ウソではないが、大げさで、まぎらわしい

6/29付読売新聞(当初8/29としていたのを訂正させて頂きます)より、

研修医確保へ「松下村医塾」山大病院

 県内で減少傾向にある臨床研修医を確保するため、山口大医学部付属病院は28日、山口市のホテルで、学生や研修医を対象とした講習会「松下村医塾2009 パート2」を開いた。

 約70人の学生、研修医らが参加。福岡県・飯塚病院総合診療科の吉野俊平医長(35)が「緊急外来で致死的疾患を見逃さないために」などと題し、実際の症例を挙げながら、「症状の頻度や疾患の緊急性、まれな疾患を見逃さないことが重要」と説明した。

 2004年度からスタートした「医師臨床研修制度」では、研修医自身が研修先を選べるため、労働条件が良く、多くの症例を学べる都市部の病院に集中し、地方の医師不足の一因になっている。県内の15病院でも、研修医の昨年度の定員131人に対し、69人しかおらず、県内の医師不足は深刻化している。

 この日は、4月から一部制度が変更されたのを受け、同大の研修プログラムの説明会も開かれた。結婚して4人家族の同付属病院研修医、綱分信二さん(28)は「家族を支えて研修に専念するためには、扶養手当などの新たな仕組みが必要」と訴えていた。

松下村医塾構想についての批評はssd様の村医養成講座でしっかり行なわれているので御参照ください。私はssd様のコメ欄でもあがっていた、

    研修医の昨年度の定員131人に対し、69人
ここにからんでみます。記事の趣旨は研修医の定員が52.7%しか埋められず、62人も足りないから、

県内の医師不足は深刻化している

こういう風に導かれています。たしかに定員に大幅に足りていないのですが、この定員が果たして妥当なものであるかどうかです。都道府県 人口・面積・人口密度ランキングを参考に考えてみたいと思います。これは2009年6月1日の最新データに基づいています。

まず国家試験に合格して研修医になった人の人数ですが、医学処 -医学の総合案内所によりますと7668人となっています。ここは医師の需給に関する検討会報告書2006にも準拠して7700人とします。

まず全国の人口は1億2793万1339人です。山口県が146万4566人ですから、人口比による研修医の配分を考えると、

    146万4566人(山口県人口)/ 1億2793万1339人(日本の人口)× 7700人(新規研修医数)= 88.1人
つまり人口比では88人が適正数になります。では面積比ではどうかになりますが、日本の面積が37万2893.85キロ平米、山口県が6112.73キロ平米ですから、
    6112.73キロ平米(山口県面積)/ 37万2893.85キロ平米(日本面積)× 7700人(新規研修医数)= 126.2人
面積比では山口県の去年の定員にやや近くなります。もっとも面積比なんて持ち出せば北海道には1619人の研修医定員が必要になります。この人口と面積の医師数の偏在を計算した代物に財務省医療提供体制の再構築があります。この指数の計算法が検算できないので困るのですが、人口:面積は9:1で計算するとしていますから、せいぜいこれぐらいが目一杯です。人口比だけではなく面積比も計算に入れても92人ぐらいが研修医定員の適正配分になります。もう一つ、配分の要素になるものとして現在の医師数があります。これが現在大幅に低下しているのであれば、不足を補うために研修医定員を増やすというのは理解できます。平成20年 地域保健医療基礎統計に統計があり、人口10万人あたりの医師数は、

都道府県 医師数 病院勤務医 研修医
全国 217.5 131.7 11.3
山口 241.9 142.1 8.7


たしかに全国平均に較べると山口県の研修医数はやや少なめですが、医師数、病院勤務医数は全国平均を上回っており、この数から特別多めの研修医枠を設定する必然性は認められません。もっとも研修医数が人口比での適正数を下回っているのは事実で、充足率78.4%、不足人数は19人はわかりますが、これだけで山口がこれを言ったら埼玉なんてどうなるかです。埼玉を含む首都圏のデータ(東京を除く)を示しておけば、

都道府県 医師数 病院勤務医 研修医
全国 217.5 131.7 11.3
山口 241.9 142.1 8.7
茨城 155.1 93.9 7.8
埼玉 141.6 80.8 5.8
千葉 159.1 98.3 9.5
神奈川 178.3 107.7 11.4


千葉と神奈川が山口の研修医数を上回っていますが、その他のデータは並べるのも笑うほどの不足を示しています。山口が深刻なら首都圏は既に破滅と言っても良いとおもいます。実際もう終わっているの評価さえありますが、申し訳ありませんが山口の医療情勢は統計上はまだまだマシな状態です。山口なりに困っている事はあるでしょうが、煽りすぎと素直に感じます。

もちろん山口が医師数の増加を狙う施策を行なうのは何の問題もありませんし、人口比にして20人ほど、率にして2割ほど不足しています。それを充足させようとあれこれ手段を考えるのは悪い事ではありませんが、目指すべき充足率は研修医の募集定員ではありません。

研修医の募集定員の設定は研修医数より割増で設定されています。確か全体で3割ぐらいだったと記憶していますが、とにかく実研修医数より定員は多くなっており、

    研修医募集定員 > 実研修医数
この関係になっています。募集定員の方が多いので、研修医が大都市部の募集定員を満たせば地方の研修医数は必然的に減ります。この問題は来年度から募集定員数を実人数に近づけるという政策が行われるはずですが、その政策の是非はここでは論じません。ですから山口に募集定員を満たすほど研修医が来れば多すぎる事になります。どういう事かと言えば、記事に書いてある

研修医自身が研修先を選べるため、労働条件が良く、多くの症例を学べる都市部の病院に集中

これは上述した「都市部の研修医定員が満たされた事による地方の研修医の減少現象」です。ここで山口の募集定員131人を満たすような事態となれば、今度は

    研修医自身が研修先を選べるため、労働条件が必ずしも良いとは言えず、多くの症例をこれも必ずしも学べるとも言えない山口県の病院になぜか集中
マスコミや有識者が枕詞の様に持ち出す事が起こるわけです。医師不足の危機感さえ煽れば良しとする「大げさ」「まぎらわしい」の記事はエエ加減にして欲しいところです。