社会的制裁

法曹関係者の方は逮捕されても訴訟の場で潔白を証明すれば名誉は雪げるとよく言われます。法理学的にはそうでしょうし、法曹関係者の中の理解や常識もそうでしょう。とくに弁護士であるならば冤罪事件の無罪の証明をすればヒーローと思うでしょうし、それを誇りにされている方もおられます。冤罪を暴いた弁護士の努力は賞賛に値しますし、そういう方が法の正義を守っているのでしょうが、被害者になれば無罪判決を勝ち得ても複雑なものが残るのは間違いありません。

ある程度の容疑があるから容疑者になるのですが、容疑者になった途端、社会的には犯罪者同様の扱いにされます。世間の関心の高い事柄であるほどそうで、連日マスコミがこれでもかの報道を行ないます。もちろん中立的な内容ではなく、完全に犯罪者と決めてかかっての報道の嵐です。その凄まじさは本人はもとより、その家族、親類縁者、友人や知人にまで及びます。個人情報保護法のために幾分マシになりましたが、かつては実名入りでバンバンと報道されたものです。

このマスコミによる社会的制裁の凄さは、しばしば司法での判決の時、「被告は既に社会的制裁を受け・・・」と減刑の理由にまでなる時があります。有罪の時に減刑理由の一つになるぐらいですから、司法もマスコミによる社会的制裁が実質を伴っている事は認めているわけです。では無罪であった時の社会的制裁への扱いはどうなるのでしょうか。

私は幸いそんな事に遭遇した事はありませんが、伝え聞くところによるとそれはもう壮絶なものらしいです。容疑者の立場に経たされた本人だけではなく、家族ももちろん職を失い、それまでの社会的名誉は剥奪され貶められ、町を歩くと罵声を浴びせられ、それには一切反論する事は許されない。裁判で無罪を勝ち取るまでそんな状態が続き、また冤罪事件となると検察も依怙地になっていますから、大抵は最終審までもつれこみ、早くて数年、しばしば10年以上もそんな椅子に座らされます。

法曹関係者はそれでも「勝った、勝った」と手放しで喜びますが、容疑者の立場にあったものは法的に無罪の証明はもらったものの、裁判の間に失ったものは容易に取り戻せません。容易にではなくて二度と取り戻せないと言った方が相応しいかと思います。仕事、名誉、社会的地位、友人関係などなど、訴訟に時間を費やしている間に人生の貴重なエッセンスを磨耗させてしまった言えます。

この社会的制裁の煽動で多大の役割を果たしているのは言うまでもなくマスコミです。マスコミ内部で「有罪」と確信したなら、後は書き放題です。予断、憶測、煽情記事を機関銃のように乱発し、絨毯爆撃のように根こそぎ粉砕させます。百歩譲って「有罪」なら最低限の許容はしても良いかもしれません。ただし最低限です。有罪と言っても上下様々で、その有罪の程度に相応しい社会的制裁であったかどうかが検証されなくてはならないでしょう。ましてや無罪であるならばこの責任をどう考えているのでしょうか。罪無き一市民を社会的に抹殺した責任です。

どうも一切責任は取らなくて良いルールが暗黙のうちに出来上がっているようです。せいぜい無罪判決の時に擁護記事を載せたら相殺されるぐらいの解釈のようです。そんなもので相殺されるとは思いませんが、マスコミはもっと凄いことも平気でします。たとえ裁判の結果が無罪であってもその判決が気に食わなければ、今度は判決は無罪であるが印象は有罪であるとの記事を堂々と掲載します。

マスコミ以外がやれば間違い無く巨額の賠償が課せられるでしょうが、マスコミは治外法権のようです。一部で名誉毀損の逆訴訟も行なわれているようですが、冤罪事件の無実の証明に精も根も尽き果てている人が、新たなパワーと訴訟費用をかけて戦う人は限られています。

弁護士も増えるみたいですから、医療訴訟で儲けようと思うのは勝手ですが、誰かマスコミの社会的制裁の賠償事件を積極的に手がけてくれないですかね。勝ち抜いて判例を作れば相手は巨大マスコミですから、賠償額は天文学的数字になるでしょうし、一つ勝てば一生遊んで暮らせるぐらいの弁護費用が入ると思うのですが。