臓器移植法

デリケートな問題なので可能な限り淡々と扱いたいのですが、衆議院で可決されたA案の法律的なキモと言うか解釈をDr.I様が故臓器移植法改正案(A案)で15歳未満から臓器提供が可能になるのかに丁寧にまとめてくれています。Dr.I様の解説で必要にして十分ですし、是非御一読をお勧めしますが、私の理解のためにもうちょっと大雑把にまとめてみます。

とりあえず現行の臓器移植法ですが、これが成立するためのネックは傷害罪と死体損壊罪をどう現行法の下でクリアするかであったようです。つまり、

    死亡前に臓器摘出:傷害罪
    死亡後に臓器摘出:死体損壊罪
この二つをクリアしない限り臓器移植は不可能になります。死後の臓器摘出であっても死体損壊罪に問われてしまうという事です。この2つの問題をクリアするために民法の遺言が適用されたとなっています。死体損壊罪の方が分かりやすいのですが、遺言により臓器提供を意思表示していれば、遺族の同意無しでも臓器摘出は可能(実際は同意を取るそうです)とするものです。死亡後の臓器摘出により、角膜移植や腎臓移植が臓器移植法以前から行なわれているのは周知の通りです。

問題は死亡、つまり心臓死以前の臓器摘出です。一般に死亡とは心臓死の事を指しますから、現行の臓器移植法ではここに脳死と言う新たな死の定義を導入しています。導入したと言っても全面的に脳死を人の死として認めたわけではなく、これも民法の遺言を活用し、遺言により本人が脳死を「人の死」として認めると意思表示しているときに限って脳死を認めるとしたものです。

ほいじゃ、民法の遺言とは具体的には何かになりますが、遺言に相当するものがドナーカードです。つまり、

こういう仕組みで傷害罪、死体損壊罪をクリアしているのが現行の臓器移植法です。さらに臓器移植法にはさらなる条件が課せられており、遺言があっても家族の同意がないと脳死判定ができないとされています。つまり脳死を「人の死」として認めるためには、
  1. 本人の意思表示(遺言)
  2. 家族の同意
これがそろわない限り行なわれ無いという事です。見方を変えれば家族は最後まで人の死を「心臓死」か「脳死」を選択する権利を持っているとも言えます。それにしても臓器移植法の法的背景が民法の遺言と聞いて少々ビックリしました。

現在の臓器移植法では15歳未満の臓器移植が出来ないのですが、これも臓器移植法の背景に民法の遺言があるためとされています。15歳未満であれば臓器移植法の背景にある民法の遺言が出来ないのです。理由は民法961条にあり、

第九百六十一条  十五歳に達した者は、遺言をすることができる。

15歳未満であれば遺言を行なう法的資格が無く、遺言が出来ないから脳死判定の前提の一つである本人の意思確認が不可能であるとの解釈になるそうです。


さてと、今回衆議院で可決された改正案のキモは第6条になるようです。とりあえず現行法を見てみます。赤字の部分が改正されるポイントです。

第6条

医師は、死亡した者が生存中に臓器を移植術に使用されるために提供する意思を書面により表示している場合であって、その旨の告知を受けた遺族が当該臓器の摘出を拒まないとき又は遺族がないときは、この法律に基づき、移植術に使用されるための臓器を、死体(脳死した者の身体を含む。以下同じ。)から摘出することができる。

     
  1. 前項に規定する「脳死した者の身体」とは、その身体から移植術に使用されるための臓器が摘出されることとなる者であって脳幹を含む全脳の機能が不可逆的に停止するに至ったと判定されたものの身体をいう。


  2. 臓器の摘出に係る前項の判定は、当該者が第一項に規定する意思の表示に併せて前項による判定に従う意思を書面により表示している場合であって、その旨の告知を受けたその者の家族が当該判定を拒まないとき又は家族がないときに限り、行うことができる。


  3. 臓器の摘出に係る第二項の判定は、これを的確に行うために必要な知識及び経験を有する二人以上の医師(当該判定がなされた場合に当該脳死した者の身体から臓器を摘出し、又は当該臓器を使用した移植術を行うこととなる医師を除く。)の一般に認められている医学的知見に基づき厚生省令で定めるところにより行う判断の一致によって、行なわれるものとする。


  4. 前項の規定により第二項の判定を行った医師は、厚生省令で定めるところにより、直ちに、当該判定が的確に行なわれたことを証する書面を作成しなければならない。


  5. 臓器の摘出に係る第二項の判定に基づいて脳死した者の身体から臓器を摘出しようとする医師は、あらかじめ、当該脳死した者の身体に係る前項の書面の交付を受けなければならない。

親族提供とか、その他の部分は今日は触れませんから、この6条のうち第1項〜第3項が改正されます。現行法の第1項の定義は本人の遺言と家族の同意があって初めて臓器摘出が出来るとしたものですが、改正案ではこう変わります。

医師は、次の各号のいずれかに該当する場合には、移植術に使用されるための臓器を、死体(脳死した者の身体を含む。以下同じ。)から摘出することができる。

  1. 死亡した者が生存中に当該臓器を移植術に使用されるために提供する意思を書面により表示している場合であって、その旨の告知を受けた遺族が当該臓器の摘出を拒まないとき又は遺族がないとき。

  2. 死亡した者が生存中に当該臓器を移植術に使用されるために提供する意思を書面により表示している場合及び当該意思がないことを表示している場合以外の場合であって、遺族が当該臓器の摘出について書面により承諾しているとき。

現行法も改正案も砂を噛むような法律文ですが、6条1項1号は現行法と趣旨は同じで、本人の遺言があり、遺族も同意した場合に臓器摘出は可能としています。6条1項2号が読み難いのですが、本人が遺言により臓器摘出の可否を明確にしていない場合を定義しています。つまり遺言が無い場合の定義ですが、この時も遺族が合意すれば臓器摘出は可能としているのが改正点です。

ここだけ読んでも15才未満の臓器摘出がなぜ可能になるかストレートにわかり難いのですが、「本人の遺言」は民法上15歳にならないとできません。この改正案により本人の遺言無しでも家族の同意で臓器摘出が可能になれば、遺言の民法上の縛りがなくなります。遺言による本人の意思確認が不要となれば年齢制限も無くなるという事のようです。

そうなれば現行法が脳死判定や死体損壊罪の免責理由にしていた民法の遺言との関係がどうなるかが気になるのですが、そこまでは私にはよく分からないところです。合わせて民法の改正も行なわれるのでしょうか。とにかく6条1項2号により

    本人の意思がが不明であっても、遺族が合意すれば臓器摘出は可能である
6条2項は、

    現行法:前項に規定する「脳死した者の身体」とは、その身体から移植術に使用されるための臓器が摘出されることとなる者であって脳幹を含む全脳の機能が不可逆的に停止するに至ったと判定されたものの身体をいう。

    改正案:前項に規定する「脳死した者の身体」とは、脳幹を含む全脳の機能が不可逆的に停止するに至ったと判定された者の身体をいう。

おそらく参議院でも焦点になると言われている個所です。現行法では臓器摘出を行う者についてのみ脳死を人の死と定義していましたが、改正案ではもっとシンプルに脳死を人の死と定義しています。それでは臓器移植を前提としない脳死判定がありうるかと言えば、次の6条3項に脳死判定の許可条件が定義されています。

臓器の摘出に係る前項の判定は、次の各号のいずれかに該当する場合に限り、行うことができる。

  1. 当該者が第一項第一号に規定する意思を書面により表示している場合であり、かつ、当該者が前項の判定に従う意思がないことを表示している場合以外の場合であって、その旨の告知を受けたその者の家族が当該判定を拒まないとき又は家族がないとき。

  2. 当該者が第一項第一号に規定する意思を書面により表示している場合及び当該意思がないことを表示している場合以外の場合であり、かつ、当該者が前項の判定に従う意思がないことを表示している場合以外の場合であって、その者の家族が当該判定を行うことを書面により承諾しているとき。

ここの「前項の判定」とは脳死判定の事です。脳死判定を行なえるのは6条1項の臓器摘出の条件と同じと見なして良く、家族が臓器摘出に同意しない限り脳死判定は行なわれません。現行法では6条3項で脳死判定の許可条件を定めた上で、さらに脳死の定義を臓器摘出を行なうものと定義していたのを、改正案は、脳死でも心臓死でも人の死には変わりはないとしていると思われます。

もっともこの点は現行法の時にも揉めたそうで、衆議院では改正案に近い内容であったのが、参議院で現行法の「その身体から移植術に使用されるための臓器が摘出されることとなる者であって」が付け加えられたそうです。屋上屋を重ねる感が無きにしもあらずですが、6条2項は現行法に近い内容に修正されても実質的には変わらないと思います。


現行法と改正法の相違をまとめると、


臓器摘出 本人 家族 現行法 改正法
脳死からの臓器摘出 認める 認める
認めない × ×
認めない 認める × ×
認めない × ×
不明 認める ×
認めない × ×
心臓死から臓器摘出 認める 認める
認めない
認めない 認める × ×
認めない × ×
不明 認める
認めない × ×
※角膜・腎に限り摘出可(御指摘があり訂正します)


心臓死の場合の本人が認め、家族が認めないとしたのを△にしたのは、移植法上では「拒否しない」もしくは「遺族がいない」場合には可能であることの意味であって、条文的に完全に遺族が「No」とすれば臓器摘出はできないと考えられます。つうかそんな状態では実際も無理です。

ところで現行法と改正法でも家族の臓器摘出への決定権は変わらないと見て良いかと思います。家族の同意が無い限り、心臓死でさえ実質は臓器摘出は不可能なのは上述したとおりです。家族の決定権は改正法になっても損なわれていません。脳死判定もあくまでも臓器摘出が行われない限り実施されず、家族には人の死を心臓死とするか脳死にするかの選択権は変わらず保持されていると考えられます。

改正法で変わるのは本人の決定権である事が分かります。

    現行法:本人が明確に同意の意思表示をしていない限り臓器摘出はできない
    改正法:本人が明確に拒否の意思表示をしていない限り臓器摘出を可能にする道筋を開いた
こうまとめれば良さそうな気がします。「道筋を開いた」と言っても家族の決定権は現行法と同等ですから、現行法では一切「ダメ」であったのが、家族の同意次第で可能な時もあるぐらいの道筋です。さて参議院ではこの改正案への異論が強いと聞きますから、どうなることかに注目されると言いたいのですが、すべては総選挙に左右される状態で、解散になれば廃案になってしまいます。


正直なところ臓器移植法についての知見はさして深いとは言えませんので、今日の解説はDr.I様の説明のほんの補足程度のレベルである事はお断りしておきます。