天使のコトリ:コトリ先輩の背中を追いかけて

 これまでにうちの会社に天使は四人いたのは確実です。そのうち三人は判明し、さらにその中の二人は能力者家系の大聖歓喜天院家の女性であるのもわかっています。問題はコトリ先輩と非常によく似たもう一人の天使です。

 これが杳として不明です。業務成績の分析データ上には確実に存在するのですが、大聖歓喜天院由紀子さんの先代ですから、さすがにこれを知ってそうな人物を探し当てるのさえ困難です。ミツルも頑張ってくれているのですが、由紀子さんを探し出すのさえ、あれだけの困難が伴ったのですから、見つけ出すのは無理じゃないかと判断しました。

 そうなるとコトリ先輩から考えざるを得ません。ただどう聞いても、調べても、普通の家です。由紀子さんみたいに能力者の家系出身みたいなものは影も形もありません。ミツルはコトリ先輩の家まで訪ねてご両親にお会いしたのですが、

    「頑固そうだけど、話してみたら気の良い人だった」
 仕事は鍛冶職人で鎌を作っておられまして、それこその職人気質の人だそうです。どれぐらい続けておられたかですが、
    「よう知らんけど、親父も、爺さんもやっとった。でもオレの代で終りやけどな」
 御親戚の話も聞ける範囲で聞いたそうですが、取り立てての話もありません。ミツルも大変だったそうで、すぐに鎌の話にもっていかれそうになるし、それを嫌がったら機嫌を損ねそうになるわで半日仕事になったと苦笑いしてました。お母様に子どもの頃の様子も聞かせてもらったそうですが、活発で、可愛かったぐらいで、今のコトリ先輩を彷彿させるところはあるものの、それ以上の収穫は無しってところです。

 ここで見方を少し変えることにしました。そもそもコトリ先輩はいつから天使になったのだろうかです。これもミツルとあれこれ仮説を考えましたが、うちの会社に入った時に既にそうであったぐらいしかわかりません。これはコトリ先輩が入社した途端に長期低落で苦しんでいた業績が上昇気流に乗ったからです。ただそれ以前となると、ずっと『天使のコトリ』と呼ばれていた事がわかるぐらいで、それ以上となると皆目不明です。そこでふと思いついた事があります。

    「ミツル、歴代の天使って、自分が天使である自覚ってあったのかなぁ」
    「小島課長はどうなの」
    「コトリ先輩はどうみてもなさそう」
    「でもさ、シノブ、小島課長とそれまで三人はちょっと違う気がする」
    「どう違うの」
    「三代までは連続してるんだけど、小島課長は途切れた後に出現してるからね」
 実は私もある仮説に基づいてデータと格闘していました。二代目天使とコトリ先輩の業績変動パターンが本当に一致しているのかどうかです。もし違えば、二代目とコトリ先輩は関係無くなり、ちょっと苦しいですが、突然変異みたいな説です。しかし期待も空しく、違うとするには無理がアリアリです。なにかヒントはないか、どこかに手がかりがないかと二人であれこれ仮説を立てては潰し、潰しては立てる日が続きます。何日も悪戦苦闘していたのですが、
    「ミツル、天使って救世主みたいなところもあるよね」
    「見ようによってはそうだなぁ、天使不在時代の長期低落を見ればそうだもんな」
 そこで閃いたものがあります。そこからはデータとの格闘が始まります。さらに社史の古い部分の資料になるものを可能な限り取り寄せました。下書きの類も、当時の記録の断片でもなんでもあれば取り寄せただけではなく、社員が保管していたものも退職者にお願いして集めてもらいました。皆さまが協力してくれたおかげで特命課はそういう資料の山に埋め尽くされる状態になりました。
    「ミツル、見つかった」
    「だから、社内では佐竹って呼んでください」
    「じゃ、佐竹さん見つかった」
    「これは、どうです」
    「それじゃ、ない」
 そんなところに綾瀬専務がひょっこり顔を出されて、
    「こりゃ、大変なことになってるな。なにかヒントがあったのかね」
 私は資料の山の中にいるような状態ですから、
    「専務、申し訳ありません。今、ご挨拶のために動きますと、資料の山が崩れてきて大変な事になります。専務も動かないで下さい。お願いします」
 ほうほうの態で専務も退散していきました。そんな作業を二週間続けて、今夜もミツルと晩御飯。
    「シノブ、見つからないものだな」
    「実在はデータ上確かなんだけどね」
    「それはわかるけど、震災で無くなってる資料もあるものな」
    「でも、あれが出て来ただけでも成果よ」
    「そうだな、見つけた時にはビックリした」
 二人がやっとこさ見つけたのは、戦前に編纂されかけた社史の下書きの中に紛れ込んでいた一枚のメモのようなものです。そこには、
    『恐慌ヲ乗リ切ランガタメ、我社ハ非常手段ヲ取ルコトニナレリ。反対意見モ多ケレド、他ニ方策ナク・・・・』
 ここからしばらく読める状態で無くなっているのですが、末尾に辛うじてですが、
    『天使来タレリ』
 こう読み取れるのです。そしてこの時期の業績データは、大恐慌の中、ゆっくりですが上昇傾向を示しています。変化が少なすぎて、見つけ出すのが大変だったのですが、ここにも天使がいた可能性があります。

 ミツルと出した仮説なんですが、昭和の三十年代半ばから天使の存在が続いていた方が異常で、本来は経営危機に際して現れる救世主的な存在じゃないかです。コトリ先輩の出現はちょうどそれに当たります。

 問題は天使の出現になんらかの人為的な手段みたいなものがあるかどうか。というか、なぜうちの会社に現れてくれるのかです。なんらかの手段が存在していた証拠が残されたメモになります。もう少し、はっきり書き残されたものがないかと資料と格闘していたのですが、これ以上のものはどうしても見つかりません。

    「でもシノブ、これ以上、資料を集めるのは無理だよ」
    「後は社長や専務、高野常務に聞いてみるしかないね」
    「そこでわからなければお手上げかもしれん」
 翌日は直接三人に聞いてみることにしました。綾瀬専務は札幌に出張に出かけられて不在だったので、まず高野常務を訪ねました。
    「失礼します、結崎です」
    「これは結崎君悪いな。特命課長が私に用事があるのなら、私が出向かないといけないのに」
    「いえ、常務の部屋の方が都合が良いものでして」
    「そう言ってくれると助かる」
 いくらなんでも常務を呼びつけるわけにもいかないし、それより何より特命課の中が足の踏み場も無い状態になっているので、呼ぶも何もあったもんじゃありません。
    「専務、震災前から、いや平成に入ってから我が社の業績は長期低落を続けてました」
    「それは結崎君の方が詳しくなってると思うが、我が社も苦しい時期だった」
    「その時に取った、打開策を教えて頂けませんか」
    「そりゃ、色々やってたよ。ただ当時は総務部長だったから、詳しくは社長に聞いてもらった方が良いと思う」
    「わかりました。社長にもいずれ伺いたいと思います」
    「では小島課長の入社時の状況を教えて頂けませんか。というか、小島先輩が入社しときの採用計画です」
 高野常務は昔を思い出すように
    「あの年の採用計画はもめたそうなんだ。というのも、人件費節約のための大規模なリストラを断行したのだが、今度は人が減り過ぎてというか、有能なものほど逃げ出したがってしまって、残った人員では計画通りに仕事がこなせない状況になってしまったんだ」
    「社史にもありますね」
    裏目に出る時はそんなもんだよ。そこで嫌でも補充人員を増やさざるを得ないという判断になったんだ」
    「その前、三年間は採用ゼロですし」
    「その通りだ。新人は即戦力になるわけではないので、この穴をどう埋めるかについて、新卒採用派と中途採用派に意見が分かれていたと思う」
    「結局は新卒採用になった」
    「まあ、そういうことだ」
 後はコトリ先輩が総務部に配属されて、盛り上がったこと、さらにその年、いやその年の四月から業績が回復していき、社内に明るさが戻った話をお聞きしました。これ以上は高野常務からは情報が取れそうにありません。ただ気になるのはなぜに新卒採用になったかです。やはりそこになると、社長に聞かないと仕方がないようです。
    「どうだ、参考になったかな」
    「もちろんです。特命課への御協力、感謝します」
 社長へのアポも簡単に取れました。しっかし、特命課の要請ってホント、なんちゅう強力なんだと毎度思います。さて社長室に入るのは実は初めてなのですが、さすがは社長室です。専務の部屋も立派と思いましたが、社長室となると格が違うってところでしょうか。
    「結崎君、なにかわかったかね」
    「これは社長でないと判らない事なので、是非お聞かせいただきたいのです」
    「なんだって聞いてくれ。教えられることなら、なんでも教える。なにせ特命課の要請だからな」
    「ありがとうございます、お聞きしたいのは・・・」
 社長が言うには、あの年の採用が新卒に決定したのは最終的に社長の決断であったようです。でもそれだけでは、天使出現の理由になりません。
    「採用基準はどうでした」
    「そりゃ、我が社にとって有用な人材だが」
    「他にその年に限ってみたいなことはしませんでしたか」
    「う〜ん、そう言われても・・・」
 ひとしきり考えた後に
    「とくに変わった基準は出していないと思うが、採用結果はちょっと意外なものになった」
    「意外と申しますと」
    「たいした話ではないのだが、当時は今と違って、内々で指定校制を取っていたんだよ。募集はオープンでも採用時には指定校で足切りする感じだ」
    「そうなんですか」
    「これは先代社長、いやもっと前からの慣習でな。今は改めておるが」
    「それで」
    「理由は覚えていないが、人事部の方でなにか手違いがあったみたいで、指定校以外の採用者があったんだ」
    「指定校以外の採用者を誰か覚えておられますか」
    「ああ覚えておる。君も良く知っている小島君だ。ありゃ、ラッキーだと思ったよ。小島君の成功を見て、私は指定校制を廃止にしたようなものだ」
 社長の話を聞いた瞬間に、今まで点として散らばっていた情報が線として結ばれていきます。ついにコトリ先輩の背中が見えてきた気がします。
    「社長。近日中にまとまった報告が出来ると思います」
    「そうかね、楽しみにしている」
 特命課に戻るとミツルに必要な情報の整理をお願いして、私は教会にアポを取りました。ミツルがそれを見て、
    「課長、ボクたちの式の予約ですか」
    「そうしたいけど、最後の扉になりそうなの」
 特命課での二か月がもうすぐ終わりますが、ついに終着点に近づいた実感があります。必ずそこに答えがあるはずです。