医師の偏在化

僻地や地方の医師不足はこれが主因だと厚生労働省は断言しています。医師の数は十分足りているのに偏在化しているので一部に医師不足が生じるのだと何度も繰り返し主張しています。医師の数自体は過剰状態一歩手前であるとの主張も一歩も譲った事はありません。もちろん主張するだけでなく、この主張を基にして医師不足の「一部地域」に医者が余っている地域から送りこむ構想を打ち上げ花火のように次から次へと出してきます。

まずもって医師は基本的に偏在します。医師とは言え自由な市民ですし、就職先の病院は原則として自由意志で選択できます。誰かの強制命令を受けて配属病院が決められるわけではなく、最終決定は自らの意志で決めます。全国にたくさんの病院はありますが、病院の勤務条件は間違っても全国一律ではなく、千差万別いろんな病院があります。その中で自分の目指す医療に最も近い病院を選ぶ事が出来るのです。

医師が勤務する病院を自分の希望で自由に選べるのなら、人気の高い病院、不人気の病院は必然的に生じます。医師だって人の子ですから、地理、給与、待遇が良い条件の病院にできれば勤務したいと考えますし、一方でその逆の病院はよほどの動機付けがないと出来れば避けたいと考えます。これは医師だけの特殊事情ではなく、すべての職種に基本的に当てはまると考えます。

また医師の転勤が日常的に行なわれるので、漠然と医師は病院という集合体に勤務しているような錯覚が一部にありますが、原則として各病院は完全に独立した存在であり、A病院とB病院のトップが話し合って、医師の意思を無視して融通する事はできません。これは人手の余っているA会社が人手の足りないB会社に社員を融通できないとのと同じです。医師は勤務している病院に就職しているのです。

医師に就職先選択の自由があり、選択する病院の勤務条件に大きなムラがあるのなら偏在が起こらないのが不思議です。他の職種であれば起こらないという事実があれば医師だけの特殊事情とも考えられますが、そうでない事は周知の事実です。また勤務条件としてあげた給与、待遇、地理ですが、ある意味もっとも重視されるのは地理です。給与、待遇が同じでも大都市と田舎では決定的な差となります。少々、給与や待遇が良かっても地理的条件はかなり重く取られます。これは大都市のほうが生活の利便性が基本的に優れている事、子供の教育に圧倒的に有利であるからです。医師だって家庭があり、子供も出来ます。

偏在化はある程度生じるのは当然なんですが、問題になるほどの過度の偏在化とはどういう状態を指すのでしょうか。上記しましたように基本的に医師は大都市に集まり、地方に薄くなります。問題視されるほどの偏在は大都市部では医師が過剰状態になっていなければなりません。つまり明らかな過剰地域が存在して初めて偏在が問題視されなければなりません。そもそもそんな地域があるのでしょうか。

厚生労働省のHPに県別の医師の分布がまとめられています。まず厚生労働省が絶対不変の真理であると確信している人口10万あたりの医師数200人は全国平均でクリアしています。私の学生時代からこの数字で医師が余ると執拗なぐらい語られています。では上位ベスト10をピックアップしてみます。

  1. 徳島 275.7人
  2. 京都 274.2人
  3. 鳥取 269.8人
  4. 高知 269.8人
  5. 東京 267.6人
  6. 福岡 262.3人
  7. 岡山 253.7人
  8. 石川 249.2人
  9. 長崎 248.6人
  10. 熊本 247.3人
  11. 島根 244.4人
ベスト10を見れば分かるように、240人を越える地域は医師が多い地域とも考えられるので、これ以外のところを上げてみると、和歌山、香川も入ります。もう少し広げて230人以上となれば、大阪、広島、愛媛、大分も入ります。県別規模での偏在となれば、これら15の都道府県では医師の過剰問題に直面していなければなりません。当然県別規模での偏在化問題の解消となると、これらの都道府県から他の医師の不足している都道府県に医師を移動させる事が必要となります。

医師が統計上余っているはずのこれらの都道府県ですが、例えば10位の島根県では、医師不足に窮するあまり知事が何度も僻地への強制配置法案の必要性をアピールしたり、医師確保のために島根医大の地元推薦枠の確保や奨学金の拡充まで提案しています。しかし県別の規模で言えば明らかに医師過剰県であり、むしろ他の不足県に供給する側にまわる必要があります。

全国2位の京都も内紛と医師不足舞鶴市民病院が瓦解したのは記憶に新しいところです。長崎も離島医療の医師確保に悩んでいます。その他の県も詳細な事例は知りませんが、少なくとも医者が就職難で困っている話を聞いたことがありません。

結局のところ医師の偏在化を槍玉に挙げていますが、都道府県規模で過剰なところは存在していないという事です。偏在化を是視するための必須条件である過剰地域が存在していないという事です。過剰地域が存在していないのにどうやって是正するかが極めて不思議です。余裕のある県はあるかもしれませんが、過剰な県は無いということです。また同じ都道府県内での都市部と僻地での偏在もまた可能性としてありますが、僻地が足りないのは事実ですが、都市部で過剰になっている話は寡聞にして聞いた事がありません。

おそらく想定として過剰な地域となっている大都市部でも過剰感がないのであれば、厚生労働省が絶対の前提としている「医者は足りている」の論拠は怪しく、足りているとの前提での偏在化是正による医師不足の解消策に医師が冷笑するのは、まさしく現場の実感かと考えます。