無過失補償制度のとりあえずのまとめ

しばらく続けてきた無過失補償制度のお話ですが、とりあえず今日はまとめ的な話にしようと思います。どうしても重複する話が多いのですが我慢してください。まずこの制度について分かっている情報は、

  1. 目的は産科医不足への対策らしい。
  2. 補償対象は脳性麻痺児を主とするらしい。
  3. 財源は医療側と国が負担し、主として負担するのは医療側にしたいらしい。
おおよそこの3点が厚生労働省の意向として漏れているぐらいで、後の詳細は分かりません。これだけの情報からあ〜だこ〜だとこね回して、考えられる問題点として、
  1. 訴訟抑制効果は本当に期待できるか。
  2. 脳性麻痺児以外の障害児から不満はでないか。
他にも細かい点について疑問や懸念があり、コメントでも寄せられましたが、後の事は情報不足過ぎてなんとも分からないと言うところです。とりあえずこのブログであげた2点、とくに目的の一つとしてある程度明記されている、産科医の訴訟負担軽減にどれほどの効果があるかがなんとも言えないところです。幾つも頂いたコメントにあるように、金を積む事だけで抑制効果があるのかということです。金は必要でしょうが、それだけで思惑通りになるかという事です。

いろいろあるのですが、少し思いついた事があるのでこの制度の現時点の考察のまとめにしたいと思います。

脳性麻痺訴訟の原点を考えてみたいと思います。医療側の脳性麻痺への考え方は、原因として分娩時に発生することは少なく、大部分は既に胎内で発生しているとしています。だから脳性麻痺発生はある一定確率で発生する不可避の偶発事故と考え、それゆえに医師に責任はなく補償の責任は無いとしています。もちろん明らかな重過失による脳性麻痺発生もありますが、過失がなくとも避けられない不幸な事故と考えています。

一方で患者側は脳性麻痺は分娩時のトラブルに起因するものと考えています。もちろん全員ではありませんが、少なくとも訴訟にまで至る人はそう考え、「責任の所在をはっきりさせたい」と考えています。

肝心の脳性麻痺の原因ですが、明らかな重過失のものを除いても、分娩時に起因するものがあることは現時点では否定できません。現代医学では脳性麻痺発生の時点が、胎内から発生しているのか、それとも分娩時に起因しているのかを明確に判定する術は無いのです。相手は妊産婦ですから侵襲的な検査を用いる事はできず、大部分は胎内発症とするのも結局は傍証の積み重ね的な部分があります。それ以上の直接的な証明は無理だからです。出来るのであれば訴訟大国アメリカでとうの昔に開発されているはずです。

そこでこの制度を作ろうとしているのですが、この制度の脳性麻痺の基本的な定義として、明らかな重過失のものを除いて、ほとんどの脳性麻痺の原因は医者に責任が無いとすると考えます。つまり脳性麻痺に関して産科医は基本的に無過失であるという事です。ただしすべて無過失とは言えません。産科医が責任の脳性麻痺がある事は否定できないからです。ただし個々の脳性麻痺児でそれを特定する事は不可能であるのも揺るがせない事実です。だから前提は無過失であっても、その中に過失のある者がいる事を否定できないから補償を行なう制度であると考えます。

つまりこの制度では脳性麻痺の責任の特定が不可能であり、なおかつ大部分は産科医に責任が無い事実を前提としないと成立が難しくなります。個々の産科医の責任は特定が不可能のため無過失ではありますが、無過失としたものの中に過失が含まれているから補償するという事です。

この考え方で見れば、産科医は脳性麻痺児に対して全体で特定不能の過失例を補償することになります。特定できないが故に全員が負担するという考えです。だから厚生労働省は医療者の負担を主張していると理解します。また特定できない産科医の過失を補償をする制度ですから、先天奇形や遺伝病などの特定できる障害児を除外する大義名分ができます。この大義名分のためには医療者側が過半を負担する分娩保険的性格にする必要が出てくるとも言えます。

とりあえずこの理屈であるなら、上に挙げた2つの問題点に対し回答となります。

ただし大部分の脳性麻痺児が胎内発症であり、なおかつ発生時の特定ができないという大前提をどれほど患者側が受け入れてくれるかが鍵となります。それには大規模な啓蒙キャンペインが必要です。具体的には妊婦および家族に納得いくまで事前説明をする必要があります。妊産婦とその家族に分娩前にこの制度の大前提を納得してもらわないと制度の効用が期待できないからです。

問題は勝訴率はともかく、大々的に報道される脳性麻痺訴訟原告勝利の判例の存在となります。なんと言っても訴訟では、医学では不可能である脳性麻痺の発生時期、原因を特定できてしまうのです。お金のためではないとしても満額相場で2億にも上る賠償が既に存在し、さらに訴訟の勝利により担当した産科医に対し社会的制裁を行う事が出来るのです。昨今の医道審議会の動向では最悪医師免許を剥奪される事も容易にありえます。

断っておきますが、今日のお話はあくまでも私見です。しばらくの間、無過失補償制度について考察を巡らした私の一応の結論です。厚生労働省が本音でどう考えているのか、日医がどうなのかは分かりようもありません。私が考えた理屈も医療側及び患者側がどれほどの納得をするかも不明です。ただもう検討の基礎にする材料が少なすぎて、これ以上は現時点では議論の深めようが無いので、とりあえずのまとめとしました。

また新たな材料があればこのシリーズを再開したいと思っています。