本田宏先生へのお願い

とりあえず本田先生の3/1のツイッターには、

拡散希望!明日3月2日毎日新聞朝刊「医療を開く」で「医師不足は小児救急にも影」と日本は小児集中治療専門医も超不足、小児科勤務医の疲弊と日本の1−4歳幼児死亡率先進国中で米国についで高い事実に、多大な影響を与えている可能性を警告します

こうあってさらに3/2には、

拡散希望!本日3月2日毎日新聞朝刊「医療を開く」で「医師不足は小児救急にも影」と日本は小児集中治療専門医も超不足で小児科勤務医の疲弊に加えて1−4歳幼児死亡率が先進国中で米国についで高いことに多大な影響を与えている可能性を警告しました

さらに同日に、

今朝3月2日毎日新聞朝刊「医療を開く」で「医師不足は小児救急にも影」と日本は小児集中治療専門医超不足、小児科勤務医の疲弊だけでなく、日本の1−4歳幼児死亡率が先進国の中で米国についで高いことに大きな影響を与えている可能性を警告しました。

3つのツイートを紹介したのは、本田先生の主張が掲載されたタブロイド紙記事が、本田氏の本意をかなり反映している傍証としてです。なんと言ってもタブロイド紙(もちろんタブロイド紙に限らずですが)掲載ですから、本意を捻じ曲げられている可能性を常に念頭に置く必要があるのですが、今回は本田先生自らが「そうではない」と裏書していると判断できそうです。

そういう前提で3/2付記事を紹介します。

医療を開く:/8 埼玉県済生会栗橋病院副院長・本田宏

 ◇医師不足は小児救急にも影

 日本の医療体制は、世界保健機関(WHO)から世界一と評価されているが、それは国の保健医療水準の指標とされる「粗死亡率(人口1000人当たりの死亡割合)」「1歳の平均余命(0歳の平均余命は平均寿命)」「50歳以上の死亡割合」「乳児死亡率」のすべてで日本が世界トップクラスだからだ。しかし日本で1〜4歳の幼児死亡率(先天奇形、肺炎、心疾患、インフルエンザなど)だけが先進国で米国に次いで高いことは、ほとんど知られていない。

 医師不足によって救急患者の受け入れができず、がん治療の専門医不足が問題となっているが、小児医療現場はどうか。日本小児救急医学会によれば、緊急で手厚い治療が必要な小児にも対応できる小児集中治療専門医は、全国で10人程度しかいない。ほとんどの小児救急患者は、成人と同様に救急医以外が治療に当たっているのが実態だ。そしてこの救急部門の医師不足が、多くの小児科勤務医を疲弊させている。

 日本は超高齢社会を目前にして、医師不足医療崩壊が全国的に進んでいるが、その解決への具体的な道筋や実効策は明らかになっていない。日本の人口当たりの医師数は先進国の3分の2で、経済協力開発機構OECD)加盟国の平均水準と比べて約12万人以上足りないのに、「医師は将来過剰になる」「教育体制が追いつかず医師の質が低下する」など、医師増員を懸念する声が医療界から湧き上がっているのが寂しい現実だ。

 医師不足は、日本の1〜4歳までの幼児死亡率の悪化にも影を落としている可能性が高い。国民の生存権、そして患者の権利を守る視点で医師増員と医療体制整備はまさに焦眉(しょうび)の急だ。【聞き手・河内敏康】

本田先生の主張は従来から一貫しており「医師を増産しろ」です。作りすぎれば輸出すれば良いだけだから「とにかく増産しろ」です。本田先生の本音と言うか、本意は知る由もありませんが、講演などではかなり意図的に単純化して分かりやすくお話されていました。あくまでも「たぶん」なんですが、そんな単純な発想だけで考えておられないと信じていますが、聞き手にストレートに意図が通じるようにするためか、そう聞こえます。

この記事の内容も本田先生の意図としては「だから小児科医を増やさなければならない」「だから医師をドンドコ増やさなければならない」の主張を補強するための材料であろうとは推測しています。まあ、本田先生の単純すぎる主張に懸念の声があるのは確かで、これに対する理論立てての反論の一環と見えないこともありません。

ただいつもの様に聞き手(今回はタブロイド紙読者かな)に合わせてのかなりの単純化がなされており、ちょっと言い過ぎではないかの声も確実に上っています。私も小児科医ですから、悪い悪いとされている1〜4歳児の死亡率について出来る範囲で検証してみます。


1〜4歳の死亡率の話はどこから出たか

1〜4歳の死亡率(幼児死亡率)が日本で高いことは少なくとも小児科医の間では常識です。小児科医だけではなく広く医師の間でも常識に近いところがあります。ですから本田先生が知識として存じられていても不思議は無いのですが、一方で統計的にはかなりマイナーなものです。通常統計値として示され集計されているものは、周産期死亡率、早期新生児死亡率、新生児死亡率、乳児死亡率、乳幼児死亡率などです。

実際に探してもらえばわかるのですが、幼児死亡率を手際よく集めた統計資料はお手軽には出てきません。本田先生が何らかのデータに基づいて意見を主張されているのはわかります。独自にデータを集め分析した結果の可能性も否定できませんが、本田先生もお忙しいですから、なんらかのデータを読まれての上の主張と考える方が妥当かと思います。もちろんそういう手法に何の問題もありません。

ここは仮定として本田先生が何らかの参考資料に基いているとして、それが何かを考えてみます。さして長くも無い記事なのでヒントも限られているのですが、

    先進国で米国に次いで高いことは、ほとんど知られていない
この個所もよく考えれば不思議な個所で、何故にここで米国との比較が出ているかです。もうちょっと言えば米国より悪いのに何の意味があるのか判りづらい個所です。つまりここの記事記載は、米国より悪い事が、いかに深刻な問題であるかを強調した資料に基いているとの推理が成立します。そんな資料があるかですが、該当しそうな資料はあります。

重篤な小児患者に対する救急医療体制の検討会てなものが2009年3月4日から5回の会議を重ね、2009年7月8日に中間取りまとめを発表しています。会議の内容はPICUの全国整備の提案です。会議の殆んどはどんなPICUをどれだけ作り、それに伴う整備体制の検討に費やされています。その「はじめに」のところに、

また、近年、我が国の乳幼児死亡率について、生後28日未満の新生児死亡率は世界で最も低く第1位であり、乳児(0〜11ヶ月)死亡率も世界で第3位の低さであるのに対し、1〜4歳の幼児死亡率は世界で21位であることがWorld health report 2005(世界保健機関)により報告された。

これだけでは記事との関連性は不明なんですが、中間取りまとめの元になっている参考資料があります。第1回の参考資料の静岡県立こども病院小児集中治療センター植田育也氏が提示した資料の中に、

高い1-4歳の死亡率

  • 先進14カ国中、米国に次ぎワースト2位
  • 米国は「他殺」が突出して多く、それを除くと日本はワースト1レベル
  • 世界一低い新生児死亡率のお陰で、年齢1−4歳階層に死亡が持ち越された説


      うち「周産期に発生した病態」はわずか1.5%


  • 同じく新生児死亡率の低いスウェーデンオーストリアでは同様の傾向なし


      「先天奇形・染色体異常」は18%あるが、PICUでの診療でQOL高く生きられる

ちょっとだけ寄り道ですが

    うち「周産期に発生した病態」はわずか1.5%
ここは手間をかけてデータ分析をした結果だと思っていましたが、どうやらそうではないようです。人口動態統計の死因を見ていたら、そのものずばりの「周産期に発生した病態」があります。2006・2007年データしか確認できませんでしたが、2006年時で1.8%、200年時で2.3%でした。これがどういう定義がわかりませんが、どうもかなり狭く捉えている感触があり、純粋に「周産期に発生した病態」で死亡したものだけを集計している気がします。

理由は、実数では2006年が19人であり、2007年で23人です。乳児期を生き延びた予後不良患者が、幼児期にたった19人とか23人しか死亡が無いとは、とくに新生児科や小児科の医師なら絶対に信じられないからです。ここは今日の本題ではありませんから、寄り道は終ります。


ここで注目して欲しいのは

  • 先進14カ国中、米国に次ぎワースト2位
  • 米国は「他殺」が突出して多く、それを除くと日本はワースト1レベル

ここは記事と符合する個所と考えても良さそうです。さらにこれの元ソースをあえて推測してみると、全国保険医団体連合会のHPに2004年12月18日に日本医事新報に掲載されたものの転載として、

 先頃発表された国立保健医療科学院生涯保健部・田中哲朗氏らの研究報告「わが国の小児の保健医療水準―先進国との死亡率の比較より」によると、日本の1〜4歳児の疾患による死亡率は、先進14か国中、最も高いことがわかりました。

 この研究は先進13か国(米国、ドイツ、英国、フランス、イタリア、スペイン、カナダ、オーストラリア、オランダ、スイス、ベルギー、スウェーデンオーストリア)と日本の0〜14歳の死亡率を比較した研究で、全年齢の死亡率、5〜14歳児の死亡率は、13か国平均を100とした場合、それぞれ84.9、88.1と日本の方が低く、0歳児の死亡率にいたっては67.0で14か国中、2番目に低いにもかかわらず、1〜4歳児の死亡率は、129.5で、米国に次いで2番目に高くなっています。

米国は他殺の死亡率が著しく高いことから、疾患による死亡率では、14か国中、日本がトップであり、先天異常などの出生時の救命率の高さを考慮しても突出していると指摘しています。死亡率を13か国並に改善すれば350名、最高値のスウェーデン並にすれば850名以上救命できると試算しています。

 日本の1〜4歳児の死因を死亡率の高い順に見ると、1.不慮の事故、2.先天奇形など、3.悪性新生物、4.肺炎、5.心疾患、6.インフルエンザなどの順であり、このうち、インフルエンザ、先天奇形など、心疾患については、13か国に比べて死亡率が高くなっています。このことは、乳幼児医療費助成制度での負担軽減で早期受診を図ることや小児救急医療体制の整備・拡充が緊急の課題であることを示しています。

これを誰が書かれたかの記載が無いのですが、私の感触としてどうも植田育也氏も

これを参考にしている可能性は十分ありそうです。とくに「先進14カ国」と言う中途半端なデータの取り方は、元のデータがそういう調査であったとあるぐらいにしか考えられません。これだけでは本田先生がベースにした資料が、
  1. 重篤な小児患者に対する救急医療体制の検討会
  2. 研究報告「わが国の小児の保健医療水準―先進国との死亡率の比較より」
どちらかまたは両方かの判別は難しいのですが、それ以外をソースにしている可能性は低いと考えます。


乳児死亡率と乳幼児死亡率の国際データ

ここで用語の定義を確認しておきますが、

用語 定義
乳児死亡率 出生1000人当たりの1歳未満での死亡数
乳幼児死亡率 出生1000人当たりの5歳未満での累積死亡数
幼児死亡率 出生1000人当たりの1歳から5歳未満の累積死亡数


このうち乳児死亡率と乳幼児死亡率のデータがユニセフ世界子ども白書2010に2008年データとしてあります。ただし世界中やるのは大変なので、2008年データの乳幼児死亡率の良い方の上位で乳児死亡率が10までのところでやってみます。

国名 2008年 1990年
乳児死亡率 乳幼児死亡率 乳児死亡率 乳幼児死亡率
サンマリノ 1 2 14 15
リヒテンシュタイン 2 2 9 10
スウェーデン 2 3 6 7
シンガポール 2 3 6 7
ルクセンブルグ 2 3 8 9
アイスランド 2 3 6 7
フィンランド 3 3 6 7
スペイン 4 4 8 9
スロベニア 3 4 9 10
ポルトガル 3 4 11 14
ノルウェー 3 4 7 9
モナコ 3 4 7 8
日本 3 4 5 6
イタリア 3 4 9 10
アイルランド 3 4 8 9
ギリシャ 3 4 9 11
ドイツ 4 4 7 9
フランス 3 4 7 9
デンマーク 4 4 7 9
チェコ 3 4 10 12
キプロス 4 4 9 11
オーストリア 3 4 8 9
アンドラ 3 4 7 9
スイス 4 5 7 8
韓国 5 5 8 9
オランダ 4 5 7 8
イスラエル 4 5 10 11
ベルギー 4 5 9 10
英国 5 6 8 9
ニュージーランド 5 6 9 11
マルタ 6 6 10 11
マレーシア 6 6 16 18
エストニア 4 6 14 18
キューバ 5 6 11 14
クロアチア 5 6 11 13
カナダ 6 6 7 8
オーストラリア 5 6 8 9
セルビア 6 7 25 29
ポーランド 6 7 15 17
リトアニア 6 7 12 16
ハンガリー 5 7 15 17
ブルネイ 6 7 9 11
米国 7 8 9 11
アラブ首長国連邦 7 8 15 17
スロバキア 7 8 13 15
モンテネグロ 7 8 13 15
ラトビア 8 9 13 17
チリ 7 9 18 22
カタール 9 10 17 20

ユニセフデータについては「ちょっと怪しいんじゃないか」の意見もあるみたいですが、とりあえずこれだけ一覧表になってくれているのは有り難く、引用させて頂いています。あくまでもユニセフデータに基づいての見解ですが、乳児死亡率も乳幼児死亡率も悪くありません。日本より成績の良い国は存在しますが、この成績なら取り立てて問題にするほどのデータではないと考えても悪くはありません。 ただしユニセフデータでは肝心の幼児死亡率についてはわかりません。これがたいへん厄介な代物でして、次章で考察してみます。
日本の幼児死亡率
重篤な小児患者に対する救急医療体制の検討会(検討会)で問題にしていた幼児死亡率は資料があり、
* 日本 ルクセンブルグ カナダ フィンランド
新生児死亡
(生後28日未満)
1.8 3.0 4.0 2.0
幼児死亡
(1〜4歳)
1.2 0.4 0.8 0.8

リンク先を確認してもらえれば良いのですが、算出は出生1000あたりとなっています。それでは日本の数値を計算してみようと思ったのですが、これが案外大変な作業になりました。計算しようと思って気が付いたのですが、1〜4歳児の死亡率を計算するには、ある年に生まれた子供の1歳から4歳まで追跡する必要があります。 たとえば2010年にわかる幼児死亡率は、出生年である2006年の分になります。それ以降になれば、出生者がまだ5歳に達していないために計算不能と言う事になります。気が付いた途端に煩雑さに目が眩みそうになったのですが、人口動態統計から可能な限りのデータを抽出しました。
出生年 出生数 死亡数
1歳 2歳 3歳 4歳
2009 1070035 405 201 164 134
2008 1091156 405 237 162 145
2007 1089818 417 219 189 156
2006 1092674 438 267 198 173
2005 1062530 465 280 226 173
2004 1110721 * * * *

私の調査力では、ようやく2004年と2005年の幼児死亡率が計算出来たに過ぎませんでした。つうか個人の努力ではこれ以上は無理でした。
出生数 幼児死亡数 幼児死亡率
2005 1062530 953 0.9(0.90)
2004 1110721 1066 1.0(0.96)

検討会のソース元は、

平成19年厚生労働科学研究・子ども家庭総合研究事業による

平成19年(2007年)に発表されたデータであるなら、検討会で示されている幼児死亡率「1.2」は早くて2003年、どちらかと言うと2002年のデータを表している可能性があります。そうなると日本の幼児死亡率は、

幼児死亡率
2005 0.9
2004 1.0
2002 or 2003 1.2


確実に改善していると解釈することは十分可能だと考えられます。


幼児人口10万人対の幼児死亡率

出生1000人対の幼児死亡率の検証は限界がありましたが、もう少し簡便な方法で幼児人口10万人対の幼児死亡率を見る方法があるようです。検討会報告にある、

    1〜4歳の幼児死亡率は世界で21位であることがWorld health report 2005(世界保健機関)により報告された
この一節はおそらく幼児人口10万人対のものであると考えられます。それでは日本の幼児人口10万人対の推移ですが、これをグラフにしてみます。
2000年時点で30.6人あったのが、2009年時点では21.2人まで減少しているのが確認できます。人口10万対なら国際比較は可能なのでWHOのCountry and year selection for Table 1 (Registered deaths)からデータをピックアップして見ます。どれだけピックアップするか悩んだのですが、先進国とは具体的にどこを指すかの問題になります。

これは様々に変わる面がありますが、一番単純なOECD加盟国(30ヶ国)で較べてみます。なおWHOデータは男女別になっており、総数は単純な割り算で参考値として示しています。

国名 Data Year 男性 女性 総数概算
フィンランド 2006 10.3 13.4 11.9
アイルランド 2006 17.0 10.2 13.6
ギリシャ 2006 11.5 18.2 14.9
ノルウェー 2005 22.9 13.2 18.1
ドイツ 2006 20.3 16.1 18.2
イタリア 2003 19.0 17.5 18.3
チェコ 2005 17.8 19.4 18.6
スイス 2005 23.3 14.1 18.7
フランス 2005 21.2 17.9 19.6
カナダ 2004 22.0 19.7 20.9
オランダ 2006 23.7 18.6 21.2
スウェーデン 2005 23.0 19.5 21.3
スペイン 2005 24.8 18.5 21.7
オーストリア 2006 25.5 17.9 21.7
イギリス 2006 23.2 22.5 22.9
ニュージーランド 2004 25.0 23.4 24.2
日本 2006 26.8 22.3 24.6
デンマーク 2001 23.9 25.8 24.9
ベルギー 1997 29.0 22.7 25.9
オーストラリア 2003 28.7 24.4 26.6
ポーランド 2006 29.4 25.3 27.4
ポルトガル 2003 30.1 27.3 28.7
アメリ 2005 33.4 25.1 29.3
ハンガリー 2005 37.1 26.9 32.0
スロヴァキア 2005 37.8 32.9 35.4
メキシコ 2005 82.0 71.2 76.6
アイスランド 2006 ND ND ND
トルコ ND ND ND ND
韓国 ND ND ND ND
ルクセンブルグ 2005 ND ND ND

緑の背景をつけた国々は、研究報告「わが国の小児の保健医療水準―先進国との死亡率の比較より」(研究報告)に、
    この研究は先進13か国(米国、ドイツ、英国、フランス、イタリア、スペイン、カナダ、オーストラリア、オランダ、スイス、ベルギー、スウェーデンオーストリア
ここに上げられている国々に日本も含めた14ヶ国です。研究報告は2004年頃に発表されたと考えられますが、当時はこの14カ国の中で最下位だったようです。研究報告のソース元もそんなに変わったところから出たとは考えにくく、研究報告から5年が経過して最下位は脱出し11位ぐらいにはなっています。またその後はどうかと言えば、2009年時点でさらに3ポイントほど改善していますから、順位は下がってないと推測しています。ただ検討会にある
    1〜4歳の幼児死亡率は世界で21位
これはOECD30ヶ国の中で17位ですから、今もそんなものかもしれません。それでも本田先生の主張である、
    日本で1〜4歳の幼児死亡率(先天奇形、肺炎、心疾患、インフルエンザなど)だけが先進国で米国に次いで高い
これはチト言いすぎでしょう。先進国の範囲の取り方で変わるでしょうが、OECDでも研究報告の14ヶ国でも最下位ではありません。確かに日本の幼児死亡率は世界最高峰ではないかもしれませんが、トップグループの中団下位ぐらいにはおり、さらにここ5年ほどでも確実に改善傾向を示しています。
感想
本田先生は主張の単純さと裏腹に、緻密な戦略と果敢な行動力があると知る人は語ってくれます。今回の記事での主張も、幼児死亡率が世界最悪である事に重点を置いているのではなく、あくまでも「だから医師増員が必要である」のダシに使ったに過ぎないと考えています。そういう意味では検討会も似たようなスタンスで「だからPICUが必要」のダシに幼児死亡率を持ち出したと考えています。 ダシに使っても目的が正しければ許容範囲の見方もあるにはあります。検討会であれば、これ以上の幼児死亡率の改善のためにはPICUの全国整備が是非とも必要になるの目的のために幼児死亡率を持ち出したと考えています。ただ検討会もかなり恣意的な部分はあると思っています。中間取りまとめが出されたのは2009年7月8日です。にも関らず準拠したデータがWorld Health reportのわざわざ2005年版を使っています。 あくまでも「なんとなく」ですが、幼児死亡率が「なぜか」改善傾向を示しており、その後のデータを使うとPICUの必要性の根拠である「幼児死亡率が先進国中で最悪」が使えなくなるためではないかと思っています。もうちょっと穿って考えると、仮に中間取りまとめが政策として取り上げられ、PICU整備が為された時に「PICUでこんだけ幼児死亡率が改善した」のタネに使おうとしたとさえ考えられます。 本田先生の場合はもう少し作為を感じます。最近異論の多い本田先生の「とにかく医師増員論」ですが、記事では三段の論法を使われています。
    一段目:日本の幼児死亡率が先進国中で非常に悪い
    二段目:この原因として日本の小児集中治療専門医が10人しかいない
    三段目:だから医師を増やせ
予め断っておきますが、小児科医として日本中に小児救急専門医がふんだんに配備され、PICUが十分に整備される事に異論はありません。そうなる事は理想ですし、検討会は少なくともその理想のために幼児死亡率をダシに使っています。しかし本田先生はそうかと言われればかなり疑問です。本気で小児救急専門医やPICUの整備を目的にしての主張と思えないからです。 あくまでも医師が増員された暁には、そういう恩恵が小児救急部門にもあるかもしれない程度のダシです。分かり難い比較ですが、
検討会 本田先生
ダシにしたもの 幼児死亡率 検討会の幼児死亡率
目的 PICUの整備 医師の増員

医師増員のダシに使いたいなら、幼児死亡率を酷評材料に使って欲しくないのが小児科医の本音です。「悪い」のが常識であった幼児死亡率は確実に改善しています。幼児死亡率を、いや小児死亡率の改善に直結させる目的の検討会ならまだしも許容範囲です。しかし二段、三段どころではない間接効果しか期待できない医師増員のためのダシに操作した情報を使って欲しくありません。 本田先生は外科医であり、とくに移植を専門にしておられるようですが、医師増員のダシに日本の移植医療の成績が不良であるとのデータは使わないと思っています。それもある時点での成績を根拠にして「日本は先進国最悪の移植成績」であり「だから医師増員」の論法はたぶん使わないと思います。もし使われたら「かつてはそうであったが、今は・・・」の反論を行なわれるかと思います。それが医師のプライドです。 小児科医であってもそうです。医師が足りないデータなぞ、わざわざ幼児死亡率みたいなマニアックなデータを持ち出さなくても、他にもタンマリあると存じます。どうしても使いたいのなら、せめて「かつてに較べて改善されたが、これ以上の改善のためには『医師増員』による小児科医及び小児救急専門医の増加が必要」ぐらいにされればと思っています。 お願いまでに書いておきます。