天使のコトリ:歴女の会

 私は歴史が好きです。いわゆる歴女なんですが、歴女でもミーハー歴女です。歴史上の人物をアイドルに見立ててミーハーして楽しんでるぐらいとすれば、わかってもらえるでしょうか。そういうミーハー歴女が集まって作られたのが歴女の会です。全員がミーハーって訳でもありませんが、会員が集まるとどうしてもミーハー歴史談義になっちゃいますし、それが楽しみで集まってる会ぐらいです。

 この歴女の会ですが、単なる同好会ではなく会社の公認のサークルになっています。ちゃんと部室もあり、活動費も会社から補助が出ています。ただ歴史系のサークルとして、もう一つ歴史研究会、通称歴研があります。歴研は歴女の会と違い、本格的に歴史を勉強する会になっています。具体的にはフィールドワークに行ったり、大学の先生を呼んで勉強会とかセミナーも定期的に行っています。私は歴史の楽しみ方は一つじゃないので、性格の違う二つの会があっても全然問題ないと思っていました。

 ところが、この二つの歴史サークルを一つにしようの動きが歴研から出て来たのです。なぜにそんな動きが出て来たかですが、まずどちらも公認のサークルなんですが、実は歴女の会の方が歴史が古く、古いがためにちゃんと部室もあり、活動費も歴研に匹敵するほどもらっています。

 歴研からすれば、活動拠点の部室も欲しいし、二つが一つになれば活動費も倍増みたいな狙いです。もう一つは、歴女の会は名前の通り女性だけの会なのですが、歴研は男女とも入れます。しかし、女性の歴史好きは歴女の会に入ってしまう傾向が強いので、女性会員を増やしたいと言うのもあったみたいなのです。

 歴研のメンバーには重役クラスも名を連ねていますから、歴研からの統合提案は強引で猛烈でした。最初は相談みたいな話でしたが、歴女の会側が難色を示すと、あちこちに根回しされて、会社の意見みたいな感じで統合案が出てくる状況になってしまったのです。私たちも精一杯の抵抗をしましたが、次第にどころかドンドン追い詰められてしまいました。歴研に較べるとメンバーの社員としての格がどうしたって軽いですからね。最終的に提示されたのは、

    歴女の会が十分な歴史知識を持っていることを示す』
 具体的には歴研のメンバーが納得できる歴史知識がないのなら、会社の公認サークルは取り消し、部室は明け渡しです。でもこれは条件と言うより、最後通告と言うか御儀式みたいなものです。だって、あれだけ本格的にやっている歴研と知識で競うのは、歴女の会にとって不利と言うか、最初から結論ありきみたいなものだからです。そこまで追い詰められた歴女の会のメンバーは悔しい思いをしながら、半分はあきらめ顔になっていました。そんなときに、
    「シノブちゃん、なにか悩み事」
 コトリ先輩に声をかけられたのです。その日の仕事帰りに居酒屋で飲みながら、私は歴女の会と歴研の統合問題の愚痴を思いっきりコトリ先輩にこぼしちゃったのです。そしたらコトリ先輩は、
    「その歴史知識の証明って、試験でもやるの?」
    「試験と言うか、討論会みたいなものになってます」
    ディベートみたいな感じ?」
    「わかんないけど、そんな感じみたいです」
    「じゃ、ジャッジは?」
 コトリ先輩のアドバイスとしてまずは公平な審判が必要との意見でした。
    「社内で信用できそうなは・・・高野常務に頼んでみるわ」
    「えっ」
 私にとっては雲の上の存在ですが、たしかに高野常務なら公平で信用が置ける人物ですし、社内でも歴史通として有名です。でもいくらコトリ先輩でも高野常務にそんな事を頼めるかと少し不安でした。
    「それとテーマは決まってるの」
    「はい、桶狭間の合戦です」
    「それは歴研が持ちだしたの?」
    「そうなんです」
 コトリ先輩は少し考えてから、
    「よほど頑張らないと負けるわよ」
    「どういうことですか」
    「歴史好きでも得意分野があるから、相手の得意分野の土俵でやるのは不利なのよ」
    「そういわれても・・・」
 たしかに相手が持ちだしたテーマですから、歴研には桶狭間の合戦に詳しい人物が出てくるのは間違いないと思います。ただなのですが、歴女の会の歴史知識はとにかくミーハー系なので、テーマを変えて有利になる分野があるかと言われれば困ります。というか、こういう知識勝負になった時点で歴女の会は歴研に勝てる要素がないのです。
    「でもね、シノブちゃん、これはチャンスかもしれないわ」
 タダでも不利な知識勝負の上に、相手の得意分野の勝負にチャンスなんてあるわけがないのですが、
    「それだけ不利な条件で勝てば二度とこの話は蒸し返されないと思うのよ」
 そりゃ、そうですが、それはあくまでも『勝てば』のお話です。
    「それにね、勝たなくても良いのよ。条件はあくまでも知識量のお話だよ」
    「そうは言われても・・・」
 コトリ先輩はじっと考えてから、
    「コトリも出てもイイかなぁ」
    「えっ、先輩が」
    「えへへへ、こう見えてもコトリも歴女なの。それにね、歴女の会を作ったのもコトリなの。歴研に潰されるのは見て見ぬふりは出来ないよ」
 コトリ先輩が歴女であるのはどこかで聞いたことがありますが、歴女の会を作ったのもコトリ先輩だったのは初耳でした。コトリ先輩が参加してくれるのは心強いですが、とにかく相手は歴研です。
    「ところで具体的にどんな形式でやるの?」
    「えっと、えっと、双方が代表を三人ずつ出しての討論です」
    「じゃ、日にちと時刻が決まったら教えてね」
 そう言ってコトリ先輩は帰って行かれました。