女神伝説第4部:コトリを待つ日々

 コトリ専務がクレイエールに入ってくれるなら、やはり新入社員として入られる可能性が高いと考えています。誰か若手社員に乗り移られる可能性もありますが、今のところそれらしき人物はいません。ですからミサキの十三年目の新卒採用試験は注目されました。

 とにかく見落としたら大変ですから、シノブ常務もミサキも採用試験に同席の命令が下りました。二人の仕事はとにかくコトリ専務の生まれ変わりを見つけ出す事でした。しかし二人でどう見てもそれらしき人物は見つけられません。合宿研修から実地研修、さらに配属後に頭角を現す者がいないか探し回りましたが、残念ながら該当者は見つかりませんでした。

    「ミサキちゃん、今年はいないようだね」
    「はい、シノブ常務。まだ隠れている可能性はゼロではありませんが、今年はいなかったで良い気がします」
    「やはり乗り移られるなら大学生かなぁ」
    「はい、さすがに高校からやり直すのは避けられる気がします」
 これは二人で出した推測ですが、コトリ専務は記憶を受け継ぐ能力が封印されていた時代は胎児から乗り移られていたで良い気がします。記憶の継承能力が無い神はたぶんそうだとコトリ専務も仰ってました。だとすると記憶の継承能力が復活したコトリ専務は、若い社会人か、大学生をターゲットにする可能性が高いはずです。高校生ぐらいからの可能性も残りますが、
    「高校生だと大学受験も必要になりますが」
    「あの人は気まぐれだから、女子高生をもう一度やりたがるかもしれない。でも、そうなるとネックがあるわ」
    「なんですか?」
    「高校生じゃ、ビール飲めないじゃない」
 ですから大学生以上の可能性が高いと読んでいます。本当は二十歳までビールは良くないのですが、その辺は置いときます。そうなると問題は何回生に乗り移られたかです。四回生だったら今年の新入社員にいるはずですが、どう見てもいません。
    「学生生活を楽しまれてるのでしょうか」
    「あの人なら十分にあり得るわ。楽しみだしたらトコトン謳歌するタイプだし。それに女子大生であるのはメリットがあるわ」
    「なんですか?」
    「男を探すのに有利じゃない」
 シノブ常務がそこまで言うかと思いましたが、とにかくそうであれば後三年のうちに現れるなら現れるはずです。いや、絶対現れるとミサキは信じてます。綾瀬社長もミサキとシノブ常務の見方に賛成されて、専務の椅子は空けたままですし、専務の部屋もそのままです。あのマンションだってそうです。重役会議だってコトリ専務の席は空けたままです。

 綾瀬社長が小島専務の復帰を待つ強い意志を持っているのは良くわかりますが、驚いたことにこれを折に触れて発言されるようになったのです。ミサキはさすがにどうかと心配していました。そりゃ、誰が聞いても荒唐無稽も良いとこのお話だからです。ところがクレイエールの本社社員、とくに小島専務を知っている者なら信じるようになってきているのです。これも社員からの強い希望があり、一周忌の慰霊祭も行われました。昨年のお別れ会では誰しも涙に暮れましたが、今年は様相がガラリと変わっています。社長からして挨拶が違います。

    「我々は小島専務が帰る日まで、クレイエールを潰すことは許されない。これは当然のことだが、帰ってきた小島専務を驚かさなければならない。間違っても落胆させてはならないのだ。諸君の奮起を期待する」
 なにか総決起集会の様相になりました。この小島専務の復帰を待つは、いつしかクレイエールの合言葉的なものになっています。重役会議でも、
    「その程度の成績に小島専務なら満足しないと思う」
    「そんな、ありきたりの企画を出して小島専務に恥しくないのか」
 この程度でも結構なものですが、
    「それは戻ってきた小島専務を落胆させる」
 これを社長に言われるのが重役会議でも最大級の侮辱の様相になっています。どうにも暴走しているとしか思えなかったので例の料亭での密談の時に社長に、
    「小島専務の復活は私も強く願っていますが、最近のは少しやり過ぎではないですか。あんな事をしたからと言って小島専務がクレイエールに戻るとは思えないのですが」
 そしたら社長はさぞ心外と言う顔をされて、
    「何を言うのだ香坂君。全社員が一丸となって小島君の復帰を願ってこそ、その心が小島君に通じるのだ。今でも足りないぐらいに思ってる」
 どっかの新興宗教じゃないんだからと思いました。後でシノブ常務に相談したら、
    「社長はムジナよ。そんな単純な人じゃないの。コトリ先輩の復帰を願う心を社員の求心力に利用してるのよ」
 なるほど! 社長もコトリ専務の急死によって社員が受けた衝撃を良く見られているようです。戦力としても大きな穴ですが、士気もたしかに落ち込んでいました。あのままでは業績低下どころか、仕事にすらならないような状況であったのは間違いありません。そういう落ち込んだ状況に活を入れる方策としてコトリ専務の復帰を利用していた事になります。
    「ではシノブ専務。社長は本心ではコトリ専務の復帰を願っておられないのですか」
    「だから社長はそんな単純な人じゃないってば。真剣に願ってるよ。あれはポーズなんかじゃないし、あれだけやってれば新入社員としてコトリ専務が入社されて、いきなり専務になっても不自然でなくなるじゃない」
 そこまで計算してるんだ。これでコトリ専務が復帰されなくても、士気が回復すれば十分な成果だし、もし復帰されればその上にコトリ専務が加わっていう事なしだもんね。それで少々オツムの中が疑われても、業績さえ伸ばせばだれも文句を言えないってところかな。たしかにムジナだ。

 ミサキが入社して十四年目もコトリ専務らしき人物はおらず十五年目もまたそうでした。ミサキもガックリしましたがシノブ常務の落胆ぶりは見るのも辛いほどです。ただ業績の方は順調に伸びています。主力のクレイエール事業は堅調、ブライダル事業は聖ルチア教会の優先利用効果もあって伸びてます。ミサキが担当しているジュエリー事業も生産量が増えた分だけ確実に伸びています。

 後はコトリ専務の復帰を待つだけです。来年はコトリ専務が大学一年生に乗り移ったとしての卒業年度に当たるので、ミサキもシノブ常務も最大限の期待をかけています。もちろん綾瀬社長も高野副社長も、いやクレイエール社員すべてがです。気の早い連中は復帰歓迎式典をどんなものにするかの話題で盛り上がっていたりさえしています。

    「ところでシノブ常務、まさか留年とかしてないですよね」
    「う〜ん、普通にやられたら無いと思うけど、あの人は時々思わぬことをされる方だから・・・」
 わざと学生生活を謳歌するために留年は・・・ミサキもやりかねないと思います。コトリ専務はなんでも出来る人ですが、その中で苦手なのは『普通』にやることです。発想の飛躍がタダの飛躍でなく銀河系の果てまで飛びかねない人でもあるのです。でも、でも、飛びまくっても必ず正しい地点に着地するのも良く知っています。コトリ専務、聞こえてますか。みんなが待ってるのです。あなたが帰る日を一日千秋の思いでひたすら待っています。お願いです、クレイエールに帰って来てください。