舛添大臣の法改正発言

同じようなテーマで何度もエントリを立てていますが、御容赦ください。病院の当直と言うのは3つの法から見る事が出来ます。

それぞれの法により当直は規定されていますが、法が変われば当然概念も変わります。名前は同じ「当直」であっても規定する法が違うからです。税法の話まで含めると長くなるので、今日は医療法と労基法にしぼって考えてみます。まず病院に当直を置かなければならない規定は医療法16条にあります。

第16条

 医業を行う病院の管理者は、病院に医師を宿直させなければならない。但し、病院に勤務する医師が、その病院に隣接した場所に居住する場合において、病院所在地の都道府県知事の許可を受けたときは、この限りでない。

別に問題のある規定ではなく、就業時間外の患者の容体の急変などに備えて「医師を当直として必ず置きなさい」の規定です。患者の容体は24時間変わりますから、遅滞なくこれに対応するために医師の当直が必要とし、これを置くことを義務づけている法律です。病院に当直が必要である事に異議がある医師は多くないと考えます。

ここで注意して欲しいのですが、医療法の当直は夜間休日の病院の医師の常駐規定のようなものです。病院によって当直業務の量や質は当然変わり、必要な人数も病院によって変わります。つまり医療法の当直は仕事の質や量による規定は全く行なっていません。とりあえず病院には最低1人の当直を義務づけていますが、後は病院による業務の量により適宜対応しなさいの趣旨と受け取るのが妥当です。


一方で労基法41条3項による当直は、当直者の働き方を規定した法律です。労基法41条3項をあげておくと、

第41条

 この章、第6章及び第6章の2で定める労働時間、休憩及び休日に関する規定は、次の各号の一に該当する労働者については適用しない。

 3.監視又は断続的労働に従事する者で、使用者が行政官庁の許可を受けたもの

ここも何度もやっているのでかなり端折りますが、労基法41条3項による当直の特典として、

  1. 当直業務時間は労働時間にカウントされず、時間外手当の対象にもならない
  2. 当直手当は時間給の1/3で良い
こういう特典が与えられる代わりに当直業務の内容を限定しています。そりゃそうで、こんな条件で実質の勤務を正規の労働時間外に無制限に行われては労働者としてはたまったものではないからです。医師の場合も、これもお馴染みの平成14年3月19日付基発第0319007号「医療機関における休日及び夜間勤務の適正化について」および平成14年3月19日付基発第0319007号の2「医療機関における休日及び夜間勤務の適正化について(要請)」の通達で当直の業務内容を、

常態としてほとんど労働する必要がない勤務のみを認めるものであり、病室の定時巡回、少数の要注意患者の検脈、検温等の特殊な措置を要しない軽度の、又は短時間の業務を行うことを目的とするものに限ること。

こういう風に具体的に限定しているわけです。これに反する当直業務が必要であれば、労基法上の当直とは認めないと言う規定です。当然ですが、

    医療法の当直であっても、労基法としては当直と認められない
こういう事態はごく普通に起こります。病院によっては当直の業務が労基法の枠内に収まる事もあるでしょうが、収まらない事もごくごく普通にありうると言うことです。医療法の当直と労基法の当直は全く別の概念で成立しているものであり、二つの当直は矛盾なく並立しています。ちなみに労基法の当直が認めらない時には、時間外勤務なり、変形労働による交代勤務制で誰か医師を病院に常駐させれば医療法の当直の規定は何の問題なく満たします。

また労基法の当直が認められなくとも、病院は医療法により当直を置くことを義務づけられています。当直を置く事自体は、

これも適切な表現ではありませんが、どんな理由があろうとも病院は当直を置かなければならない義務があると言う事です。労基法の当直の位置付けは、病院経営側にとっては人件費を安く出来る例外規定とも言え、例外規定を適用するには条件があり、条件を満たせなければ例外規定は用いる事ができないと言う事です。


私程度でも医療法の当直と労基法の当直の違いは識別できますが、厚生労働大臣は全然違う受け取り方をしています。僻地の産科医様が文字起こしされた4/15の参議院厚生労働委員会の舛添大臣の答弁です。

 まずその前に、冒頭仰ったポイントまったく同じものなので、まさに労働基準法の宿直の概念と、医療法上のは違うんですね。別の概念なんで、で厚生労働大臣をひきうけてやっていた時に、こんなにこの大変な分野が広がっていることに悩みがあると共に、実を言うと、勤務医の問題、それから足立委員なども一緒によく研究していたわけなんですから、そうするとねぇ。片一方で厚生大臣として、医師不足だのなんだ、片一方で労働大臣としてこっちの問題も見ないと。まさに概念違うんですよ。

 その矛盾をどう解決するかは、実は悩んできて、しかしこの発想を逆転して、まさにこの一人の人間がやっているんだからもっといいことできるんじゃないかと思って、今やっていますんで、ぜひこのいまのいい質問を基にもっといいことしたいと思いますが、ちょっと前置き長くなりましたが、ふたつの法律は別の概念でございます。

まあ、歴代厚生労働大臣の中で医療法の当直と労基法の当直が別の概念である事を理解したのは、舛添大臣が初めてでしょうからその程度は評価できる発言です。ただ次の発言に驚かされます。

 まずおんなじ宿直という言葉が使われていて、ふたつの法律の概念が違うとこれあまり法治国家としてよろしいことではないと思っています。だからせっかく厚生省と労働省がいっしょになったんならこういうところに手をつけないといけないと思うのです。これみんなで法改正すればいい訳です。

言葉が同じだから混同しやすいと言う指摘は百歩譲って認めるとして、なぜに医療法の当直と労基法の当直の「法律の概念」を同じにしなければならないのか意味不明の発言です。さらに大臣発言は一歩進んで、医療法の当直と労基法の当直の概念を同じにするために法改正を行なうべきだと発言しているのはビックリします。

法の概念も趣旨も違う2つの法による当直ですが、言葉が同じで混同しやすいのなら、2つの法で当直の呼び方を変えればそれで済む問題のはずです。運用がまったく違う法律ですし、両法の運用上で矛盾する点は基本的にありませんから、法の概念までそろえる必要性はどこにもないと考えます。労基法の当直の許可があろうとなかろうと、医療法の当直が置く事が可能であるのは上述した通りです。

この大臣発言の真意は注意深く心に留めておく必要があると考えています。


少し大臣発言の真意を推測してみたいと思います。厚生労働大臣には二つの側面があります。厚生大臣の側面と、労働大臣の側面です。労働大臣としては労基法と乖離が甚だしい医師の勤務環境の是正を行なわなければなりません。厚生大臣としては崩壊する医療を支える事が義務付けられています。本来、この二つは両立する問題のはずですが、現状の医療戦力では両立しません。

労働大臣として医療現場を労基法遵守の世界に少しでも近づけたら、戦力不足から現状の医療体制は維持できません。人件費の高騰もそうですし、医師の絶対数の不足から医療体制の縮小を余儀なくされます。一方で厚生大臣として現状追認路線で問題を先送りする事は許されない状況です。先送りしても良いのですが、誰だって自分の在任中に医療崩壊を決定させるのはおもしろくありません。

厚生労働大臣的には当直問題が労基法的側面から火を吹くのは好ましい事ではないとの認識かと考えています。とくに労働大臣の側面もありますから煩わしい対応に直面する危険性があります。問題の根底は、

    労基法に準じた医師の勤務環境の改善は不可能
この命題に関連するのが医師当直問題です。不可能の前提は現在の医療提供体制を変えないという政治的命題のためです。


さてと、今後のために労働大臣的立場として医師当直問題に形をつける必要があります。ここでラッキーな事に厚生労働大臣厚生大臣でもあるわけです。もし厚生労働省が厚生省と労働省のままならば、他省の法律に口出しするのは非常に難しい問題です。そういうところは良い意味でも悪い意味でも縦割り行政です。ところが二つの法律は厚生労働省と言う一つの省庁が管轄しています。

このラッキーなメリットは舛添大臣も強調しています。

    まさにこの一人の人間がやっているんだからもっといいことできるんじゃないかと思って、今やっています
この発言にある「いいこと」が誰に向かっての「いいこと」であるかは意味深長です。医師に比較的好意的な印象がある舛添大臣ですから、漠然と勤務医のために「いいこと」と受け取る事も可能ですが、国民の信託を受けた厚生労働大臣ですから大多数の国民にとって「いいこと」の解釈も可能です。これも本来は並立しなければならない概念なんですが、現在の厳しい医療情勢では対立する概念にしばしばなります。


現状の医療法と労基法の当直の法律的概念の違いは、勤務医にとって何のデメリットもありません。病院の当直業務が労基法に従ったものになるのなら業務の軽減に直結しますし、労基法の当直でなければ収入増加と、総労働時間の明確化と、それに伴う労働時間の軽減の圧力になる事が期待できます。労基法と勤務実態の乖離はそれほど物凄いものだからです。

大臣発言にある労基法と医療法の当直の法律概念をそろえるという法改正は、勤務医にとってどんなメリットが期待できるでしょうか。現在の勤務実態はこれも大臣発言ですが、

 だからあくまで立ち入るというのは潰すためではなくて良くするために改善策をやるわけですから、いま仰ったように交代制というのは医師の数が少なくてなかなか難しい。そうすると、本当はそこまで行くのにがんばってやっていますけれど、すぐにはいかないのでとりあえずはアレだけ働いてたら賃金上げる。こういうところからでも相当助かりますから、そういう方向への誘導の方が私は正しなぁと思っています。

 でも根本は、おんなじ省がもっているふたつの法律で同じ言葉が書いてあって概念が違う。というのはちょっとこれから含めて検討する必要があると思いますので、できれば本当に勤務医のかたがたが働きやすいようになる、そして救急に入ってきた皆さん、国民の皆さんが必ず救われる、その態勢にするために使える法律、使える武器は全部使おうということなんで、非常に重要な指摘なのでこれからの指導ができるように、これは労働大臣としてもやっていきたいと思っています。

現状認識として交代制勤務の実現はあきらめています。それでも労基法も通達も交代制勤務を求めています。そこが矛盾しているから、

    でも根本は、おんなじ省がもっているふたつの法律で同じ言葉が書いてあって概念が違う
法律としても交代制勤務を要求されない体制を作ろうとしか私には読めません。つまり大臣が構想しているのは現在の労基法水準より、もっともっと現状に近づける路線での法改正を行ないたいと読めます。そうでなければ法改正なんて全くもって不要だからです。大臣が構想する法律の一端が、
    勤務医のかたがたが働きやすいようになる、そして救急に入ってきた皆さん、国民の皆さんが必ず救われる、その態勢にするために使える法律
ここも修辞が入っていますが、目標を二つにしています。
  1. 勤務医のかたがたが働きやすいようになる
  2. 救急に入ってきた皆さん、国民の皆さんが必ず救われる、その態勢にする
言っている事は正論なんですが、現状の医療では矛盾する概念になってしまいます。「救急に入ってきた皆さん、国民の皆さんが必ず救われる、その態勢にする」を行なうだけの戦力の枯渇が医療崩壊の一つの側面です。現状レベルでもこの態勢を維持するためには、現状の労働状況は最低限必要で、国民の要求はさらに高度な充実したものを要求しています。つまりさらなる労働強化が必要になると言う事です。

労働強化のためには労基法による当直のフィクションが欠かせません。ところが現在の労基法ではいかに弾力適用しようとも、月に120時間の特別条項による時間外労働みたいな、空怖ろしい弾力運用が必要になります。これも月120時間が上限であればまだしもですが、まともに労基法の弾力運用だけで対応すれば200時間とか、300時間みたいな訳の分からない時間外労働が必要になります。

そこを労働時間ではなく法改正で切り抜けようですから、個人的にはどんな期待をして良いか意味不明の法改正です。それでもって勤務医に与えられる飴ですが、どんな名目であれ労働時間の短縮は期待できません。現状の医療供給量は保持するとの前提があります。またさらに伸びる量についてもこれまで同様の対応は求められます。これは政治的命題ですから変わりません。

先ほど修辞が入っているとしましたが、

    「勤務医のかたがたが働きやすいようになる」「勤務医のかたがたを働かせやすいようにする」
こうするならば法改正の趣旨はすっきり通ります。今まで厳密どころか見ただけで労基法違反状態であった医師の当直勤務を、合法的に追認する法改正であると考えます。そうなれば勤務医も「労基法違反だ」とか言って、労基署に駆け込んだりする余計な手間は発生しなくなり、「勤務医のかたがたが働きやすいようになる」とも受け取れます。かつての勤務医は「医者は労基法の枠外の人間である」と嘯いていましたが、これを本当に「医者は労基法の枠外の人間である」と正式に規定する法改正であると言えばよいでしょうか。

それでもまだ私は舛添大臣の見識に一定の信頼を置いています。今日推測した真意が事実誤認である事をひたすら祈るばかりです。