SARSの時の思い出

新型インフルエンザへの対策があるそうです。調べようと思ったのですが、気力が湧かなくてSARSの思い出話でお茶を濁します。覚えている人もいると思いますがSARS騒ぎもひどかったもので、まさに「うろたえた」と言う感じです。流行当時もいろんな情報が飛び交い、日本上陸後のパニックもしきりに唱えられていました。

今となっては確かめようが無いのですが、もしSARS患者を外来で診察したら診療所が閉鎖になるとか、病院も閉鎖になるとかの噂が医療関係者に流れていました。実際に閉鎖にならなくても当時の勢いからすれば、SARS患者入院中と言うマスコミ報道が流れたら、その病院の周囲に患者どころか人すらいなくなっても不思議は無い状態でした。

情報ばっかり飛び交っていましたが、実際のところ何にも対策をしていなかった当時の勤務病院の日曜当直をやっていました。平凡な当直のはずだったのですが、突如病院幹部が日曜出勤してくるという緊急事態が発生したのです。関西地方にSARS患者が発生し、可能性として勤務病院にもSARS患者が来院する可能性があるとしての緊急対策会議です。

緊急対策会議と言っても、集まった誰も(当然、私も!)SARSに対する詳しい知識も正確な対策を知りません。会議で出された情報も今から考えればエエ加減な伝聞情報で、とにかく関西地方で発生したからSARS患者が来たらどうしようだけです。上でも書いていますが、当時の噂ではSARS患者はもちろん隔離なんですが、接触者もすべて隔離で延長線上で病院も閉鎖隔離という情報を基にしての検討です。

もちろん緊急会議を行なうぐらい重要な話題で、もしSARS患者が受診されたら病院の経営にも大きな影響を及ぼしますから真剣な問題です。対策会議の議論はまずどうやってSARS患者を院内に入れないかになりました。入り込んでしまえば病院閉鎖もありうるからです。最大の問題はどうやってSARS患者を見分けるかです。

電話相談なら然るべき医療機関なり保健所へ相談せよで簡単ですが、実際に来院した時にどう防ぐかになります。当時の集まった連中(私を含む)のSARS知識も曖昧で、とにかく「発熱、咳嗽」なら怪しむべし以上の知識は無かったかと記憶しています。最初に出てきたのは玄関に人を置いて予診を取り、怪しい患者はそこで排除するという水際作戦です。案としては出てきそうな線ですが、「SARS疑」とした時点で患者はもちろんの事、予診にあたった職員も隔離の道連れになります。芋づる式に予診段階で職員がいなくなって行きますから実施は困難と言う結論になりました。

次に一律シャットアウト方式が提案されました。「発熱、咳嗽」患者は受診させないという案です。ただ「発熱、咳嗽」シャットアウトは内科とか、外科とか、眼科とか、産婦人科ならまだ可能ですが、小児科では主たる外来対象になります。実はこの案には私は大いに賛成し、1週間ぐらいはラクに休診できると内心ほくそ笑んだものです。

議論も一旦そこに傾きかけたのですが、やはり小児科でも外来を閉じれば減収になりますし、周囲の医療機関から突出してそういう行動を取るのは余りよろしくないとの意見が出てボツです。かなり長い緊急対策会議だったと記憶しているのですが、結論として「何もしない」で周囲の医療機関の動きを見ようで話は終わってしまいした。私のタナボタの休暇計画も水の泡となったのです。

結局のところSARS患者は関西に本当に発生し、二次感染もあったかと記憶していますが、それ以上の拡大は無く終息しました。それは良かったのですが、マスコミにも一部報道されたためSARS風聞後遺症には困りました。だって、患者(というより親)が「SARSじゃありませんか」の質問が頻発したのです。聞かれたところで診断などできようもなく、何の根拠も無く「違うでしょう」と返答するしかなかったのは本当に参りました。

症状じゃ鑑別はつかないし、当時(今でもかな?)SARSの検査なんてそんなに手軽に出来る代物ではありません。心配症気味の親からかなり食い下がられた時にはまさしく閉口ものでした。仕方が無いので「子供の死亡率は、なぜか非常に低いとなっています」を持ち出したら、「でも子供から私が罹ったら」と追い討ちをかけられ、どうやって説き伏せたのか今となっては覚えていません。

新型インフルエンザと同列には出来ない話でしょうが、新型インフルエンザがもし上陸すれば同じような騒ぎが繰り返されるのでしょうか。現実的な問題として、新型インフルエンザの患者が受診しても診断は不可能です。メーカー筋の話なら、インフルエンザ迅速抗原検査で「A型」の判定結果が出るだろうとは聞いていますが、それだけでは診断不可能です。従来のインフルエンザとの鑑別など無理と言うことです。

検査の案内を見ているのですが、新型インフルエンザの検査は目に付きません。少なくとも保険適用で手軽に出来そうにありませんし、どこかの機関で検査するにしても日数がそれなりに必要なのは間違いないでしょう。臨床的に救いなのは治療薬の種類が従来のインフルエンザ治療と同じなので、診断できなくとも治療は可能です。しかしSARSと同様に「新型インフルエンザではありませんか?」の質問は出てきそうです。一体どうやって臨床現場で「素早く的確」に診断をつけるつもりなのか見当がつきません。

頼むからと言いたいですが、「最寄の医療機関で御相談を」なんて事をマスコミが書いて欲しくないですね。