咽頭結膜熱

俗に「プール熱」とも呼ばれる夏かぜの一つです。特徴は咽頭炎が起こり、結膜炎を併発し、高熱を出すするものです。病名の咽頭結膜熱は主要3症状を書き並べたものです。原因はアデノウイルスアデノウイルスもインフルエンザのようにいっぱい型がありまして、おおよそ50ぐらいはあります。

アデノウイルスであればすべて咽頭結膜熱になるかと言えばそうではなく、多彩な症状を起します。咽頭結膜熱のほかにも急性咽頭炎、滲出性咽頭炎流行性角結膜炎、肺炎、百日咳様疾患、胃腸炎、発疹症、出血性膀胱炎、脳膜脳炎などがあげられます。残念ながら有効な治療法は無く、基本は目に見える症状を抑えながら自然治癒を待つ事になります。幸い予後は良好なのですが、手強い病気である事は間違いありません。

これらのアデノウイルス感染症のうちで診断に注意を要するのは咽頭結膜熱と流行性角結膜炎です。どこに注意を要するかと言えばこの2つは学校伝染病に指定されているからです。流行性角結膜炎は小児科でも関与する事はありますが主戦場は眼科になるのでここでは置いておくとして、小児科が問題とするのは咽頭結膜熱です。

典型的なものは診断は容易です。喉は見ただけで真っ赤ですし、目も同様に赤く腫れてウルウルしていますし、ドカンと高熱があります。この3症状を夏場に見れば即座に咽頭結膜熱と診断できます。ところが解釈が微妙なのは咽頭炎があって高熱があっても結膜炎症状が無いものです。

アデノウイルスは鼻からでも口からでも眼からでも侵入します。少し雑な解釈ですが、もともと咽頭結膜熱の概念は眼から侵入したアデノウイルスが結膜炎を起こし、さらに咽頭炎を起したものとされます。ところがアデノウイルスが口や鼻から侵入した時には結膜炎症状は起さず、咽頭炎症状しか起さないのです。なぜかアデノウイルスは眼から咽頭へ病気は拡がりますが、咽頭から眼に拡がらない性質を持っているのです。

この結膜炎症状の無い咽頭炎を、結膜炎の無い咽頭結膜熱と解釈するか、咽頭結膜熱でなく急性咽頭炎と解釈するかです。従来は病原菌がアデノウイルスであるかどうかを簡便に特定する方法が無かったため、結膜炎症状の有無を鑑別のポイントとしていました。私もそうです。ところがアデノウイルスの存在を簡便に検出できるキットが普及してきたため、急性咽頭炎アデノウイルス感染症である事が分かるようになってきたのです。

そのため咽頭結膜熱と急性咽頭炎の区別が再び問題となってきました。病気の本態を考えれば同じアデノウイルスが起した病気で、咽頭炎で高熱を出しているところは同じです。ところがウイルスの侵入経路が眼からなのか、口や鼻からで結膜炎症状の有無が生じただけです。先ほど上げた「結膜炎の無い咽頭結膜熱」と「咽頭結膜熱でなく急性咽頭炎」は成書でも解釈は微妙です。そもそも明確に分けにくいものですし、研究が進めば進むほど両者の境界線は曖昧となるためです。

治療する上では診断がどちらになっても大差はありません。問題は学校伝染病との関連のみです。と言うのも近隣の医療機関が結膜炎症状の無いアデノウイルスによる急性咽頭炎を「プール熱である」と診断しているようなのです。かなりの有力病院なのでその動向はうちも影響されます。患者さんは零細診療所よりも病院の方を信頼しますからね。長いものに巻かれろで右へならへしても良いのですが、右へならへするには急性咽頭炎アデノウイルス感染症である事を証明しなければなりません、

急性咽頭炎は見ただけではそれがアデノウイルスによるものかその他の病原菌であるものかは区別は非常に困難です。困難というより無理です。となれば根こそぎ検査していく必要があります。インフルエンザも似たようなところがあり、ある程度根こそぎ検査しますが、インフルエンザは検査の結果によりインフルエンザ治療薬を投与するかどうかの重要な役割があります。

アデノウイルスの場合はウイルスの存在が証明されても特段の治療薬があるわけではありません。また咽頭結膜熱の診断の定義も結膜炎症状が無い場合に「咽頭結膜熱である」「咽頭結膜熱で無い」のふたつの考え方があります。咽頭結膜熱であるかないかの差は学校伝染病に該当するかどうかの問題に帰着します。

この問題には相当悩んでいます。あまりにも悩ましい問題であるので、うちのブログによくコメント寄せていただくbefu先生に意見を求めました。befu先生のところでも去年同様の問題があったとの事で、befu先生のところでは「結膜炎症状の無いアデノウイルス感染症咽頭結膜炎でない」との共通見解を県レベルの小児科の決定としたそうです。非常に明快で現実的な解釈かと思います。

うちもそれにならいたいところですが、相手はでっかい病院小児科です。異を立てるか立てないかを現在も苦悩中です。