労災病院への通達

厚労省5/27付報道資料です。まず本文を引用します。

福島第一原発で常時医師を配置する体制が整いました。
福島第一原発で常時医師を配置する体制が整いました。

このたび、別紙のとおり、(独)労働者健康福祉機構(※1)に対し、福島第一原発の労働者の健康管理に従事する医師の派遣について、協力を要請した結果、常時医師を配置する体制が整いましたので、報告いたします。

  • 現在、東京電力株式会社福島第一原子力発電所(以下、「福島第一原発」という。)においては、事故の収束に向け、多くの労働者の方に従事いただいております。
  • こうした労働者の健康管理に当たっては、作業の特殊性にかんがみ、緊急時に医師が速やかに対応できる体制を構築する等の特段の対応が必要です。
  • このたび、福島第一原発において、常時医師を配置する体制を整備する観点から、(独)労働者健康福祉機構(※1)に、医師の派遣を要請いたしました。
  • これまでの産業医科大学から派遣されている医師(※2)に加えて、労災病院の医師が配置されることにより、福島第一原発内において、24時間体制の労働者の健康管理が可能となります。


      (※1) 全国30ヶ所の労災病院を運営。
      (※2) 5月15日(日)より、東京電力株式会社の要請に応じ派遣。

引用の冒頭部は間違いではありません。原文では1行目が大きな文字で、2行目が1行目より心持ち小さめの文字で同じ事が書かれています。そこは置いとくとして、福島原発事故現場に医師を常駐させる事が可能になったとの報道発表です。福島の事故現場が過酷な事は周知の通りですから、そこに医師が常駐で配置されると言う報道発表です。

誤解を招かない様に先にお断りしておきますが、様々に聞く福島の現場は相当劣悪な職場環境になっているそうです。「そうです」とは情けないですが、こればっかりはマスコミ情報ぐらいしか確かめようがありませんから申し訳ありません。そういう過酷な作業現場、さらに大袈裟に言えば日本の命運を背負って働かれている現場に、健康管理のために医師が常駐される事は良い事です。


問題としたいのは結果として医師が常駐した事ではなく、常駐するまでの過程の方です。常駐に当たられる医師は具体的には、

これについては先に産業医大の医師が先に派遣されています。どういう過程で産業医大の医師が派遣されたかまでは、残念ながら情報を持ちませんが、産業医大の医師だけでは常駐でなかったのは間違いありません。ここに労災病院の医師を増派する事により、24時間体制の常駐が可能になったと受け取れます。

労災病院の医師派遣については、この報道資料に過程の一端が窺えます。労災病院労働者健康福祉機構(以下「機構」とします)の管轄下にあるのですが、機構に対して次のような通達が発せられています。

基安発0526第1号
平成23年5月26日
独立行政法人 労働者健康福祉機構
 理事長 名川 弘一 殿
厚生労働省労働基準局安全衛生部長
福島第一原発作業員健康管理等対策推進室長)
福島第一原発における医師派遣について(要請)
 現在、東京電力株式会社福島第一原子力発電所(以下、「福島第一原発」という。)においては、事故の収束に向け、多くの労働者が緊急作業をはじめとした作業に従事しているところです。福島第一原発における労働者の健康管理にあたっては、作業の特殊性にかんがみ、緊急時に医師が速やかに対応できる体制を構築する等の特段の対応が必要であると認識しております。

 つきましては、貴機構におかれまして、下記のとおり労働者の健康管理に従事する医師の派遣に御協力賜わりますよう、お願い申し上げます。

  1. 場所 福島第一原発

    福島県双葉郡大熊町大字夫沢字北原22番地)
  2. 期間 当面の間
  3. その他
    • 交通費、宿泊費等の実費及び報酬は東京電力株式会社が負担すること。
    • 業務内容等の詳細については、東京電力株式会社と調整すること。
以上

まず何故に労災病院に白羽の矢が立ったかですが、労働者健康福祉機構はプロフィールとして、

 独立行政法人労働者健康福祉機構は、独立行政法人労働者健康福祉機構法(平成14年法律第171号)に基づいて設立された、厚生労働省が所管する法人です。

 その事業目的は、療養施設、健康診断施設及び労働者の健康に関する業務を行う者に対して研修、情報の提供、相談その他の援助を行うための施設の設置及び運営等を行うことにより労働者の業務上の負傷又は疾病に関する療養の向上及び労働者の健康の保持増進に関する措置の適切かつ有効な実施を図るとともに、未払賃金の立替払事業等を行い、もって労働者の福祉の増進に寄与することを目的としています

読めばわかるように厚労省の所管法人であり、

    労働者の業務上の負傷又は疾病に関する療養の向上及び労働者の健康の保持増進に関する措置
これを行う事を目的としています。裏と表から厚労省にゴリゴリ押されたら抵抗は難しいと考えます。通達でなくとも、それなりの地位の厚労官僚が交渉に訪れる、または呼び出されて口頭で要請されても”No”の選択枝は非常に乏しい立場と思われます。

次にこの通達がいきなり舞い込んで機構が応諾したとは考えられません。理由としては、通達と報道発表の日付で、通達が5/26付で出され、報道発表が翌日の5/27です。もし通達がいきなり舞い込んだのであれば、機構は即日で返答した事になります。通達内容から即答できる性質のものではなく、事前に交渉があった上のものであると考えるのが妥当です。


事前交渉があっても無くてもさして問題はないとは考えていますが、わざわざ出された通達内容に非常に違和感を感じます。労働法規は何回も取り上げている割りには、知識不足のアラがよく露呈されて怖ろしいのですが、あえて取り上げてみたいと思います。法務業の末席様など怖い方はたくさんおられますが、間違っている部分は「優しく」訂正お願いします。

問題は機構側からの派遣条件です。これは先に派遣している産業医大にならっているとして良いかと判断されます。わざわざ違う形態を取るとは思えないからです。つまりは産業医大も同じ条件で派遣されているです。

根本的にはどういう形態で派遣されているかの疑問です。この問題はかえって医師の方が鈍いのですが、法的には医療界の慣例である医局からの医師派遣も法に触れると何回もコメントを頂いています。それ以前に医師の派遣業務自体が禁止されているはずです。話が煩雑になるのでまとめながら考えていきます。


医師の派遣業務がどうなっているか

ここだけでも泣きたくなるほど煩雑なんですが、根拠となるのは労働者派遣法第2条1項3号だそうです。

警備業法 (昭和四十七年法律第百十七号)第二条第一項 各号に掲げる業務その他その業務の実施の適正を確保するためには業として行う労働者派遣(次節、第二十三条第二項及び第三項並びに第四十条の二第一項第一号において単に「労働者派遣」という。)により派遣労働者に従事させることが適当でないと認められる業務として政令で定める業務

チンプンカンプンなのですが、読み方としては末尾の

    派遣労働者に従事させることが適当でないと認められる業務として政令で定める業務
ここがポイントだそうです。それでもって「政令」とは労働者派遣施行令第2条にあたり、サブタイトルに「法第四条第一項第三号の政令で定める業務」とあります。つまり派遣施行令2条に定められる職業は派遣業務が出来ないわけです。医師については1号に定められ、

医師法(昭和二十三年法律第二百一号)第十七条に規定する医業(医療法(昭和二十三年法律第二百五号)第一条の五第一項に規定する病院若しくは同条第二項に規定する診療所(厚生労働省令で定めるものを除く。以下この条において「病院等」という。)、同法第二条第一項に規定する助産所(以下この条において「助産所」という。)、介護保険法(平成九年法律第百二十三号)第八条第二十五項に規定する介護老人保健施設(以下この条において「介護老人保健施設」という。)又は医療を受ける者の居宅(以下この条において「居宅」という。)において行われるものに限る。)

凄い読みにくいので括弧をはずしておくと、

    医師法第十七条に規定する医業第一条の五第一項に規定する病院若しくは同条第二項に規定する診療所、同法第二条第一項に規定する助産所介護保険法第八条第二十五項に規定する介護老人保健施設又は医療を受ける者の居宅
ただ医師には例外規定があり、これも派遣令2条の括弧部分なんですが、

当該業務について紹介予定派遣をする場合、当該業務が法第四十条の二第一項第三号又は第四号に該当する場合及び第一号に掲げる業務に係る派遣労働者の就業の場所がへき地にあり、又は地域における医療の確保のためには同号に掲げる業務に業として行う労働者派遣により派遣労働者を従事させる必要があると認められるものとして厚生労働省令で定める場所(へき地にあるものを除く。)

条件によっては派遣業務が可能であるとしています。今回の原発事故現場がこの規定に当たるものなのかは不明ですが、正直なところ微妙です。ただ緊急事態ではあるので、僻地なりの拡大解釈は可能かもしれません。


では機構が派遣可能か

医師の派遣業務は微妙ですが「可能かもしれない」ぐらいにさせて頂くとしても、機構なり産業医大が派遣を行えるかの問題があります。派遣業務を行なえるのは、派遣法5条に定められ、

一般労働者派遣事業を行おうとする者は、厚生労働大臣の許可を受けなければならない。

機構や産業医大がこの許可を受けていない可能性は極限にまで高いと考えられます。つまりは機構なり産業医大は派遣業務として医師を派遣できないわけです。ほいじゃ、厚労省からの依頼で東電に医師を供給しただけとすればどうかになります。これは職安法に抵触する可能性が出てきます。

(労働者供給事業の禁止)
第四十四条  何人も、次条に規定する場合を除くほか、労働者供給事業を行い、又はその労働者供給事業を行う者から供給される労働者を自らの指揮命令の下に労働させてはならない。

(労働者供給事業の許可)
第四十五条  労働組合等が、厚生労働大臣の許可を受けた場合は、無料の労働者供給事業を行うことができる。

たとえ無料であっても許可無く労働者供給事業を行う事はできないと言う事です。実際のところは、この辺は融通もあるでしょうが、問題は厚労省が通達を出してまでこれを行っているところです。


通達での「負担」と「調節」

通達にある

  • 交通費、宿泊費等の実費及び報酬は東京電力株式会社が負担すること。
  • 業務内容等の詳細については、東京電力株式会社と調整すること。

まずなんですが、「東京電力株式会社が負担」「東京電力株式会社と調整」となっていますが、東電が誰に対して負担し、誰と調節するかです。通達の宛先は、これは理事長個人ではなく、機構に対して出されたものです。素直に読んで東電は機構に対して負担し、機構と調節する事になります。当たり前のようなお話ですが、派遣された医師は東電で働き、その労働の対価を「報酬」(これも通達に明記してあります)を東電から機構に支払われる事になります。

「調節」の解釈も実は難しいのですが、ここの問題点は東電が公式(通達に従って)に機構と具体的な労働に対する調節を行えるとなっています。現実には必要なものではありますが、そうなると現場での労働指揮も東電が行なう事と読めます。「そんなものは当たり前」と言われそうですし、そうでなければ混乱するのもわかりますが、通達に具体的に書いてあるのところに注目されます。

もう一つですが、報道資料にこうあります。これは産業医大に対してのものですが、

機構は厚労省の要請に応じての派遣になるのですが、この派遣されて働く医師の労働形態はどうなるかです。ここでの前提は原発事故は緊急事態ではありますが、適用されるのは平時の法であり、労働行政の総元締めは言うまでもなく厚労省です。

労災医師(産業医大医師も同様)ですが、正式の所属は元の職場です。また元の職場から無料ボランティアで有給休暇を取って働くわけではありません。なんと言っても報酬が元の職場に支払われます。もう一つ重要な点は、東電に対して外形的に医師派遣を請け負っています。産業医大は東電から直接であり、機構は厚労省から通達による要請によってです。

しつこいようですがポイントをまとめると、

  1. 派遣される医師は、元の病院に正式に所属しながら、元の病院の業務命令により東電で働いている
  2. 東電では労働に対して対価を報酬として機構ないし産業医大に支払っている
一つの職場に属する人間が他の職場で業務命令で働くためには、私が考える限り、
  1. 出張で働く
  2. 出向として働く
  3. 認められた副業(バイト)として働く
  4. 派遣業務として働く
出張は東電から報酬が出ている点及び現場での労働指揮が東電にある点で不可です。出向は理解に怪しい点があるのですが、東電の労働指揮で働くのは認められますし、東電から報酬をもらっても差し支えありませんが、東電から機構に金銭が支払われてはならないはずです。副業もややこしいのですが、これも東電から機構に金銭が支払われると宜しくないはずです。

派遣業務として働く場合と、出向・副業で働く場合の違いは、働いた先から元の職場への金銭の支払いの有無と解釈しています。金銭の支払いがあれば、これは派遣業務と見なされると考えます。この点については確固とした情報がありませんが、東電から機構に金銭の支払いが無いとすれば、機構側は一方的なデメリットを蒙る事になります。

これは難しい話ではなく、東電に医師が派遣されれば元の病院に穴が開きます。これも情報が無いので推測になりますが、派遣された医師の扱いを欠勤にするとか、有給休暇を無理やり取らせるはチト考え難いところです。そうなると業務命令による出勤扱かいとしながら、東電に医師を派遣する事になります。病院側としては、働いてもいない医師に報酬を支払い見返りはゼロになってしまいます。

そういう状態では、通常、東電側がそのデメリットに対する補償を支払い帳尻を会わす事になりますが、それをやれば派遣業務に該当してしまいます。機構なり、病院側が派遣業務の認可を取っているとは考えられないからです。

もう一つですが、派遣業務の件はあれこれ取り繕っても、東電の医師求人に対し、医師供給で応じる事は職安法による労働者供給事業に該当します。労働者供給事業も許可が必要であり、たとえ無料で行っても違法です。ここもあえてまとめますが、

  1. 東電から機構に金銭が支払われたらその時点で派遣業務となりアウト。しかし支払われなければ、機構側の持ち出しのみになる。
  2. 派遣業務をクリアしても、労働者供給事業に明瞭に該当する
もう一度だけ強調しておきますが、結果としての原発事故現場への医師常駐は良い事です。問題は過程であり手続きです。過程も手続きも医療界の労働慣行からすれば違和感の少ない人も多いかと思いますが、法に公式に基づけば上記した通り、あちこちに引っかかります。そして一番楽しめる点は、そういう問題点をテンコモリ抱えた通達を、労働行政の総元締である厚生労働省が出している点です。


細部に怪しい点がある上に、私の知識不足もあり、煩雑な説明になってしまいしたが、少しは楽しんで頂けたでしょうか。