療養病床大幅削減を考える

もう一度、入院後家に帰れない患者のルートをおさらいします。

    一般病床→療養病床→老健→特養
統計によりますと日本の病床数は平成16年6月末で総数が1,631,338床、そのうち一般病床が911,769床、療養病床が349,714床となっています。ちなみにその他は精神病床、感染病床、結核病床となっています。また病床利用率はこれも統計によると平成16年で一般病床79.4%、療養病床93.5%です。

日本が超高齢化社会になっていくのは統計上の必然です。団塊の世代が高齢者群に突入すれば、10/7エントリーで引用した厚労官僚の言葉通り、年間の死亡者は現在の100万人から170万人に増えても不思議ありませんし、そうなるとこれに比例するように高齢者の入院患者も1.7倍になると考えるのが妥当かと思います。この手の将来予測は予測するものに都合が良い数字を出すのが常ですが、厚労官僚のお話は病床数が足りなくなるので在宅療法を推進せよとのご趣旨でしたので、少なめに見積もる必要が無いので、それなりに信用しても良いでしょう。

高齢者が増えれば病気が増え、入院を必要とする患者も増えるのは人間の老化から避けがたい現象です。予防医療に力を入れても大きな効果は期待できません。また高齢者の病気は慢性化しやすく、発症した病気を治療しても、同時に重大な合併症や後遺症を起こすことが多いのも常識です。今後の医学の進歩を考えても、革命的な治療法が開発されない限りこれも大きくは変わりません。老化に勝てる医療の出現はほとんど期待できないからです。

そうなれば病床数は今後さらに必要になると考えるのが妥当です。少なくとも現在の医療水準に近いレベルを維持するのであれば、1.7倍に増える患者を考慮に入れた医療体制を考え構築する必要があります。それを受けてか受けてないかは分かりませんが、21世紀の医療提供の姿として急性期病床(一般病床)の将来数を試算しています。試算は5つのシミュレーションに基づいて行なわれています。想定年度は2010〜2015年度頃のようです。

試算法試算の考え方想定病床数
試算A現状の入院受療率を基礎とした受療率見込み及び将来人口により試算100万床
試算B先進諸国における全病床数に占める急性期病床数の割合により試算60万床
試算C先進諸国における人口当たりの病床数により試算50−60万床
試算D現状の入院回数を基礎とし、平均在院日数を15日として試算63万床
試算E現状の入院回数を基礎とし、平均在院日数を10日として試算数42万床

上記の通り厚生労働省の将来の一般病床数は、最大の予測で100万床、最小予測で42万床となっています。5つの試算法を見ると50〜60万床にしたいのがヒシヒシと伝わってきます。なにせ医療の元締めの構想なので、現在の約90万床より30万〜40万床削減されていくのは既定路線のようです。おおよそですが一般病床は約4割減となります。この削減率は療養病床削減率と不思議に一致します。これから6年かけて削減される療養病床数は、現在の約38万床から約15万床にされると計画されています。この削減率が約4割ですからほぼ同じです。

冒頭に書いた入院患者のルートを考えれば、最上流の一般病床が減れば、当然のように下流の療養病床は減る理屈と解釈できないでもありません。同様に常に満員状態であるさらに下流老健、特養は上流が減るので、造設拡大する必要は無く、やがて自然に満員状態は解消されると理屈が拡大しそうな気がします。さらにですが、一般病床と療養病床が4割も減れば必要な医療従事者の数も同様に少なくなります。厚生労働省が頑として譲らない「医者は足りている」が実現することになります。

完璧に辻褄の合った試算ですが、素直に考えても相当な違和感が残ります。上記した通り、これから加速度的に高齢者は増えます。その高齢者群の疾病発生率は、普通に考えれば現在でも10年後でもそんなに変わらないと思います。また治療法もよほど革命的な方法が出現しない限り、治療日数が短縮したり、ほぼ不治である慢性疾患や重篤な後遺症が劇的に改善するのは期待しにくいと考えます。要するに5年、10年先でもそんなに医療技術が向上する可能性が少なく、そうなれば高齢者が増加すればそれに純粋に比例して入院患者は当然のように増えるだろうという事です。

ところで5つの試算法ですが、もっとも現実的に採用されそうなのは、試算Dと試算Eのような気がします。平均入院日数の短縮は随分前から厚生労働省の施策として推進されてきたからです。これは一般病床を急性期病床とも言うように、ここでの治療対象患者はあくまでも急性期の症状の変化が激しい時期のものと極力限定したい方針からだと思います。急性期を脱し、症状がある程度固定、安定した後で、さらに入院治療を必要とするものを療養病床に移動させる構想と考えます。別にこの構想自体を全面否定する来はありません。現実では一般病床と療養病床の落差が激しすぎて実情に即していないという批判はあるようですが、構想自体はそれなりに肯定できるかと思います。

高齢者の増加により一般病床への入院患者が増加するのはまず間違いありません。増加する入院患者に対応するには、病床数を増やすか、平均在院日数を減らすかしかありません。病床を増やすなんて事は現在の医療情勢ではありえないので、在院日数を減らすしかありません。これも平成16年の統計では一般病床の平均在院日数は20.2日となっています。これが15日となれば25%病床数が増えた事になり、10日であれば倍増になります。

平均在院日数を減らすためにはどうすれば良いか、考えられる事は2つです。

  1. 治療期間を短縮する。
  2. 下流の施設に患者をシフトする。
治療期間の短縮は医療技術の向上と裏表ですし、現在より劇的に短縮される事は困難かと考えます。そうなれば下流の施設にシフトするが現実的だと考えます。最上流の一般病床を効率よく稼動させるためには下流の療養病床以下を充実させる事が必要になります。

ところが厚生労働省のプランというか予測は、平均在院日数を減らして一般病床の効率化を図り、効率化した分だけ病床数をさらに減らす考えのようです。つまり入院患者の数はあまり変わらないとの考えです。また一般病床の平均在院日数が減れば、連動して療養病床の平均在院日数も減るのが当然と考えているようです。以下老健、特養も同じの理屈のようです。

でもさすがにそれは無理があると考えたのでしょうか、一般病床からの下流のラインに在宅医療という大きな流れを作ろうとしています。さすがに一般病床の急性期入院を認めないわけにはいきませんから、これを極限にまで期間を短縮し、後は在宅医療で増加する患者を吸収しようとするプランのようです。施設で治療するのを極力避けさせる方策です。

とは言え厚生労働省がどんなに言いつくろっても在宅医療は嫌がられます。施設治療と在宅医療のどちらを選ぶかといえば、できれば施設医療を望む家族が多数派です。そこで厚生労働省は物理的に在宅医療に行かざるを得ない環境の構築に奔走していると見ます。療養病床をばっさり削り、さらに下流老健や特養の建設を極力抑制すれば、行き場の無い患者は嫌でも在宅に流れる計算です。受け皿として在宅支援診療所も作りました。

かなり周到なプランですが、果たして行き場の無い患者は素直に在宅医療に流れてくれるでしょうか。コメントを頂いた方々も懸念する通り、逆流が起こる可能性が非常に高いと考えます。救急車で突入し、そのまま強硬に入院し、あらゆる手段を使って病院に居座ろうとする人々です。在宅医療を行なえば家庭が崩壊しかねないところはたくさんあります。そういう家では生活がかかっていますから、あらゆる手段を講じて入院を続けようとするでしょう。私の家でも他人の事は言えた義理ではありません。

逆流して貯留した患者が一般病床に溢れれば一般病床は機能麻痺に陥ります。道標主人様にご指摘頂いたように、こういう現象は都市部の方が起こりやすいと考えます。今年の医療崩壊は地方、産科、小児科、救急でしたが、これらの崩壊は地方で強く、大都市部では少なかったのですが、療養病床削減による都市型崩壊では首都圏のような大都市部でまず発生する可能性が高いと考えます。

私もポックリ寺に願をかけに行ったほうが良さそうです。中途半端に生き残ると家族に多大な迷惑をかけるだけだからです。ますますシンドイ時代になりそうです。