第2部桶狭間編:ソル・クバーノと知多湾

彼女が飲んでるソル・クバーノは神戸のサボイのマスター、木村義久氏がが考案し一九八〇年の第一回トロピカルカクテル・コンテストで一位となったカクテルです。レシピはシンプルでラムにグレープフルーツ・ジュースを注いでステアし、トニックウォーターで満たせば出来上がります。まあスタンダードになるカクテルの多くはレシピがシンプルなのですが、ソル・クバーノもまたそうです。私は木村義久氏が作ってくれたソル・クバーノを飲んだ事があります。そう書いたら歴史的な偉業みたいですが、サボイは今も営業してますから、普通に入って普通にオーダーして飲んだだけのお話です。木村氏もなかなかダンディな方でした。

このソル・クバーノは『キューバの太陽』の意味になりますが、前々回がメキシコの朝日のテキーラ・サンライズでしたから、彼女も二人のこの先を喩えてくれてるのかなって勝手に喜んでいます。

    桶狭間の前に知っておいた方が良い合戦があるんだ」
    「どんな合戦?」
    「村木砦」
    「信長の初期の合戦ね」
    「そう。この合戦は桶狭間に微妙な影響を及ぼしたと考えてるんだ」
    「そんな含みのある合戦だったっけ?」
    「ちょっとね。それと桶狭間の時に地形の参考にもなるんだ」
村木砦の合戦で押さえておきたいのは当時の知多湾の広がりで推測図を示しますが、

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水野氏の本拠地は緒川城です。現在は緒川城の前に境川が流れ、その対岸に刈谷城がある位置関係ですが、桶狭間の頃は知多湾の対岸に刈谷城はあった事になります。境川尾張三河の国境になっているのですが、刈谷城知多半島を根拠地とする水野氏が三河進出のための橋頭保ぐらいに考れば良いと思います。ここで今川氏の西進圧力が松平氏を従属させて西三河に及ぶと、今川氏も水野氏の取り込みを考え知立城に進出した今川氏は重原城を攻め落とします。それから、おそらく刈谷城を包囲しながら重原から、もしくは高津波あたりから知多湾を渡り村木砦を構築したと考えています。

緒川城は刈谷城を前進拠点、知多湾を天然の外堀にしてこそ強みがありますが、すぐ近くに今川方の前進拠点が出来ると非常に脅威になります。この脅威に反応したのが信長で知多半島をぐるっと回って村木砦を攻め落としています。村木砦の合戦の焦点は水野氏の帰趨で、今川は村木砦を作る事での圧迫で水野氏を取り込もうとしましたが、信長の果断な行動力の前に水野氏は織田方に残る事になります。

    「へぇ、知多湾ってこんなに広かったんだ」
    知立は江戸時代には池鯉鮒と呼ばれていたんやけど、これはこの辺りで鯉や鮒が豊富に取れて、その料理が名物だったからなんだ」
    「なるほど、だから池鯉鮒か」
    「知多湾が広かったので街道もまた変わるんだけど、これを見て欲しいんや

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    この時代の街道は鎌倉往還で大方は古代東海道や江戸期東海道と似たルートを通るんやが、この辺は微妙に違ってる。青線が江戸期東海道なんだが、知立から岡崎にほぼ東に一直線で結ばれてるんや。これは古代東海道のルートにもほぼ重なる。一方の赤線の鎌倉往還は岡崎から安祥に南下してから北上してくるルートになるんだ」
    「それで八橋のあたりでクロスしてるんやね」
    「安祥が織田氏松平氏、さらには今川氏と争奪戦になったのはそういう理由や。ちなみに信秀が戦った小豆坂は安祥から東に進んで矢作川を渡ったあたりになる」
    「うんうん」
    「さらに違うのは八橋から西側で、江戸期の東海道知立から北西にまっすぐ進んむんやが、鎌倉往還は北側の丘陵地帯を越えて沓掛城に向かうルートになってるんや」
    「義元は鎌倉往還を通ったから沓掛城に入ったんやね」
    「そういうこと」
    「鎌倉往還がわざわざ北に迂回したのは知多湾を避けるためだったで良いと思うんや」
    「それしか考えつかへんわ。それと、こんだけ知多湾が広がっていたら水運も盛んだったと見て良いよね。水運となると水野氏も水軍を持っていたと考えるのが普通やね」
    「とくに書かれてへんけど、緒川城から刈谷城に渡るだけで船が必要やから、当然持っていたと思うねん。ここで考えたいのは松平元康の大高城への兵糧輸送なんや」
    桶狭間の前夜に運んだやつね」
    「これって漠然と沓掛城から運んだみたいに思われてるけど、沓掛城から大高城に陸路で運ぶのはちょっと大変なんや」
    「そうやねぇ、南側は海だもんね」

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沓掛城から大高城に向かうのに現在の大府あたりから回り込んで運ぶのは知多湾の広がりから陸路では無理だったと考えられます。陸路で運ぶには沓掛城から江戸期東海道を通り、途中から大高城方面に左折して進む道は存在していますからこれを利用するのは可能です。ただこの辺りは織田・今川の前線地帯で兵糧輸送となると襲われるリスクが高まります。もし知多湾の水運が利用できれば、より安全に運ぶことができます。

    「そっか、元康が陸路で大高城を目指すには翌日の決戦場を通らないといけないんだ。でも水野氏の動向は?」
    「なるほど、わざわざ沓掛城まで重い兵糧運ぶことないもんね。可能性はあると思う。けど水野氏はどうやったん」
    「これが微妙と言うか怪しいところがあるんやけど、表向きは織田方やねん」
    「水野氏を離さないために信長は村木砦の合戦までやったんだもんね」
    「うん。そやけど、水野氏の中でも織田派と今川派がいたぐらいに思ってもよさそうやねん」
    「そりゃ義元が大軍を率いて織田に攻め込めば今川が勝つと思うのが当然やもんね。織田を見限って今川について保身を考える勢力が出てきてもおかしくないわ」
    「別本士林証文にある今川義元書状写てのがあり、そこに義元から水野十郎左衛門尉に宛てた永禄三年四月一二日付の書状があって、 

    夏中可令進発候条、其以前尾州境取出之儀申付、人数差遣候、然者其表之事、弥馳走可為祝着候、尚朝比奈備中守可申候、恐々謹言

    これはどう読んでも義元の尾張進攻に水野氏が協力することを示す書状にしか読めないんだ」

    「漢文苦手やけど、これぐらいに読むのかな


      『夏に出陣予定、その前に尾張国境に砦を作り軍勢を派遣しているがそれは表向きの事。今川に味方することになりおめでたい。この事は朝比奈備中守によく申し付けてある』


    これぐらいの意味かな。そやけど水野十郎左衛門尉とか、朝比奈備中守って誰?」

    「水野十郎左衛門尉は緒川城の水野氏宗家の水野信元か弟の刈谷城主水野元近じゃないかって言われてる。朝比奈備中守は元康と共に大高城救援に向かい鷲津砦を落とした朝比奈泰朝朝比奈泰朝が大高城別動隊に派遣されたのは、水野氏工作の担当者だったからだとこれで確認できるんや」

    「ほんじゃ、尾張国境に作った砦ってどこ」

    「大高城の付城として有名なのは鷲津砦、丸根砦やけど他にもあり地図を見て欲しいんやけど、

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    大高城の南側の丘陵地帯にも砦があって、一説には氷上山砦には千秋四郎、正光寺砦には佐々木隼人正が守っとって、水野氏は向山砦を守っていたとされてるんや」

    「なるほど。桶狭間の合戦当日に佐々隼人正と千秋四郎の部隊が信長公記では突然って感じで現れるけど、ここから撤収してきた部隊やってんね」

    「佐々・千秋が本当に氷上山砦、正光寺砦にいたかどうかはあやふやなところもあるんやけど、もしいたなら話が合うのは確かやねん。五月一七日には義元が沓掛城に入った情報はその日のうちに佐々・千秋も手に入れていたと思うから、五月一八日中に中島砦方面に撤収したとすればピッタリ符合する」

    「氷上山砦・正光寺砦が撤収したのなら水野氏が守っていた向山砦もまた撤収したんでしょうね。独りで頑張っててもしょうがないもん」

    「とにかく義元の書状にある話は事実として裏付けられることになるんや」

    「つまり水野氏は織田氏に加担すると見せながら、裏で今川に寝返りを約束していたってことね」

    「その辺については鳴海城主だった岡部元信の動きでも裏付けられるんや。元信は義元討死後も鳴海城を固く守り織田軍を撃退していたんやけど、孤軍で戦っても仕方がないとあきらめ、義元の首と引き換えに開城し駿河に帰るねん。その帰り道やねんけど、わざわざ刈谷城を襲って焼きはらい、水野信近を討ち取ってるねん」

    桶狭間の後やから沓掛城は織田氏のものになってるから、一刻も早く駿河に帰りたいはずなのにわざわざ寄り道して刈谷城を攻撃したんだから、岡部元信は水野氏に余程の恨みがあったって事になるね」

    「そうなんだ、水野氏は表面上は織田方だったから、元信はそこまでの恨みはないはずなのに、わざわざ危険な寄り道報復をやったのだから、今川方からすれば相当な裏切り行為に見えたと思ってる」

    「わかる、わかる。だから裏で今川と手を組んでいた水野氏の真ん前の知多湾を元康や朝比奈泰朝は渡れた可能性が高いってことね」

    「もう一つ水路を使った可能性として元康が大高城からの帰国時に舟を使っていた説があるんや。桶狭間後に元康のところに水野氏から友好の使者が送られてるのは間違いない。でもって舟で知多湾を下り、三河湾を横断し、矢作川を遡って岡崎に帰ったって話や」

    「帰りも舟なら、行きの兵糧輸送も舟だった可能性は十分あるもんね」

お付き合いしている彼女なのですが、どうにも気後れしいてる部分があります。どうしても『天使』だと思ってしまい手が出ない感じです。コトリちゃんだって彼氏がいたわけで、嫌な想像ですが一通りは恋人同士の経験はあるはずです。それは頭でわかっていても、現実のコトリちゃんを目の前にすると天使に手を出すのは畏れ多い感じがしてしまうのです。私だって男ですから、もっと接近したいのですが自分で壁を作っている感じがしてもどかしいところです。歴史談義に熱中しているのもある種の現実逃避かもしれません。とはいうもののいきなりホテルなんて思いもよらないし、せめてキスとは思ってはいるのですが、歴史談義に入っちゃうとそういう雰囲気になりにくいのも現実です。もうちょっとなんとかしたい。