釣りにマジレスしながらメディアの自殺報道を考える

私のツイッターへのレスにマジレスしてみます。元の議論はメディアによる自殺報道のありかたです。それもって反論対象ですが、

passerby_k

@psychiatrist_uk @Yosyan2 ウェルテル効果は問題点も指摘されている。必ずしもマスコミ報道が悪いとは断定は出来ない。妄想が過ぎるw

私の根拠はWHO及びIASPによる「自殺予防メディア関係者のための手引き 2008年改訂版日本語版」(以下、「WHOの手引き」と略します)です。passerby_k氏のコメントは短いですが、分割して反論させて頂きます。


ウェルテル効果は問題点も指摘されている

passerby_k氏は根拠をどこにも示されていませんので、指摘されている問題点が具体的に何かがわかりません。ここはなんらかの問題点の指摘が存在するのであろうぐらいに理解しておきます。しかし私の知る限り問題点の指摘があるとしても、メディアの自殺報道のウェルテル効果が否定されたとは残念ながら聞いた事がありません。

ここで否定とはメデイアの自殺報道へのウェルテル効果を大きく疑わせる、または信頼度を低下させる指摘です。世の中にはどんな問題であっても異論反論は山ほど存在します。たとえばアインシュタインの相対性原理を否定する指摘は現在でも製造されていますし、水は物質を記憶するとの指摘が存在します。

そういう論証や指摘があっても、相対性原理の信頼性が損なわれたり、水が物質を記憶する事が常識になったりはしません。これはその指摘が「そうでない」の根拠が多数存在し、否定の指摘がこれを到底覆せないからです。今日はWHOの手引きにある論拠を引用させて頂きます。

解説 : 模倣自殺に関する研究のオーバーヴュー

 メディアが自殺行動に強く影響することを明らかにした事例のうち、最も古いものは、18世紀にまでさかのぼる。

 1774年に出版されたゲーテの小説、「若きウェルテルの悩み」の中で、主人公は、恋に落ちた相手に失恋した末に銃で自殺をした。この本の出版後に、この小説に影響された多くの自殺がヨーロッパ中で生じた。自殺者の多くはウェルテルと同じような服装で、ウェルテルと同じ方法で自殺し、この小説を所持していた。同じ方法で自殺を図った若者に関して、数多くの報告がなされている。結果的に、ヨーロッパのいくつかの国でこの小説は販売禁止となった。

 自殺の報道や、演芸における自殺の描写に反応してそれを模倣した自殺行動が生じることは、1970年代のPhillips(1)の独創的な研究が発表されるまでは逸話のレベルに留まっていた。

 Phillipsは、アメリカの新聞に自殺の記事が第一面に掲載された時と掲載されていない時とで、その後の自殺の発生数を後方視的に比較したが、20年の期間を調査したところ、第一面に関連報道が掲載されたのは33か月分に相当し、そのうちの26か月分で自殺者数は有意に増加していた。

 このPhillipsの研究を端緒に、その後50を超える模倣自殺の研究が行われているが、総じてこれらの研究は、さまざまな方法でメディアの影響の根拠を明らかにしている。

 まず、これらの研究は、方法論がより進化している。例えば、Wasserman(2)とStack(3)はともに、Phillipsの研究から得られた結果が、その期間をさらに延ばして検討してもやはり同様の結果が得られることを、自殺者数だけでなく、時系列を考慮した解析、予測値を用いたより複雑な解析で明らかにした。

 2つ目に、これらの研究は、異なる種類のメディアを調査している。例えば、BollenとPhillips(4)、そしてStack(5)は、アメリカの全国ネットのニュースで報道される自殺の話題の影響に注目し、そのような報道の後で、自殺率が有意に上昇することを見出した。

 3つ目として、初期の研究のほとんどはアメリカで行われたものであり、しかも既遂となった自殺のみ検討されていたが、その後、研究はアジアやヨーロッパに広がり、自殺未遂にも焦点があてられ、研究されるようになった。例えば、Chengら(6,7)と、Yip(8)は、中国、台湾、香港特別行政区において、著名人に関する自殺報道の後に自殺と自殺未遂が増加していることを明らかにした。Etzersdorfer、Voracek、そしてSonneck(9,10)は、オーストリアで最も発行部数の多い新聞で著名人の自殺が報道された後に、同様の結果がもたらされたことを報告しているが、これは、その新聞の販売部数の高い地域で顕著であった。

 これらの研究の系統的なレヴューは、同じ結論を導き出している。それは、メディアが自殺を伝えることが模倣自殺を惹起するということである(11−13)。 
 これらのレヴューは、模倣がいくつかの条件下でさらに顕著となるということを明らかにした。時系列でみると、通常、模倣自殺のピークは最初の3日以内で、約2週間まではそれが続く(4,14)。しかし時に長く遷延する(15)。それは、報道の量と、露出度、つまり報道の繰り返しと強いインパクトを与えるような伝え方が、模倣による自殺行動により密接に関連している(9,10,16)。

 自殺の報道の対象となった人物と、報道に接した読者・視聴者に共通するものがあれば、この関連性はさらに強まる(2,3,6,8,18)。例えば、若者、うつ病に罹患した人など、特定の集団は、模倣による自殺行動に傾きやすいだろう(14,19,20)。

 さらに最も重要な点のひとつとして考えられることは、特殊な方法・手段による自殺の詳しい解説が、その方法・手段を用いた自殺の増加を導くということであろう(9,10,21−24)。

 メディアが、好ましい形で影響力を発揮し得るという根拠を示すいくつかの事例がある。これは、好ましい報道のありかたが、果たして自殺と自殺未遂率を低減させるのかどうかということを検証した研究から得られたものである。

 Etzersdorferと共同研究者により実施された研究では、ウィーンの地下鉄における自殺の報道に関して、報道ガイドラインを導入し、センセーショナルな自殺報道を減らすことで、結果的に地下鉄における自殺率を75%減少させた。そしてウィーンのすべての自殺を20%減少させたのである(25−27)。

 さらに重要なこととして、繰り返しこのガイドラインを国全体に周知することで、オーストリアの自殺率の推移に変化をもたらしたのである。この好ましい影響は、メディアがしっかりと協力をした地域に顕著で、長い期間、広範に維持された(28)。

 結論として、メディアの自殺報道は模倣自殺をもたらすが、これは、自殺と自殺未遂率が統計学的に有意に上昇するという根拠によって強く支持される。この増加は、他の何らかの影響によるものと解釈することはできない。もしも他の影響によるものであれば、その後の自殺と自殺未遂の減少率を合理的に説明することができない。

 自殺の報道において注意を要するということと、有害事象を引き起こす危険性、人々の知る権利を、ある規範をもって均衡させることが、メディア関係者の義務である。

WHOの手引きの引用元はリンク先に示されていますからお確かめ下さい。このオーバービューの中だけでも21の研究報告が引用されており、さらにWHOの手引きには、

これまでに、50を超える模倣自殺の研究がある。

passerby_k氏の

    ウェルテル効果は問題点も指摘されている
これは後に続く主張の最大の根拠になる部分であり、せめてWHOの手引きの論拠を一蹴する程度の根拠をお示し頂きたいと存じます。WHOと言えども完全無欠の機関とは言えず、その主張するところに時に誤謬が混じるともありえます。私はWHOの手引きの内容について、とくに疑問を差し挟む余地は無いと考えていますが、「そんな事は無い」との反論を行なわれるなら、それぐらいは最低必要と存じます。


必ずしもマスコミ報道が悪いとは断定は出来ない

ここはWHOの手引きを先に引用します。

自殺の模倣に関する事実

 これまでに、50を超える模倣自殺の研究がある。体系的なレヴューは、どれも一致して同じ結論を出している。それは、メディア報道が模倣自殺を引き起こしているということであり、さらに、そこにはいくつかの特徴があるということも示されている。

 経時的には、報道開始から最初の3日間にピークがあり、約2週間で横ばいとなり、時に長く遷延するということである。それは、情報の量と影響力に関連し、特に、報道の繰り返しによる多量の情報と、強い露出度と最も強く相関する。それは、報道された人物とそれを読むユーザーに何らかの共通点があると、より強調されることになる。若者、うつ病に罹患している人においては特にその傾向があらわれる。さらに重要なこととしては、特殊な手段を用いた自殺について詳細に伝えることは、その手段を用いた自殺を増加させるということであろう。

実はこれだけでは反論にならないと受け取られるかもしれません。passerby_k氏の主張は「必ずしも断定できない」であり、断定する事に疑義を挟まれているからです。そういう意味ではメディアの自殺報道と自殺の関係は、統計上の関連を指摘したものであり、言い様では「必ずしも断定できない」とする事が出来るからです。


そこで視点を変えます。自殺対策の位置付けがまずどうであるかです。年間の自殺者数はH23年3月発表 警察庁統計資料 によりますと、


1998年には3万人を越え、2010年でも3万1690人に昇っています。これがどれだけ多いかは不謹慎な比較になりますが、東日本大震災の死者・行方不明者さえ上回るものです。もちろん政府も問題視して対策を行っています。問題の程度は「話題になっている」とか「一部で問題視されている」レベルではなく、政府が法律を定め国策として動くレベルのものです。自殺対策予算も平成22年度で国家予算レベルで124億4600万円で、これ以外にも、

【備考】

この他、都道府県に当面の3年間の対策に係る「地域自殺対策緊急強化基金」を造成
算額(平成21年度補正予算):100億円、補助率:10/10(地方負担なし)、時期:21年度から23年度までの3年間で実施

自殺を抑制する事は社会の要請として国策になっているとしても良いかと考えます。ここで自殺対策についてのWHOの手引きの見解は、

 自殺は、私たちが意識を傾注すべき重要な公衆衛生学上の課題です。しかしながらその防止や制御は、残念ながら決して簡単なことではありません。最新の研究では、自殺予防は実行可能ではあるものの、そのためにはありとあらゆる活動がなされなければならないということが示されています。

「ありとあらゆる活動」とは自殺関連するような因子の除去になります。因子の除去とは、言い換えれば疑わしくて除去が可能なものは、出来る限り対策すると言う意味になります。メディアの自殺報道と自殺の関連性は「十分疑わしい」レベルである事は上述しています。メディアの自殺報道については「必ずしも断定できない」の強弁も成立するかもしれませんが、

  1. 自殺対策は社会の要請であり国策である
  2. メディアの自殺報道と自殺の関連性は高い事は研究論証されている
  3. メディアの自殺報道のあり方を変えるのは容易である
さらに言えば、メディアの自殺報道がWHOの手引きにより抑制・改善されようとも、それにより不利益が生じる余地が非常に少ない事です。そうであるにも関らず「必ずしも断定できない」だけで、メディアの自殺報道を野放しにする事を容認する意見は反対です。もしかするとpasserby_k氏はメディアの自殺報道にこの上ない喜びとか、生きがいを感じておられるのかもしれませんが、自殺防止と言う社会の要請からすれば「取るに足らない個人の欲望」とさせて頂いても宜しいかと存じます。


妄想が過ぎるw

passerby_k氏のツイートは、

    根拠:ウェルテル効果は問題点も指摘されている
    推論:必ずしもマスコミ報道が悪いとは断定は出来ない
    結論:妄想が過ぎるw
やはり鍵になるのはメディアによる自殺報道の影響の根拠です。私はWHOの手引きを支持し、passerby_k氏はウェルテル効果を否定する何らかの根拠を支持しているわけです。そういう意味での同等と言えなくもありませんが、私がWHOの手引きを支持する理由は、WHOだからではなく、WHOが手引きを作った過程にあります。

WHOの手引きは二つの検証に基いて作成されています。

  1. retroproctive sutdyによるメディアの自殺報道による影響調査
  2. retroproctive studyに基くprospecitiveな社会実験による検証
つまりメディアの自殺報道と自殺の関連を結果からまず検証して、関連性を考え、それに基いてのメディアの自殺報道を規制したら自殺が減ったの事実です。これは妄想ではなく検証された事実です。社会実験の結果をあえて再引用しておけば、

 Etzersdorferと共同研究者により実施された研究では、ウィーンの地下鉄における自殺の報道に関して、報道ガイドラインを導入し、センセーショナルな自殺報道を減らすことで、結果的に地下鉄における自殺率を75%減少させた。そしてウィーンのすべての自殺を20%減少させたのである(25−27)。

 さらに重要なこととして、繰り返しこのガイドラインを国全体に周知することで、オーストリアの自殺率の推移に変化をもたらしたのである。この好ましい影響は、メディアがしっかりと協力をした地域に顕著で、長い期間、広範に維持された(28)。

問題はオーストリアの結果が日本で同様に起こるかどうかになります。つまり普遍性のあるものなのか、日本には当てはまらないかです。こればかりはやってみないと間違い無く効果があると「必ずしも断定」できません。

そうなると社会実験を行う是非と言うかデメリットがどの程度かになります。大きなデメリットを伴うものであれば実行には慎重さが求められますし、さほどのデメリットも生じないのなら自殺対策として試みてみる価値がある事になります。WHOの手引きにあるメディアの自殺報道への対策のクイックレファレンスとして提示されているのは、

  • 努めて、社会に向けて自殺に関する啓発・教育を行う
  • 自殺を、センセーショナルに扱わない。当然の行為のように扱わない。あるいは問題解決法の一つであるかのように扱わない
  • 自殺の報道を目立つところに掲載したり、過剰に、そして繰り返し報道しない
  • 自殺既遂や未遂に用いられた手段を詳しく伝えない
  • 自殺既遂や未遂の生じた場所について、詳しい情報を伝えない
  • 見出しのつけかたには慎重を期する
  • 写真や映像を用いることにはかなりの慎重を期する
  • 著名な人の自殺を伝えるときには特に注意をする
  • 自殺で遺された人に対して、十分な配慮をする
  • どこに支援を求めることができるのかということについて、情報を提供する
  • メディア関係者自身も、自殺に関する話題から影響を受けることを知る

これらをメディアの自殺報道に求めたところで実害は極めて少ないと私は考えます。これを「妄想」と断じ、「必ずしも断定できない」との理由で実行を躊躇う理由が私には見つかりません。


passerby_k氏がもし再反論されるのなら、WHOの手引きなど根拠にするに値しないとの明瞭な根拠の提示をまずお願いします。また、その新たに提示した根拠に基いて、メディアの自殺報道が自殺に関係しない事の論証もお願いします。ついでに言えば、WHOの手引きに従ってメディアによる自殺報道の規制を行った時に、どんな実害が生じるかの提示をお願いします。

WHOの手引きによるメディアの自殺報道の規制を「妄想」と主張し、これを広く認めさせるためには、その程度の根拠ある主張が必要かと存じます。それと再反論は私の主張や解釈を論破するだけでなく、WHOの手引きの有効性を支持する者を納得させるものが望ましいと存じます。