公立病院改革プランの実際

公立病院改革ガイドラインは前に御紹介した事がありますが、ガイドラインを受けての公立病院側の改革プランは読んだことがありませんでした。たまたま十和田市立中央病院の事を調べる機会があり、その時に改革プランと考えられる資料が出てきたので御紹介します。

本来一体のものなのか、それとも読まれる対象に分けて作成されたものなのかはわかりませんが、とくに公立病院改革プランの概要総務省に提出した改革プランそのものの一部と考えても良さそうです。


改革プランを読む前に十和田市立中央病院の現状を御紹介しておきたいと思います。岡谷市議会社会委員会 行政視察報告書なるものがあり、おそらく市議会議員の視察の報告書だと思われます。この手の視察報告はとかく噂はありますが、とりあえず事実関係だけは視察された側が提供した資料を丸写しぐらいはするでしょうから、その部分ぐらいは信用できると考えます。

視察日は平成21年10月7日です。新病院は平成21年6月に完成したようですが、まず新病院を建てた十和田市の規模です。

人口;66,451人  面積;725.67平方キロメートル

面積は広いですが、人口6万6000人程度の自治体です。もっとも基幹病院らしいですから、医療圏人口も参照にする必要があります。これについては、

青森県の2次医療圏の一つである「上十三医療圏」の中核的病院であり、約10万人の医療人口を抱えている。

約10万人の医療圏に対する病院であると見ればよいようです。医療圏の面積はソースを忘れてしまいしたが、どこかに香川県より広いとなっていました。香川県の面積は1876平方キロですから、十和田市の面積から考えるとそんなものかもしれません。さて新病院の様子と言うか概略ですが、

十和田市立中央病院は、建物の老朽化と医療の進歩に対応するため、平成17年に新病院建設に着工し、平成19年12月末に外来及び病棟が入る本館が完成し、平成20年5月に診療を開始している。東・北棟の解体、西棟の改修、駐車場及び外構工事を経て、平成21年6月にグランドオープンした。建物・施設・設備はすばらしく、本館は、鉄筋コンクリート造、地下1階、地上6階、免震構造、高さ30.5mで、ロビーは、写真、絵画が飾られている。新病院建設事業費は、162.3億円(うち、建設工事費131.8億円、医療機器等整備費23億円)であり、デラックス病院である。

ここからわかる新病院の事業費は、

    162.3億円(うち、建設工事費131.8億円、医療機器等整備費23億円)
仕上がりは、
    デラックス病院である
それと医療機器等整備費23億円の内容らしいものとして、

がん医療、緩和医療等に積極的に取り組み、日本に10台しかないといわれている放射線治療装置(トモセラピー)(1台5億円位か)を導入している。また、電子カルテ、オーダリングも新規に導入したという。

病院規模は一般病床325床、精神病床50床、感染症病床4床の計379床です。この報告書は経営状態についても触れられ、

しかし、デラックス病院とは裏腹に、病院の経営は大きな赤字で、平成17年度、医師の引き上げ等により、大幅な減収となり、純損失946百万円、不良債務609百万円の発生、平成20年度では、純損失1,357百万円、不良債務718百万円となっている。市は、医師確保のめどが立たない中、公立病院改革プランの策定により公立病院特例債(約1,383百万円)を活用し、平成19年度までの不良債務を解消した。

新病院の着工が平成17年からになっていますが、その年にいきなり医師引き上げを喰らったようです。理由は探しても見つからなかったのですが、引き上げられた影響は大きかったようです。平成16年度のデータがわからないのですが、とにかく平成17年度は、

    純損失9億4600万円、不良債務6億900万円
その後も改善は為されなかったようで、平成20年度は、
    純損失13億5700万円、不良債務7億1800万円
ただし
    市は、医師確保のめどが立たない中、公立病院改革プランの策定により公立病院特例債(約1,383百万円)を活用し、平成19年度までの不良債務を解消した。
なるほど公立病院改革プランを提出すると公立病院特例債を発行できるようです。この報告書では「解消した」となっていますが、特例債も借金ですから、十和田市の負債は増えた事になります。



こんな感じの十和田市立中央病院ですが、改革プランが作成されたのは平成21年3月となっています。これはガイドラインの平成20年度中に作成するに従ったものと考えられます。斜め読みですが、まず「一般会計における経費負担の考え方」が目に付きます。一般会計とは当然ですが十和田市の一般会計を指すと考えられますが、

病院事業に要する経費のうち、「その性質上経営に伴う収入をもって充てることが適当でない経費」、「当該病院事業の性質上、能率的な経営を行ってもなおその経営に伴う収入のみをもって充てることが客観的に困難であると認められる経費」については、一般会計において負担するものとされており、その経費の種類は下記のとおりとなっています。

  1. 病院の建設改良に要する経費の1/2(起債分除く)
  2. 病院事業債元利償還金の2/3(H14 年度以前分)ないし1/2(H15 年度以降分)相当額
  3. 精神病院運営に関する経費
  4. リハビリテーション医療に要する経費
  5. 小児医療に要する経費
  6. 救急医療の確保に要する経費
  7. 高度医療に要する経費
  8. 保健衛生行政事務に要する経費
  9. 経営基盤強化対策に要する経費
  10. 基礎年金拠出金に係る公的負担に要する経費
また、昨今の非常に厳しい病院経営を勘案し、一般会計から病院に対し、更なる経費負担を行うこととしています。
  • 病院事業債元利償還金のうち、上記?の額を除いたすべての額
  • 不良債務の解消を進めるための特別な経費負担

なんともコメントできないのですが、これだけが市の一般会計が負担する経費だそうで、これにはおそらく総務省の基準があるとして良いと考えます。でもってこの金額が具体的にいくらかと言うと、

おそらく( )の金額が「更なる経費負担」と思われます。ここはこんなもんだで良いのですが、「プラン達成に向けた取組」のうち基本指標が味わい深いものがあります。この病院改革プランが発表されたのは平成21年3月、つまり平成20年度の末です。これをしっかり念頭に置いておいて欲しいのですが、一部だけピックアップして示します。

* H.19 H.20 H.21
(目標)
病床利用率(一般) 68.9 69.2 80.0
1日平均入院患者数(一般) 224 225 260
1日平均外来患者数(一般) 658 568 730


入院患者と言うか、病床利用率が向上しないと経営改善しないのはわかりますし、入院患者が増えるためには外来患者もある程度連動して増える必要もわかります。これだけではわかりにくいと思いますから、病床利用率と表には出しませんでしたが医業収益をグラフにして見ました。
改革プランの御利益は偉大でプランを作っただけで、病床利用率も医業収入も突然ジャンプアップするとしています。そんなに簡単に増えるのなら誰も苦労しないとは思うのですが、とにかく平成20年度に改革プランを作成したから、平成21年度の経営は突如改善するとして、これを議会も承認し、総務省も承認した事になります。

もう少しデータを出しておきたいのですが、純損益と不良債務の解消も改革プランでは大きな指標になっており、とくに不良債務比率は経営健全化基準とされ20%を越えるとよろしくないそうです。これの改革プランも提示されており、

年度 純損益 債務 債務比率
実績 H.18 4億6300万円 9億8300万円 18.8%
H.19 4億2200万円 13億8300万円 26.4%
H.20 14億7700万円 8億100万円 15.9%
目標 H.21 5億4100万円 7億5100万円 11.6%
H.22 2億1500万円 1300万円 0.2%
H.23 3億2300万円 2億2100万円 3.3%
H.24 2億9700万円 3億1100万円 4.6%
H.25 1億6900万円 5億6700万円 8.4%
H.26 8700万円 8億8100万円 13.1%
H.27 1億300万円 11億1600万円 16.6%


平成20年度については「見込み」であり、岡谷市の視察団がH.21.10.7に訪れた時には純損失13億5700万円、不良債務7億1800万円と報告していましたから、幾分は改善したのかも知れません。改革プランでは不良債務は平成21年度には7億5100万円に減少し、さらに平成22年度には不良債務は解消し、逆に良債務(てな表現はおかしいか)が発生する計画です。



箱物行政の需要予測ならハズレても「想定外」の議会答弁一つで事が済む問題ですが、公立病院の場合はそうは問屋が卸さないところがあります。2/7付東奥日報より、

 厳しい経営状況から2009年度末に経営健全化基準を超えることが確実な十和田市立中央病院の経営改革について、同市が設置した経営改革検討委員会の初会合が6日、同病院で開かれた。外部の有識者でつくる検討委は、同病院の経営形態を地方独立行政法人(独法)に移行、病院長に権限と責任を与えることで経営を立て直すことを有力な選択肢の一つとした。3月までに結論をまとめる。

 同病院は総事業費164億円で新病院を建設、09年度に全面完成した。これについて、小山田惠委員(全国自治体病院協議会名誉会長)は同日の第1回会合で「あまりにも高額で身分不相応な建物。(09年3月に策定した)経営改革プランはずさんな内容で、外来、入院患者の減少への認識がない」と問題点を厳しく指摘した。

 委員長に選任された、元総務省公立病院改革懇談会座長で政府の行政刷新会議事業仕分け人を務めた長隆委員(東日本税理士法人代表社員)は「経営形態の変更は必須だが、この地域には指定管理者がいないので、公設民営化は無理。独法しかない」と述べた。

 08年4月に独法化した山形県酒田市病院機構理事長の栗谷義樹委員は「独法はトップに大きな権限と責任が求められ、相当な経営手腕がないと維持は不可能。資金繰りなどの青写真を描いてから移行すべきだ」と提言した。

 十和田市立中央病院は09年度、年度末の不良債務が計画を10億円上回る約17億円となり、不良債務比率は31.7%と経営健全化基準(20%)を超える見通し。このまま赤字が続けば、同市は13年度に財政再生団体に転落する恐れがあり、病院の経営改革が急務となっている。

平成21年度の改革プランでは不良債務が7億5100万円に減少するはずだったのが、終わってみれば17億円まで膨れ上がる見込みになっていると伝える記事です。この影響は病院会計だけの問題に留まらず、

    このまま赤字が続けば、同市は13年度に財政再生団体に転落する恐れ
3年後には十和田市も夕張になりかねない状況と言う事のようです。そこで経営改革検討委員会なるものが出した結論は、独法化の是非は長くなるので今日はやめときますが、PFIって言い出さなかっただけでもマシな結論と感じます。結局のところ病院特例債発行の条件となった改革プランは、問題を1年先送りしただけの効果しかなかったとして良さそうです。1年先送りした事に意味があったかどうかは、十和田市に聞かないとわかりませんが、岡谷市の視察団に答えた院長の言葉が印象的です。
    「公立病院の黒字化は、診療報酬を改定してもらわないと無理。その間、いかに耐えるか、いかに人を育てていくか、3〜4年後に人が集まるようにお金をかけてもよい。多少赤字でもよい、地域医療が出来ていればよい。」
この言葉がすべて正しいとは言いませんが、ある程度正鵠を射ているように思います。院長の誤算は「多少」と想定していた赤字が、母体である市を財政再建団体に追い込むほどに膨れ上がった事だと思います。しかし、細かな経営手法論はともかく、根本は診療報酬の問題であるという見方は間違っていないと思います。

十和田のケースは改革プランが絵に描いた餅であるだけでなく、母体の市の財政をも揺るがしたので表面化しましたが、他の公立病院の改革プランはどうなっているのでしょうか。改革プラン自体はどこも似たりよったりと考えているのですが、ここ1〜2年で類似の事例が頻発するような気がします。