医師強制配置論を少しだけ考えてみる

このテーマは何度も扱っているのですが、どう考えても、

    かつての大学医局人事を如何なる機関もそのまま代替する事はできない
理由は何回もやっているので簡潔にしておきますが、大学医局人事は強制に見えても、あくまでも医師の自発的な意志により従っていたからです。自発的な意志のないところに強制を行おうとすれば憲法問題にまで発展します。憲法問題は大袈裟としても人事権を持つためには正式の雇用関係が必要であり、全国に強制配置となると医師を全員国家公務員にするぐらいは最低必要になります。そこまでの荒技の実現には数知れないハードルがあり、一朝一夕でどうにかなるものと考えられません。

それと開業医は無関係になります。お前が開業医だから逃げたいだけなんだろうと言われそうですが、開業医を移動させるとなると純粋の個人財産ですから、勤務医を強制配置させる以上の強権が必要になり、そんな強権が揮えるのなら勤務医なんていとも容易にどこにでも配置できる事になります。それこそ東大のどっかの神様准教授であっても、辞令一つで隠岐の島でも、礼文島でも、石垣島でも強制配置できるぐらいとすれば良いでしょうか。


基本的な手法をまず考えたいのですが、医師が自主的に人事権を委ねさせるためには、医師の自発性を期待しても百年河清を待つ世界になります。つまり医師の意志に関係なく強制配置組織に食うためにやむなく「自主的」に加入させる状態を作り上げる事です。どうやったらそんな状態が出来るかと言えば、やはり兵糧攻めです。勤務先である病院が強制配置医師しか就職できない状態を作り上げる事です。

そんな事が出来るかですが、かつてはそれに似た状態が存在しています。大学医局はそれこそ「こんな」と思うような病院まで人事権を張り巡らし、まともな勤務医をやりたいのなら医局には入る以外に就職手段がなかったのは事実です。これは今でもそういうところはかなり残っています。自主的な意志によって強制配置を実現させるためには、

  1. 勤務先病院の人事権を強制配置配置組織に自主的に献上させる
  2. 就職先の無くなった医師がやむなく自主的に強制配置組織に加入する
ここもなんですが勤務先病院が自主的に人事権を献上するのを待っていてもやはり百年河清を待つです。病院が自分の医師と無関係に人事権を自主的に献上させる状況を作らないといけません。旧研修医時代に病院の人事権を握るところは大学医局でしたから、これが弱体化すれば病院は自然に悲鳴をあげるだろうの兵糧攻め戦術です。でもって断行されたのが現研修医制度と見ています。


計算通り大学医局はムラがあるとは言いながら弱体化の道を歩みます。ここで誤算だった(まさか予想していなかったと思いたくもないのですが・・・)のは、弱体化がより著しかったのは地方大学医局で、弱体化した大学医局は不人気病院から順に撤退し戦線を縮小していったです。地方僻地の医師不足の表面化です。大学医局弱体化は全国それなりにありますから、旧研修医時代のようにどこかの大学医局が開いた穴を喜んで埋めてくれるなんて事は起こらなかったです。この状態は今に至るです。

ここで有力病院は結果的に恩恵を受けた部分があると考えます。有力病院は従来の大学医局ルートだけではなく、市中から医師を自由に集められるルートも手にする事が出来たです。医師以外には少々判り難いと思いますが、旧研修医時代の大学医局の人事権は強大で、病院が勝手に医師を雇ったりすれば、報復としてその病院の医師を総引き上げなんて脅しを平気でかけられたからです。大学医局の弱体化はそこまでコントロールする力を失ったところは多いと見ています。

現研修医制度は大学医局の全体的な弱体化に成功したかもしれませんが、病院が医師集めに困って強制配置組織に「こぞって」自主的に所属する状態にまでは至らなかったです。医師集めに困らない有名病院にとっては、強制配置によって折角育てた医師が引き抜かれたり、どこの馬の骨かわからない医師を強制配置される事を望まなかった言うところでしょうか。これまた今に至るです。

もう一つ、これも期待されていたであろう、大学医局に属さない事により勤務医が就職先病院に困るという事態もまた起こらなかったです。需要があれば供給がありで、しっかり民間業者がその穴を塞いでしまい、誰もわざわざ官製ドクター・バンクに加入し、食うために不人気病院に就職を自主的に望む状況には至らなかったです。これはもうしっかり定着しています。



もう一つの誤算(これも誤算なら噴飯物ですが・・・)は、少子高齢化のとくに高齢化は医療需要の様相を一変させます。医師不足が喧伝された当時の図式は単純でした。

    都市部に医師が偏在し、地方の医師が不足する
ここも暗黙の前提として都市部には医師が余っており、ここから地方僻地にどうやったら引き剥がせるかの議論です。しかし高齢化の威力は恐るべしで、今後の高齢化による医療需要の変化は都市部にさらなる医師需要を起させる観測が既に定着しています。考え様によっては高齢化の波がついに都市部に押し寄せてきたとしても良さそうです。

これがどれほどのものかです。現研修医時代になってから圧倒的な医師集めの勝者は東京です。ぶっちぎりで他の都道府県を圧しているのはデータが示しています。極論すれば偏在は東京にのみ(沖縄も多いですが県の規模からして無視できます)起こっているです。それほどの偏在現象で医師が増えようとも東京及びその近郊の「○○都民」居住地域の医師需要は遠からず逼迫するです。これは予言ではなく確実な予測です。

説明するのもアホらしいですが、内政において東京が困る事態は失政に直結します。他の地方とは完全に別扱いになります。下手すると強制配置先が東京なんてブラックジョークさえ起こりかねないと言うところでしょうか。しかしそこまでするのも内政的に好ましくありません。東京の医師がそこまで不足している事態が周知される事自体が宜しくないです。他の地方が幾ら困ってもローカルな問題に過ぎませんが、東京で不足するのは国政を左右し政権さえ転覆させかねないてなところです。

つまりは現状の体制で東京に医師が偏在するのは結果として好ましく、自然に東京の医師不足が解消の方向に動いてくれる方がより望ましいです。ここで下手に強制配置を断行し、「実は足りないから東京に強制配置する」なんてのが望まれるかどうかです。私が担当者ならあんまりやりたくなさそうな手法で、東京に医師が充満するまで先送りし、そこからおもむろに次を「次の担当者」に委ねるぐらいにしたいところです。



あくまでも個人的な憶測に過ぎませんが、医師強制配置論は地方僻地で医師不足現象が起こったために生れたものではないと見ています。現研修医制度導入の狙いの中に大学医局弱体化があったのは確実です。単に弱体化させるだけで無邪気に喜んでいるはずがないです。当然弱体化の次の展開・シナリオがあったはずです。あまりに平凡すぎる見方ですが旧研修医時代は、

    医師派遣 = 大学医局
こうだった訳です。この大学医局の弱体化とは医師派遣システムを叩き潰すのが狙いであり、叩き潰した後は新たな医師派遣システムを厚労省の管理監督下で行おうとしていたとしか考えようがありません。ところが実際に起こったのは、
  1. 大学医局弱体化により地方僻地の医師不足がクローズアップされてしまった
  2. とくに都市部の有名病院では独自に医師を集めるルートを確立してしまった
  3. 弱体化したのは地方医学部が中心で大都市部の医学部への影響は少なかった
もう少し言えば大学医局弱体化で流動化した医師は、有名病院・有力病院がドンドン吸収してしまい勤務医自体は大学医局弱体化でちっとも困る事はなかったです。こういう状況になると仕方が無いので、大学医局に取って代わるはずの医師派遣システムの設立ではなく、地方僻地の医師不足対策のための強制配置論に変わらざるを得なくなったぐらいの見方です。

もう一つポイントは現研修医制度導入時には「医師は余る」の観測で戦略が立てられていた点です。医師が余る状況なら求人と就職希望のミスマッチを解消するという大義名分が出来たはずです。ところが実際に起こったのは医師不足で、医師が就職先を選べる状況では誰も厚労省の企画には寄り付かないです。困ってないからです。

一番深刻な計算違いは医師が余るの戦略の中に東京で医師が足りなくなる状況は予想すらしていなかった可能性がある事です。これは政府や官僚サイドにとってはかなり深刻な問題と考えます。これは政治的な意味もありますが、地方に医師が足りないから都市部から医師を引き剥がす医師強制配置論が成立し難くなるからです。さすがに東京の医師が足りなくなるから、地方から医師を引き剥がして送り込むための強制配置論に言い換えるのはチト問題ってなところです。


ただ東京で医師が足りなくなる話を官僚サイドが政治にどれほど明確に伝えているかは疑問です。これこそ大き過ぎる失政です。たぶん政治レベルでは相も変わらず地方の医師不足の解消策を展開している気がしています。勘違いして欲しくないのですが、地方だって医師が足りているとは口が裂けても言えません。ただ行政・政治レベルで東京で足りないのは、他のすべてを犠牲にしても解消すべき最重要課題になるわけです。東京の医師不足の解消を手を拱きながら解消するには、このまま東京への医師偏在が続くだけでなく加速してくれるのが一番有効になります。

だから強制配置論は当分は言葉だけの気がどうしてもします。実務上・法律上の種々の問題もありますが、政治が地方僻地の医師不足大義名分で成立させても、いざ始まれば足りない東京への強制配置の加速なんて事態になれば、非難は避けられず官僚の責任問題にまで波及しかねません。では東京の医師不足に目を瞑れるかと言えばそんな事は絶対無理ですから、そういう時にはひたすら先送りが常套手段です。(おかしいな? こんな結論の予定ではなかったのですが、どっかで推論を間違ったかな。ま、えっか)


えらい楽観的な予想ですが、医療政策でも1年先にどうなっているかなんて予想するのは困難です。まったく違った展開になる事は幾らでもありえます。あえての楽観材料を挙げるとすれば、政府が参加に大きく舵を切ったTPPによる日本の医療の影響への対策があります。これもどうなるかは予測が難しいのですが、厚労省としては現在の医療体制を基本的に守りたいはずです。これが一段落するまではそんなに大きな事には取り組めないんじゃないかの観測です。

毎度の事ながら当たるも八卦、当たらぬも八卦ですが、トドの詰りはなるようにしかならないと思っています。医師強制配置についても何か他の流れから急速に動かれても、実際のところ何か出来る範囲は限られています。TPPで何かドラスティックな変化が起こったとしても、せいぜいのところ「上に政策あらば、下に対策あり」ぐらいでサバイバルを考えないと致し方ありません。効果的な先手を打てるような余地が乏しいのが実際のところじゃないでしょうか。