北海道の計画

北海道の医療事情の特徴は面積と言われています。広大な面積に点在する患者への対応です。なんつうても100kmぐらいは「近所である」は言いすぎかもしれませんが、それぐらい距離感覚が違うと言われています。そのため救急搬送に於ても「たらい回し」はさほど目立たないとされます。理由も単純で、札幌など一部を除けば、断れば次の救急医療機関まで「果てしない」状態が厳然としてあるからだとされています。冬季の問題も当然あります。

そのために救急問題は「たらい回し」回数ではなく、現場滞在時間でも考える事にしたようです。現場滞在時間に注目するのは救急医療を考える時には合理的で、救命のためには「何回断られたか」ではなく「何分で医療機関に到着するか」の方が遥かに重要だからです。とにもかくにも医療機関に到着しない事には有効な治療が施せないのは誰でもわかります。

北海道の現場滞在時間のデータがどうなっているかを調べてみます。ソースは消防庁の、

このうち重症救急のデータを確認してみます。

* H.19 H.20 H.21
総搬送件数 16006 18041 18884
15分未満 15745 13160 13702
15〜30分未満 4545 4864
30〜45分未満 235 254 255
45〜60分未満 39 36
60〜90分未満 20 35 19
90〜120分未満 4 4 3
120〜150分未満 1 2 1
150分以上 1 2 4


平成19年度データは待機時間の分類が、他の年度とやや異なっています。ここで北海道が問題視したのは現場待機時間が30分以上のもののようです。そこに注目して表の分類を編集し直してみます。

H.19 H.20 H.21 東京 全国
総搬送件数 16006 18041 18884
30分未満 15745 98.4% 17705 98.1% 18566 98.3% 90.7% 95.7%
30分以上 261 1.6% 336 1.9% 318 1.7% 9.3% 4.3%


北海道での現場滞在時間が30分以下の比率は98%以上であり、平成19年度より総搬送件数が実数にして2878件、率にして18%も増加しているのにも関らず、その成績を維持しています。こういう時に比較する数字として良く用いられる「全国平均」を2.6%も上回り、首都東京と較べると7.6%も上回っています。

しかし北海道はこの成績には非常に不満足のようです。北海道は現場滞在時間だけではなく、「たらい回し」回数にも大変ご不満のご様子で、これを劇的に改善する計画を発動する様子です。「たらい回し」回数も、なぜか全国的に絶対の基準になってしまった照会回数4回で非常に問題視されています。照会回数に注目して北海道のデータを紹介しておくと、

H.19 H.20 H.21 東京 全国
総搬送件数 15451 17697 18855
3回まで 15372 99.5% 17587 99.4% 18744 99.3% 93.5% 96.8%
4回以上 79 0.5% 110 0.6% 111 0.7% 6.5% 3.2%


北海道の照会回数は地理的特性から他の都府県、とくに東京都は一概に比較は出来ないにしろ、劣悪な成績を積み重ねているわけではないのは確認出来ます。それでも北海道は非常に不満であるのは間違いありません。目標は、


根絶


ここにあるようです。具体的にどうするかは10/10付北海道新聞にあり、

 道は9日、救急搬送で複数の病院から受け入れを断られる、いわゆる「たらい回し」の解消策(受け入れの実施基準)の概要を固めた。救急隊が到着後、30分以上搬送先が決まらない場合などの受け入れ先として、道内9地域で診療科ごとに輪番制を導入することと、緊急度が高い症状ごとの搬送先医療機関リストの作成を盛り込んでいる。道は該当する医療機関の了解を得た上で、年内に正式決定したい考えだ。

 実施基準は昨年10月の改正消防法施行により、都道府県に策定が義務付けられた。道の実施基準は、「搬送の受け入れルール」と「患者や症状ごとに対応可能な医療機関リスト」の2本立て。

 受け入れルールは30分以上搬送先が見つからない場合か、救急隊が病院から3回、受け入れを断られたケースが対象。高度で専門的な医療を提供できる道内六つの「3次医療圏」のうち道央圏を除く5地域と、道央圏を石狩、後志など四つに分けた4地域で、内科、外科などの診療科ごとに輪番を決め、当番の医療機関が必ず患者を受け入れる。

理解としては福島宣言「問答無用」の北海道版です。北海道宣言の条件は、

  1. 30分以上搬送先が見つからない場合
  2. 病院から3回、受け入れを断られたケース
このどちらかでも抵触すれば直ちに北海道宣言が発動適用されるとの事です。もう今となっては「ふ〜ん」てな醒めた反応になってしまいそうなんですが、「たらい回し」回数だけ考察を少し加えておきます。上記で何度か触れましたが、北海道の「たらい回し」回数は医療の地理的特性から、そうそうは回数が積みあがり難い構造になっています。これは北海道だけでなく、東京などの大都市圏を除く地方で一般的とも言えます。

「たらい回し」回数が増える必要条件として、「たらいの回し手」が多数確保される必要があります。回し手があってこそたらいが回されるわけで、無ければ回し様がないと言う事です。全国レベルで見てもあてはまる話で、「たらい回し」回数でダントツなのが首都東京です。これの北海道版が起こっている可能性があるかないかです。

重症救急のソースが見つからなかったのですが、産科救急のソースはありました。チト古いのですが、2008.12.5付北海道新聞に、

産婦人科患者は妊婦のほか、妊婦以外で婦人科を受診した女性も含まれるがほとんどは妊婦。救急搬送の件数は全体で千九十一件(転院を除く)。断られた百二十七件のうち札幌市内は九十七件で、76・4%を占めた。

産科救急の「たらい回し」127件のうち97件が札幌市内で発生しています。産科救急だけ札幌で「たらい回し」が多発するとは思えませんから、重症救急であっても近い状態であると推測されます。つまり札幌で「たらい回し」が多発するのは大都市であるからと結びつけるのは、それほど無理のある考察とは言えないとか思っています。

「たらい回し」回数はある程度現場滞在時間と連動すると考えられ、現場滞在時間の長時間化がしやすいのも、また札幌が多いであろうも推測しても良いかと思います。



さて個人的に非常に不可解なのは、この北海道宣言を断行しても、実は救急搬送の「データ」は改善しない事です。ちょっと注意しておきますが改善しないのはあくまでも消防庁から見た「データ」です。北海道宣言が断行されれば改善するはずだと誰しも考えるかもしれませんが、実は改善しない不思議さが実はあります。これは消防庁の救急データの取扱いにカギがあります。

北海道が重視している救急データは照会回数が4回以上になるもの、現場滞在時間が30分以上のものです。北海道が今回新たに現場滞在時間「30分」を新たに持ち出しましたが、全国の「たらい回し」問題では照会回数が4回以上、つまり3回以上の「拒否」を非常に問題視しています。これらの問題点は北海道宣言が忠実に実行されても、

  1. 30分以上の待機時間件数は減少しない


      当たり前のことで、30分を過ぎてから北海道宣言が行われますから、データ上は30分以上に分類されます。


  2. 照会回数4回以上の件数は減少しない


      これも当たり前ですが、北海道宣言が行われた時点で既に3回の「拒否」があるわけですから、分類上は照会回数4回以上に分類されます。
さて北海道宣言の結果はどうなるかです。そんな事を考える前に救急崩壊が起こるという見方もありますが、日本の医師は忍耐強いですから、福島だって未だに耐えています。北海道の医師の忍耐力が福島以下だとは思えませんから、しばらくは耐え抜くと考えます。耐え抜いた結果のマスコミの論評が目に見えるような気がします。○月×日付付某ローカル新聞より、
     道は後を絶たない「たらい回し」根絶のために昨年度から新たな救急搬送ルールを断行したが、その結果は思わしくないものであった事が△日にわかった。道によると新ルール施行後も、3回以上拒否の搬送件数、現場滞在時間30分以上の件数はまったく変わりなく、悪化する救急事情の改善が見られなかったとしている。

     道はこの結果を受け、早急に原因を究明し、新たな対策を打ち出す方針云々。
これぐらいはやらかしても、さして不可解な出来事ではないでしょう。「たらい回し」の消防庁の悪化基準を「拒否」3回、滞在時間30分におく限り、データ上は改善するはずがないと言う事です。データを改善するために必要な条件は、
  1. 「拒否」2回で問答無用搬送を発動する
  2. 現場滞在時間15分で問答無用搬送を発動する(15分の根拠は消防庁の区切り)
こうすればデータは問題視される「拒否3回まで」「滞在時間30分以内」をクリアできます。ただなんですが、人間の要求には限りがありませんから、改良版の北海道宣言を行えば、次に問題視されるのは「拒否が1回でもあった」になるのも十分に予想されます。そうなると究極の北海道宣言は、
    救急搬送は問答無用指定医療機関に直ちに搬送
こうすれば「たらい回し」は根絶されます。この対策の要点は改善の目標が消防庁サイドから見たデータに限定されると言う事です。救急搬送時間のうち、消防庁が問題視しているのは現場への到着時間と現場滞在時間のみであり、現場から医療機関に搬送する時間については口をつぐんでいます。医療的にはトータル時間が問題なのですが、消防庁的には触れたく無いデータのようです。

現場滞在時間なしで、1回で搬送先が決まりさえすれば、そこから問答無用指定医療機関までの搬送時間については基本的に無頓着と言う事です。救急医療の現状からして、小手先のデータの帳尻合せに熱中しても、必ずどこかにしわ寄せが起こります。どこかと言うか、しわ寄せされるのは医療機関と患者です。救急隊を管轄する消防庁サイドのデータ改善にのみ奔走した結果がどうなるかも、目に見えてわかる日がもうすぐ訪れます。