新宮心筋炎訴訟・二審編

被告勝訴の一審編に続く、原告勝訴の二審編です。今日も参照引用しているのは、

この訴訟の時系列を表で示します。まずは新宮市民病院受診までです。

date 事柄
10/28 亡Dに咳嗽出現
11/4 G医院を受診し、解熱剤・鎮咳剤・抗生剤等の処方を受け、一旦軽快。
11/10 亡Dに悪寒・発熱
11/11 G医院を受診。風邪との診断(体温は38度であった)
11/13 G医院を再診。肺炎の疑いありとの診断(BP134/74)。X-p検査・マイコプラズマ検査・血液検査を受け、坐薬アンヒバ5錠を処方
11/14 亡Dに夕方から両瞼に浮腫が出現
11/15 H病院を受診。蛋白尿・気管支炎との診断(両瞼は浮腫状、咳嗽、BP86/50)。レントゲン検査・血液検査・尿検査施行。
点滴後排尿(+)、昼過ぎには腹痛を催し嘔吐
11/15 19:20新宮市民病院受診


続いて新宮市民病院受診後です。

Date Time 事柄
11/15 19:20 亡Dには両上瞼に浮腫が見られたものの、肝・脾・下腿には浮腫がなく、心雑音もなく、橈骨動脈拍動は良好であった。
血液検査(Hb15.2、Ht45.3)、尿検査(尿色は番茶様で少量。なお,同日午前の排尿後はじめての排尿であった)施行。
気管支肺炎・脱水症状との診断をし、入院の上,ソリタT1を初期輸液とする点滴処置を行い、経過観察とするとの方針を決定
20:45 体温37.0度、脈拍96、呼吸数36。眼瞼に浮腫が見られたものの、四肢には浮腫等がなかった。このとき、倦怠感・腹痛を訴えた。
11/16 0:00 体温35.8度,脈拍100,呼吸数32。発汗があり,倦怠感・腹痛を訴えた
3:00 脈拍96、呼吸数25。湿性咳があり,上下肢冷感・倦怠感・腹痛を訴えた
6:00 3時から6時の間に腹痛を訴えるとともに胃液を嘔吐し、併せて倦怠感をも訴えた。このとき発汗,眼瞼浮腫が見られた
体温35.3度、脈拍84、呼吸数24。入院後初めての排尿(100ml、色は番茶様)、腹痛・倦怠感を訴えるとともに、眼瞼浮腫・空えづき・両下肢冷感を認める。
点滴輸液(ソリタT1)にアタP(25ミリグラム)1/2A混入
7:00 上半身の皮膚が湿潤した状態
9:00 X-p検
10:00 I医師の回診,血液検査(検査結果はCPKが4694であった)を受けた。このとき亡Dは口唇色が不良で、眼瞼に浮腫が見られるとともに、軽度の呼吸困難を認め,脈拍を触知せず、体温は35.3度であった。
ICUに転室し,医師Jの診察を受けた。J医師は亡Dに対し,ラシックス10mgを注射するとともに、電図モニターを装着し、酸素テントを開設するなどの処置をとった。
10:20 痙攣硬直、呼吸停止、意識不明、心停止に陥り、人工呼吸、心マッサージの処置を受けた
13:10 心筋炎に起因する急性心不全により死亡


ここまでは争いの無い事実です。それでもって一審編からわかる争点は、
    11/15 19:20の新宮市民病院初診時から、11/16 0:00までの間に急性心筋炎が診断できたら患児は救命できた
これだけが争われ、二審では原告が勝訴しています。ここで医師なら誰でも疑問に考える
  1. そんなに簡単には急性心筋炎の診断などできない
  2. たとえ診断が出来ても経過からして劇症型であり救命は容易ではない
  3. とくに劇症型治療に必要なPCPS、IRPBIABP、ペースメーカーなどを5歳の患児に施せる施設など日本に数えるほどしかない
こういう誰でも思いつく常識以前の疑問を木っ端微塵にする判決となっています。順番が前後しますが、まず裁判所判断はこのケースを劇症型心筋炎ではないと認定しています。その辺はとりあえず、

急性心筋炎は,通常は,急性期を乗り切れば生命予後は比較的良く,完全治癒例も少なくなく,そのため,早期診断,早期治療が重要であるとされている

まず急性心筋炎は早期発見・早期治療により一般的予後は良好と定義しています。それで今回のケースは、

遅くとも14日夕方の時点で既に心筋炎を発症していたものでありそれ以前の症状が前駆症状と考えられること,更に,乙5の13の心電図や甲30のエコー写真,それに本件各証拠からも,亡Dの心筋炎が前記のストークスアダムス発作によるものと認められる証拠もないことに照らすと,その心筋炎は,少なくとも前記のストークスアダムスの発作による予後の極めて悪い心筋炎ではなかったものと推認される。

劇症型ではないと認定しています。もっとも裁判所の事実認定には、

そもそも,劇症型かどうかは,臨床的な分類であって,確固たる定義がある分類ではなく,劇症型の場合に心電図や心エコーで特徴的なものが現れるわけではないとの趣旨の見解(☆☆意見書・甲38,乙22・107頁)もあり,いずれにしても,心電図検査や心エコーの検査から劇症型の心筋炎かそれ以外の型の心筋炎かを分類すること自体が極めて困難である。

「臨床的な分類」であり、「検査から劇症型の心筋炎かそれ以外の型の心筋炎かを分類すること自体が極めて困難」であっても、裁判所は「臨床的分類」で劇症型ではないと認定しています。もちろんキチンとした理屈はあって、

前駆症状から発症までの期間は半日から3日であって急激な経過をたどり,そのような場合には予後が極めて悪く,救命の可能性は低いとされる。前記の劇症型と言われるものは多くはこの場合を指すが(甲16),逆に,前駆症状から発症まで3日以上ある場合には,少なくともこのような場合には該当しない。

長い前駆症状があると事実認定していますから、劇症型ではないと言う結論になるわけです。要するに普通の予後良好の急性心筋炎に過ぎなかったのに、これを脱水症状と誤診し、漫然と輸液を続けたことが注意義務違反に当たると認定している事になります。その辺の表現は、

初診時に少なくとも心電図検査を実施していれば,何らかの異常が判明し,更に心エコー検査をすること等によって心筋炎との診断に達し,輸液を行うにしてもその量やスケジュールを調整した上で,前記のような心筋炎に対する治療や心臓の状態の監視をすることになったもので,そのようにしていれば,入院の後に実施された輸液によって症状を悪化させることもなく,亡Dの救命ができた高度の蓋然性があったものと認められ,したがって,上記注意義務違反により,心筋炎の症状が悪化し,それによって死亡するに至ったものであるといわざるをえない。

おもしろいのは

    心電図検査を実施していれば,何らかの異常が判明し,更に心エコー検査をすること等によって心筋炎との診断に達し
これの根拠になりそうな事実認定があります。心筋炎の臨床診断の目安として、

  1. 胸痛,動悸,呼吸困難及びチアノーゼなどの心症状に加え,発熱,咳及び倦怠感等のかぜ様症状や悪心,嘔吐,腹痛及び下痢等の消化器症状等が前駆症状又は主症状として合併することが少なくない,
  2. 身体所見に頻脈,徐脈,聴診で心音減弱,奔馬調律(第3,4音),心膜摩擦音,収縮期雑音などを認めることがある,
  3. 心電図は通常何らかの異常所見を示す,
  4. 血清中の心筋逸脱酵素のCPK,LDH1・2型,GOTの上昇,CRP陽性,赤沈促進白血球増加などを認めることが多い,
  5. 胸部?線像で心拡大を認めることが多い,
  6. エコー図で左心機能低下や心膜液貯留を認めることがある,
  7. 2.ないし6.の所見は短時間に変動することが多い

確かに心電図には「何らかの異常所見を示す」となっていますから、「何らかの異常が判明」するでしょうが、診断に達するはずの心エコーは「左心機能低下や心膜液貯留を認めることがある」ですから、診断に「達しない」事も多々あるわけです。その他の検査も、

  • 胸痛,動悸,呼吸困難及びチアノーゼなどの心症状


      →なかったから気が付かなかったのです


  • 発熱,咳及び倦怠感等のかぜ様症状や悪心,嘔吐,腹痛及び下痢等の消化器症状等


      感染症の非特異的症状であり、これらの症状から心筋炎は直接結びつきません


  • 身体所見に頻脈,徐脈,聴診で心音減弱,奔馬調律(第3,4音),心膜摩擦音,収縮期雑音などを認めることがある


      →徐脈も頻脈もありません


  • 血清中の心筋逸脱酵素のCPK,LDH1・2型,GOTの上昇,CRP陽性,赤沈促進白血球増加


      →CPK600では心筋炎まで通常は発想は飛躍しませんし、飛躍しなかった事をミスとは言えません。一晩でCPK4694まで上昇すると予想できたら神です


  • 胸部?線像で心拡大を認めることが多い,


      →遺族側の主張でさえ「胸部?線の心・胸郭比も,同月13日(C医院)は47.8パーセント,同月15日(B病院)は49.7パーセント」であり、新宮病院受診時にCTRが「47.8% → 49.7%」に増大した事を異常と感じる医師はまずいません
強いて言えばCPK500〜600が怪しむ証拠ですが、「更に心エコー検査をすること等」の検査を行っても診断がついていたかどうかは疑問です。それでも心電図検査は「何らかの異常」が出ると裁判所が事実認定した検査ですから、

その前のC医院の受診当時から感冒症状が継続し治療を受けたが,改善せず,同医院やB病院で肺炎の疑いあるいは気管支炎との診断を受けたが,一向に症状が改善しないため,控訴人Bらが何らかの異常を疑い,更にB病院小児科の受診を経て,和歌山県串本町の自宅から車で約1時間を要するその地域の基幹病院である本件病院を夜間に訪れたものである。そして,本件病院で初診をしたA医師は,控訴人Bからそれらの事情を聞いたのであるから,地域の基幹病院の医師としては,C医院やB病院での感冒や気管支炎等の診断と治療で改善し得ない何らかの見逃された疾病罹患の可能性を含め広い範囲で診察,診断を行うべき注意義務を負うというべきである。

 しかるところ,同医師は,前記風邪様症状や消化器症状等の心筋炎前駆症状や血糖値が高い値であることを認識しつつ,下腿に浮腫がないことと血液濃縮があることから,両眼瞼が腫れているという状況を軽視し,心疾患の可能性を一方的に排除してしまい,基本的検査というべき心電図検査を行わなかった。

後は下腿浮腫がなくとも心筋炎があることの事実認定、心拡大がなくとも心筋炎があることの事実認定、血液濃縮があっても心筋炎があることの事実認定・・・興味のある方はお読み下さい。私は引用するのも食傷気味です。とにもかくにも長引く風邪症状があり、「眼瞼浮腫」があったのだから、

このようにみてくると,前記認定の事実経過の下で,本件病院の担当医師は,前記の初診時において,亡Dの年齢も考慮し,その輸液の指示の前に,心疾患の可能性を完全に排除できるのか否かを確認するためにも,少なくとも,心電図検査を実施すべき法的な注意義務があったものというべきところ,同医師は,下腿に浮腫がない等の理由で,心疾患の可能性までも完全に排除してしまい心電図検査を実施せずに,輸液の指示をしたもので,この点で注意義務に違反した過失があったものといわざるを得ない。

    心電図検査を実施すべき法的な注意義務があった
とにかく心電図さえすれば心筋炎がこの時点で見つかる展開になったはずだと裁判所は事実認定しています。もう一度裁判所の事実認定をまとめると、
  1. 早期に対処さえすれば治るはずのただの急性心筋炎であった
  2. 長引く前駆症状と「眼瞼浮腫」があったから心電図検査を行わなければならなかった
  3. 心電図検査さえすれば必ず心筋炎診断に導かれたはずだ
  4. 治るはずの心筋炎を診断出来ずに漫然と脱水補正を行なったから患児は死亡した

基幹病院に入院する事になる子供は長引く前駆症状から悪化しての入院が多く、眼瞼浮腫も程度によりますが珍しくありません。そうなれば小児の入院患者のかなりの数が心電図をルチーンとしなければなりません。それも入院翌日なんて優雅な事を言っていては駄目と言う事です。もちろん心電図検査を行っただけでは駄目で、異常があればすぐさま心筋炎を疑って、間違いない鑑別診断を行なわなければなりません。

恥ずかしながら私は心エコーでの心機能評価は自信がもてません。とくに初期の微妙なものなら、見逃す可能性が大です。開業医になっていて本当に良かったと思います。見逃したら、見逃したで間違い無く注意責任義務を問われそうだからです。

そうそうこの訴訟に関連する神の鑑定にはこうあります。

1981年には7年間の全国アンケート調査集計がなされ総患者数102名、全体死亡率17%の報告がある

心筋炎患者の発生数は概算で200万人に1人程度になります。また裁判所の事実認定でも、

小児の心筋炎の診断については,小児心筋炎の臨床像は多様であり,臨床経過も種々であるため従来多くの症例が心筋炎の診断が下されないまま,死亡したり,あるいは治癒したり,更には後遺症を残したりしている。

この神の鑑定の「従来多くの症例が心筋炎の診断が下されないまま」は20世紀の医療のことであり、現在では「臨床経過も種々」であろうが診断する事が出来ずにこのケースのように死亡となれば、多額の賠償金が降りかかる事になるという事です。くれぐれも注意しましょう。とにもかくにも、

    眼瞼浮腫には心電図をお忘れなく♪
ただし今回の判決からは「眼瞼浮腫は心電図」のJBMは導けないと考えます。このケースで心電図異常を見つけたところで、心筋炎診断までには司法判断的にはともかく、医学常識的には非常な困難を要すると考えられるからです。そうなるとこの判決文の一節がJBMに該当する様に思います。
    地域の基幹病院の医師としては,C医院やB病院での感冒や気管支炎等の診断と治療で改善し得ない何らかの見逃された疾病罹患の可能性を含め広い範囲で診察,診断を行うべき注意義務を負うというべきである。
基幹病院の医師が「広い範囲で診察,診断を行うべき」は否定しませんが、200万人に1人の子供の急性心筋炎を診断できなかったら、基幹病院の医師の資格はなく、訴訟で巨額の賠償を認められ、その上で某国営放送が御鄭重にドキュメンタリー番組まで作って放映する事が実証されています。ここは判決を素直に受け止めて、現在基幹病院に勤務されている医師の方々は、自分が基幹病院医師に相応しい能力を持っているかどうかの自己検証を行う事をお勧めします。

資格としては

    注意義務を負うというべきである
こう巨額の賠償請求付きで言われても、「それぐらいは出来て当たり前」「そんなものは朝飯前」「この程度が診断できない奴は医師とは呼べない」ぐらいの能力は最低限必要かと思います。私には残念ながら基幹病院に勤務する資格は到底無さそうです。