少子高齢化問題と少子高齢化対策

まずですが、平成19年版厚生労働白書を参考に考えて見ます。

2040年と言いますから30年後には166万人に達するようです。さらに166万人中およそ146万人ぐらいが75歳以上の高齢者になるようです。年数からして私も死亡する頃になります。そういう意味で切実かもしれません。その頃の人口構成がどうなっているかもグラフがあります。
年度が死亡時ピークとずれていますが、読み取れる数字を表にしておきます。

2005 2030. 2055
人口 比率 人口 比率 人口 比率
19歳以下 2418 19% 1550 13% 1057 12%
20〜64歳 7783 61% 6305 55% 4290 48%
65〜74歳 1412 11% 1401 12% 1260 14%
75歳以上 1164 9% 2264 20% 2387 27%
総人口 12777 11522 8993


2055年には人口も現在の7割ほどに減少しますが、一方で75歳以上の高齢者のみが2005年時点と較べて実数で2倍、比率で3倍に膨れ上がるのが確認できます。2055年はまだ先としても2030年、すなわち今から20年後でも深刻で、75歳以上の高齢者人口は実数も比率も2倍に膨れ上がります。

高齢になると多病になるのは避け難いものになります。最後まで矍鑠としてポックリの方もおられますが、どんなに頑張っても多数派は持病もちになります。さらに言えば、生活習慣病は頑張ってクリアできたとしても、認知症の予防となると、20年先、30年先でも可能かどうかは不明です。歳を取ると言うのは、長年使い込んできた体にガタが来るのを防ぎえなくなる状態でもあるからです。

また予防も効果はあったとしても、その発生率をある程度下げる以上のものは期待しくいところがあります。医療は進歩しても、その究極理想と言える不老不死までは途轍もない距離があるというか、そもそもたどり着けるかどうかも不明の領域でもあるからです。

とは言え、高齢者が増えるのは統計的に既に不可避の事ですから、これに対する対策が必要です。高齢者には介護が必要な者が多くなるのも必然ですが、高齢者の社会福祉費用の捻出も必要です。これについての試算も厚労省はグラフに示していますが、

* 2005 2030 2055
75歳以上 1164 2264 2387
65歳以上 2576 3655 3647
20〜64歳 7783 6305 4290
65歳以上/20〜64歳 1/3.0 1/1.7 1/1.2
75歳以上/20〜64歳 1/6.7 1/2.8 1/1.8
20年先には現在3人で1人見ている65歳以上の高齢者介護が、1.7人で1人見ることになります。厚労省もこれへの対策を考えていますが、基本は、

 このような中、我が国の国民皆保険制度を堅持し、持続可能な医療保険制度を構築していくためには、短期的な医療費適正化対策に加え、国民・患者の視点に立って、生活習慣病対策、良質かつ効率的な医療提供体制の確立に努める中で、中長期を見据えた医療費適正化を推進することが求められている。具体的には、生活習慣病の有病者・予備群を減らすとともに、入院期間を短縮し病院から早く家庭や地域に戻れるようにし、国民の生活の質(QOL)を確保・向上しつつ、結果として医療費適正化に資するという、中長期的な対策を講ずることが求められている。

要は医療費は適正化、すなわち増やさずにする一方で、病気になるものを自体を減らすのが対策だとしています。まあ、病人が減れば医療費は減ります。これがある程度効果があったとしてですが、それでも人は歳には勝てません。

病気の予防に努めるのは悪い話ではありませんが、病気にならなければ寿命は延びます。延びた上でポックリ率が増えるかといわれればかなり疑問です。65歳〜74歳までの有病率が減ったとしても、先送りされて75歳以上で結局出てくる観測も十分成立します。それも上の表で試算してありますが、20年先は現在並ですが、45年先は20年先の状態が遅れて出現します。

正直なところいくら会議室で生活習慣病対策の効果の自己陶酔に浸ろうが、中長期的な対策を書類に書き込もうが破綻は避けられないと見るのが妥当な様な気がします。これは医療費をドカンと増やしても難しく、そもそもドカンと増やした医療費を負担する人間が1/3程度に減りますから、ニッチモサッチも行かないどん詰まりに驀進していると言うか、先送りしているだけに見えます。



個人的には対策の根本が間違っているような気がしています。これだけ高齢者が短期間で急増し、一方で高齢者を支える勤労世代(20〜64歳)が急減すれば、どんな対策を取っても破綻すると考えるのが現実的です。高齢者を支える世代がここまで減るのを、小手先の細工でどうにかなると考える方が無理があります。

ほいじゃ、根本的な対策とは何かですが、高齢者を支える世代が減るので破綻するのですから、支える世代を増やすというのが本道と考えます。高齢者が増えるのは統計的に不可避の事象ですが、これを支える世代の人数の減少は不可避では無いという事です。このままではそうなるという統計的予想の数字ですから、「そうならないようにする」のが本当の意味での対策になると考えています。


都市部、とくに大都市部に住んでいる方の実感はまだ薄いでしょうが、厚労省の示す20年後、30年後が既に訪れている地域は少なくありません。面積比で言えばかなりの広範囲に及んでいるとしても大げさではありません。そういう地域では統計上の人口はまだ残っていても、地域としての活力は格段に衰退しています。衰退の仕方はある段階までは徐々にですが、ある一線を越えるとバタバタバタと言う感じで失われます。

自治体財政もそうで、収入が期待できる世代の人数が急減する一方で、支出が必要な高齢者が急増すれば、算数的現実で手の打ち様がなくなると言う事です。もっとミクロのコミュティもそうで、若年世代が減少どころかいなくなれば、祭りさえできなくなります。とどの詰まりの少子高齢化は日本全国がそうなる事ですから、これに明るい未来を見るのは不可能に限りなく近いと考えます。


であるならば、高齢化減少への根本対策は少子化対策しかないと思われます。少子化対策の成否が日本の運命を左右するとしても良いんじゃないでしょうか。高齢者の急増は避けられなくとも、勤労世代の減少は防げる可能性があると言う事です。ただ残された時間は余りありません。たとえば今年生まれた子供は30年後で30歳、40年後で40歳、50年後で50歳です。つまり今生まれつつある子供が少子高齢化のピークの時代を支える世代になります。

用語の定義ですが、本来はこうあるべきだと考えています。

    少子高齢化問題・・・高齢者が急増し、これを支える世代の急減に伴う社会問題
    少子高齢化対策・・・急増する高齢者対策と、これを支える世代の減少を防ぐ少子化対策
対策として少子化対策が成功しなかった時の備えも検討する必要はありますが、少子化対策は成功しないと言うか、極論すれば存在しないかのように扱われてしまっているのが少々違和感を感じます。少子化対策の成功の程度も濃淡はあるでしょうが、どれだけの熱意があるのかが疑問に感じています。

政府も無関心な訳ではなく少子化担当大臣は置いています。ただこの大臣は仕事をしているのでしょうか。まさか「少子化を傍観する大臣」とか「少子化を見過ごす大臣」ではないはずです。もっともなんですが、大臣はいますがたぶん実働部隊はいないような気がします。ポストと言うか、閣僚会議の椅子はあっても実質的な権限は無に等しい様な気がします。

少子化対策の難しい点は、短期の成果が現れにくい点です。少子高齢化は間違い無く来る現象ですが、今年とか、来年とかの単位では影響は微々たるものです。また少々の予算を注ぎ込んでも成果の短期での評価が見え難いというのがあります。少子化対策に有効な予算の使い方と言うメソドは確立しておらず、現在判明している唯一の方策はとにかく予算をジャブジャブ注ぎ込む事です。

短期の成果が見え難い政策にジャブジャブ予算を注ぎ込むという政策は、もっと短期に必要とされる政策、たとえば景気対策と較べて遥かに後回しにされます。これは少子化対策景気対策を同じ次元、同じ時間サイクルで考えるのに無理があるのであって、少子化対策を別格の位置付けにしない事には解消しない問題です。

そのためには少子化対策省をまず作る事が必要です。作るだけでなく少子化対策に必要な権限を他の省庁から引き剥がして集める必要もあります。そして何より不退転の覚悟で一定の必要な予算を確保し続けなければなりません。そういう仕組みを作るのは政治ですが、出来上がった仕組みはその後の政治の動向に左右されないものにするのも重要と考えます。

こういう長期の政策こそ国家百年の計にあたるものだと考えますが、誰か断行してくれる人が政権を握ってくれないでしょうか。残された時間はあと僅かしかないように思っています。