女神伝説第1部:マリちゃんと

 今日は久しぶりにマリちゃんと晩御飯。ミサキもイタリア行ったり、マルコ氏の工房の立ち上げにかかりきりになったり、さらに新しい天使ブランドへの参加で忙しく、マリちゃんに会うのも久しぶりです。

    「遅くなったけどイタリアのお土産」
    「ミサキちゃん、わざわざありがとう」
 しばらくはお互いの職場の様子、さらにはイタリア旅行の話で盛り上がっていたのですが、
    「ミサキちゃんは若手ナンバー・ワンって呼ばれてるよ」
    「そんなぁ、小島部長と結崎部長の金魚のフンやってただけよ」
    「あら知らないの」
 とにかくマルコ氏の工房立ち上げで忙しく、社内の噂話を同僚から聞くのも久しぶりです。マリちゃんの話では、コトリ部長とシノブ部長に付いて回れただけで、社内での評価は急上昇したとなっています。
    「そう言うけど、ホントに後ろに付いて行っただけよ」
    「私もね、その辺のところがわからない部分もあるんだけど、あのイタリア出張って、あの二人の天使部長が本気出して行ったものじゃない。それもだよ、副社長に喧嘩売ってまで行ったって話じゃない」
 確かにそうだ。本当はイタリアに行きたいために、副社長に喧嘩売ってるんだけど、結果としては同じだものね。
    「普段の天使部長は一緒に仕事していて楽しくて、憧れの部署なんだけど、天使部長が本気出した時は猛烈でそりゃ周囲が大変なことになるそうなのよ。だから、それに付いていけた者なんて、そうそうはいないって話よ。悲鳴をあげて脱落するか、なんとかやり抜いても、しばらくは腑抜けみたいになるって言ってた。今回なんて二人セットなのよ」
    「それは言い過ぎと思うよ。お二人とも優しくしてくれたし、そんな無理な注文を次から次に押し付けられたりもなかったし」
 そこからイタリア出張前からの二人の部長の仕事ぶりを話したのですが、
    「ミサキちゃん、それ全部付いていけたの。私じゃ無理、絶対無理」
    「そうかなぁ」
    「実はね、ミサキちゃんが視察団に選ばれてみんなビックリしてたの。それもミサキちゃん一人じゃない。絶対に途中で逃げ帰ってくるって噂してた。それが最後までやり遂げただけじゃなくて、平気な顔して次の仕事やってるじゃない」
 言われてみれば最初の四。五日はホントに大変で、ホテルに帰ると倒れそうになっていたのを思い出しました。まあ、倒れたくてもホテルに帰ったら帰ったで、
    『ワイン』
    『イタ飯』
 これの宴会を毎晩のように付き合わされるわけで、二人の部長のタフさにあきれ返っていたものです。ただそこを通り過ぎると、それなりにお二人の行動パターンに慣れてきて、最後の方は余裕を持てた部分もありました。そういえば少し余裕が出来た頃にコトリ部長から、
    『ミサキちゃん、さすがだね、見込んだ通りだったわ』
 なんの事やらと思っていたのですが、マリちゃんの話を聞く限りでは、それが出来ること自体が凄い事のようです。
    「それとミサキちゃん、マルコさんの工房の立ち上げ担当になってるじゃない」
    「それはイタリア語を話せる人がほとんどいないから通訳してるだけよ」
    「それだけじゃないと思うよ。よくよくミサキちゃん考えて、まだ新入社員だったのよ。私なんてお茶くみと簡単な仕事しかさせてくれなかったもの」
    「それは部署が違うから」
    「逆だと思うよ」
 マリちゃんに言わせると、総務の方が多彩な業務があり、さらにうちの総務はそのすべての業務を一通りはこなせるようにならないといけません。そんな状態で、たった配属半年で、それをやり遂げた上に、コトリ部長の長期の視察旅行に抜擢されるのは異例も過ぎることみたいです。

 さらに言われてみて気が付いたのですが、マルコ氏の工房準備室は二人しかいなかったのです。イタリア語の通訳能力しか期待されていなかったら、さらに実務が出来る人が配属されていたはずです。とにかくマルコ氏の日本語は極めて怪しい上に、工房建設のための注文は非常に細かく、これを上に伝え、実現させる仕事は大変でした。

    「ミサキちゃん。マルコさんって、とっても気難しくて、気に入らなければすぐに怒りだす人じゃない」
    「そんなことないよ、陽気なイタリア男だよ」
    「あそこのお弟子さんに聞いたことがあるのだけど」
    「それって久山さん」
 マルコの工房の日本人弟子です。
    「そう久山さんもかなりの経験を積んでる人みたいだけど。何作ってもボツだって言ってた。それにイタリア語しゃべれないのをボロカスに言われるって」
 これはマルコの作品チェックの異様なまでの厳しさは知ってるからボツになるのが多い話はともかく、イタリア語を話せるようになるのはマルコ氏の絶対的なルールです。
    『師匠の言葉のニュアンスが聞き取れないような弟子は不要だ』
 マルコ氏の指導は多彩なニュアンスを駆使して行われます。ミサキでも聞いていて、日本語に訳すならどうしようと思うものが多数あります。それぐらい微妙な表現でマルコ氏は話すのです。久山さんも日常会話ぐらいは出来るのですが、あのレベルのニュアンスになると聞き取れないのは仕方ないと思っています。

 それとマリちゃんの誤解があるのですが、マルコ氏の『出て行け』は口癖みたいなもので、怒る時には瞬間湯沸かし器のように逆上しますが、済めばアッサリしたものです。実際にマルコ氏が工房を始めてから、自分で辞めた弟子はいますが、マルコ氏がクビにした弟子はいません。退職を申し出た者にも、

    『君には才能がある、もう少し頑張る方が絶対に良い』
 こういってかなり長時間慰留しますし、慰留されて頑張っているお弟子さんも何人もいます。久山さんだってあれだけ怒鳴られながら続いていますからね。
    「じゃあ、ミサキちゃん、聞くけどマルコさんに怒られたことある?」
    「ないよ、そんなもの」
    「久山さんが感心してた。あれだけ細かい点にうるさいマルコさんの要求を、一〇〇%どころか一二〇%レベルで実現させるなんて考えられないって」
    「そんなことないよ、イタリア語会話が出来るだけよ」
    「ミサキちゃん、まだわからない。本気の小島部長と結崎部長に付いて行けると言うのは、マルコさん程度は余裕で操縦できるってことなのよ。まだ新入社員だから肩書つかなかったけど、ミサキちゃんは工房準備室長を任されて一人でやり遂げてしまってるの。これだけ仕事が出来る若手は他にいないってこと」
 他所から見ればそう見えるんだと感心してしまいました。
    「それよりさぁ、ミサキちゃん」
    「なに、まだなにかあるの」
    「綺麗になったねぇ」
    「天使のモデルの話?」
    「それもあるけど、こうやって久しぶりに会って驚いてるの」
 これも聞かされて驚いたのですが、ブライダル事業で第三弾が出るという噂はあったそうです。第一弾、第二弾は実在の社内の天使がモデルですから、第三弾のモデルは誰になるのだろうってところです。社内ではもう考えられないから、きっとモデルとかアイドル、美人女優が起用されるって予想されていたのですが、蓋を開けてみればモデルはミサキ。

 そいつは誰だって話題になったのですが、とにかくミサキはマルコ氏の工房と言うか、マルコ氏のお世話にかかりきりで、あんまり姿を見られることがなかったのです。ですからわざと普通の女性を使ったエコノミー・ブランドじゃないかとまで言われたそうです。それが実際に見てみると話題騒然みたいになったようです。

    「今じゃ、クレイエールの三大美人って呼ばれてるよ」
    「大げさ過ぎるよ、小島部長や結崎部長の足元にも及ばないよ」
    「悪いけど私もそう思ってたけど、実際にこうやって会ってみて、納得したわ」
    「マリちゃんまで、何言うの」
    「こらミサキちゃん、この私の言葉が信じられないの」
 その時にミサキの頭に浮かんだ言葉があります。天使の封印を解くカギは主女神か首座の女神に会う事だと。現在の首座の女神は輝く天使のシノブ部長のはずです。もし本当にミサキが驚くほど綺麗になってるのなら、天使の封印が解かれたためって可能性があります。

 そう考えれば、二人の天使部長の仕事に付いて行け、マルコ氏の工房立ち上げにも成功したのは天使の能力が現われているって説明は不可能ではありません。まさか、それを見抜いてコトリ部長もシノブ部長もミサキにあれだけ目をかけられ、イタリア旅行に連れ出したとか。あのイタリア旅行のもう一つの目的がミサキの天使の封印を解くためだっただっとか。でもローマでヴェンツェンチオーニ枢機卿に会った時には、

    『私には、はっきりと二人の天使が見える』
 ミサキは天使に入っていませんでした。やっぱり違うのかなぁ。もやもやしたものが残りますが、ミサキもそうですが、コトリ部長もシノブ部長もお忙しいようで、なかなかこの事を確かめる機会は訪れませんでした。