東京の特殊事情

1/28付共同通信(47NEWS版)より、

搬送先間違え、73歳男性死亡 5病院受け入れ拒否も

 東京消防庁が昨年12月、東京都目黒区の男性(73)を救急搬送する際、搬送先を間違えた上、計5カ所の病院に受け入れを拒否され、男性は通報から約1時間40分後に運ばれた6番目の病院で死亡していたことが28日、都への取材で分かった。

 都救急災害医療課によると、昨年12月24日午後3時半ごろ、男性の搬送を求める119番があった。救急隊は搬送先を東邦大大橋病院(目黒区)に決定したが、隊員が電話番号を誤って目黒病院(同)に連絡し、受け入れを要請。

 救急隊は違う病院に連絡したことに気付かないまま大橋病院へ搬送したが、大橋病院は他の患者の治療があったため受け入れを拒否した。

 その後、目黒病院を含め計4カ所の病院に受け入れを断られ、男性は午後5時10分ごろ、国家公務員共済組合連合会三宿病院(同)に運び込まれたが、検査中に心肺停止となり、大動脈解離で死亡した。

 東京消防庁は「病院への連絡で手違いがあったのは事実。遺族にも説明している」としている。

亡くなられた73歳男性の御冥福を謹んでお祈りします。

私は小児科医なので大動脈解離の怖さの最後の実感を持つことが難しいのですが、怖ろしい病気であるぐらいの知識はあります。先日亡くなられた小林繁氏の死因も一説によると大動脈解離の可能性もあるとされ、救急の地雷疾患の一つであるともされます。この件についてはうろうろドクター様が『救急車連絡ミス』ですか…、相変わらずマスコミのバッシングは続きます… としてエントリーを挙げられていますが、私はちょっと別の角度から見てみます。

記事の焦点は救急隊の連絡不手際とされていますが、東京の救急の実態はどうであるかです。これも公式資料にまとめられており平成21年3月19日付消防庁報道発表資料「平成20年中の救急搬送における医療機関の受入状況等実態調査の結果」から見ていきます。

まずは見出しにも書かれている「5病院受け入れ拒否」ですがこれは照会回数にすれば6回になります。今回は消防庁資料で言う重症救急に該当しますが、まず総搬送件数として4万2515件あり、一日平均として116.5件発生している事になります。このうちこの件の様に6回以上の照会回数が必要であったものは1834件です。これは重症救急の4.3%にあたり、重症搬送の23.3件に1件発生し、1日平均で約5件発生している事になります。

もう一つ「通報から約1時間40分後に運ばれた」ですが、まず救急車が通報を受けて現場に到着するまでの時間が全国平均で「7.7分」とされます。今回の件ではどれほどであったか情報はありませんが、とりあえず平均タイム程度で到着したとすれば、消防庁資料の現場滞在時間の60分以上に該当すると考える事が出来ます。

現場滞在時間は救急車が患者の所在地に到着して搬送先を見つけ、搬送先に向かって発進するまでの時間を示し、通報から搬送先病院に到着するには、

  • 通報から救急車が現場に到着する時間
  • 現場で搬送先を探す時間(現場滞在時間)
  • 現場から搬送先医療機関に搬送する時間
これが全部で約1時間40分ですから、消防庁の資料的には現場滞在時間の60分から90分未満に該当すると考えるのが妥当です。こちらの方は照会回数と微妙に集計が異なりますが、総搬送件数4万2498件あり、60分以上の現場滞在時間を要したものは423件、約1%です。これは一日平均にして約1件の発生です。

つまりと言うほどではありませんが、東京では重症救急が1日平均で約116件発生し、そのうち約5件が照会回数6回以上であり、さらに約1件が通報から医療機関に搬送されるまで90分程度かかっていると見る事が可能です。消防庁資料の時間区分がやや大雑把なので、時間のほうはもう少し厳密に1件程度とした方が良いかもしれません。

少しまとめると重症救急であっても、

    東京では毎日5件の照会回数6回以上の搬送例が発生し、通報から医療機関まで90分程度かかる搬送例が1件程度は生じる
これが実情です。今回の件は救急隊サイドにやや不手際があったようですが、不手際がなくともこの事件クラスの救急搬送は、マスコミ的に表現すると「連日発生」しているしても良いかもしれません。では東京が酷いのか、そうでないかが気になるところです。細かくやるとめんどくさいので、マスコミや政府が大好きな神の統計である「平均」で見てみます。

全国 東京 東京以外
全国
照会回数 総搬送件数 40万9190 4万2515 36万6675
6回以上 5138 1834 3304
1日あたり発生件数 14.1 5.0 9.1
現場待機時間 総搬送件数 40万9964 4万2498 36万7466
60分以上 1663 423 1240
1日あたり発生件数 4.6 1.2 3.4


東京は人口が多いので発生件数が多くても不思議では無いとはいえますが、東京の人口は約1300万人、一方で日本の人口は約1億2800万人ですから、全人口のおよそ1割です。その上であくまでも統計数値上と言うかイメージ上ですが、東京の医療は他の道府県より劣ると言うより、むしろ上であるとされているところです。

照会6回以上で言えば全国平均で1日当たり14.1件ですから、人口比で言えば1.4件ぐらいでもおかしくありません。見方を変えれば東京以外の発生件数は9.1件であり、残りは46道府県ありますから、強引に平均すると一道府県あたり0.2件、つまり5日に1件ぐらいしか発生しない事になります。1日5件の東京と5日に1件の他の道府県と言う事も可能かと思います。待機時間60分以上も同様で東京は1日1.2件ですが、他の道府県は2週間に1件程度の発生率になります。

かなり雑な比較ですが、東京の救急事情はそういうものだと言う事です。もちろん東京は照会対象になる医療機関が他の道府県に較べて多いと言う特殊事情がよく引き合いに出されますし、地方では逆に照会するにも数が少なくて、照会する方もされる方も「最後の砦」意識が強く照会回数も少なくなり、現場待機時間も短くなるとは言われてはいます。

特殊事情については理解は出来るのですが、結果として東京が照会回数が全国でも高く、現場待機時間も長いと言うのは事実です。もしこれが改善できたら「全国平均」が統計上で大幅に改善されるのは上に示した通りです。改善と言っても、現在の東京以外の全国平均値に改善するだけで十分効果があります。

前から不思議で仕様が無いのですが、人口も多く、当然の事として搬送件数も多く、さらに医療機関が比較的充実している東京の、こんな救急事情を殆んど問題視しない事です。ひたすら「全国♪、全国♪」として、まるで東京には問題が無いかのようにされているのはどう考えても奇妙です。救急問題はマスコミ的にも大好きな話題であり、そのマスコミの本社が集中しているのもまた東京です。

救急搬送問題で妙に有名になった奈良と東京を較べてみたら、なかなか面白い結果が出ます。この集計では発生率に注目しています。

東京 奈良 全国 東京以外
全国
照会回数 総搬送件数 4万2515 3987 40万9190 36万6675
6回以上 1834 246 5138 3304
比率 4.3% 6.2% 1.3% 0.9%
現場待機時間 総搬送件数 4万2498 4088 40万9964 36万7466
60分以上 423 26 1663 1240
比率 1.0% 0.6% 0.4% 0.3%


データ上も奈良は確かに良くないのですが、東京だってエエ勝負と見るのが妥当かと思われます。どちらも改善が必要ですが、全国データの改善のために効果の大きいのは誰が見ても東京です。そんな東京がなかなか話題にならないのも、きっと特殊事情なんでしょうねぇ。