ミサキも今年で三十八歳になります。娘のサラも十歳になり今は私立中学受験を目指しています。どうも学校のお友達に刺激されたみたいで、そのうちあきらめるかと思ったのですが、思いのほかに頑張ってくれています。そんな娘に刺激されたのか息子のケイも受験を目指すと頑張り始めています。ミサキの子どもにしたら、出来過ぎだと感謝しています。マルコと話していたのですが、
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「サラも十歳だけど、後八年して大学に入っちゃったら、いなくなっちゃうかもしれないね」
「当たり前じゃないか、それを見送れるのが親の楽しみだろ。それともサラがニートになって家にしがみついていて欲しいのか」
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「マルコ。まだまだ先だけど、サラとケイが家から出て行ったら、また二人きりになっちゃうね」
「今日のミサ〜キはおかしいぞ。二人だけになったら子どもの目を気にせずにラブラブ出来るじゃないか」
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「サラとケイもミサ〜キを幸せにしてると思うけど、ミサ〜キを幸せにするのはボクの生涯をかけた大仕事なんだ。まだまだ仕事は半分も済んでないんだよ」
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『ガラガラガラ』
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「見せつけてくれるねぇ」
「え、あ、いらっしゃいませ」
コトリ専務は社宅になっていたあのマンションに帰られて、そのまま小島知江時代の家具から、食器から、服まで引き継がれました。あのマンションは思い出が深すぎて避けられるのではないかと思っていたのですが、
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「ラクやん。それに社宅になってるから家賃も安なったし」
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『こんだけ!』
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「ちゃんと下着は買ってるよ。ありゃ、最後の演出に大事やし」
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「あれだけの服とアクセサリーで、あれだけオシャレできるのですねぇ」
「まあね。苦労の賜物ってところかな」
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「当時のことやし、急場の事やから、そんなに荷物持ってけへんかってん」
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「後から追いかけて来たのもいたけど、とにかく住むところ作って、食糧確保に追い回されてた」
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「荒れ地を開墾する言うても、すぐに農作物がジャンジャン出来る訳やないやんか。そりゃ、主女神が恵みの力を施すから開墾自体は順調やったけど、最初の何年かは、交易で食糧を手に入れへんかったら全然足りへんのよ」
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「とにかく今で言うたらカネがないんよ。それでも時代が時代やんか、都市を守る防壁も早急に作らなあかんのよ」
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「そんな貧乏集団の何を狙われたのですか」
「食い物と女、ついでに男」
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「ずっと財政は逼迫しっぱなし。まだ通貨の無い時代やねんけど、やっぱり何をするにも今の概念でカネがいるからな」
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「宗教儀式は見た目が大事なのよ。貧乏くさい格好をしていたら有難味が薄れるぐらいかな。そのための衣裳の調達さえ四苦八苦状態やってん」
「そこまで」
「そりゃ傷まないように、汚さないように気を付け取ったけど、百年もすれば限界が来るやんか。そりゃ、色々やったよ。傷んでないところを継ぎ合わせてサラみたいに見せてたけど、それだっていずれ限界が来るし」
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「では、その時の経験がコトリ専務の洋裁を覚えた始まりとか」
「そうなるわ。ミシンは最近覚えたけど」
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「どうにも女神の衣裳がニッチもサッチもいかんようになってもて、嫌でも新調せなアカンことになったんやけど。とにかくカネがないんで困り果ててしもたんや。女神の衣裳は当時の最高品質やったからな」
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「布買うから高くつくから、原料から布を織ったら安くなる」
「原料は何だったのですが」
「女神の衣裳はウールやった。普段着は亜麻布」
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「女神が気合入れて作ったから、エエ布できたんや。それで衣裳が作れたけど、原料費と機織りの道具代をなんとかせにゃあかんのよ。でも、これも実は計算内で、コトリとユッキーで織った布を女神印で売り出したんや。よう売れて元とれた」
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「売れたんはまでは良かったんやけど。その後が大変やった。当時のエレギオンにはロクな交易品がなかったんよ。だから貧乏やってんけど」
「金銀細工はどうだったのですか」
「とにかく最初は荒れ地開拓と都市建設に総動員状況やんか。それと金銀細工をやるには当り前やけど金と銀が必要やねんけど、そんなもの手に入れるカネなんて逆さに振ってもあらへんから、技術伝承が途絶えてもてん」
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「今で言うたら外貨獲得つうか造幣局みたいな感じで織りまくってた」
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「とにかく女神の布頼りの財政やったから、なにをするにも女神の布換算やねん。あれをするのに何枚、これを買うのに何枚みたいな感じかな。途中からウールを輸入するのも、もったいないと思って牧羊起こしたけど、あれも軌道に乗るまで何枚織った事か」
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「人口もボチボチ増えてたし、人が増えれば必要なものも増えるやんか。それに必要な布の枚数も十枚や二十枚やったらエエんやけど、いきなり何百枚が必要って出てくるのよこれが。政治判断として必要やから了承するんやけど、二人になった途端にユッキーは悲鳴あげてた」
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「歳入? うんと勤労奉仕」
「農産物への課税は?」
「そんなレベルやなかった」
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「エレギオンの周辺の土地は農業やるにはイマイチどころやなかってん。そやから今でも荒れ地のままぐらい悪かったの。あそこで収穫が出来るのは女神の恵みの力頼りやねんけど、主女神がしょっちゅうヒス起こすから、食糧事情はいつもギリチョン」
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「公平言うても、農民には厚めに分配せなアカンのよ。そりゃ、作ってる人が薄かったらやる気が出えへんやんか。それと配る方は少な目にせんとアカンのよ。配る方がいっぱい取ったら暴動が起りかねへんもん。そやからいっつも腹空かしとった」
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「そういう生活にコトリは慣れとったけど、ユッキーには辛かったと思うよ。でも、コトリにはさんざん愚痴こぼしてたけど、泣きながら頑張ってた」
「国家歳入って布以外にあったのですか」
「祭祀の時のお供え」
「それだけ?」
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「お供えに食い物があったときは恨めしかったもんよ」
「どうしてですか」
「あの頃の食い物は貴重やったから、女神からの恵みとして全部国民に分け与えてたんよ。貧乏くさいけど祭祀のクライマックスの時期が長かったわ」
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「ユッキーが花が食べれたらどんなに嬉しいか愚痴ってたんやけど、食べられるなら、やっぱりアタラへんやんいうたら、ゲッソリしてた」
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「でな、ユッキーが言うんよ。布だけじゃ交易品として、もったいないって」
「どうされたんですか」
「服にして仕立てて売ろうって。ただ言い出したユッキーが暗い顔してた。そりゃ、服まで作ったら自分で自分の首絞めるようなもんやからな」
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「服は作ってはみたものの、さすがに無理があったのよ。いくら女神が超人的っていうても、手は二つしかあらへんし、一日は二十四時間しかないんよね。あん時の苦労がトラウマになったんか、物はトコトン大事にするし、余計な物は買わへんし、とにかくある物でデッチ上げる能力が異常に発達した気がする」
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「ではアパレル業界なんてイヤに感じませんか」
「やっぱりコトリは女やねん。いつの日か着飾ってやるって思いも発達したんやと思ってる」