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「カズ君、こっちもあるんだ」
「こりゃ、凄い。栄光のメンバーのアルバムやん。じゃ、ひょっとすると」
「お目当てはこっちでしょ」
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「こりゃ、目が潰れるな」
「大げさな」
「いや、真剣にや。だってリンドウ先輩が真ん中で、左右がシオとコトリちゃんの夢のスリーショットやんか」
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「サイズ合わせが・・・」
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「逃げようと思っても無駄。相手を誰だと思ってるのよ」
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「シオには悪いけど、三人並んでもリンドウ先輩、抜けてる気がする」
「ううん、全然悪くないわよ。私とコトリちゃんが左右に並んでも段違いだったのよ。二人がリンドウ先輩の引き立て役にしか感じなかったもの」
「ボクもあの時に見てたけど、実際そうやったし、みんなもそう言ってた」
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「あの人、ホントにリンドウ先輩よね」
「そのはずなんだけど、どうにも自信がなくて・・・」
「私もそうなのよ」
「昨日に較べても別人としか思えない」
そりゃもう、リンドウ先輩が校内を歩かれるだけで、加賀百万石の大名行列じゃないかってぐらいの追っかけが付いて回る騒ぎになったのです。もう数えきれないぐらいのリンドウ先輩のグッズが売り出され、飛ぶように売れるというか、奪い合い状態だったのも覚えてます。
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「ボクはシオを女神様と思てるし、シオより美人なんて世の中にそうそういないと思てるけど、リンドウ先輩だけはシオより綺麗だった」
「私なんかじゃ、到底かなわないぐらい綺麗だったもの。私もあの頃のリンドウ先輩より綺麗で素敵な人を未だに見たことないよ。辛うじて近いのは最後に会った時のユッキーぐらいかな」
「元気な頃のユッキーでも、まだ及ばない気がする。やっぱり水橋先輩とお付き合いされてから変わられたんかな」
「とにかく、誰も文句の付けようのないスーパーカップルだったものね」
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「ところでカズ君、水橋先輩、あれからどうされたの」
「どうもこうもないやんか。プロ行きはったやんか」
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「それは知ってるけど、四年ぐらいでやめちゃったやんか。どっか故障でも起したの」
「シオ、知らんかったんか。引退したんは怪我のせいやないで。今は鮨屋やってはる」
「へぇ、知らんかった。なんていうお店」
「龍すし」
「えっ、ひょっとしてあの有名な龍すし?」
「そうや。グルメ雑誌にもよく出てくるし、ミシュランでも星三個やったんちゃうかな」
「行ってみようか」
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「・・・予約というか今日行けますか」
「申し訳ありません、本日は貸し切りになっております」
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「あのう、失礼ですが、もしかして竜胆薫さんではありませんか」
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「ええ、そうですが・・・ひょっとしたら加納志織さん」
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「加納やったらOKだって。何人で来るの」
「二人ですけど」
「もう一人は・・・」
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「思い出した! ユッキー・カズ坊のカズ坊やんか。もちろんOKだよ」
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「いらっしゃいませ」
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「加納も相変わらず別嬪さんやな。そうや、後ろの男連中紹介しとくわ。だいぶ変わってもて、見る影もない奴もおるからな」
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「リンドウ、それはないやろ」
「そこのハゲが何いうんや」
「なにを、このデブが」
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「今日はね、あの時の野球部の連中が久しぶりに集まる日だったの。大丸君と、手塚君は仕事でどうしても来れなかったけど、結構集まってくれて嬉しいの。その上に女神の加納がサプライズゲストに入ってくれて最高よ。ついでみたいで悪いけどカズ坊もね」
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「水橋先輩は極楽大附属のエースとプロでも対決されましたよね」
「交流戦の時やったかな」
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「あん時のインタビューが傑作やった」
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『十一個目の敬遠を続けとけば良かった』
私たちのことも聞かれましたが、カズ君が袋叩きになって冷やかされてました。まあ結果的に私とコトリちゃんを天秤にかけて、私を婚約者に選んでますからね。それはもう殺されそうな勢いで乾君なんて、
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「山本、なんでお前はそんな美味しい目にあうんや。女神様と天使に惚れられるほどの男にはオレには絶対見えんぞ。加納、お前は騙されてるんだ。目を覚ませ、悔い改めるんだ。今からでも遅くない。山本の正体は悪魔や、オレが追っ払ってやる! エックソーシザマズ ティー オミニス イムンドゥスム スピリトゥス オムニ サタニカ ポテンティス, オムニ インクルゥシィオ・・・」
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「女神様がなんで山本なんかに。そのうえ天使を振ってやと。絶対エエ死に方せんぞ。いいや、この店から生きて出られるとは思うなよ。オレが呪ってやる、祟ってやる。エコエコ・アザラク エコエコ・ザメラク エコエコ・ケルノノス エコエコ・アラディーア・・・」
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「山本、お前、女神様と天使だけでは飽き足らず、氷姫まで手を出していたのか! ・・・にしても、あの氷姫がユッキー様ならともかく、可愛いユッキーになったのは、オレには想像するのさえ難しいんやが・・・」
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「氷姫もやっと幸せをつかんだのに、どうして、どうしてそうなっちゃうのよ・・・」
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「あれはな、カオルの親父さんが、弟子入りに、なかなかウンと言うてくれへんかったからやねん」
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『師匠より上手な弟子など取れない』
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「オトンもあれで名人って呼ばれる腕はあったんよ。四年間、頑張った末にユウジの弟子入りを認めたんやけど、弟子入りを認めた翌日には抜かれてた」
ちにみに今は水橋裕司でなくて、竜胆裕司。水橋先輩は男の跡継ぎがいなかったリンドウ先輩の実家の店をなんとかしたいと思ってそうしたようです。ただリンドウ先輩の親父さんも頑固で、店は譲らないというか、水橋先輩と並んで鮨を握るのは死んでも嫌だと頑張った結果が今だそうです。
そんな『いきさつ』って聞いても、どう答えたらわからない状況です。なんとなくわかったのは、水橋先輩がリンドウ先輩を本当に大切にされていることです。もう御結婚されて長いはずですが、まるで新婚、下手すると初々しい恋人同士にさえ見えます。ちょっと気になって
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「今でも助っ人稼業をやられることはあるのですか」
「あるよたまに。でもね、今はボランティアだよ」
高額な成功報酬を請求していたのも、依頼者の真剣さを計る物差しだったようです。本当に困っているのなら払えるはずだって。追加請求も依頼者の真剣度が下がったと感じたら容赦なくぐらいでしょうか。それも払えないのなら、たいして困ってないぐらいと見なしていたようです。
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「だからね、最終的にはカネじゃないのよ。準備に惜しみなく費用を注ぎ込むから赤字になってた依頼もわりとあったのよ」
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「カオルからの依頼は格別やってん。話自体は加納が聞いたんでウソやないけど、オレはな、あの時に一生気持ちを燃やし続けられる相手を見つけたんや」
「もう、ユウジったら」
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「水橋がもしリンドウを不幸にしよったら、野球部総出で〆てやるつもりだったんやけど、見せられるのはコレばっかりで、目のやり場に困るんや」
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「野球部で〆るって? ユウジはそりゃ強いのよ。間違いなく全員返り討ちね」
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「たしかに勝てへんわ。喧嘩でも、野球でも、なんでもな。あっというまに覚えて、あんだけ上手になるんじゃ勝負にならんわいな」
水橋先輩もギターを弾いて歌い出しました。話には何度も聞いたことがあるのですが、水橋先輩は本当になんでも出来ます。それも一流のプロの腕です。そしたら冬月先輩が私の傍に来て、
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「加納さん、お久しぶり。ますます売れっ子みたいだね」
「冬月先輩こそ」
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『ピアノの貴公子、天才冬月進』
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「本当に水橋が鮨屋をやってくれて助かった。ピアノなんかやられてたら、ボクなんてピアニストとして食べて行けたかどうかわからないもの」
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「水橋先輩、ピアノも弾けるんですか」
「もちろんさ。水橋、ちょっとピアノ弾いてくれないか」
「よっしゃ」
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『冬月、ちょっとピアノ見せてもらってエエか』
『良いけど、また仕事かい』
『いや、カオルの誕生日に・・・』
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「えっ、本当にたったそれだけですか?」
「水橋にとっては十分なのさ。そんなのは何度も見てるんだ」
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「でも冬月先輩に較べたら・・・」
「今だけならボクの方が上だけど、水橋が仕事で請け負ったら三日で抜かれる。ゴメン、ちょっと言い過ぎた、半日もあれば余裕で置き去りにされる」
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「ところがなぁ、水橋の奴、全部自分でやりたがるんで困ってもたんよ。そりゃ、何やらしてもうちの職人より上手いから文句も言いにくくて」
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「それとなリンドウが値引き交渉するんだよ」
「やだ春川君、ちょっと友達価格でサービスしてって言っただけじゃない」
「オレはリンドウ相手に交渉するってのが、どんなものかを骨の髄まで経験させられたわ。あれこそが天下無敵だわ。うちの営業担当は泣いてたし、持ってこられた契約内容見て目剥いたもの」
「春川君相手だから、そんなに無理言ってる気はなかったんだけど」
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「惜しかったですね」
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「やっぱり極楽大附属も、SSU附属も強かったわ」
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「二年の時がSSU附属、三年の時は極楽大附属にやられちゃいました」
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「一年の時は県大会まで進んだけど一回戦でまたもや極楽大附属に、二年の時は第三代表で近畿大会まで進んだけど一回戦で大阪の・・・」
「二十一世紀枠もアカンかったし」
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「まあ、ついて来れへんかったもんな」
「そうですね、監督。やっぱり、リンドウさんと大丸先輩がいないと無理があったかもしれません」
「それでも、あのチームに水橋がいたらなぁ」
「ええ、水橋さんがいたら言うまでもないですが、リンドウさんがいるだけでも絶対だったのに。せめて大丸先輩がいただけでも勝てたかもしれないと思います」
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「あの時の練習はホンマに辛かったけど、ボクらは幸せやったかもしれへん」
「そうですね。大丸先輩みたいな名キャプテンと、偉大なGMのリンドウさんがおられたのですから」
「今から思えば、あのお二人が同時におられた偶然があの練習を可能にしたんやと思う。それが二人ともおられなくなってしまったもんな」
「そして二度と現れなかった」
そのうちに秋葉先輩が何かの話で盛り上がってきて、
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「・・・見たい」
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「見たい、見たい、ぜひ見たい」
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「カオル、みんなああ言うてるで」
「わかった、まかしとき」
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「は〜い」
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「五番サード夏海君」
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「あかん、また三振や」
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「あちゃ、また敬遠や」
そうそう記念写真を撮ろうという話になってカズ君が撮ってくれたのですが、撮れた写真を水橋先輩が面白がって、
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「こうやるんか」
本当に熱かった時代の空気を胸いっぱいに吸わせて頂いて、本当に爽やかな気持ちにさせて頂きました。またこの栄光のメンバーと会うことはあるのでしょうか。そうそう別れ際にリンドウ先輩が、
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「次、やる時もおいでよ。その時は小島も呼んで、チア・リーダーのそろい踏みやるで。コスチューム残ってるやろ」
カズ君との帰り道、二人の想いは同じ、二人は同じ時間にいる。あの時間の中に二人はいる。あの日が鮮やかに甦る。あの熱い熱い夏の日の激闘の記憶が甦る。あの時、私は確かにいたんだ。スタンドで一緒に戦ったんだ。球場を震わす大歓声が聞こえてくる。魂を震わすあの大歓声の中に二人はいる。
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「カズ君、あの試合ってホントにあったんだよね」
「間違いなくあった。リンドウ先輩が作り上げた奇跡の時間が・・・」