怪情報ではなさそうだが複雑そう

まずは昨日のエントリーをお読み下さい。あえて事実関係をまとめておくと、

  1. 平成23年4月6日付総基消第145号 総務省総合通信基盤局長の通達として、ネット上の流言飛語対策の要請が出された。
  2. 総務省通達は平成23年4月6日付「被災地等における安全・安心の確保対策ワーキングチーム決定」に基くと明記され、そこには「流言飛語に惑わされることのないよう、関係省庁が連携して、広く注意喚起のための措置を講じる。」となっている。
  3. これに対し、郷原信郎氏が「『流言飛語』が同ガイドライン上問題となることは実際上考えられない。」と総務省コンプライアンス室長の肩書きで情報発信
非常に簡単に解釈すると、4/6にワーキングチームが決定し、これを受けて出した総務省通達を郷原氏が否定した形になっています。そうなると郷原氏がどういう立場、どういう権限でこの情報発信を行なったかになります。そこで郷原氏のツイッターから関連部分をピックアップしてみます。

月日 ツイート
4/7 実際に「流言飛語」もあると思いますが、その規制に国が介入することが適切か、疑問があります。私なりに経緯と状況を調べてみます。 RT @korochan0317 総務省 東日本大震災に係るインターネット上の流言飛語への適切な対応に関する電気通信事業者関係団体に対する要請
4/8 今、総務省で年金業務監視委員会です。この後、7時頃からの終了後の記者会見で、総務省からのインターネット上の流言飛語の削除要請の問題についてもコメントします。岩上氏がUstで中継してくれるそうです。
今日の夕刻の総務省で記者会見で、インターネット上の流言飛語の削除要請の問題についてのコメントです。⇒ http://tl.gd/9nuruk 要するに、総務省としては、流言飛語の削除要請として、従来とは異なった措置をとること要請する趣旨ではないということです。(続く
4/9 しかし、総務省の要請文書が情報統制の誤解を招きかねない文面になっているのでその趣旨を明確にするため、年金業務監視委員会委員長としての記者会見で敢えてコメントしたものです。要請を受けた事業者やマスコミ関係者の方々には、従前のガイドラインどおりの対応で構わないことを理解して頂きたい
その通りです。こういう文書を敢えて出す意味があるとは思えません。しかし、それを出させる力学が働いていたということだろうと思います。それを排除したいものです。 RT @kmaeda これまでと変わらないなら、改めて文書出す必要ないわけで、総務省の今度の文書は本当に嫌らしいと思います
昨日の総務省での記者会見における、ネット上の流言飛語の削除要請についてのコメント⇒ http://tl.gd/9nuruk ガイドラインに基づく従来通りの対応を求めただけで、震災対応として流言飛語の自主的削除を求めたものではない、というのが総務省側の要請の趣旨です。(続く)
続き)しかし、そのような要請文を敢えて出すことになったのは、その趣旨が誤解され業者側への流言飛語の自主的削除要請の効果を持つことへの期待があったからかも知れません。ならば、私が、コンプライアンス室長の立場で、総務省側の趣旨を明確にし、情報統制の効果が生じないようにし、(続く)
続き)その「期待」を阻もうと考えたのです。フォロワーの皆さんには、私コメントを可能な限り拡散してもらいたいのです。それが、インターネット空間での自由な情報流通と表現の自由を守ることにつながります。(続く)
続き)もちろん、事実に反するデマ、流言飛語で混乱を助長し被災者の不安を高めることは防止しなければいけません。しかし、それについては、国家が決して介入すべきではなく、むしろ、ネット空間を利用する側のリテラシーを高めることが重要だと思います。(続く)
続き)利用者が、情報の信頼性について注意を払いながら良識を持って対応することが、拡散する情報の健全性を高めることにつながります。私も震災直後から、膨大な情報をリツイートしたり、その一部を政府の対策本部に伝え、被災地の救援に活用してもらいましたが、(続く)
続き)その際、情報の内容や流通経緯には相当な注意を払いました。ネット空間を国民の権利と安全・安心を守る方向に活用できるよう、利用者全体で力を合わせていきましょう。私のコメントhttp://tl.gd/9nuruk が多くのネットユーザーに読まれるよう、拡散協力をお願いします。


ツイッターを読みなれていない人には辛いかもしれませんが、こういう経緯で郷原氏は情報を発信しています。ここで予め断っておきますが、郷原氏の主張には基本的に意義異議はございません。検証しているのは、郷原氏がどういう権限、形式で情報発信しているかです。この辺のニュアンスについては元法学部生様のコメントの表現が的確で、

どちらかというと、各省庁の官房長・局長クラス(ほぼ確実に法学部卒!)が雁首を揃えているワーキンググループが、ネット上の流言飛語を取り締まりたいなぁ、などという会議結論を出したことのほうに愕然としました。
かびの生えたような文学者センセイや元不良のヒョーロンカセンセイの類が茶飲み話をする会議ならともかく。
ホントに法学のさわりぐらい理解して卒業したんかいな。

ぶっちゃけ、訳の分からん会議で出た決定を事務局として関わった訳でもないのに実施部署として通知に書き上げる立場になったら、既知外のタワゴトが盛り込まれているようにも読めそうだけど厳密には注意喚起だけで従前と変更なしって通知を書くテクニックはありだと思います。
受け取った側もちゃんと役所のカウンターパートに疑義照会すれば、役所の人も「『いままでどおりに』きちんとやってください。」って答えてくれますよ。

ネットにおける言論統制を窺わす決定が「なぜか」ワーキンググループで決定され、「こりゃ、参ったな」としながら関係部署である総務省が、ワーキンググループの趣旨を表現に盛り込みながらも、実質として骨を抜きまくった通達を出したのが真相ぐらいであるの意見には賛成です。この骨が抜いてある事をさらに補強したのが郷原氏の見解であると出来るからです。


それは良いとしても、郷原氏は総務省にも属している人間です。これがどんな属し方になっているのかはwikipediaの経歴から、

年月 経歴
1973年 島根県立松江南高等学校卒業
1977年 東京大学理学部(地質学)卒業
1983年 検事任官。その後、公正取引委員会事務局審査部付検事、東京地方検察庁検事、広島地方検察庁特別刑事部長、法務省法務総合研究所研究官、長崎地方検察庁次席検事、東京地方検察庁八王子支部副部長などを歴任
2003年 桐蔭横浜大学大学院特任教授就任
2004年 法務省法務総合研究所総括研究官兼教官
2005年 桐蔭横浜大学法科大学院教授(派遣検事)、コンプライアンス研究センターセンター長就任
2006年 検事退官
2006年9月 弁護士登録。郷原・米津法律事務所開設
2006年11月 株式会社コンプライアンス・コミュニケーションズ設立。代表取締役就任
2007年1月 TBS不二家捏造報道問題に関して、不二家信頼回復対策会議議長就任
2008年 六本木ヒルズノースタワーに郷原総合法律事務所開設
2009年4月 名城大学教授・コンプライアンス研究センター長就任
2009年10月 総務省顧問就任


うわぁ、物凄い経歴です。東大理学部を卒業した後に、司法試験に合格し検事となり、検事退官後に弁護士なっています。それだけでなく検事時代から教授職も兼任し、総務省には2009年10月から顧問として就任しているのがわかります。この顧問の総務省での肩書きが、コンプライアンス室長であるようです。どうもコンプライアンスは経歴からしても専門分野であるようです。

この総務省コンプライアンス室が何をするところかですが、郷原氏のツイートではこう書かれています。

総務省にはコンプライアンス向上を図るため関係情報の受付、調査及び必要な検討等を行う総務大臣直轄の部署としてコンプライアンス室があり、総務省の職員等に限らず、一般の方々からの通報も受け付けています。

これを総務省組織概要図で探してみましたが見つかりませんでした。この組織概要図は「政令以上で定められた主要組織のみ」となっていますから、コンプライアンス室は政令未満で定められたものか、主要でない組織のいずれかになります。ここも調べてみると、コンプライアンス室設置規定があり、平成22年3月17日付総務省訓令第3号に基き大臣官房秘書課に置くとなっています。

もちろん間違い無く存在している組織で、総務省公益通報者保護・コンプライアンスのページに室長としての郷原氏がおられる事が確認できます。またそこには、

総務省では、総務省職員についての法令違反行為その他総務省に関するコンプライアンス(法令の背後にある社会的要請に応えることを含む。)の向上を図ることを目的に、関係情報の受付、調査及び必要な検討等を行う総務大臣直轄の部署として、コンプライアンス室(室長 郷原信郎 名城大学教授・弁護士)を設置しています。 また、情報提供者が省内の受付窓口を介さずに直接情報を提供できる仕組みとして、当室コンプライアンス担当顧問の華房徹弁護士による外部受付窓口(ホットライン)を設置しています。

なるほど、総務省通達に関しても、このコンプライアンス室に通報と言うか相談しても差し支えなさそうです。具体的には、

【受付の対象となる情報】
総務省についてのコンプライアンスに関する情報

【受付方法】
情報提供者の氏名及び住所等の連絡先が記載されている書面、FAX及び電子メールにより受け付けます。

もちろんと思うのですが、情報の受付がなくともコンプライアンス室が独自の判断で動いても良いかと考えられます。「考えられます」では良くないので、コンプライアンス室設置規程から引用しておくと、

第3条 コンプライアンス室は、次に掲げる事務をつかさどる。

  1. 総務省職員(以下「職員」という。)の職務の遂行に当たっての適法性、その他総務省に関するコンプライアンスに関する通報の受付に関すること。
  2. 通報に関する事実関係の調査に関すること。
  3. 前号の調査結果に基づき、必要な措置を執ること。
  4. 第1号に掲げるもののほか、総務省コンプライアンスに関する相談、情報提供(以下「相談等」という。)の受付に関すること。
  5. 相談等について、必要に応じ関係者の協力を求めつつ適切な対応を図ること。
  6. 前5号の事務に附帯する事務

おぉ、こんなところに出てきました。まず業務対象として

    総務省職員(以下「職員」という。)の職務の遂行に当たっての適法性
総務省総合通信基盤局長が通達を出すのも「職務の遂行」ですし、その適法性を問うのもコンプライアンス室の業務になります。さらに、
    前号の調査結果に基づき、必要な措置を執ること。
必要な措置を行う選択枝として、ネットで情報発信を行ない、ツイッターで情報拡散を行っても差し支えない事になります。ここはもうちょっと具体的な根拠が欲しいところですが、総務省についての法令違反行為等に関する通報の処理等に関する訓令があります。これは平成22年3月17日付総務省訓令4号となっていますが、

第6条

コンプライアンス室長は、調査の結果法令違反行為その他コンプライアンスに違反する行為が明らかになったときは、関係者に対して、速やかに是正措置及び再発防止策等(以下「是正措置等」という。)を講ずるよう求めるとともに、必要と認めるものを総務大臣に報告する。

  1. 前項で定める求めがあった場合は、関係者は速やかに是正措置等を講ずるとともに、必要があるときには、総務大臣等は、当該法令違反行為に関係する者の処分を行う

ここは面白いというか微妙な表現になっています。コンプライアンス違反があったときには是正措置を取るとなっていますが、是正措置を行なったことは必ずしも総務大臣に報告する必要はないようです。「必要と認めるもの」と判断したもののみ報告するようです。おそらく総務大臣に報告されれば「処分」がセットになっているとも推測され、「大臣報告物」は最大級に重い扱いであるとも考えられます。

つうことはコンプライアンス室の是正措置も幾段階化の重さがあり、今回行ったのは内情は知る由もありませんが、「注意」未満程度の措置に留めたと受け取れます。・・・・・・・・そっか、そっか、なんとなく全体の構図が見えた様な気がします。


まず郷原氏はコンプライアンス室に属していますが、この部署は大臣直属の独立した部門ぐらいに解釈して良いかと思われます。お仕事の中に総務省が行う仕事が法令にそって適正に行なわれているかを監視し、是正する事が確実に含まれています。またその裁量権はかなり広そうな感触があります。

そんな郷原氏に総務省の通達が目に入り、郷原氏の判断として「問題である」と考えたのはツイッターから窺えます。問題と判断したならコンプライアンス室の役割として是正措置を行なう必要があるのですが、この総務省通達はワーキングチームの対策に基いて出されたものであるのは明白です。つうかそう書いてあります。

通達を出したのは総務省ですが、おそらく序列としてはワーキングチームの方が上で、総務省はワーキングチームの指示に逆らえない立場であると考えます。さらにコンプライアンス室の権限は総務省内に留まり、ワーキングチームに及ばない事になります。総務省通達を是正するには、本来ならワーキングチームの対策を是正しなければならないのですが、そこは郷原氏の権限外となります。

郷原氏が総務省通達を是正、つまり否定してしまえば、ワーキングチームの対策を総務省が否定したことになり、ワーキングチームと総務省の喧嘩になります。そういう展開は好ましくないと郷原氏は判断したかと考えます。時刻関係が不明なんですが、ツイッター郷原氏が総務省通達を問題視し、それに対して行動を起こすまで1日程度の時間があり、この間に落としどころを調整したと見ます。

落としどころは郷原氏の見解が判りやすいものになります。

    あたかも、情報内容の真実性の観点から問題があると判断した特定の情報をインターネット上から削除すること等の「流言飛語」に対する特別の対応を要請するものであるかのように誤解される恐れがある
ここがキモのように感じます。郷原氏の今回の件に関する是正措置の基本は、総務省通達を否定しないことだとして良いでしょう。否定せずに、「趣旨を誤解された」に話を持って行ったと考えると話の筋が通りそうです。本来の通達の趣旨が郷原氏の見解であり、総務省通達を読んで言論統制と感じた人間は「単なる誤解」と言う落としどころです。

こうしておけば通達を出した総務省の担当者は責任を問われなくなります。ではワーキングチームに対してはどうかですが、公式には元の通達のままです。郷原氏が見解を出すという是正措置は総務省の中に留まるものであり、ワーキングチームの要請に関しては通達で形を取り繕ったままにしています。ここでワーキングチームの要請部分を注目したいのですが、

    このような流言飛語に惑わされることのないよう、関係省庁が連携して、広く注意喚起のための措置を講じる。
「関係省庁」つまり総務省が、「注意喚起のための措置」つまり通達を出しているのですが、郷原氏は総務省の権限内の通達の解釈部分だけ是正措置をコンプライアンス室の権限で発動したと見ます。これも大々的にやると総務省とワーキングチームの関係がややこしくなるので、総務省内部文書のような体裁を取り、公表もまるで郷原氏の個人意見との区別が紛らわしいようなネット上での公開にしていると考えられます。

公表形式は紛らわしいですが、総務省内のコンプライアンス室の位置付けとして、コンプライアンス室が「こうする」と決定した事は重いと受け取ります。実際重いかどうかは、総務省内(つうか総務大臣)の扱いで変わるのでしょうが、少なくとも郷原氏は重いとしていると考えます。もし実際の運用で総務省コンプライアンス室の見解で相違すれば、総務省コンプライアンス室の喧嘩になります。

ただ御指摘も多い通り、もともとの通達も流言飛語の取締りの字句が踊っている割には、実効性が乏しいところがあります。つまり郷原氏の見解の有無に関らず、実質的に流言飛語の取締りを行なう気は殆んどなく、郷原氏がコンプライアンス室の権限で完全否定しようが、しよまいが「実質は変わらない」のが実情と考えられます。考えようによっては、実情が変わらないから郷原氏の今回の是正措置を認めたとしても良いかもしれません。


私が検証した限りの結論としては、郷原氏の見解は総務省コンプライアンス室の公式のものとして良いかと思われます。しかし元の通達を変更したのではなく、運用上の解釈について、コンプライアンス室が釘を刺した程度のものと考えます。

感想として、部外者は郷原氏の存在を知りませんし、総務省コンプライアンス室があるのも存じません。ましてやコンプライアンス室がどんな権限を持って、どんな仕事をしているのかも知りません。そんな状態で総務省コンプライアンス室の郷原氏なる人物が、突然見解をネットでコソコソと公表する流れに疑心暗鬼の念を抱いても不思議無いと感じます。

私の見方が正しいかどうかさえ本当は自信がないのですが、かなり複雑そうなお話と感じた次第でした。