女神伝説第2部:シノブ部長復帰

 満開の桜の中、シノブ部長が帰ってきました。あの輝く笑顔とともにです。さっそく情報調査部に挨拶に伺いました。

    「シノブ部長、復帰おめでとうございます。お子様はお元気ですか」
    「ミサキちゃん、久しぶり。息子は元気よ、ミツルの小さい時にそっくりで、もう可愛くって、可愛くって。なんか旦那が二人になった気分」
 ご出産されてもシノブ部長の輝きはまったくお変わりありません。そのシノブ部長が少し首を傾げられて、
    「ミサキちゃん、変わったね。悪い方じゃなくて、イイ方よ。とにかく忙しいのは聞いてるけど、近いうちにコトリ先輩とも話をしないと」
 シノブ部長が情報調査部に復帰されるとたちまち活気づきました。四月は復帰したてということで情報調査部に専念されていましたが、五月になるとブライダル事業にも復帰してきました。


 シノブ部長の復帰はコトリ部長とミサキの負担をかなり軽くしてくれました。コトリ部長はブライダル事業の主な指揮をシノブ部長に取らせて、ジュエリー事業にかなり専念できるようになりました。負担の軽減は『あれっ、今日は午前様でなかった』、『十時に終わってる』、『八時で終りなんてウソみたい』と減って行き、ふと気がつくとコトリ部長と社員食堂でランチしてました。そしてついに、

    「五時だ、五時だ、ミサキちゃん帰ろ」
 土曜も日曜も休日になった時の嬉しさはたまりませんでした。やっと余裕が出来てコトリ部長とシノブ部長と三人でバーに、
    「カランカラン」
 コトリ部長のお気に入りのバーですが、ホントに久しぶりです。カウベルの音が懐かしいって感じがします。コトリ部長は、
    「ミサキちゃん、ホントによく頑張ったね。ミサキちゃんがいなければ乗り切れなかったよ」
    「それにしても、なんだったのですか?」
    「うん、ここまでくれば・・・」
 コトリ部長は何か考えているようでしたが、
    「おかしすぎるんだよね。ラ・ボーテの動きが。コトリもラ・ボーテの原口社長を知ってるけど、こんな切れ者じゃないのよ」
 ラ・ボーテの原口社長はクレイエールの前副社長で、クーデター未遂事件で事実上の更迭をされています。
    「独善、狭量だけじゃなくて、センスがないというか、器が小さいというか、あれでよく副社長になれたと思う人物なの。それが今や業界の風雲児扱いになってるの。そりゃ、あれだけの実績を上げれば、そう呼ばれてもイイようなものだけど、人間があの歳であれだけ急に変われると思えないの」
    「良いブレーンに恵まれたんじゃないですか」
    「それがね、相変わらずの独善みたいなのはこの特集記事でもわかるのよ。今じゃ独善でなくて独裁みたいだけど、ブレーンを抱えてというよりも、原口社長の才能というか手腕でひたすら伸びてると見て良さそうなの」
    「トップに立って才能が開花したとか」
    「否定はしないけど、ラ・ボーテの社長になってからも、ずっと鳴かず飛ばずだったのよ。それが一昨年ぐらいから急に目覚めたように、動きだしたって感じ。どう考えたっておかしすぎると思うの」
    「それって・・・」
    「もっとおかしいのは、クレイエールには三人の女神が在籍してるのよ。たしかにシノブちゃんは育休中だったけど、コトリとミサキちゃんがあれだけ頑張っても防戦一方だったじゃない。これもおかしすぎる事なのよ」
    「なにか心当たりがあるのですか」
    「うん、昔に似たようなことはあったの。昔と言っても三千年以上前の話だから、まさかと思うけど」
 ここでコトリ部長は話題を逸らすように、
    「ところでシノブちゃん、育児はどう?」
 そこからシノブ部長の育児談義に花が咲いちゃいました。そう言えばコトリ部長は子どもが産めないんだった。前に子どもを産むのだけが女の仕事じゃないって言っておられたけど、シノブ部長の育児談義にあれだけ目を細められるのを見て複雑な気分です。やっぱりコトリ部長もお子様が欲しいんじゃないかと思った次第です。
    「ところでシノブちゃんとこの調査課も少しは使えるようになった?」
    「ボチボチ、去年は休んでたからね」
    「で、なにかわかった」
    「去年からそればっかり、やってるようなものだけど、たいした情報は今のところ。でも、伸び出したのは一昨年の秋物商戦ぐらいからでイイと思う」
    「資金源はわかった?」
    「これがハッキリしないのだけど、アッバス財閥が怪しい気がしてる」
 アッバス財閥とは、もともとアラブの大富豪のための作られた投資会社みたいなもので、とにかく資金が豊富なもので急成長し、投資だけでなく企業買収も積極的に行い、今や財閥と呼ばれています。コトリ部長はラ・ボーテの急成長の陰に豊富な資金供給があったと睨んでいるようです。
    「でもアッバスは結構シビアじゃない」
    「そうなんだよね。たかがラ・ボーテに資金供給するとは思えないし、クレイエールを潰しにかかるのも腑に落ちないところ。アッバスが力を注ぐ理由が合理的には見つからないの」
    「そうなると、合理的でない理由があるしか考えられないね」
    「コトリ先輩、そっちに行っちゃう」
    「シノブちゃんは去年休んでいたから実感に乏しいと思うけど、そう考えたくなっちゃうの」
 コトリ部長は、また何か考え込まれてるようです。
    「会ってみるか」
    「誰にですか」
    「原口社長に。写真じゃわからないものね。ミサキちゃんも来てみる」
    「是非と言いたいところですが、話がちょっと見えにくいのですが」
    「そっか」
 また考え込まれて、
    「やっぱりミサキちゃんは来ない方がイイわ」
    「どういうことですか」
    「ちょっと危険かも」
    「また首座の女神との対決みたいなことが起るのですか」
    「そこまでならないと思ってるけど、なる可能性はあるからね。たぶん、いきなりはないはずだけど」
 最後に、
    「会うと言っても、すぐにどうしようもないから、その時までに考えとく」
 そう言われてこの夜は終りました。