厚労省の風疹対策を考える

3発目で食傷気味と思いますが、せっかくあれこれデータを集めたのでもう1回やります。


定期接種の経緯

風疹ワクチンは1976年に承認され1977年8月から定期接種となっています。その後の経緯を改めて表にまとめようと思いましたが、複雑すぎてIASRの表を引用します。

この後の主な経過は

年月 経緯
2006年4月 MR導入、2回接種に変更
2008年4月 2回接種の経過措置が行なわれる
2013年3月 経過措置終了


でもって1977年8月から始まった女子中学生への接種は確か中1対象だった記憶があります。ただ制度導入時に中1だけだったのか中3まで対象にしたのかは遺憾ながら不明です(勧奨年齢が中1だったかな?)。1977年時で中学生と言う事は13〜15歳です。中3であっても現在51歳になります。つまりは52歳以上は任意接種したものを除いてワクチン接種はない事になります。それでも現在49〜51歳以下の女性は制度は複雑に変わっていますが、定期接種を常に受ける機会は現在に至るまであったとして良さそうです。


男性の場合は複雑

問題は男性でMMRが1989年4月からで当時の1歳児、現在の25歳に相当します。当時は6歳児まで定期接種が可能でしたが、どうも1歳児がやはり中心だったようです。では26歳以上の人はどうなるかになります。男性へのもう一つの経過措置ですが1995年4月から男子中学生へ接種が行われています。この時の中1で31歳、中3で34歳になりますが、1995年時点で中1として31歳ですから、2000年(2001年は経過措置がちょっと別枠と見ています)の経過措置終了時で26歳です。煩雑なんですが男性の風疹接種の状況をまとめておくと、

  1. 25歳以下はMMR以後継続的に定期接種を受けている
  2. 26歳以上は最大34歳まで経過措置の定期接種を受けている可能性がある
  3. 35歳以上は定期接種は無さそう
とりあえず穴は無さそう(ありそうと思って調べたら「なかった」のは白状しておきます)なのですが、問題は接種率です。


風疹ワクチン接種率

これがムチャクチャ煩雑でシンプルにまとめようと思うと無理がテンコモリになるのですが、とりあえずソースです。

まず3つのソースに共通するのは、IASRソースに書いてあるのを引用しておくと、

対象人口は、各年度に新規に予防接種対象者に該当した人口であるのに対し、実施人口は各年度における対象者全体の中の予防接種を受けた人員であるため、実施率は100%を超える場合がある。

推奨年齢と定期接種可能年齢に差があるためにこうなっています。細かい事を言えば1996年までは年集計、1997年からは年度集計にもなっています。これをグラフにまとめるにあたって割り切りを行います。

  1. 中学生への接種は中1(13歳)とする。
  2. MMR以降は男女の接種率に差が無い事にする(つか、データが無い)
  3. MRの2・3.4期による接種率の向上は無視する
そういう意味で参考程度と思ってください。ではどうぞ、
女子中学生だけの時代はだいたい70%程度の接種率で、なぜか男子中学生への経過措置が行なわれるようになって女子中学生の接種率が急上昇しています。理由はわかりません。その後はMMRの時代になりますが、この時期に70%程度に再び低下し、単独に切り替わってから接種率が向上しています。単独で接種率が増えたのはMMR問題での接種控えの反動かもしれません。MR時代はそれ以前と異なり接種率は実数に変わります。MR1期は1歳児限定のために持越しが発生しないからです。MR時代になりようやく接種率は95%程度で安定しするようになっています。

実は接種率と有効抗体価保有率の相関を見たかったのですが、

有効抗体価保有率は2012年データなので、接種率との年齢補正のために1歳ずらしています。なんとも言えないぐらいの代物で、接種率の低い時代は普通に風疹の流行はあり、自然感作による抗体価上昇は当然あったわけで、そこを勘案に入れたデータ評価が必要になるのですが、元の接種率の数値が参考値程度なので手を出しませんでした。悪しからずです。


2000-2005年の風疹流行の教訓

私はネットで拾ったデータを継ぎ接ぎしましたが、厚労官僚はもっと整理して当然持っている事になります。そりゃ、お仕事ですから。昨年の流行の前に2000-2005年にまず風疹流行がありました。IASRの2000〜2005年の風疹および先天性風疹症候群の発生動向とその関連性では当時の感染者数を各種のデータから割り出しています。表にすると

年度 感染者数
2000 3120
2001 2590
2002 2984
2003 2794
2004 4247
2005 889


私の記憶が正しければ当時の厚労省は事実上何もしなかった気がします。当時の厚労省が何も出来なかった事を責めても仕方が無いので、この時の教訓として後に残る風疹対策が行われたと考えています。あえて上げておくと、
  1. 2006年からMR2回接種を導入し、2008年からは経過措置も行なった
  2. 2008年から風疹も全数報告になり、正確な風疹発症者数をかなりリアルタイムに把握できるようになった
風疹発症者数については国立感染症研究所が週報で出しています。またこれは確証がありませんが、抗体価の全国調査も教訓として行われた可能性はあります。たいした根拠ではありませんがIASRの年齢/年齢群別の風疹抗体保有状況は2006年度がもっとも古いデータになっているからです。好意で見れば2001-2005年の流行を教訓として、
  1. 予防接種体制の強化
  2. 感染監視体制の強化
これを行ったと見れます。もう少し言えば2007年の麻疹流行も教訓になっているはずです。


2012年の風疹流行と厚労官僚の判断

風疹の全数報告が2008年からなので2008-2011年の風疹患者数を表にしてみます。

年度 感染者数
2008 292
2009 147
2010 87
2011 371


年間発症数が100例を超えただけでも十分にハイレベルの意見もありますが、それはあえて置いておいて、少なくともこのレベルの数では「平年並」として対策に乗り出さないのはわかります。ではでは2012年度はどうだったのでしょうか。2012年度の週毎の発症者数は、
これのどの時点で「今年は流行している」と判断するかです。累積患者数を少しだけ表にすると、

風疹累積患者数
4 19人
8 44人
12 101人
16 140人
20 213人
24 402人


20週の時点でほぼ平年並みの患者数になり、24週(半年)で2008年までの年間患者数のすべてを上回っています。1-20週までの動向を見てもピークを過ぎていると言うより、まだこれからも増える可能性は「あり」としても後出しジャンケンとは言えないと思います。それでも結局のところ厚労官僚は実質として動かず、この年の累積患者数は、
    2392例
2008年度から2011年度までのすべての症例数を足しても897例ですから、2000-2005年の流行に匹敵すると誰でも判断できる状況です。


結局「アウトブレイク対策」がなかったと言う事みたい

2012年の流行に対し静観を決め込んだ厚労官僚ですが、2013年度はさらなる爆発が起こります。

それでもですが厚労官僚の判断は、6/18の大臣記者会見にダイレクトに反映されているように感じます。厚労官僚の意見を越えて発言できる識見・気概のある大臣とは到底思えないからです。

少なくともあれ、ちょっと今日は資料を持っておりませんけれども、おたふく風邪でありますとかっていうのはオーダーが違う数字ですよね、まだ。ですからそれから比べると、比較をするべきものでもないんですけれども。これですね、全体的におたふく風邪が推定40万人から130万人、それから水ぼうそう100万人ですから、年間。そういう意味からいたしますと、風しんはまだ1万人ということでございますので、しかも重篤な感染被害ですよね、それもですね、風しんと比べて他のがそういう被害がないかというとそういうことでもなくて、毎年死者も出ているという状況でございますから、確かに風しんは例年と比べますとね、かなりの勢い、今まで押さえ込まれていたものがかなり勢いで伸びているんですが、他の疾病に関していいますとずっと恒常的に高い数の感染者が出ているということでございますので、毎年毎年の一つの疾病だけ見ての判断ですとすごい勢いで伸びてるということになるんでしょうけれども、全体の中においてはですね、他の疾病ももっと多いオーダーで罹患(りかん)をされて、それによってですね、お苦しみになられている、そういうお子さん方も多いということでございますので、なかなか風しんだけを抜き出してというのは難しいということでございます。

マスコミ報道で取り上げられた

    風しんはまだ1万人ということでございますので
私は1万人だから軽視していると受け取っていません。そうじゃなくて、たとえ何万人になろうとも具体的な対策が厚労省にも厚労官僚にも無いと見ています。動く気がないのが判る個所として、風疹の1万人に対して引き合いに出しているのが水痘の100万人ですから、ごく素直に受け取って風疹流行が100万になっても水痘同様の対応、つまり実質何もしないとしているで宜しそうです。厚労官僚個人がどう考えているかは別問題ですが、厚労官僚の総意として、2000-2005年の風疹流行と2007年の麻疹流行を教訓を踏まえても、これも考えれば珍妙で、教訓として導入された監視対策は何のために存在するのかが問われそうに思います。常識的には流行をボヤの内に察知し、大火にならない内に早期に消し止めるためにあると考えそうなものです。監視システムは監視するためだけに存在しているのではなく、監視の結果を何らかのアクションに用いるために存在していると普通は考えるからです。しかしどうもそうではなく、監視システムはあっても消火プログラムがないから動かないが正しそうな気がします。

大臣記者会見がわかりやすくて、康応官僚が大臣に与えた回答は監視の反応レベルの引き上げだけです。水痘の100万人で反応しないのだから、風疹の1万人なんて「取るに足らないレベル」としています。これは風疹流行対策をやる気がないと取るよりも、風疹アウトブレーク対策プログラムを持っていないためだと考えます。無ければ先例踏襲になり、先例としての2000-2005年流行時には「何もせずに終息した」で終始する感じです。

ほいじゃ、何のために監視システムを導入したかです。あくまでも「たぶん」ですが、2000-2005年風疹流行時も、2007年麻疹流行時も感染者数の把握が出来ていなかった事を叩かれて、責任問題が発生したからじゃないかと見ています。マスコミへの説明とか、国会答弁、議員の質問主意書なんかの回答のために公式データが必要になるとの判断です。今回も実質としてそれだけしか機能していないと言っても良い気がしています。


なぜ「アウトブレイク対策」を作らなかったか

本当のところは官僚にでも聞かないとわかりませんが、とりあえず思いつくのは「アウトブレイクは起こらない」の楽観的観測です。2000-2005年の流行で自然感作が広範囲に起こり、抗体保有者が自然に増えているだろうの前提です。2000-2005年の流行で抗体がない者はあらかた既に感染したぐらいの考え方です。ですから予防対策は次の世代に重点が置かれ、小児の定期接種の強化で必要にして十分の考え方です。2006年以降は2011年までは現実して平穏だったのもその見方に輪をかけたぐらいです。

後は現実的な問題です。アウトブレイクが起こればワクチン確保が重要になるのですが、国産ワクチンの生産量には限界があるです。真剣にアウトブレイク対策を考えるなら、流行の度合いに応じて必要なワクチンを臨機応変に生産する必要があるのですが、そのためには国内ワクチンメーカーを肥大化させないとなりません。企業規模が大きくならないとワクチンの臨機応変の増産なんて不可能です。これをさせる有効な手段が手詰まりてなところでしょうか。

さらに現実的な問題があります。国産メーカーの大増産が無理なら輸入になり、輸入についての大問題であるMMRトラウマを乗り越えたとしても、どうやって接種するかはこれまた大問題です。卑近な例として新型インフルエンザ・ワクチン接種問題がありますが、これは重要な先例になり、公費無料ではなく有料になる公算があります。それこそ年間累積患者数千人とか、1万人程度ではワクチンを準備してもどれだけ広範囲に接種できるかが難問になります。カネを払ってまで接種するモチベーションは期待しにくいだろうです。


ついでの派生問題として、2000-2005年流行後に次の流行を阻止するための成人への広範囲のワクチン接種を行っておくべきであったの意見があります。正論ではありますが、流行さえない状態で、どれほどの人数が会社を休み、カネを払ってまでワクチン接種なんかするだろうです。大臣はムンプス感染も重視した発言をされていましたから、どうせ接種するならMMR(つうか大量輸入するならMMRしかない)が効率的ですが、平穏状態でMMRを接種しようとしたら何が起こるかです。

前にも書きましたが、この世には強硬な反ワクチン論者がいます。彼らは流行時には大人しくしていますが、平穏時には活発に活動されます。MMRなんて平穏時に大規模接種しようとするだけで、どれだけ活動されるかは想像できます。さらにまたぞろ1例でもニア有害事象でも起ころうものなら、マスコミとタッグを組んで存分にお暴れ遊ばされると存じます。そういう事がどれだけ繰り返されてきたかはよく御存知かと思います。


こういう種々の問題に正面から取り組むには、気骨のある人材が政府にも官僚クラスにもそろう事が必要条件で、さらにシステムを整備しようと言う時代の強い気運が十分条件として求められる気がします。そういう事がついに起こらなかったのが現実のようです。今回も・・・あんまり期待できそうに思いにくいところです。


現実として行われたアウトブレイク対策

平成25年6月14日付健感発0614第1号「風しんの任意の予防接種の取扱いについて(協力依頼)」からアウトブレイク用ワクチン計画数が公表されています。この中の、

MRワクチン:約430万本(うち、定期接種として約210万本の使用を想定。年度当初見込みより約70万本追加)

元はアウトブレイク用に150万本用意していたのを、最終的に70万本積み増しして220万本にしています。これは2012年度まで行われていた経過措置の3期・4期の分を回しただけとも見れますが、気になるのは何故に70万本を最終的に積み増ししたのだろうです。70万本自体は生産上限であろうぐらいで良いかと思いますが、その前の当初見込み150万本はどういう根拠なのだろうです。

アウトブレイク対策は自治体レベルが先行していますが、2012年の接種実績がどうやら38万本程度らしいのは前に推測しました。この任意接種数の増大で厚労省的に配慮したのは定期接種の必要量が不足したら困るではない気がしています。私は2012年の任意接種数を出荷ベースから38万本と推測しましたが、厚労省のデータでは大臣が記者会見で「30万本」を出していましたから、それぐらいなのかもしれません。これの2013年度の増加ペースがどれぐらいの予測です。

この計画量変更の当初見込みはいつされたのだろうにチョット関心を持っています。ワクチンは基本的に年間計画生産ですから、年度末の3/31に出されてもメーカーは困ると思います。そうであれば、年末の12月ぐらいじゃなかろうかです。2012年12月時点は上の表で示した通りで感染者数は終息傾向を示していると見えなくもありません。ですからフルのMR430万本生産ではなく、150万本でも「多すぎるぐらい」だった気がします。

その後ですが、年明けから感染者数が再び増加傾向を示します。1月下旬には2012年のピーク時に迫ろうとしており、慌ててフル生産の430万本に上方修正したぐらいです。フル生産と言っても上限があるわけであり、この時点で実質として厚労省が現実的に出来るアウトブレイク対策はすべて出尽くしたと私は思っています。