子癇は産婦人科の担当で、我々は対処できないと言うことで受け入れ拒否された。

    その夜の奈良医大産婦人科の状況を当直医がこう証言しています。

      地獄のような熱い熱い夜の当直でした。(熱帯夜ということもありましたが)緊急帝王切開の最中に大淀病院から連絡が入りました。ただでさえ少ないスタッフのうち、何人かが夏休みの最中で、夜間呼び出し電話をかけたがなかなかつかまらない。搬送先を探すのと同時にスタッフの呼び出しも行いました。

    連絡が入った時、緊急帝王切開の真っ最中であり、また24週の早産児が分娩進行中で、NICUもこれ以上の重症児を受け入れる余力はなかったとされています。
午前4時30分、呼吸困難となり、内科医が挿管したが、その後自発呼吸ももどり、サチュレーションは98%と回復した。その後すぐに国立循環器病センターが受け入れOKと連絡してきたので、直ちに救急車で搬送した。患者さんは循セン到着後CT検査等で脳内出血と診断され、直ちに帝王切開術と開頭術をうけたが、生児は得られたも のの脳出血部位が深く、結局意識が戻らないまま術後8日目の8月16日死亡された。

黒字はm3.comの原文の経過部分です。青字部分はphysician先生が*1m3に書き込まれていた奈良県立医大産婦人科同門の産婦人科医の先生の調査を見つけられ、それに私が補足した物です。私には非常にリアリティがあると感じられました。長い引用でしたが、遺族の証言と照らし合わせたいと思います。もういちど再掲しながら検証します。

  1. 痙攣発作が起こった時に家族は脳出血の可能性を疑った。


    家族が疑ったのは親族の元総婦長の主張からかと思います。脳出血自体がどの時点で発生したのかは今となっては確認しようがありませんし、元総婦長がどの時点で主張したのかも現時点では不明です。推測するに遅くとも搬送要請が始まる頃にはそれがなされ、結果的には搬送先が見つかるまで2時間もあったのですから、その間にという願いがあったかと思います。しかしこの病院に脳外科医はいましたが麻酔科医はおらず、脳外科医も分娩進行中の産婦への手術を一人でするのは困難です。


  2. 痙攣発生から転送判断までの間、有効な治療を施してくれなかった。


    痙攣出現から搬送判断までの間は10分程度であり、痙攣発作についてはマグネゾール投与により成功しています。またその後の経過で一過性に呼吸困難を起こしていますが、これも挿管により改善しています。また子癇発作では患者への刺激を極力控えるのが原則であり、容態に変化が無ければ見た目上は何もしないのが治療です。


  3. 経過中に産科医が仮眠を取った事実があった。


    仮眠ですが、午前0時の失神を陣痛の痛みによるものと診断したのであれば60代の産婦人科部長は仮眠を取るのは当然でしょう。またこの確認の為に内科医の協力を求め確認しています。この時点から脳出血を疑うかどうかが問題ですが、32歳のという年齢、他の症状を二人の医師で診察した結果、それを疑う徴候がなかったのであれば、当然仮眠を取るでしょう。


  4. 脳出血の可能性からCT検査の必要性を申し入れたが拒否された。


    a.であげた理由でよいかと思います。また午前0時の時点でもし主張されていても、産婦を確たる証拠も無しに被爆の危険性に曝す事は難しいかと思います。


  5. 内科当直医もCT検査を勧めたが、産科当直医は拒否した。


    これは家族の証言と全く異なります。どちらが真相かはわかりません。ただ一連の流れを見ると、午前0時の時点では内科当直医も脳出血を疑っていません。次の痙攣発作が起こった時点では即座に母体搬送の決断を行なっています。この間に内科医がCT検査を勧める時間はほぼ無く、あるとすれば結果的に2時間もかかった搬送先探しの間ぐらいです。産婦人科部長と内科当直医がCT検査で対立する時間はありそうな気がしません。


  6. 入院ベッドが無いなら廊下に寝かせても良いから病院を捜してくれの要請も無視された。


    家族の心情として良く分かりますが、野戦病院ではありませんので、そんな事はしません。もしやれば後で大問題になります。


  7. 病院にはCT検査も常勤の脳外科医がいたのに、これを呼び出さずに治療をしてくれなかった。


    これもa.であげた麻酔科医もなしで、脳外科医が一人で分娩進行中の脳出血の手術は行なえません。またこの場合もまず出来るだけ早く分娩を完了させないと取り掛かれません。子癇発作が起こしている産婦を麻酔科医も無しで一人で分娩させる事はまず不可能であり、さらに生まれてくる新生児もリスクが考えられるのに、NICUどころか小児科医もいない状況でこれを行なうのは無謀です。


理由もつけてしまいましたが、家族の証言ともCTの話を除いて合致します。私の心証は真相に近いと考えます。これだけのストーリーを創作で作るのはかなりの才能が必要です。もし作ったとすれば当事者である産婦人科部長という事になりますが、このストーリーに大嘘があるとするなら、証言する関係者は多岐に渡り、そのすべての口裏をあわせる必要があります。まさしく病院上げての隠蔽工作です。

それでも悲しいかな医者ならやりかねないとの疑惑が持たれる昨今ですが、それだけの隠蔽工作を施しているのなら、あの院長記者会見はお粗末過ぎるような気がします。私はやはり真相に近いと考えます。また新たな情報が手に入りましたら再考したいと思います。

*1:「人脈などを介してかき集めた情報」と当初エントリーしていましたが謹んで訂正させて頂きます。