これまでにうちの会社に天使は四人いたのは確実です。そのうち三人は判明し、さらにその中の二人は能力者家系の大聖歓喜天院家の女性であるのもわかっています。問題はコトリ先輩と非常によく似たもう一人の天使です。
これが杳として不明です。業務成績の分析データ上には確実に存在するのですが、大聖歓喜天院由紀子さんの先代ですから、さすがにこれを知ってそうな人物を探し当てるのさえ困難です。ミツルも頑張ってくれているのですが、由紀子さんを探し出すのさえ、あれだけの困難が伴ったのですから、見つけ出すのは無理じゃないかと判断しました。
そうなるとコトリ先輩から考えざるを得ません。ただどう聞いても、調べても、普通の家です。由紀子さんみたいに能力者の家系出身みたいなものは影も形もありません。ミツルはコトリ先輩の家まで訪ねてご両親にお会いしたのですが、
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「頑固そうだけど、話してみたら気の良い人だった」
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「よう知らんけど、親父も、爺さんもやっとった。でもオレの代で終りやけどな」
ここで見方を少し変えることにしました。そもそもコトリ先輩はいつから天使になったのだろうかです。これもミツルとあれこれ仮説を考えましたが、うちの会社に入った時に既にそうであったぐらいしかわかりません。これはコトリ先輩が入社した途端に長期低落で苦しんでいた業績が上昇気流に乗ったからです。ただそれ以前となると、ずっと『天使のコトリ』と呼ばれていた事がわかるぐらいで、それ以上となると皆目不明です。そこでふと思いついた事があります。
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「ミツル、歴代の天使って、自分が天使である自覚ってあったのかなぁ」
「小島課長はどうなの」
「コトリ先輩はどうみてもなさそう」
「でもさ、シノブ、小島課長とそれまで三人はちょっと違う気がする」
「どう違うの」
「三代までは連続してるんだけど、小島課長は途切れた後に出現してるからね」
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「ミツル、天使って救世主みたいなところもあるよね」
「見ようによってはそうだなぁ、天使不在時代の長期低落を見ればそうだもんな」
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「ミツル、見つかった」
「だから、社内では佐竹って呼んでください」
「じゃ、佐竹さん見つかった」
「これは、どうです」
「それじゃ、ない」
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「こりゃ、大変なことになってるな。なにかヒントがあったのかね」
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「専務、申し訳ありません。今、ご挨拶のために動きますと、資料の山が崩れてきて大変な事になります。専務も動かないで下さい。お願いします」
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「シノブ、見つからないものだな」
「実在はデータ上確かなんだけどね」
「それはわかるけど、震災で無くなってる資料もあるものな」
「でも、あれが出て来ただけでも成果よ」
「そうだな、見つけた時にはビックリした」
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『恐慌ヲ乗リ切ランガタメ、我社ハ非常手段ヲ取ルコトニナレリ。反対意見モ多ケレド、他ニ方策ナク・・・・』
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『天使来タレリ』
ミツルと出した仮説なんですが、昭和の三十年代半ばから天使の存在が続いていた方が異常で、本来は経営危機に際して現れる救世主的な存在じゃないかです。コトリ先輩の出現はちょうどそれに当たります。
問題は天使の出現になんらかの人為的な手段みたいなものがあるかどうか。というか、なぜうちの会社に現れてくれるのかです。なんらかの手段が存在していた証拠が残されたメモになります。もう少し、はっきり書き残されたものがないかと資料と格闘していたのですが、これ以上のものはどうしても見つかりません。
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「でもシノブ、これ以上、資料を集めるのは無理だよ」
「後は社長や専務、高野常務に聞いてみるしかないね」
「そこでわからなければお手上げかもしれん」
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「失礼します、結崎です」
「これは結崎君悪いな。特命課長が私に用事があるのなら、私が出向かないといけないのに」
「いえ、常務の部屋の方が都合が良いものでして」
「そう言ってくれると助かる」
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「専務、震災前から、いや平成に入ってから我が社の業績は長期低落を続けてました」
「それは結崎君の方が詳しくなってると思うが、我が社も苦しい時期だった」
「その時に取った、打開策を教えて頂けませんか」
「そりゃ、色々やってたよ。ただ当時は総務部長だったから、詳しくは社長に聞いてもらった方が良いと思う」
「わかりました。社長にもいずれ伺いたいと思います」
「では小島課長の入社時の状況を教えて頂けませんか。というか、小島先輩が入社しときの採用計画です」
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「あの年の採用計画はもめたそうなんだ。というのも、人件費節約のための大規模なリストラを断行したのだが、今度は人が減り過ぎてというか、有能なものほど逃げ出したがってしまって、残った人員では計画通りに仕事がこなせない状況になってしまったんだ」
「社史にもありますね」
「裏目に出る時はそんなもんだよ。そこで嫌でも補充人員を増やさざるを得ないという判断になったんだ」
「その前、三年間は採用ゼロですし」
「その通りだ。新人は即戦力になるわけではないので、この穴をどう埋めるかについて、新卒採用派と中途採用派に意見が分かれていたと思う」
「結局は新卒採用になった」
「まあ、そういうことだ」
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「どうだ、参考になったかな」
「もちろんです。特命課への御協力、感謝します」
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「結崎君、なにかわかったかね」
「これは社長でないと判らない事なので、是非お聞かせいただきたいのです」
「なんだって聞いてくれ。教えられることなら、なんでも教える。なにせ特命課の要請だからな」
「ありがとうございます、お聞きしたいのは・・・」
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「採用基準はどうでした」
「そりゃ、我が社にとって有用な人材だが」
「他にその年に限ってみたいなことはしませんでしたか」
「う〜ん、そう言われても・・・」
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「とくに変わった基準は出していないと思うが、採用結果はちょっと意外なものになった」
「意外と申しますと」
「たいした話ではないのだが、当時は今と違って、内々で指定校制を取っていたんだよ。募集はオープンでも採用時には指定校で足切りする感じだ」
「そうなんですか」
「これは先代社長、いやもっと前からの慣習でな。今は改めておるが」
「それで」
「理由は覚えていないが、人事部の方でなにか手違いがあったみたいで、指定校以外の採用者があったんだ」
「指定校以外の採用者を誰か覚えておられますか」
「ああ覚えておる。君も良く知っている小島君だ。ありゃ、ラッキーだと思ったよ。小島君の成功を見て、私は指定校制を廃止にしたようなものだ」
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「社長。近日中にまとまった報告が出来ると思います」
「そうかね、楽しみにしている」
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「課長、ボクたちの式の予約ですか」
「そうしたいけど、最後の扉になりそうなの」