女神伝説第1部:総務部配属

 配属は総務部になりました。そう小島部長のところです。さっそく挨拶に伺うと、

    「総務と言えば地味と思うかもしれないけど頑張ってね。しばらくは仕事を覚えてもらうけど、慣れたらミサキちゃんには特別の用事があるの。これはシノブちゃんにも手伝ってもらう予定」
 特別の用事ってなんだろうってところですが、とにもかくにもまず仕事を覚えないといけません。うちの総務の特徴はあまり細分化されていないところです。情報調査部こそ分離独立しましたが、庶務課や、保安課、秘書課さえないのです。この規模の会社からすると珍しいと思います。

 最初はお茶くみからですが、総務のお茶くみは、よくある新入の女子社員に押し付けられるタダのお茶くみではありません。とにかく秘書課まで含んでますから、接待のためのお茶くみを教えられます。そりゃ、重役会議や、株主総会、慶弔業務の時にも駆り出されますから、相手による茶葉の種類や茶碗の選択まで覚えることになります。

 文書管理・作成、備品・消耗品の管理、福利厚生。安全衛生管理、保安・防災から受付業務、さらには渉外業務・・・まずは一通り覚えるだけで、毎日目の回るような忙しさです。もちろん総務でもそれらの担当が分かれていますが、うちの総務は一通り出来ることが要求され、そうやってから主たる担当に振り分けられる感じです。

 小島部長の仕事ぶりは、実際に一緒に仕事をするとその凄味が良くわかります。どんな仕事でも小島部長の手にかかると、いかにも簡単そうに終わらせてしまいます。さらに実地研修の時はわたしに付き切りで、ずっと総務部にいらっしゃいましたが、普段はブライダル事業と掛けもちです。一日の半分も総務部にいらっしゃらない感じです。半年ぐらいした頃に小島部長に呼ばれて、

    「ミサキちゃんには主に渉外やってもらうね」
 渉外と営業がどう違うかは会社や業種によって異なりますが、うちの総務部では取引先との関係を営業とは違った視点で見るぐらいと言えば良いでしょうか。これは、これでやりがいのある仕事です。その夜は小島部長に誘われて夜の街へ、
    「ミサキちゃんは良く出来るね。今年の新入社員で一番じゃないかしら」
    「コトリ部長ったら、お世辞ばっかり」
 小島部長には配属以来、本当に可愛がってもらってます。こうやって飲みに連れて行ってもらうことも良くあります。小島部長は、自分が部長と呼ばれるのはお好きじゃないようで、スッタモンダの末に今ではこういう場ではコトリ部長と呼ばせて頂いてます。そんなところに結崎部長がヒョッコリ現れ、
    「ミサキちゃん、お久しぶり」
 ビックリして、
    「結崎部長、研修の時にはお世話になりました」
    「イヤだ、部長はやめてよ、シノブちゃんと呼んでよ。小島部長をコトリ部長って呼んでたじゃないの」
 これも押し問答の末にシノブ部長と呼ばせて頂くことにしました。コトリ部長とシノブ部長は偶然鉢合わせしたわけでなく、なにかの相談で落ち合われたようです。
    「・・・そう簡単に休めないのよね」
    「そうよね、それも二人そろってとなると理由がいるし。それよりシノブちゃん、旦那さんはだいじょうぶ」
    「ミツルは問題ないよ。だって、特命課の時の続きみたいなものだから、否も応もないよ」
    「だったら、面倒だけど、あれやる」
    「あれだったらムジナも文句言えないだろうし」
 これじゃ、なんの話かサッパリわからないのですが、どうもお二人はイタリア旅行を計画されているようです。
    「ミサキちゃんは行ったことあるの?」
    「はい、半年ほど語学留学に行かせて頂きました」
    「それじゃ、会話もバッチリね」
    「はあ、それなりになら」
    「じゃあ、決まりね。一緒に行こう」
    「はあ? わたしがですか」
 ひょっとして総務部に配属された時に言われた特別の用事とは、お二人がイタリア旅行に行かれる時の通訳とか、
    「何泊ぐらいの旅行を考えておられるのですか」
    「そうだねぇ、最低二週間。出来れば一か月ぐらい欲しいけど」
    「そんなに有休はありませんし、旅費だって払えません」
    「その点は考えてあるから、だいじょうぶよ」
 ここも、もう少し聞いていると、休暇をとってイタリア旅行に行くわけではなく、会社の出張としてイタリアを旅行する計画のようです。たしかにそれならば旅費は殆どかからなくなりますが、
    「二週間とか一か月とかの出張なんて出来るのですか」
    「ミサキちゃん、逆よ。必要業務による出張にでもしないと、コトリとシノブちゃんがそろって長期に休めないのよ」
 言われてみればそうで、お二人が会社の要になっておられるのは、新入社員のミサキでも良くわかります。どちらかお一人でも長期に休まれると業務に間違いなく支障が出ます。これが二人そろってとなると、一緒に休める可能性はぐんと低くなります。
    「ミサキちゃん、出張の方はコトリとシノブちゃんでなんとかするから、そうなったら一緒に来てくれる」
    「でも、新入社員のわたしがそんな重要な出張に、それも二週間以上も良いのでしょうか」
    「なに言ってるの、ミサキちゃんの上司はコトリなの。許可はコトリがだすから問題なんて、どこにもないわよ。この旅行はミサキちゃんにとっても、良い勉強になるはずよ」
 そっか、これも見方によっては渉外業務の一つなんだ。それもコトリ部長の仕事ぶりをベッタリ貼りついて勉強できるんだ。
    「わかりました、喜んでお供させて頂きます」
そうするとコトリ部長とシノブ部長は、キャッキャッと言って喜ばれ、
    「良かった、ミサキちゃんにNOっていわれたら、どうしようかと思ってた。とりあえず乾杯しよ」
 そこからどれだけ飲まされたことか。ミサキもお酒には自信があったつもりだけど、お二人の飲むこと、飲むこと。テーブルが回る、部屋が回る、地球が回る、翌日は何年振りかの深刻な二日酔いで死んでました。ただこれでまた一つ、お二人のことを知りました。とにかくお酒に関しては、ウワバミどころか大ウワバミの底なしの化物だって。