弁護士による退院阻止交渉

療養病床大幅削減し、削減した分を在宅医療に回すのが厚生労働省の方針であることへの批判を2回ほど書いてきました。厚生労働省の目論見どおり、50年前と同じように「家で死ぬ」のが当たり前の時代に戻り、終末期医療に従事した医師や看護婦が産婦人科や小児科にまわり、不足の解消につながるかは皆様のご想像におまかせします。

昨日元田舎医様から諸般の事情から自宅治療できない人の入院治療の流れをご教授していただきました。モデルとしては脳卒中で寝たきりになるようなケースです。

この流れが上流から下流に流れるように入院治療が変わります。今回の計画により療養病床を大幅削減すればどうなるかと言えば、この流れだけを見ると療養病床をスキップして老健、特養の介護施設に入所、入居するように思えます。ところがこれらの介護施設は常に満員状態で、長い順番待ちの列があります。拡大整備する方向もまったくありません。

では一般病床から次の行き先はどうなるかと言えば在宅医療です。この政策により在宅治療を強く希望する人は、この制度により在宅治療が可能になる事を喜ぶ患者が出てくるでしょう。そういう人は少なくはないでしょうが、大多数かと言われれば、どう考えても疑問です。昨日もNATROM先生のエントリーを引用しましたが、ある程度自由に入院できる一般病床に入院し、退院を阻止する手段に出てくる患者の出現が予想されます。これも何度も引用しているNATROM先生のエントリーのコメント欄からの引用ですが、

 >ちょっと熱でも出たらこれ幸いと救急車で急性期病院へ受診し、入院させろと…

神奈川あたりだと、数年前からそんなかんじです。
これが東京に行くと、退院のムンテラには弁護士同伴になって、「この人を今退院させて、先生は本当に大丈夫と言いきれますか?」とすごまれるという…。

療養型に入院させるより、月1回ぐらい弁護士の方にお出ましを願ったほうが安くつくとか。

首都圏ではもう出てきているようですが、退院阻止の為に弁護士が介在する時代になりつつあるようです。弁護士にこのコメントのように凄まれたら、しょせん勤め人の勤務医はこれ以上抵抗できません。抵抗したところで、何かあったら全責任が降り注ぎます。こういう時の弁護料はいくらか知りませんが、退院勧告なんてそう何回も頻々に行なわれるわけではないでしょうから、1回するだけでも、その後の退院交渉のたびに「次回は弁護士と来ます」となり、これを打ち破るのは相当に難しいと思います。

弁護士は司法改革で量産化される時代になっており、弁護士も新たな市場の開拓が必要とされています。退院阻止交渉はそれだけでまず仕事になり、阻止交渉に失敗しても、その後に患者が急変すれば医療訴訟のタネになります。どう転んでも弁護士には美味しく、医者にとっては不都合な材料ばかり並ぶ事になります。

医療事故に司法の介入が問題視されていますが、今後は長期入院患者の退院交渉に弁護士が出張る時代となれば、医療はますます追い詰められていくように思います。在宅で療養できない家庭事情の人は弁護士同伴で阻止交渉を延々と行う事になります。一般病床から退院しないとなれば、やがて一般病床がそういう患者で埋め尽くされます。そうなれば一般病床に本来入院治療が必要な患者は弾き出されます。

病院経営も苦しくなります。一般病床の入院治療費は、入院日数が増えればある時期(90日だったかな)から激減します。入院治療費を削る事により下流の療養病床以下に誘導する政策だったのですが、弁護士付きの退院阻止交渉が蔓延すると、収益の上がらない患者ばかりとなってしまいます。患者にとってみれば長く入院するほど医療費は安くなりますし、出て行くところが在宅しか選択枝がないのであれば、ますます退院阻止交渉に力が入る事になります。

NATROM先生が予想した方になるか、厚労官僚が予想する「50年前は家で見ていたから、その時代に戻る」かは誰にでも分かりそうな気はするのですがね〜。