無過失補償制度を厚生労働省が検討

前に自民党が検討した段階で一度エントリーしましたが、厚生労働省が動き出したとの記事(9/28付Asahi.com)の続報がありましたので取り上げます。

記事によると厚生労働省が考える対象は分娩に関連する脳性麻痺児(CP児)に限る構想のようです。どれほどの補償を考えているかと言うと、まず対象人数の予想が挙げられています。

厚労省研究班の調査によると、出生数2000人あたり1人以上に脳性まひが発生している。

この発生率はは産婦人科医が指摘してきた1000人に1人に比べ約半分ですが、「1人以上」と書いてありますのでここでは間を取って2000人当たり1.5人で概算すると、年間出生数110万に対し825人発生することになります。それに対する財源は、

同省研究班の04年度の試算によると、救済対象を軽症の脳性まひまで広げ、民事訴訟の補償額を参考に算定すると、必要な財源は年間約360億円。

軽症まで対象を拡げるとありますので825人全員が対象になると考えられ、単純計算で一人当たりの補償額は平均で4360万円になります。今日は少し数字を丸めて一人あたり平均で4500万円として話を進めたいと思います。

ここで支払い手続きを考えてみたいと思います。ごくごく普通に考えて不幸にもCP児が誕生した、そこで医師及び家族が補償申請するという事になると思います。申請も無しに補償が出てくるはずがないですからね。申請先は当然ですが無過失保障機関となります。ここで問題になるのは申請に対して補償がどの程度の手続きで出るかと言う事です。考えられるケースは2つ

  1. 過失の有無に関わらずほぼ無条件に補償を給付
  2. 過失の有無を認定した上で、無過失のものに補償を給付
機関の性格からしてa.である可能性も十分あります。つまり過失があろうと無かろうとCP児に対して無条件に補償する機関とする考えです。その上で家族が医療側の過失の可能性を疑うのなら、民事訴訟で追及してくださいと考えればよいでしょうか。

b.の可能性も多分にあります。無過失と謳っているのですから、過失のあるものは加害者である医療機関が賠償すべきであると言う考えです。その場合は過失の有無を判定する機関が必要です。まさかCP児家族全員に訴訟をさせ、原告敗訴のケースのみに給付するみたいな事はしないだろうからです。ではその機関はどこになるかです。無過失補償機関が独自に設置するか、これも創設が検討されている第3者審査機関が判定するかです。

今日のお話はどちらがするかが問題ではなくて、なんらかの公的機関が過失の有無を判定する事での影響です。無過失の判定であればとりあえず平穏です。ここで過失ありと認定されたらどうなるかです。CP児の訴訟相場は1億〜2億になろうとしています。額の大小は過失認定の範囲の問題ですが、満額回答になると2億になる可能性があると言う事です。

そこで公的機関の過失認定は大きなお墨付になるだろうと考えます。医療訴訟の構図は何度か取り上げましたが、医療には基本的に素人の裁判官が判断を下します。彼らが判断の基礎にするのは専門家の鑑定及び証言になります。高度の医学判断は彼らには不可能ですから、裁判官が「どうも正しそう」と感じたほうに有利な判決を下します。この構図に医療関係者は大きな不満を抱いていますが、現状の枠組みはとりあえずどうしようもありません。

そういう裁判官の判断で公的機関のお墨付は絶大な心証を与えるのは疑う余地はありません。そうなれば訴訟相場から2億の満額回答が出るのは容易に予想されます。お金にばかり拘るのは汚い話ですが、公的機関の認定が無過失なら4500万の補償、過失ありなら2億円の賠償となります。このギャップは過失の重大性から妥当な金額なんでしょうか、私にはなんとも言えません。

金額にこれだけ差があれば公的機関の無過失認定に異議を唱える人も出てくるのもまた予想されます。出来てもいない公的機関ですが、裁判所のように3審制まであるとは思えず、判定に不満があればこれも提訴となります。今度は訴訟となっても医療機関に無過失のお墨付があるので安心かと言えば、そうとは必ずしも思えません。

司法の独立性は保障されています。いかなる機関の影響も受けないのが原則です。弁護士の方のお話にありましたが、絶対有利の裁判であっても勝つとは限らないのが訴訟だそうです。CP訴訟は絶対的に可哀そうな原告がいます。これは被告である医療側から見ても可哀そうな原告です。裁判官は心情として最初から原告に同情的なのは人として理解できます。そうなれば公的機関の判定を覆すケースの発生がありうるという事です。

もし訴訟の場でしばしば公的機関の判定を覆されたら、公的機関の信用性は揺らぎ、過失ありなら無条件に2億円訴訟。無過失であっても判定が覆る事を期待して訴訟となる可能性を危惧します。

いけませんね、どうも最近の医療を取り巻く状況が厳しすぎて悲観的に考えるクセがついてしまっています。まだまだ何も具体的に決定されているわけではありませんから、今はもう少し静かに見守りましょう。