妊婦へのインフルエンザワクチン

8/18付読売新聞より、

妊婦インフル予防接種が新生児にも効果、日本は「勧めず」

 【ワシントン=増満浩志】妊婦にインフルエンザの予防接種をすると、母親だけでなく新生児にも高い予防効果のあることが、バングラデシュでの臨床試験で明らかになった。

 同国と米国の共同研究チームが17日、米医学誌ニューイングランド・ジャーナル・オブ・メディシンに発表した。

 臨床試験では、妊婦316人のうち約半数にインフルエンザのワクチン、残り半数に肺炎球菌のワクチンを接種。子供は接種の8時間〜3か月後に生まれた。

 生後6か月まで健康状態を追跡した結果、母親が肺炎球菌のワクチンを受けた子は、157人中16人がインフルエンザにかかった。母親がインフルエンザのワクチンを受けた子は発症率が約3分の1に下がった。

 日本の厚生労働省は「可能な限り危険性を排除するため、国内では勧めていない」としている。米国や世界保健機関は妊婦にインフルエンザのワクチン接種を勧めている。

2008年版の予防接種ガイドラインを読んでも、妊婦へのMR接種を禁忌にしていますがインフルエンザに関しては具体的な記述が見つかりません。このガイドラインは何回改訂されても読み難いのですが、インフルエンザについては、

詳細は「インフルエンザ予防接種ガイドライン」を参照

どうも私の読む限りそれ以上は書かれていないように思われます。そこで平成15年9月改編のインフルエンザ予防接種ガイドラインを読んでみます。このガイドラインなんですがまず対象者から転びそうになります。

【対象者】

 予防接種法施行令により、インフルエンザの定期の予防接種を行う対象者は、(1)65歳以上の者、および、(2)60歳以上65歳未満であって、心臓、じん臓若しくは呼吸器の機能又はヒト免疫不全ウイルスによる免疫の機能に障害を有するものとして厚生労働省令に定めるもの、と定められている。

ガイドラインの対象者はこれだけである事が確認できます。続いて予防接種不適当者なのですが、

【接種不適当者(予防接種を受けることが適当でない者)】

 被接種者が次のいずれかに該当すると認められる場合には、接種を行ってはならない。

  1. 接種当日、明らかな発熱を呈している者。
      明らかな発熱とは、通常37.5℃以上を指す。検温は、接種を行う医療施設で行い、接種前の対象者の健康状態を把握することが必要である。
  2. 重篤な急性疾患にかかっている者。
      重篤かつ急性」の疾患に罹患している場合には、病気の進展状況が不明であり、このような状態において予防接種を行うことはできない。逆に言えば、「重篤でない急性」の疾患や「急性でない重篤」の疾患に罹患している場合には、予防接種により症状の悪化等を想定しないと判断できる者には、慎重に判断し、予防接種による効果と副反応について十分にインフォームド・コンセントを取った上で、接種を行うことができる。
  3. インフルエンザワクチンの接種液の成分によってアナフィラキシーショックを呈したことがある者。
       インフルエンザワクチンにより、アナフィラキシーショックを呈した場合には、接種を行わない。また、卵等でアナフィラキシーショックをおこした既往歴のある者にも、接種を行わない。
       この規定は、予防接種の成分により、アナフィラキシーショックを呈した場合には、接種を行ってはならないことを規定したものであり、一般的なアレルギーについて規定したものではない。一般的なアレルギーについては、接種要注意者の項を参照にされたい。
  4. その他、予防接種を行うことが不適当な状態にある者。
      (1)〜(3)までに掲げる者以外の予防接種を行うことが不適当な状態にある者について、個別ケース毎に接種医により判断されることとなる。

とりあえず妊婦については一言も触れていません。接種要注意者と言うのもあり、

  1. 心臓血管系疾患、じん臓疾患、肝臓疾患、血液疾患等の基礎疾患を有することが明らかな者。
  2. 前回のインフルエンザ予防接種で2日以内に発熱のみられた者又は全身性発疹等のアレルギーを疑う症状を呈したことがある者。
  3. 過去にけいれんの既往のある者。
  4. 過去に免疫不全の診断がなされている者。
  5. 気管支喘息のある患者
  6. インフルエンザワクチンの成分又は鶏卵、鶏肉、その他鶏由来の物に対して、アレルギーを呈するおそれのある者。
ここにも妊婦に関しての記述はありません。もっとも対象者の年齢からして想定していないとも考えられますが、やっぱりありません。そこで国立感染症研究所感染症情報センターのインフルエンザQ&Aを見てみるとようやくありました。

インフルエンザワクチンはウイルスの病原性をなくした不活化ワクチンであり、胎児に影響を与えるとは考えられていないため、妊婦は接種不適当者には含まれていません。しかし、妊婦又は妊娠している可能性の高い女性に対するインフルエンザワクチンの接種に関する、国内での調査成績がまだ十分に集積されていないので、現段階ではワクチン接種によって得られる利益が、不明の危険性を上回るという認識が得られた場合にワクチンを接種するとされています。インフルエンザワクチンの接種とは関係なく、一般的に妊娠初期は自然流産が起こりやすい時期であり、この時期の予防接種は避けた方がよいと考えられます。  一方米国では、「予防接種の実施に関する諮問委員会(Advisory Committee on immunization Practices)」の提言により、妊娠期間がインフルエンザシーズンと重なる女性は、ワクチンを接種するのが望ましいとされています(Prevention and Control of Influenza. MMWR 2006;55:(RR-10);1-42)参照)。

これまでのところ、妊婦にワクチンを接種した場合に生ずる特別な副反応の報告は無く、また、妊娠初期にインフルエンザワクチンを接種しても胎児に異常の出る確率が高くなったというデータも無いことから、予防接種直後に妊娠が判明しても、胎児への影響を心配して人工妊娠中絶を考慮する必要はないと考えられています。 同様に、ワクチン接種による精子への影響もありませんので、妊娠を希望しているカップルの男性の接種にも問題はありません。

妊婦への接種は具体的には、

    妊婦は接種不適当者には含まれていません
では接種がOKかと言えば、この後に奥歯に物が挟まったような表現が続きます。
  • 妊婦又は妊娠している可能性の高い女性に対する・・・(中略)・・・国内での調査成績がまだ十分に集積されていない
  • 現段階ではワクチン接種によって得られる利益が、不明の危険性を上回るという認識が得られた場合にワクチンを接種
  • 一般的に妊娠初期は自然流産が起こりやすい時期であり、この時期の予防接種は避けた方がよい
妊娠中のワクチン接種は避けたほうが良いとのニュアンスを濃厚に漂わせながら、次の一文も記載しています。
    一方米国では、「予防接種の実施に関する諮問委員会(Advisory Committee on immunization Practices)」の提言により、妊娠期間がインフルエンザシーズンと重なる女性は、ワクチンを接種するのが望ましいとされています
こういうのをとらえどころがないと言えば良いのでしょうか。ちょっと読み替えてみたいと思います。
  1. 規則上はOKである
  2. 妊娠初期は避けたほうが良い
  3. 妊娠初期以外も国内データがないので避けたほうが良さそうだ
  4. でもアメリカでは勧めている
正直なところわざわざアメリカの話を付け加えているのが文章全体をさらに難解にしているように思われます。ただ記事上の表現の、

日本の厚生労働省は「可能な限り危険性を排除するため、国内では勧めていない」としている。

これでは原則禁止に受け取られそうですが、きっと「勧めていない」だけで禁止にはなっていないと言う公式答弁で終わるんでしょう。日本脳炎予防接種に対する公式見解もそんな感じで、

    勧奨は中止しているが禁止ではなく、希望があれば予防接種はしてもらってOK♪
OKと言いながらワクチン製造は大幅に縮小していますから、実際に希望者に接種しようとしてもワクチン入手に四苦八苦する事になります。

ちなみに現場ではどうなるかですが、「医師の判断の下に」になります。ワクチン接種でもしトラブルがあれば医師の判断が悪いとの解釈できてしまうヌラリクラリの文章です。また接種をせずにインフルエンザに罹患し流産騒動でも起せば、接種をしないと判断した医師が悪いの導き方も可能な文章です。微妙な問題であるのは理解しますが、予防接種を依頼される最前線にいる者としては、もう少しはっきりさせて欲しいところです。小児科に妊婦は関係無さそうですが、親子セットで頼まれる事は少なくないですからね。