女神伝説第3部:聖ルチア教会復活

 寺田先生に旧聖ルチア女学院の資料をとりあえずクレイエールの倉庫に引き取る話を持っていくと大変喜んでくれました。ただ申し訳なさそうに、

    「こんなことを頼めた義理じゃないんですが、資料を運ぶ人手も費用もないのです」
 これについては小島専務がポケットマネーをNPO団体に寄付する事でなんとかなりました。コトリ専務と寺田先生は久しぶりの再会を喜んでいましたが、コトリ専務は、
    「それほど遠くないうちにこれらの資料を元に戻せると思います」
 一方の聖ルチア教会ですが、ローカル紙にも再開が書かれていました。予定通りライボリーニ司祭と三人の助祭が来日し、市長も臨席の下、華々しく復活ミサが執り行われました。


 さてなんですが、この聖ルチア教会は非常に特殊な位置づけになっています。これを説明するにはカソリックの教会制度を理解しないといけません。ある程度、端折りながらにしますが、まず教会には司祭がいて一定地域を担当します。そんな司祭が担当する地域を広くまとめたものを教区と呼び司教が管理を任されます。あえて喩えれば司祭が市町村長で、司教が知事みたいなところです。教会も司祭がいるところは市役所とか町役場、司教がいるところが県庁と考えればわかりやすいかもしれません。

 司教が管理する教区を司教区とも呼びますが、日本には十六の司教区があります。この十六の司教区はさらに三つのグループにまとめられます。この教区をまとめたものを教会管区と呼びます。司教区が都道府県なら、教会管区は州みたいな位置づけと思えば良いかと思います。

 この教会管区には東京、大阪、長崎があるのですが、教会管区長として大司教がいます。大司教がいる教区は大司教区とも呼ばれます。神戸というか兵庫県は大阪大司教区に含まれます。ごく単純化すると州知事の大司教、都道府県知事の司教、市長村長の司祭って感じです。

 ここでなんですが聖ルチア教会も聖堂と呼ばれるのですが、これが異例なのです。カソリックにおける聖堂はカテドラルと呼ばれますが、これは司教座のカテドラに由来します。ここも単純化すれば司教座とは司教が座る椅子の事であり、司教が座る椅子のある教会をカテドラル、すなわち聖堂と呼ぶことになります。自治体で喩えれば司教座とは知事の椅子の事であり、知事の椅子のある役所が県庁と呼ばれるような関係です。

 聖ルチア教会は地域的に大阪大司教区に含まれており、大阪大司教がいるのが玉造教会ですから玉造教会が大阪教区の唯一の聖堂のはずですし、再開された聖ルチア教会にも司祭はいても司教は派遣されていません。それでも聖ルチア教会は聖堂と呼ばれます。この点をコトリ専務に聞いてみたのですが、

    「あれねぇ、カソリックの日本の教区はもともと日本使徒座代理区っていうてパリ外国宣教会所属やってん。これが発展してって、聖ルチア教会が出来た頃には東京大司教区、函館教区、大阪教区、長崎教区があったぐらいと思ったらエエと思うわ」
    「じゃあ、神戸は大阪教区ですよね」
    「そうなるはずやねんけど、聖ルチア教会は使徒座知牧区に何故かなったんよ」
    「使徒座知牧区って、なんですかそれ?」
    「なんですかってミサキちゃんはカソリックやろ」
 あちゃ、そうだった。ちなみにコトリ専務は曹洞宗だそうです。
    「まあええわ。使徒座知牧区ってのは簡単に言えば宣教の初期段階の地域の事ぐらいと思ったらエエよ。使徒座代理区のさらに前段階ぐらいで教皇庁から使徒座知牧って肩書の宣教師が派遣されるのよ」
 カソリックでは宣教段階の程度で、
    知牧区 → 代理区 → 司教区
 こうステップアップすると理解して良さそうです。
    「それってベネデッティ神父が使徒座知牧だったって事ですか」
    「そうなるんよ。知牧区いうても教区の前々段階やからかなり広い地域を指すはずやねんけど、聖ルチア教会の知牧区は兵庫県どころか神戸も含まず、聖ルチア教会だけやってん。だから最盛時でも天使の教会と合わせて二つだけ、聖ルチア女学院だけが知牧区として独立してたようなもんや」
    「宣教段階の初期だったから?」
    「そうとも言えへん。日本の教区も最初は代理区から始まってるけど、聖ルチア教会が出来た頃には司教区まで昇格してるからな。そやのに、わざわざこんな小さな知牧区作って、さらにやで代理区にそのまま昇格してるんよ」
    「リッカルド神父の時代ですか?」
    「そやねん。そやからリッカルド神父は使徒座代理で名義司教になってた」
    「正式の司教と名義司教の違いは」
    「司教って自分の教区の自治権つうか裁量権みたいなものがあるんやけど、名義司教の場合は教皇庁が直轄みたいな感じでそういうものがないぐらい」
    「なるほど、だから名義だけの司教って肩書なんだ」
    「だいたいそんな感じでエエんちゃう。コトリは仏教徒やから、これぐらいしかわからん」
 まったく、もう、コトリ専務はミサキがカソリックになったのを当てこするんだから、
    「さらに不思議なのは使徒座代理区から教区になってもたんやけど、どうもやねんけど教区と代理区の中間みたいな扱いやねん」
    「中間ってどういうことですか」
 コトリ専務も事実関係が複雑で説明しにくそうです。
    「説明が煩雑になるんやけど、まず大司教からいこか。大司教は枢機卿の下、司教の上ぐらいの階級って理解したらエエわ」
    「はい」
    「この大司教も四タイプぐらいあって、一番は教会管区長の大司教、その次は大司教区大司教。この違いは複数の教区を管理しているかどうかの差ぐらいかな。もちろん兼任も普通にある」
    「その次は」
    「教区いうても栄枯盛衰があって消滅してしまった大司教区もあるんよ。そこに任じられるのが名義大司教」
    「自分の教区どころか教会もないんでしたら、本当に名義だけですね」
    「最後は教皇が功績のある司教、それも司教区に定住している司教に与える称号だけのもの」
 なるほど。大司教と言っても違いがあるんだ。教会管区大司教や大司教区大司教が課長みたいなもので、名義大司教が課長代理、称号大司教が課長補佐みたいなものかな。
    「それで聖ルチア教会の扱いはどうなってるのですか」
    「ヴァチカンでは消滅した大司教区扱いになってる。だから名義大司教が任命される」
    「でも神戸には来ないんでしょ」
    「そうやねん、わからんとこやけど名義大司教扱いやから教区に派遣されへんねん。そやけど教会一つ、無くなってしもた天使の教会を入れても二つやけど教区があるから神父さんがいるやんか」
    「だから名義司教が赴任するんですね」
    「いやせえへん。代理区やないから名義司教でもないんよ。無理やりいえば、常に司教が留守の教区。司教の留守番役として司祭がおるねん」
 えらい複雑な。まあ実質でいえば現在は教会一つの教区ですから、大司教どころか司教が来ても大げさすぎるし、司祭だけで十分と言えば十分だもんね。でもこれはシンプルに見れば、
    「経緯はともかく聖ルチア教会はヴァチカン直属みたいなスタイルなんですね」
    「そういうこと」
    「どうしてそうなったのか、考えられることはありますか」
    「これは推測になるけど、ベネデッティ神父が最初に聖ルチア教会を作った時は大阪教区所属やったはずやねん。ところがベネデッティ神父はオリハルコンを追っかけてヴァチカンまで相談に行ってるんよ」
    「そっか、そっか、ベネデッティ神父の相談相手が使徒の祓魔師の親玉みたいなイスカリオテのユダって事になりますね」
    「そうやねん、ユダはオリハルコンの富を独り占めするためにあえて知牧区にしたと思てるし、リッカルド神父の時も代理区に昇格させたんやないかと思てる」
    「でもリッカルド神父は・・・」
    「うん、天使の教会の秘密が露呈して大変なことになったんや。これはヴァチカンにしても絶対の秘密にしとかなアカンから、今度は本気の教皇庁管理教会になったぐらいを考えてる」
    「だから消滅した大司教区扱い」
    「たぶんな。だから聖ルチア女学院が廃校になった時にトットと閉めたぐらいかな」
 だったらわざわざ聖ルチア教会を復活させるのは、なんらかの意図があるはず。
    「教皇の言葉と関連すると考えてイイのですか」
    「おそらくな。現在の聖ルチア教会教区にはサルベッティ大司教が任じられているんやけど。おそらく近いうちに日本に来るはず。その時に楽しいことが起ると思うよ」
 出た、コトリ専務のワクワク・ドキドキ体験。おそらくコトリ専務はサルベッティ大司教をイスカリオテのユダと見てるはず。そうなると神戸のライボリーニ司祭と三人の助祭はユダが抱えていたミニチュア神の可能性が高いところです。
    「コトリ専務、先手を打って聖ルチア教会の四人を先に片付けたら」
    「ミサキちゃんも物騒なこというなぁ。コトリは恵みの女神だよ、武神じゃあるまいに」
 絶対にコトリ専務には言われたくない。教皇に危うく一撃かましかけたんはコトリ専務でしょうが。