伊丹の事件

読売、朝日、産経の記事を長くなりますが示します。まず2/4付読売新聞です。

14病院で16回拒否、交通事故で重傷の69歳死亡

 兵庫県伊丹市内で1月20日、交通事故で重傷を負った男性(69)が救急搬送の際、3次救急病院を含む14病院に受け入れを断られ、事故から約3時間後に出血性ショックで死亡していたことがわかった。

 市消防局などによると、20日午後10時15分頃、同市行基町の県道を自転車で横断していた近くの駐輪場誘導員の男性が、同市内の自営業男性(28)のバイクと衝突、2人とも全身を強く打ち重傷を負った。

 5分後に救急車が現場に到着。「1人なら受け入れ可能」とした同県西宮市の大学病院(3次指定)に、負傷程度が重いと判断されたバイクの男性が搬送された。救急隊は現場で自転車の男性を応急処置しながら、1時間にわたって兵庫、大阪両府県の5市13病院に受け入れを要請したが、「専門医がいない」「ベッドに空きがない」などの理由で断られたという。

 同11時30分頃、伊丹市の民間病院が受け入れに応じたが、搬送後に容体が悪化。病院側は、いったん救急隊が受け入れを要請した西宮市の大学病院など2施設に転院を依頼したが、断られた。

 神戸市内の病院が応じた時は、すでに搬送できる容体ではなく、21日午前1時10分頃に死亡した。治療にあたった医師は「搬送の遅れと死亡との因果関係はわからない」としている。

 兵庫県は救急搬送対策として、2007年、消防局などに対し、現場の救急隊員と並行して受け入れ病院を探すよう通知したが、伊丹市消防局は「刻々と変わる状況についてやり取りするには、救急車と通信指令室とも人員が足りず、同じ時間帯に119番が6件重なった」と病院探しを断念していた。

次に2/4付Asahi.comです。

14病院が搬送拒否 交通事故の男性3時間後死亡 兵庫

 兵庫県伊丹市で1月、交通事故で重傷を負った男性(69)の受け入れを14病院が断り、男性は約3時間後に出血性ショックで死亡していたことが同市消防局などへの取材でわかった。

 伊丹署によると、事故が起きたのは1月20日午後10時15分ごろ。同市行基町1丁目の県道で、自転車に乗った同市の男性が、同市の自営業男性(29)のバイクと衝突し、2人とも重傷を負った。

 同市消防局などによると、救急車は約5分後に現場に到着。自転車の男性は骨盤が折れていたが、脈拍や血圧は安定して意識もはっきりし、バイクの男性は頭を打って目の焦点が合っていない状態だった。救急隊が受け入れ先を探したところ、同県西宮市の大学病院が1人だけ可能と答え、症状が重いバイクの男性を別の救急車で搬送した。

 救急隊はその後、救急車内で自転車の男性の応急処置をしながら約1時間にわたって搬送先を探したが、「専門医がいない」「手術中で対応できない」などの理由で大阪府内を含む6市の14病院から拒まれた。

 午後11時25分ごろ、伊丹市の診療所が2度目の要請に応じて受け入れ、男性はこの時点でも会話ができる状態だったが、その後に容体が急変。診療所が転院先を探し、最終的に神戸市の病院が受け入れを決めたが、男性は搬送前の翌21日午前1時10分に死亡した。バイクの男性は現在も入院中という。

 記者会見した伊丹市消防局の下谷憲一消防局長は「緊急性があれば指令室と連携して病院を探すことも考えられたが、今回は容体が安定していたので、現場の隊員はそれには当たらないと判断した。同じ時間帯に救急車の出動要請が6件続いており、現場は精いっぱい対応したと考えている」と話した。

もう一つ2/4付産経ニュースです。

14病院が搬送拒否 兵庫・伊丹の男性死亡

 兵庫県伊丹市の男性=当時(69)=が先月、交通事故で救急搬送された際、近隣の14病院が医師の不在などを理由に受け入れを拒否していたことが4日、分かった。男性は事故から約1時間後に同市内の病院に搬送されたが容体が急変し、約2時間後に出血性ショックで死亡。救急医療体制の不備がまたも浮き彫りになった。

 市消防局などによると、事故があったのは1月20日午後10時15分ごろ。自転車で同市内の県道を横断していた男性はバイクと衝突、全身を強く打って重傷を負った。約10分後に救急車が到着し、救急隊員が現場で大阪、兵庫両府県の5市14病院に受け入れを要請したが、「専門医がいない」、「ベッドに空きがない」などの理由で断られた。

 この事故では、バイクの男性も重傷を負い、救急隊員はこの男性の方が症状は重いと判断、まず3次救急病院に指定されている同県西宮市の病院に搬送。

 自転車の男性は血圧や脈拍が安定するなど容体の改善がみられたため、救急車内で応急処置を行い、午後11時半ごろ、伊丹市内の民間病院に搬送されたが、その後、容体が急変。病院側は転院が必要と判断したが、この際にも2病院に受け入れを拒否され、神戸市内で受け入れ可能な病院が見つかったときには搬送できる状態ではなかったという。

 伊丹市消防局の下谷憲一局長は「搬送の遅れと死亡の因果関係は分からないが、救急隊員の対応が適切だったかどうか検証したい」としている。

ここで3紙のポイントをまとめてみます。

ポイント 読売 朝日 産経
事故発生の様子 県道を自転車で横断していた近くの駐輪場誘導員の男性が、同市内の自営業男性(28)のバイクと衝突 自転車に乗った同市の男性が、同市の自営業男性(29)のバイクと衝突 自転車で同市内の県道を横断していた男性はバイクと衝突
救急車到着時間 5分後 約5分後 約10分後
自転車男性の症状 全身を強く打ち重傷 骨盤が折れていたが、脈拍や血圧は安定して意識もはっきり 全身を強く打って重傷
バイク男性の症状 全身を強く打ち重傷 頭を打って目の焦点が合っていない状態 全身を強く打って重傷
バイク男性を先に搬送した理由 負傷程度が重いと判断 症状が重い 症状は重いと判断
自転車男性の搬送先 伊丹市の民間病院 伊丹市の診療所 伊丹市内の民間病院
搬送後の自転車男性の状態 搬送後に容体が悪化 会話ができる状態だったが、その後に容体が急変 その後、容体が急変
消防署のコメント 伊丹市消防局は「刻々と変わる状況についてやり取りするには、救急車と通信指令室とも人員が足りず、同じ時間帯に119番が6件重なった」と病院探しを断念していた。 伊丹市消防局の下谷憲一消防局長は「緊急性があれば指令室と連携して病院を探すことも考えられたが、今回は容体が安定していたので、現場の隊員はそれには当たらないと判断した。同じ時間帯に救急車の出動要請が6件続いており、現場は精いっぱい対応したと考えている」と話した。 伊丹市消防局の下谷憲一局長は「搬送の遅れと死亡の因果関係は分からないが、救急隊員の対応が適切だったかどうか検証したい」としている。


微妙に違うのがわかってもらえると思うのですが、記事全体の内容は読売と朝日はかなり近いものがあり、患者の容体について朝日の方がやや詳しいというところです。それに対し産経は少し違うスタンスでまとめられています。細かい点で記事内容がかなり異なる点は3点で、まずは救急隊の到着時間です。これは消防局の発表しか情報がないはずで真実は一つと考えるのですが、
    読売:5分後
    朝日:約5分後
    産経:約10分後

読売、朝日の5分説に対し産経は10分説としています。救急隊にとって到着時間は重要な事ですから気にはなります。2点目はバイク男性が運び込まれた医療機関です。
    読売:民間病院
    朝日:診療所
    産経:民間病院

結局のところこの医療機関では手に負えなかったのはわかりますが、朝日の診療所説が妙に気なります。常識的には多数意見の民間病院説の可能性が高く、朝日の誤報と解釈するのが妥当ですが、記事を読めばおわかりのように朝日の取材がもっとも丁寧なので、ひょっとすると本当に診療所であったかもしれません。ただ時間的に診療所が応需するのか、またどう考えても入院が必要な患者を、有床診療所であっても受け入れるかについての疑問は残ります。さらに言えばこの医療機関に救急隊は2度も依頼していますから、もし診療所であればちょっと驚きです。

3点目は消防局のコメントです。全部引用すると長いので要約しますが、

    読売:当時6件の救急要請があり司令室での搬送先探しは断念した
    朝日:患者の容体は安定していたし、6件の搬送要請があり精一杯の対応であった
    産経:搬送の遅れと死亡の因果関係は分からないが、救急隊員の対応が適切だったかどうか検証したい

読売、朝日は司令室が搬送先探しをしなかった理由を示し、「だから出来なかった」もしくは「しなかった」としていますが、産経はそちらを取り上げず救急隊員の対応の問題のみを掲載しています。もう少し言えば、搬送依頼回数が増え、搬送先探しが長時間化する時に司令室がどうだったかの説明を省略と言うか無視しています。おそらくコメントとしては両方存在すると考えますが、編集権によって切り貼りされた場所の違いにより、読めば印象はかなり異なります。


簡単に重箱の隅を突付いてみましたが、それとは別に少々の疑問点があります。搬送依頼件数が増えた事についての説明は今日は省略します。気になったのは死亡した自転車の男性の救急隊の診断です。朝日のみが伝えているのですが骨盤骨折を確認しているとなっています。小児科医なので見ただけで確認できるかどうかはよくわからないのですが再掲すれば、

自転車の男性は骨盤が折れていた

これも小児科医なので知識が怪しいのですが、骨盤骨折は大きな出血を伴う事があり要注意だったはずです。救急隊が、「頭を打って目の焦点が合っていない」バイクの男性を優先した判断は責める気はありませんが、これを事故発生後にこれを応需した民間病院(もしくは診療所)にどういう情報が伝わっていたかです。

骨盤骨折がある交通事故との前提で応需したのであれば、言ったら悪いですがそれに対する処置が可能と言う判断があると考えます。しかし搬送後に容体が急変し、これが手に負えず再搬送先を探しています。本当に骨盤骨折の情報が伝わっていたかです。搬送先を見つけるために骨盤骨折の事実を伏せて依頼した可能性も排除できませんが、もう一つの可能性として「とりあえず搬送先が見つかるまで収容してくれ」はどうかです。

「とりあえず」は「たらいまわし」事件が発生するたびに指摘が繰り返されますが、「とりあえず」の状態は患者への治療能力を欠いた状態での応需を意味します。またある程度必然とも言える「とりあえず」を行なった後の再搬送先さがしの問題もあります。「とりあえず」を行なうぐらいですから救急隊は近隣の病院への搬送依頼を行い、それが出来ない状態が前提かと考えます。

何が言いたいかですが、「とりあえず」でも応需すれば再搬送先気探しは今度は病院に移ります。病院に再搬送先探しの責任が移るときに救急隊から「とりあえず」の病院に搬送不能であった医療機関の情報が伝えられたかと言うことです。搬送依頼への応需が出来なかった病院の理由もそれぞれのはずです。理由によってはその日の応需は不可能なところから、時間がある程度過ぎれば可能になるところもあります。また情報があれば、救急隊が依頼していない病院を選ぶという選択枝も出てきます。

読売記事にも、

病院側は、いったん救急隊が受け入れを要請した西宮市の大学病院など2施設に転院を依頼したが、断られた

これって二度手間をやっている可能性はないでしょうか。あくまでも応需した病院が「とりあえず」であればですが、救急隊から搬送先さがしの情報があれば、病院側の搬送先さがしの無駄は幾分でも軽減できた可能性を考えます。今回の自転車の男性は事故後3時間程度で出血性ショックで死亡していますから、スムーズに再搬送先が見つかっても救命の可能性が高いとは言い難いですが、もう少し治療までの時間に余裕がある事例なら事情が変わる可能性があります。

搬送先探しが長時間化したときに「とりあえず」は話題になります。前向きに解釈すれば救急車内で救急隊員に治療されるより、「とりあえず」でも病院の施設内で医師の手によって治療した方が、本当に適した搬送先医療機関を探し出すまでの治療としてマシではないかとの考え方と思っています。そうであった時に搬送先探しは誰が行なうのが患者にとってよりベターであるかです。

考え方として救急隊が引き続いて行なうというのはあります。再搬送時には当然救急隊も必要ですから、「とりあえず」の病院に待機し、再搬送先が見つかり次第、即座に搬送する体制が望ましいからです。またそれまでの搬送先さがしの情報がありますから、これを基に探した方が能率的とも言えます。

また病院側が探すにしても、救急隊のそれまでの情報がある方が能率的なのは言うまでもありません。現実として救急隊が依頼するのと、病院が依頼するのでは反応が違う面は否定しませんが、それでも情報があるかないかはかなり違うかと思います。もっとも今回がどうであったかの情報は不明ですから、これは私の推測にすぎません。


こういう記事を読みながらの実感ですが、現在の医療情勢では一定の頻度で搬送先さがしの困難例が出現します。マスコミは「無くせ、無くせ」の大合唱を報道のたびに繰り返しますが、どう考えても当分はなくなりませんし、むしろ増えていくと思います。細かい理由の説明は省略しますが、解消は夢物語です。夢物語に過ぎないのに、机上のプランや精神論を乱舞させて、さらに救急医療をやせ細させています。もちろん一部の医療者も同じような主張を行って冷笑されています。

救急の現場を支えている医師を鼓舞するには、応需できなかったらバッシングの姿勢ではなく、現状の戦力で応需できるシステムを作る道筋を具体的に示す事です。野放図に増える救急需要は容認し、低下する戦力で「すべて即座に応じろ」は無理な相談であるという単純な事です。無理な相談を規則や義務で無理やり押し付けても、もたらされる結果は救急現場から医師がさらに減るだけと言うことです。

現実的な対策としては必要のない救急受診を抑制し、乏しくなる一方の救急医療資源を食いつぶさないようにする事です。ただ救急受診を抑制させる方策は総論賛成で各論反対の最たるものですし、政治が動こうにも不評確実ですからなかなか手がつけられません。一部でようやく広がりつつありますが、まだまだ時間がかかりそうです。それでも救急需要をこのままの量で容認している限り読売記事にありますが、

同じ時間帯に119番が6件重なった

重なった6件も当然ですが救急隊が搬送し、どこかの救急医療機関が応需したわけです。この「同じ時間帯」とは午後10時15分に交通事故が発生し、午後11時25分に民間病院に搬送されるまでの1時間ほどの間の事です。この6件の病状は知る由もありませんが、この中に必要性の低い救急依頼が何件か含まれていれば、それが救急隊の司令部の機能を低下させ、自転車の男性の救命の機会を奪っていった事になったとも見ることは出来ます。

謹んで死亡した自転車の男性の御冥福をお祈りします。