女神伝説第3部:専務室にて

    「・・・寺田先生か。懐かしいな。もう還暦も越えちゃってるはずよ。お世話になったのよ」
    「私もお世話になりました」
    「コトリも卒業生でないものの、聖ルチア出身みたいなものだから、なんとかしてあげたいけど」
    「コトリ先輩はルチアの天使でもありますし、当社と聖ルチア女学院の特殊な関係もありますし。検討ぐらいしても良いかと存じます」
 昼下がりの専務室。小島専務と結崎常務がソファに腰掛けながら話しています。
    「でも気になるのは、突然の神父派遣だよね。二十四年間も放置しておいて、急には不自然だわ。シノブちゃんもそう感じたんでしょう。交渉の始まった時期は?」
    「クレメンス十五世が帰国された後ぐらいからです」
    「臭うわね。契約条件は?」
    「ええ、賃料は格安の代わりに補修費用を借主であるヴァチカンが持つというものです」
    「それだったら市も乗りそうね。維持費だけでも結構かかるから」
 ここで秘書が入って来て
    「失礼します」
    「ありがとう」
    「コトリ先輩、やっぱりグァテマラですか」
    「最近のお気に入り。シノブちゃんはミルクだったよねぇ」
 小島専務はブラックです。
    「で、どうなってる?」
    「ライボリーニ神父はフィレンツェ司教区の属しているのですが、フェレンツェ司教区の大司教はレンダーノ大司教になります。このレンダーノ大司教の前任がヴェンツェンチオーニ前枢機卿で現教皇になります」
    「なるほどフィレンツェ人脈ってところね」
    「さらに教皇となったヴェンツェンチオーニがヴァチカン銀行総裁に任命したのがサルベッティ大司教なんですが、これもフェレンツェ人脈と見て宜しそうです」
    「ロッジP2との関係は?」
    「ロベルト・カルヴィの死後は活動が低下したとはいわれていますが、やはりつながっていると見て良さそうです」
    「なるほどね、ヴァチカン銀行は」
    「エットレ・ゴッティ・テデスキが二〇一二年にマネーロンダリングで解任された後は大人しかったようですが、サルベッティ大司教が新総裁に就任してから動き出していると見て良さそうです」
    「ホント、イタリアだね。怖い怖い」
 コーヒーを飲み干した小島専務は、
    「日本での目的は」
    「表向きは伝統ある聖ルチア教会の復活です。修道院の再建もプランにあげられています」
    「そうだろうね、裏は」
    「日本でのマネーロンダリング事業の出先機関ではないかと」
    「神戸はそういう街でもあるからね。さらに裏は?」
    「それは一つしかないと思われます」
 小島専務は椅子から立ち上がり、
    「寺田先生はとんだトバッチリだねぇ。倉庫の方はエレギオン発掘プロジェクトに使ってたのがだいぶ空いてきたから、あそこに仮置きしてもらおう。社長にはコトリの方から話を通しておくわ」
    「コトリ先輩はやはり来ると」
    「はははは、そりゃ来るでしょ。あれだけエレギオンを掘ったのに、出て来たのは真鍮細工だけだったから、もう無いと考えるより神戸にあると考えるよ。欲の深い人はそんなものよ。あの連中の考えに『実は無かった』は存在しないもの」
    「ではどうなされるおつもりで」
    「聖ルチア教会の正常化よ。あの教会はコトリの青春の思い出で大切なところなの。薄汚い手で再び穢されるのは許さない」
 ここで大きく小島専務はため息をつき、
    「デイオタルスが言ってたんだけどさぁ、もう神なんて数えるほどしか生き残っていないって。そんな絶滅危惧種レベルどころじゃない神が殺し合うのはアホらし過ぎるって」
    「コトリ先輩もそう思われますか」
    「うん、クソエロ魔王戦は仕方なかったけど、デイオタルスは出来たら殺したくなかった。そりゃ、鉢合わせすれば悪さもするけど、世界は広いんだから棲み分けしたってイイじゃないの」
    「たしかに」
    「でも、出来ないのが神みたい。女神と武神の仲が悪いのは良く知ってるけど、恵みの神同士であっても仲が良いとは限らないみたいなの。使徒の祓魔師も恵みの神のはずだけど、昔から仲が悪くて、ハブとマングースみたいな関係だし」
 ここで結崎常務が、
    「思うのですが、恵みの神ってアフラ・マズダとアーリーマンの二面性が振れ過ぎるんじゃないでしょうか」
    「たぶんそう。もう少し言えば、アフラ・マズダになる事は少なくて、アーリーマンになりやすい気がしてる。かつて武神が女神狩りを行った理由の一つとして、アーリーマンとなった、もしくはアーリーマンに恵みの神がなることが、自らの覇業の足を引っ張ると判断されからともされてるわ」
    「なぜそうなってしまうのでしょう」
    「あははは、それはコトリの永遠の研究テーマ。もう数えきれないぐらいの仮説を立ててるけど、本当のところはわからないわ。また、気が向いたら話してあげる」
 一揖して結崎常務は部屋から出て行きました。
    「シノブちゃんもさすがだね。イイとこ見てると思うよ。神はなぜ人に宿るのか、なぜ増えないのか、なぜ殺し合うのか、なぜ永遠の生があるかが指し示すところは、一点しかないのがコトリの持論。たぶんユッキーには理解できないと思うけど、コトリならわかる。もっともわかったところで、どうしようもないんだけどね」