日曜閑話26

今日は閑話とするには重すぎますし、医療と言うテーマから離れるという本来の趣旨からも逸脱するのですが、お題は「全医連」です。全医連は発足当時にそれなりに協力して期待していた組織ですし、今でもちゃんと籍を置いています。ただ少々距離を置いているのが実情です。

参加して思ったのはバーチャルのネット組織から、リアルの組織に移行する難しさです。容易な作業ではないと痛感しました。ネット空間の一つの良さは、参加者の関係が水平関係であることです。参加するものが誰しも対等な関係で自由で意見を発信できる事です。当ブログにもたくさんのコメンテーターがコメントを寄せて頂いていますが、中にはリアルで会えば口を開くのも畏れ多い方も混じっているかもしれません。

それが匿名と言うアイテムにより、ネット上の存在感は発言した内容のみが評価され、唸らせられる意見の発信者は評価され、そうでもない意見であれば、それなりの評価しか与えられません。日常のリアル社会であれば、発言に付け加えられる社会的地位や実績がなくなり、発言そのものの価値が問われる世界になります。ネットの怖さであり、楽しさであると思っています。

机上論としては、ネット組織からリアル組織に移行する時に、そういうネットの良さを取り込みながらの風通しの良いリアル組織を構築するのが理想となります。いかにも出来そうな話ではありますが、あまり前例のない試みなので、methodが確立していない問題があります。もうちょっとあからさまに言えば、完成形のモデルが転がっていないので手探りで摸索する状態に陥る事になります。

これも私が改めて実感したのは、数が増えれば意見は多様化するということです。あたり前の話なんですが、参加者が少ない時には暗黙の了解事項が参加者全員にありました。暗黙の了解事項を踏まえるという事は、そこまでの意思形成の議論は不要と言うことです。ところが参加者が増えると、暗黙の了解事項を知らない、もしくは暗黙の了解事項自体に反対である方も出てきます。

そうなって悪いわけではありませんが、そうなるとネット組織の悪い面が出てきます。私は医師ですから「とくに」と考えている面がありますが、小異を貫き通す方が出てこられます。ネットでは水平関係での議論になりますから、小異であっても強硬に主張されると、そこで議論が立ち往生します。うちのブログの議論でもしばしばそういう状態になりますが、うちであればそのうちコメ欄がパンクするなり、私が目先の違うエントリーを重ねる事で流す事も可能ですが、組織の在り方を決める議論となればそういう手法を使えません。

リアルの会議であれば、時間切れとか、それなりの肩書きの発言者が議論をまとめるとか、一種の丸投げですが「議長一任」とか「執行部一任」で、後は会議後の根回しで妥協案を図る手が常套手段ですが、ネット会議ではそうともいきません。そのうえ、リアル会議でもしばしばありますが、ネット会議ではさらにしばしば議論が脱線していきます。脱線もかなり壮大な脱線で、ようやく元に戻った時には「振り出しに戻る」なんて笑えない状態にも陥ります。

それだけ真剣に議論している証なんですが、そうやってスレのレスがあんまり積み重ねられると、議論の流れを読み取る事さえ難儀な作業になります。2chが1000でレスを一旦打ち切るシステムにしているのが理解できたほどです。どこかで一旦まとめないと、長いネット会議は簡単に小田原評定に陥ってしまうというのがよく分かりました。


誤解はして欲しくないのですが、非難をしているのではありません。そういう事は実際に行なってみて「わかった」事なんです。そんな事すら予期できなかったのかの批判は当然出てくるでしょうが、そういう状態を克服するmethodが手探り状態であったと私は考えています。今でさえ特効薬的な手法は見出されていないのではないかと考えています。

そうしながらも全医連はネット組織からリアル組織に移行しているのですが、リアル組織には雛形はたくさんあります。つうか、この世の組織の殆んどはリアル組織です。これはあくまでも私の憶測ですが、方向性としてリアル組織の雛形にネット組織の良さをなんとかはめ込もうと努力されていると見ています。ただ、経緯を見ると現実のリアル組織の雛形はネット組織と非常に相性が悪そうです。

医師にとって身近なリアル組織は医師会とか学会です。あくまでも漠然とした印象ですが、そういう組織では上に立つ人間が相当な強権を持っています。強権は語弊がありますから、決定権を幅広く委任されています。ちょっと脇道にそれますが、神戸で一般医療機関で発熱患者、つまり新型インフルエンザの可能性のある患者の診察を決定した時の経緯もそうです。

5/29付け神戸新聞に決定時の経緯が書かれていますが、

十八日夜、「まん延期直前」として、開業医などで対応する運用方法案がまとまり、十九日の理事会に諮った。「まだ、まん延期でない」「市が拡大を防ぐ努力が見えない」と反発の声が上がったが、約二十人の出席者全員一致で二十日からの診療受け入れを決めたという。

この決定に異論があるという訳ではありませんが、決定に当たって当然の事ですが私の意見は一言も反映されていません。決定権と言うか意見を発言できるのは「約20人の出席者」のみであり、その他の大多数は決定を聞いただけです。これがもし参加医療機関全員がネットを通しての議論になっていれば、何も決まらなかっただろうと考えています。つまりリアル組織とはそういう運用を行なうことで統制が行なわれます。


全医連は組織上の大問題を抱えながら、試行錯誤してきたと私は考えています。その試行錯誤の混乱に愛想を尽かした方もおられますし、組織のリアル臭に憤慨して離れた方もおられるとは聞きます。私も距離を置いているのは、他人の事をとやかくは言えません。それでも距離を置きながら離れないのは、そういう試行錯誤が全医連にとって必要であると考えているからです。

ですからまだ期待は捨てていません。言う人に言わせれば、リーダーシップの問題と指摘されますし、その指摘が的が外れているとは論駁し難い面はあります。ただ、そんなに優れた指導者はどこにでも転がっているわけではありません。医師の指導者といえば日医の武見元会長が有名ですが、武見氏であっても現役時代はその強権ぶりに、医師会員の一部から強い反発があったことは間違いありません。

現在の代表の欠点を指摘するのは誰でもできますが、では誰がもっと完璧な指導者であるかの問に答えなくてはなりません。設立総会から1年、決起集会から1年半になりますが、この間の試行錯誤はきっと今後に活かされると今は信じたいところです。なんだ、かんだと言っても形になった新組織は全医連だけですから、時間はないとは言え、もう少しだけ長い目で私は見たいと思っています。