無届け高齢者施設問題

興味深い話題なんですが、手際よく解説するのが難しいお話で、私の長い解説は面倒だと思われる方はDr.Pooh様の無届け老人ホームは指導だけで改善しないをお読みください。今日のお話はそれを膨らませただけのものです。

Dr.Pooh様にならって取っ掛かりは、5/28付け共同通信(47NEWS版)からです。

有料老人ホームに生活改善指導 厚労省、無届けの80施設に

 厚生労働省が無届け有料老人ホームとみられる施設を対象に実施した調査で、2人以上の入所者を狭い1部屋に住まわせるなどした、14都府県の計80施設が、自治体から生活環境を改善するよう指導を受けていたことが、28日分かった。

 施設側は、入所者に個室を提供するなど一定のプライバシーを確保するよう求められており、それが達成されていないとして指導を受けていた。

 このほか、夜間に対応できる人員を置かないなど緊急時に備えた態勢を整えなかったり、廊下が狭く車いすでの移動に支障が生じるとした施設なども指導を受けた。

 厚労省は、無届け施設に届け出を促し、従わない場合は罰金を検討するよう、同日付で都道府県に通知。届け出状況については、10月末時点で再び実態を調査する予定。

 調査の対象となったのは39都道府県の525施設で、3月下旬以降に届け出た施設を含む。4月末時点で無届けなのが34都道府県の446施設だった。

 無届けのうち、最も多いのは神奈川の91施設で、次いで東京(48)、千葉(41)、群馬(31)、沖縄(20)の順。

 3月に10人が死亡した群馬県渋川市の老人施設「たまゆら」の火災を受け、厚労省が実態把握のため都道府県に調査を指示。

老人施設「たまゆら」の火災事故はそれなりのニュースになりましたが、記事は厚労省がこの事件を受けて、実態調査と改善指導を行なったと言う内容です。厚労省の姿勢を好意的に扱っている印象の記事ですが、この事件で初めて知ったと言うか、改めて知ったのは、

    無届け有料老人ホーム
こういうものの存在です。「無届け」とは印象の悪い感じで、語感から脱法的な事をしている印象を抱いてしまうのですが、その数が記事に報じられています。

調査の対象となったのは39都道府県の525施設で、3月下旬以降に届け出た施設を含む。4月末時点で無届けなのが34都道府県の446施設だった。

525施設が全無届け施設かどうかよくわからないのですが、これだけあれば例外的とは言えない現状を示しているように感じます。何が一体どうなっているんだの感想を素直に抱きます。この実態の解説もDr.Pooh様がリンクされている学習院大学教授・鈴木亘のブログ(社会保障改革の経済学)の群馬県老人施設火災事故の背景にあるもの の解説を借りて考えてみます。全部引用すると長いので、今日必要な部分の適宜の引用としますが、時間があれば是非お読み下さるようにお願いします。まずなんですが、

今回のこのような事故で明らかになった無届老人施設の実態は、ほんの氷山の一角であり、全国には、いつこのような事故が起きても不思議ではない老人施設、もっと劣悪な施設、あるいは施設まがいのものがいくらでも存在する。この3年ほどの間にこうした無届施設は急増しており、現在も増加ペースは留まるところを知らない。ちょうど私たちの研究グループは、現在、釧路市等でこうした施設の実態調査を行っているところであるが、私が知る限り、今回の施設は、まだマシな方と言えるかもしれない。特に、生活保護受給者の高齢者を対象とした施設で、野放しとなっている劣悪な施設が多い。その中には、火災事故ではなくとも、いつ死亡事故・傷害事故が起きてもおかしくないものもある。

鈴木教授の調査によると無届け老人施設は急増しているとの事です。それもその内容はかなり劣悪なものが少なくないとしています。ここでごく単純に老人を食い物にする極悪非道の所業であるから、速やかに撲滅せよと言えない事もありませんが、もう少し冷静に考えれば、無届けであって、内容が劣悪であっても、それに対する需要が非常に強いと考えた方が良いかと思います。

誰だって好き好んで無届けの劣悪な施設に入りたいわけではなく、可能でさえあれば届出のある優良施設に入りたいはずです。そういう入りたくても入れない高齢者の施設需要の急増が背景にあるのは間違いありません。だからこそ無届け施設は急増していると考えるのが妥当ですし、その需要の多さは施設の質さえ問わないぐらいに強いとしてよいと判断されます。

そういう事が起こる背景を鈴木教授が解説しています。まずは届出のある施設が足りない理由です。

 この背景には、大きく2つの要因がある。ひとつは、介護保険制度の問題で、総量規制及び療養型病床群廃止・縮小という「規制強化」の影響である。よく知られるように、特別養護老人ホーム(特養)をはじめとする介護保険3施設(特養、老健施設、療養型病床群)は、特殊な法人格(社会福祉法人、医療法人、自治体)しか開設できないという参入規制があるため、40万人とも50万人ともいわれる待機老人が、介護保険開始当初から発生しており、一向に解消の見込みがない。

まず正規の高齢者施設としては、

この3つがあります。私は小児科医なので実感が乏しい面もあるのですが、高齢者医療の患者の流れとして、



上記の図が基本なんですが、この流れで問題なのは老健、特養の収容能力が昔から不足し、今でも不足し、これからも充足する見通しがない事です。厚労省の方針は「何がなんでも在宅」なのは説明の必要もありませんが、いくら会議室で決定して、号令をかけようが、在宅療法が現実として不可能な高齢者はたくさんいますし、これからの高齢者社会に向けて必要者が鰻上りに増える事は日を見るよりも明らかな事です。

鈴木教授は建設者の資格問題を指摘されていますが、実はこれらの施設を作りたい特殊な法人格は結構いるのですが、その建設許可は非常に厳しい制限が行なわれています。介護保険のシステムは、誤解があれば訂正してもらいたいのですが、地域での介護保険需要により自治体の介護への出費が増すシステムになっており、カネのかかる老人施設の建設は自治体の大きな負担となります。

それ以前に病床規制がかけられてもいますので、現状の政策では永遠に足りない施設となります。足りないから「何がなんでも在宅」の方針にはなるのですが、在宅で療養できない人の事情は切実です。在宅介護の問題はコムスンショックが象徴的ですが、お世辞にも充実しているとは言い難いことは周知の事実です。そこで次に起こったのは、

 このため、介護保険開始直後から、グループホームや、有料老人ホームなどの「擬似施設」と呼ばれるものが、3施設の代わりに急速に利用を拡大し、待機老人の受け皿として機能してきた。これらは、分類としては、在宅介護分野であり、基本的に老人たちが集合して住む居宅に、デイサービスやホームヘルプサービスなどの介護保険サービスが入っているという位置づけになっているが、実質的に施設として機能し、安全性や質の保証があるサービスであった。

療養病床、老健、特養の正規の流れから弾かれた高齢者の受け皿として作られたのが

これらの施設を鈴木教授は「擬似施設」と呼んでいます。鈴木教授の調査ではこれらの擬似施設の内容は悪くなかったとしていますし、擬似施設もいわゆる届出施設になります。療養病床、老健、特養の不足を補う擬似施設の位置付けは、あえて図にすると、



そういう状態で高齢者の施設医療は運用されていたのですが、

 しかしながら、2005年の介護保険法改正で、各自治体が「総量規制」として、こうした擬似施設の建設を拒否する権限を有することになった。以降、介護保険料上昇を少しでも抑えたい各自治体は、競って総量規制に走り、現在は事実上、こうした擬似施設の建設はストップしている状況である。この傾向は、特に、東京都などの都市部で著しい。

2005年の介護保険法改正までは、擬似施設は比較的自由に建設できたようです。しかし法改正により擬似施設も療養病床、老健、特養と同様に総量規制、つまり建設規制が非常に厳しくなり、ほとんど建設できなくなったとしています。つまり届出施設による正規の施設による供給は絶たれてしまった訳です。もちろん厚労省の方針は施設がなくとも「何がなんでも在宅」ですから、こういう問題に対しては「解決策を施行済み」です。

厚労省がなんと言おうと高齢者の施設医療の需要は高まりこそすれ、減る要因は殆んどないのですが、この状態からさらに追い討ちをかける政策を厚労省は行っています。

 また、この動きに拍車をかけているのが、療養型病床群廃止・縮小である。療養型病床には、介護保険適用のものと医療保険適用のものがあるが、厚労省は、介護保険適用型については2011年度末までに全廃止、医療保険適用型についても25万床から15万床への縮小を決めている。このため、現在までに、すでに多くの病院で、すでに療養型病床の廃止、縮小が始まっており、そこにいる要介護者が行き場を失っている。

療養病床削減の話はもう何度も取り上げたので、できるだけ簡潔にしたいのですが、療養病床削減計画とは、介護保険の療養病床13万床と医療保険の療養病床25万床の計38万床あったものを、医療保険の療養病床15万床に削減するものです。たしか現在はもう少し緩和する方針も出されていたかと思いますが、口先の方針とは別に診療報酬を巧みに締め上げて、嫌でも療養病床を減らさざるを得ないように粘り強く政策誘導を続けています。

療養病床削減策に対し、現役の厚労官僚である宮島俊彦氏(当時は厚労省審議官、今は老健局長だったかな?)は療養病床削減による、行き場の無い人が出てくる懸念を質問されたのに対し、2006.10.5付け神戸新聞にて、

計画では、介護保険の療養病床約十三万床と医療保険の療養病床約二十五万床を六年かけて再編し、医療保険の十五万床に集約する。その際、療養病床は老人保健施設などに転換するので、患者が追い出されることは考えられない。

宮島氏の発言だけ聞けば、38万床の療養病床が15万床になる代わりに、新たに23万床の老健なり特養が増設されそうに思えます。もう少し言えば、療養病床削減による病床転換に特別の便宜を図りそうにも聞こえます。ところが実情は相当なものです。実はこの削減計画は実は難航するのですが、2007年時点で促進策が打ち出されています。いわゆるアメですが、今日必要な事項を書き出せば

  1. 療養病床の転換先となる有料老人ホームや、高齢者専用の賃貸住宅経営を認める。
  2. 「第3期介護保険事業計画」(06〜08年度)で、すでに介護施設の各年度ごとの定員数を定めていることがある。このため計画の総枠内なら、単年度に定員枠を超えることも認める。

緩和策の骨子は鈴木教授の言う擬似施設への転換も可能とした事と、介護保険事業計画の前倒し運用を認めたことです。緩和策以前はこれさえ認めていなかったことになりますが、緩和されてもわかるように、あくまでも規制範囲内の定員しか転換は認めないとしている事です。老健、特養はもちろんの事、擬似施設もまた枠をガッチリはめ込まれているのは鈴木教授の指摘通りです。

宮島氏は「6年」で転換は終了して、何の問題も起こらないと明言されていますが、果たして6年の定数増加枠が療養病床削減分の23万床に匹敵するほどあったかどうかが問題です。もし全国であったとしても、療養病床は建物で引越しできませんから、地域的なマッチも含めてです。これ関しては調査不足で何とも言えませんが、仮にあったとしても正規の届出施設の収容能力は横這い、無かったり、実情にマッチしていないとさらに低下します。


届出の正規の施設はガチガチに抑制政策が続けられていますが、「はいられへんねやったら、しゃーないさかい、在宅にしまひょか」なんて流れには絶対になりません。在宅医療は甘いものではありません。美談仕立ての在宅プロパガンダ・ドラマでさえ、修羅場を描かざるを得ないぐらいの地獄図が展開します。在宅の介護者は家族であり、限られた人数で24時間介護ですから、半端なものではありません。

家庭崩壊を避けるために「どこかに施設を」の需要が強烈に生じます。そういう需要に対して鈴木教授は、

 このため、再び現在、介護施設難民が大量に発生している状況であるが、正式の施設、擬似施設では受け入れ先を見つけることがきわめて困難である。そこで、その隙間を縫って、いわば必要悪として急増してきたのがこの無届施設であり、今回の静養ホームのほか、高齢者アパート、老人下宿、高齢者下宿、宅老所、宿泊所など呼び方はいろいろあるが、多くの難民を受け入れている。

チョット整理しておくと、高齢者の受入施設として

  • 届出施設
  • 無届け施設
    • 静養ホーム、高齢者アパート、老人下宿、高齢者下宿、宅老所、宿泊所など
ここで正規と言ってよい届出施設の供給は極度に制限されています。もともと足りないところに、供給抑制が強固に行なわれています。一方で施設利用希望者はこれからドンドン増えていきます。つまり構図としては、
    届出施設の供給能力 << 施設希望需要
需要と供給に大きなアンバランスが生じれば、そこに市場が生まれます。間違っても厚労省が目論む「み〜んな在宅でHappy !」には展開ならないわけです。届出が許可されないなら届出無しで施設を作る動きが必然として出てくるわけです。圧倒的な需要がありますから、質の悪い施設も当然のように出現しますが、質が悪くてもそれを満たすだけの需要がいくらでも湧いてくる事になります。ここも図にしてみれば、



ここで記事からなんですが、

厚労省は、無届け施設に届け出を促し、従わない場合は罰金を検討するよう、同日付で都道府県に通知。

無届けだから質の悪い高齢者施設がはびこるから、届出を出した上でキチンと指導するという方針です。一見正論なんですが、なぜに無届けの施設が増えているかの理由を考えなければなりません。理由は正規の届出施設が足りないのが根本です。さらに作ろうとしても強固な抑制政策の下、「作れない」のが実情です。さらに、さらに作っても採算が取れなくように政策誘導を日夜怠りません。

こういう指導に対しても鈴木教授は分析を加えています。

 今回の事件を受けて、厚生労働省は、各道府県にこうした施設の実態を把握したうえで、有料老人ホーム登録を促すよう指示を出したという。しかし、実はこうした指示は、以前から既に行われていたものであり、なにも今はじめてやっていることではない。しかしながら、有料老人ホームへの登録は、たとえば高齢者以外に若い障害者も一部に住まわせていた場合には、老人施設とならないなど、抜け穴が多く、また、有料老人ホームの登録をしなくても、実質的な罰則がないために、事実上、任意の制度となっている。また、有料老人ホームの登録をした場合には、自治体の査察指導が入り、防火設備や様々な設備、人員配置などに指導が行われ、施設側の追加負担費用が非常に高くなることから、施設側に登録のメリットは全く存在しない。

ここもおもしろい指摘なんですが、

    有料老人ホームへの登録は、たとえば高齢者以外に若い障害者も一部に住まわせていた場合には、老人施設とならないなど、抜け穴が多く
これなんて厚労省が施設利用者による施設の厳格な規制を作ったためにできた抜け穴のように感じます。言い換えれば許可のハードルを高くしたためできた抜け穴みたいなものです。
    有料老人ホームの登録をした場合には、自治体の査察指導が入り、防火設備や様々な設備、人員配置などに指導が行われ、施設側の追加負担費用が非常に高くなることから、施設側に登録のメリットは全く存在しない
届出をしなくとも罰則を逃れる抜け道はたくさんあり、届出をしても経営上のメリットが無いどころか、デメリットがテンコモリとなれば無届けのままで営業を続けるところは幾らでも出現するかと思われます。需要は10年いや20年以上は確実に安定どころか逼迫状況が予想されますから、増えなければおかしいぐらいかもしれません。


それでもそういう無届けの不良施設は排除すべしの意見はあるかと思います。意見自体は正論で文句のつけようが無いのですが、厚労省ですら本気で取り締まろうとしているかと考えればすこぶる付きで疑問です。厚労省の基本政策は何度も執拗に書きましたが、「施設医療抑制、在宅医療促進」です。施設医療抑制の方針があるのなら、無届け施設を厳重に取り締まって抑制するのが基本政策に一致するとなりそうなのですが、そうはならないと考えます。

厚労省が抑制したいのは公的保険を使う施設医療の抑制です。たぶんですが無届け施設は公的保険の施設医療の対象にならないかと考えます。公的保険さえ使わないのであれば、実質的に在宅と財政負担は同じであり、厚労省的には施設医療の抑制の対象外になると考えられます。下手に届出になって承認なんかしようものなら、また施設医療費が増えます。

もう一つ質の面から、無届け施設を取り締まる方向性は本来あるはずです。しかし無届け施設を徹底排除すれば、そこからまた施設医療希望者が出てきます。現在のところ厚労省の在宅キャンペインになんとなく世論は従っていますが、介護難民が下手に社会問題化すれば、今度は施設医療充実の圧力が生まれてきます。そうなれば何をしているか分からなくなります。

厚労省としては無届け施設問題は手を触れたくない問題だと見ています。下手に手を出すと施設整備の方針に世論が変わる危険性が常にあり、事件があって取り締まってもポーズだけに終始するかと思います。いつかは施設整備の要求が出てくると思いますが、無届け施設が適当に機能してくれれば「いつか」はかなり先送りできます。「いつか」の程度は当該厚労官僚の在任中に問題が先送りになれば必要にして十分で、そのうち誰かがババを引くだろうという寸法です。

その時の担当者が「ババを引く」としましたが、厚労省的にはババでもないかもしれません。現在は医療費増額は悪ですが、高齢者への施設医療の要求が世論になれば、厚労省としては世論に従って施設拡充を行なえば良いだけです。官僚的にはお金の動くところは見事に省益と仕立て上げますから、そうなったら、そうなったで腕の見せどころになります。歴代担当者の責任なんて大臣も含めて取らされる事はまずあり得ないからです。

どこか根本が間違っている話だとは思うのですが、現実はそんなものかと考えています。